minamo-bunko.com

top

bottom



Copyright © MINAMO-BUNKO, All Rights Reserved.


目次(2000字小説集)

「時空モノガタリ文学賞」に応募したオリジナル2000字小説です。
ごゆっくりどうぞ♪

■「雨の妖精」 / 第110回 お題「雨」
■「蕎麦のち妄想」 / 第111回 お題「蕎麦」
■「ポイ捨て」 / 第112回 お題「弁当」
■「待つ人」 / 第113回 お題「ダンス」
■「パ行の法則」 / 第114回 お題「パピプペポ」
■「虫の幽霊は愛する」 / 第115回 お題「幽霊」
■「あんたすすけてるぜ」 / 第116回 お題「裏切り」
■「女人観察人」 / 第117回 お題「本屋」
■「アイ・クローズド」 / 第118回 お題「タイムスリップ」
■「LOL」 / 第119回 お題「お笑い」
■「ねえ誰か」 / 第120回 お題「平和」
■「二度と来るか、アホ!」 / 第121回 お題「捨てゼリフ」
■「抗った証」 / 第122回 お題「美術館」
■「こっち!」 / 第123回 お題「クリスマス」
■「死なない人」 / 第124回 お題「五分間」
■「闘いのなかで」 / 第125回 お題「優しさ」
■「夢と現実」 / 第126回 お題「304号室」
■「1977」 / 第127回 お題「新宿」
■「ラブ・ランド」 / 第129回 お題「都市伝説」 NEW


雨の妖精

俺がこれから語る話は俺の中ではもちろん嘘じゃない。だが言っとくが、あんたがたがもしそれを信じてどうかなっても、俺は一切の責任をとらないからな。第一人を本当に信用するってのは多かれ少なかれ危険を伴うものじゃねえか。──俺はあのとき雨が降りだしたことに異常に反応している自分の脳ミソに気付いた。そう、雨が降るのは親父が絶対に納骨式に来るなと言っている証拠だった。事実は知らないがしかし、俺がドタキャンしたことを恨んでいる輩が確実に居ることだけは死ぬほど感じ取れた。雨脚が強くなる、土砂降りと言っていい。俺は独り自分の部屋の定位置に座って──ほとんど無意識と言っていいほど、そう、例の自動筆記に近い──キーを打っていた。まるでこうすればあのくそいまいましい親父の呪縛から自分を解き放てると心底信じ込んでるガキみたいな心境だった。無心にキーを打ってるとついに出やがった。雨降りのオカマが。どこに現れたか具体的に言いようがない。屋根裏でもないし、部屋の中でもないし、当然俺の神聖なるケツの穴の中でもない。あの雨音の中なんだよ! しかし外には居ない、俺の頭の中に直接声が聞こえてきた。その意味じゃ俺の頭の中に居ると言ってもいい。開口一番こう言いやがった。「アンタも相変わらずワガママねえ」俺は答えた。「それは役所の連中に言ったらどうだ? 確実に根拠を要求される」オカマは言った。「根拠ならあるわよ。アンタあの女が好きなんでしょ? うん、隠したって無駄よ、顔に書いてあるもの」「そんな話どうでもいいから」「あら、アンタがあのロリ声女にぞっこんなのはお見通しよ」「俺は駄目なんだよ! 病気持ちで、稼ぎもない、結婚なんて──」「出た出た、結婚! アタシ一言も言ってないわよ結婚しなさいなんて」「とにかくだ、俺は駄目なんだ」「この根性なし!」「なんとでも言え、根性とかまったく関係ないから」「いいこと教えてあげよっか?」「興味ない」「ま、聴きなさいよ。雨の日に願い事すると次に晴れた日に叶うのよ、知ってた?」「俺はガキじゃねえんだ」「ほらほらアンタもう願っちゃってるじゃない! アンタそんなことでいいの? あらやだイケズ!」「人に言うなよ」あんたがたにも言っておこう。俺はそのとき、ただあの女と添い寝したい、そう願ったんだよ恥ずかしながらなあ。次の日、朝起きたら隣であの女が寝てた。嘘じゃない。空はどこまでも晴れ渡っていた。いつものようにトイレで用を足して、洗面所で顔を洗い、二人分のコーヒーを入れていそいそと部屋に戻るとあの女は消えていた。跡形もなくな。文字通りみじけえ夢だったよ。用事であの女を見る機会があるんだがあのことを話そうかどうか、いやあれはやっぱり夢だったんだと思うことにした。だって、現実には誰がどう考えたってあり得ないんだからよお。また雨の日にあのオカマが言った。「ね?」俺は答えた。「ねじゃねえよ。ただの夢じゃねえか」「叶ったじゃない。認めなさいよ大人なんだから」「大人だからこそだ。ま、夢が見れただけでも礼は言っておくよ。ありがとな」「で?」「でってなに?」「決まってるじゃない、次の願い事よ」「あのな、俺で遊ぶな。雨の妖精はさっさと土に帰れ」「雨の妖精ってアンタのことじゃない、あらやだ忘れたの?」「俺が?」「健忘症、間違いないわ、病院行きなさい」「あのなあ、第一お前なんなんだ、オカマのくせに」「ほらほらもう願っちゃってる、あはは! でも、その願い事は叶わない気がするわ。アタシが言うんだから間違いない」あんたがたに言っておく、俺はそのときこう願った、俺を帰してくれと、土に帰してくれと。明日の朝、目覚めなければいいと。翌日、空はどこまでも晴れ渡っていた。俺はそれを見て、あのオカマが言ったことは間違いないことを悟った。それからというもの雨の日が待ち遠しくてたまらなかった。雨の日にまたあのオカマが言った。「次何にする?」「まず俺をあの頃に戻してほしい、幸せだった頃に」「あ、それは無理よ。壊れちゃったものは二度と元通りにはならないの」「じゃもういい、それ以上の願い事なんかない」「そんなこと言わないで新しい幸せをつかむの!」「新しい幸せ? 俺の歳を考えろって」「なに言ってんの、アンタ妖精じゃない。妖精は死なないのよ。あ、もちろん世界そのものがなくなっちゃったら終わりだけどね」俺は世界がなくなるのが正直怖かった。心の底から恐怖を感じた。そりゃ、この期に及んで馬鹿げているのは承知の上だ。だが、それもありっちゃありの選択肢だった。だから俺はこう願った。人間の心の中に棲みたいと。その願いは叶った。ほら、こうしてあんたがたの心の中に居る。雨の日に耳をすましてみるがいい。俺の声が聞こえるはずだ。あ、そうそう、あのオカマの声も。え? 聞こえないって? 聞こえないやつはまだ妖精じゃないな、たぶん。


蕎麦のち妄想

蕎麦は惨めとか哀れの代名詞。できることならそれが私だけのことであってほしい。私がそう思うようになったのは三十路もそろそろ店じまいかという人生の折り返し地点にさしかかったときのことだ。あのときの光景を忘れてなるものかと思いはするが薄れゆく記憶をたどった代償はたいてい虚しさや無常観に支配されるだけのことで、それがもし人の死を受け入れるということであるなら私はあと何度くそいまいましい悪夢を見ねばならないのか。「おいしいじゃろう?」そう私が訊くと一同無言でかぶりを縦に振る。なんのことはない、蕎麦をゆであげて、水にさらし、皿に盛って、麺つゆをぶっかけたあと、卵黄をのせ、きざみ海苔ときざみネギをふりかけ、ハイ一丁出来上がり! 食にうるさい母方の伯母と母が私のこしらえた蕎麦を残らずたいらげたときはもしかして店が開けるかもとはさすがに思わなかったが実際のところ自信らしきものがついたのは確かだ。なんの自信だか、とにかくあれからもう5年以上経っている。独り、一人分の蕎麦をゆでて、ただ麺つゆをぞんざいにぶっかけただけのシロモノを食す。虚しくないわけがない。「楽しいセックスライフを過ごせてますか?」の場も空気も読めないテロに等しい件名のスパムメールを送り付けてきやがる野郎を特定して今すぐぶちのめしたいのは別に私だけではあるまい? そうとも、そのせいで虚しいのではない。あのにぎやかだった頃の思い出の切れ端が床に落ちた蕎麦の短い屑の中にも無数の小さな虫となってうごめいているようで叫びたいのをぐっとこらえる。しかしそれは何よりも幸福なことではなかったか? 残念なことに人間というのは自分が当事者にならねば事の重大さに気付けない場合が多い。その中でも今ある幸福に気付けないのはたしかに不幸と言えるのだろう。みんながこの世から去って何度目かの夏のある日、私はまた蕎麦をこしらえることにした。手軽で安いとなりゃさもありなんだ。ゆであげ水にさらし、皿に盛って麺つゆをぶっかける。そしてまた床に落ちた蕎麦の短い屑のことを想像する。すると同じようにあの光景が展開される。「おいしいじゃろう?」そう私が訊くと一同無言でかぶりを縦に振る。──かぶりを縦に? 私がおえつ混じりで蕎麦をすすっていると目の前で四頭の鹿が何度もおじぎしていた。「やらないよ。こりゃ私のだ」私がそう言うとその中のうちの一頭がおじぎをやめて答えた。「泣きながら食べると変なところに入るぞ。それより今後の見通しはどうだ? やれそうか?」私は言う。「なんのことだ?」「人生をやっていけそうかと訊いてるんだ」「貯金がなくなりゃパーだよ! どのみち死ぬんだ。早いか遅いかの違いだよ」一同おじぎをやめる。別のやつが言う。「あーいけないんだ、そんなこと言っちゃあ。秘密をばらしちゃいけないんだあ」「お前らしか聞いてねえだろ」また別のやつが言う。「もう遅い、やつらに聞かれた」「やつらってなんだ?」また別のやつが言う。「この世界を監視しているやつらだ」「おい、また被害妄想をぶりかえさそうって魂胆か? 無駄だぞ。私は毎日ちゃんと処方箋付きのヤクをやってる」最初のやつが言う。「被害妄想じゃない。言うとしたら終末妄想だ」「しゅうまつ? 私には曜日の感覚はもうない」「夢の終わりだよ。我々の存在理由はそれをお前に知らせることだ。何も終わらない。終わるのはお前だけだ。そして我々も」「死期が近いってことか?」「ある時点からお前は猛スピードで移動している。人間には必ず限度というものがある。限界なのだよ」「ちょっと待て、私はまだ何もしていない」「うそをつけ。限界まで酷使しているではないか」「夜更かしのことなら最近はあまりやってない」「そういうことじゃない。心のことだ。先生にコップ理論を教わっただろう? あれと同じことがまた起きようとしている。だが、問題はそれじゃない。問題そのものの消失だ」「まわりくどく言わずに死ぬんだってはっきり言えよ。ただ今すぐ死ぬにしても、人よりちょっと早かっただけだ」別のやつがちゃちゃを入れる。「いけないんだあ」「我々が言いたいのは意図的におこなう必要はないということだ」私は言う。「わかったわかった、こりゃご丁寧にどうもありがとさん!」──このくだりを私は何度繰り返しただろう? 最初から数えちゃいない。独りで? 馬鹿馬鹿しい。しかしあいつらが誰かは知っている。インフルエンザみたいな症状で亡くなった母方の伯母、心臓の弁が馬鹿になって亡くなったもう一人の母方の伯母、タクシーに乗ってるときに脳卒中に見舞われて亡くなった母方の伯父、そしてあの夏の朝墓地清掃に行ったきり脳卒中で帰らぬ人となった実の母だ。みんな私のことを慮ってくれているのはわかるがちょっとくどい気もしないではない。私はたとえ勘違いであろうと、みんなが居る限り、災いを恐れない。


ポイ捨て

私はそそられもしない女の裸を儀式的に目でなめまわしたあと、コードが理解できない低能は排斥されるべきだと賢者モードをキメている自分に酔う余裕がまだそのときはあった。昼間っからなんだこの変態野郎がと自嘲する余裕が確かに。私が最初にそれに気付いたのは正午をとっくにまわってそろそろ昼メシを買いにコンビニに行こうかと重い腰を上げようとしたある日のことだ。昼に弁当なんか食うやつは確実にリア充だから、私などはおむすび程度で上等なのだという諦観をいつものように反芻していると月曜に出し忘れたたんまり詰め込まれた黄色い指定ゴミ袋ががさっと倒れて口を縛ってなかったので中身が出やがったらしい。その音に気付いた私は「くそったれ」という汚い一声を上げさせられたことをいまいましく思いながらゴミ袋のところへ行った。いつか食べたコンビニ弁当のガラか何かがはみ出ているところを想定していた私は少し動揺させられた。というのも最初から何もなかったかのように何の現象も起きていなかったからだ。私はさっきの音の正体を突き止めてやろうと部屋を一巡するも何もそれらしいものが見当たらない。まあいい。私はコンビニ帰りにいつも視界に入る側溝にレジ袋が落ちているのが目にとまった。またバカがポイ捨てしやがったに違いない。そうとも、ゴミをポイ捨てするやつはバカに決まってる。この世界にその法則を知らない人が居ないとでも? 鍵を開け、部屋に戻った私は買ってきたものを恭しくやったあとガラを処理しようとゴミ袋のところへ行った。これ以上ぶち込むと破裂しそうだったので新しいゴミ袋を引っ張り出してその中に新しいゴミを安置させた。そこまではよかった。いや事はずっと前から起こっていたのかもしれないが気付き始めたのはほんとに最近のことだ。パソコンで物書きをしているとまたがさっという音がした。またかと思ったが一応確認して正解だった。さっき新しいゴミ袋に入れたゴミが確かに倍になっている。私は直感した。またバカがポイ捨てしやがったと。そう言えば気付くといつもゴミ袋の体積が必要以上に増えている。もうおわかりだろう。私はゴミを集めている。いや決して自発的に街をきれいにして人心を律してやろうという崇高な目的があるわけではない。それは言うとしたら超自然かつ自動的におこなわれる。言ってしまえば私の特殊能力だ。はっきり言って迷惑だった。他人が捨てたゴミを収集するのはくそ真面目な市の三下職員だけにしてほしい。なんで私が? 言い忘れていたが私は意外と楽観主義者であり、また地元愛のあるすこぶる善良な市民の一人でもある。木曜のゴミ出しの日には余裕で5袋を超えるのは簡単に予測できたがこれは善行であり、徳を積む行為でもあると思えば多少は憤りも回避できるというものだ。しかし、私は不運にも悪行の極みであるポイ捨ての犯行現場に遭遇した。そいつはちゃらちゃらしたチンピラかと思えばとんでもない、お歳を召したご婦人だった。ババアと言ってもいいが私は人の話を聴くことのできる優しい人間である。そこは相手の出方次第だ。「ちょっと! そこはゴミ捨て場じゃない!」私の張り詰めた声が彼女の耳に届いていないわけがない。明らかに聞こえているのに黙って通り過ぎるババア──こうなってはもうクソババアと呼んでもいい──に、あんたみたいなのが居るからうちがゴミ屋敷みたいになるんだと言ってやろうかと思ったが私の能力を知られてはまずい。だって、ポイ捨てするバカが増えてしまうではないか。それだけは絶対に避けねばならない。それにうちがゴミ屋敷になるというフレーズの本当の意味を理解できる人が果たして居るだろうか? 部屋に居るとまたがさっと音がする。そしてその現象と同じく超自然かつ自動的に「バカが!」という罵り言葉が口をついて出る。それを四六時中繰り返している私の気持ちをわかってくださるのはもはや神仏しか居ない。彼らがもし実在するのであれば私は確実に死後、天国か極楽浄土に招かれるはずだ。しかし私は今すぐこの地獄から救い出してほしかった。死後の世界なんぞ信じちゃいないから。誰がどう考えたって生きてるうちが花なんだよ! だから今すぐ! 私の能力はゴミ収集という慈善事業みたいなことだけではないと最近になってようやくわかり始めた。善悪はさておきポイ捨てしたやつの寿命を縮めてやることができるようなのだ。それに気付いたのはつい先週のことだ。いつものようにコンビニ帰りに家路を急いでいるとまたポイ捨ての現行犯に出くわした。私はもう口をきくのも億劫だったので心の中で≪お前みたいなやつが居るから世界に希望がないんだ≫と念じてやった。そいつは背広を着ていたが背広を着たやつが全員善人だという間違った法則を信奉してるなら今すぐその考えを捨てたほうがいい。それはポイ捨てしていい。前方から飲酒運転中の暴走車が──。


待つ人

私にとってこの世で一番つらい出来事は母の死でした。人によっては恋愛や仕事や人間関係とかお金のこととかが人生で一番つらい悩みのタネになることは知っています。でも私にとっては母がこの世から居なくなり、軽い冗談なんか言いあっておしゃべりすることができないことくらい絶望的なことはありませんでした。そうね、言うとしたら、怖がりの人が真っ暗闇の中をふわふわ浮かぶ、とんでもなく不安で最高に恐ろしいアトラクションを体験させられたあとに、同じのをもう一度やらないとギャラは出ないって言われるようなものよ。でも二度はないの。一度きり。私は母が亡くなるまでに思い出になりそうなことをいっぱいしようと思ったの。精一杯努力はしたわ。でも今じゃみんな忘れてしまった。せめて私の母への愛を書き記しておこうと思ったの。だからこうして何十年も前に買った表紙が黄ばんだ新品のノートに向かってるわけよ。──私は貧しい兼業農家の長女として生を受けた。いいえ、貧しいなんてつらいうちに入らなかった。私があのことに気付いたときが一番絶望を感じたときなの。父はよくありがちな酒乱の暴力親父でいつも母や私たちに暴力をふるってた。そう、私には妹が居たの。今じゃもうすっかり疎遠になっちゃって住所すらわからないけれど。母は最初縫製の内職をしてたけど車の免許を取ってからは地元じゃ有名な旅館で掃除婦をし始めたの。その頃からだったかしら。離婚話が私たちの耳にも届くようになったの。結局父と母は別居することになってどっちについていくかって訊かれた。もちろん私は母についていったわ。あの夢を見たのはたしかその前だった。目が覚めると涙を流してた。今でもそれだけははっきり憶えてる。母が高い所から落っこちて死んでしまう夢。私は夢を人に話すと正夢になるって法則を知ってた。何かで読んだの。だから妹にも話さなかった。誰にも話してないのになんで母が亡くなったのか理解できなかった。あのとき心の底では母はどっちみち必ず死ぬんだって思ってた。繰り返すようだけどそのことに気付いたときが一番絶望を感じたときなの。私は母と仲が悪かった。一方的に母を拒絶していたのだけれど心のどこかではわかっていたのよ。私は母を心から愛しているって。でもおもてには出さなかった。考えてみるとずっと反抗期のままだった。私が心の風邪で入院したとき、あししげく通ってきてくれた母の顔は何度見ても安らぎを覚えたものよ。母は私にとって世界で唯一の最良の理解者だったの。それを考えるとどんなに私が絶望しているかおわかりいただけるでしょう? 出棺のとき涙が出たの。それも憶えてる。棺の中はお花でいっぱいで嬉しさで母が踊りだすんじゃないかしらって思ったの。ほんとよ。係の人が聞こえているから耳元で言ってあげてって言うから私は言ったの。ねえ、踊ってって。お母さん、踊ってって。踊るわけないわよ、死んでるんだもの。そう、あれは三回忌も過ぎた冬のことだったわ。ええ、はっきり憶えてる。真夜中に私を呼ぶ母の声で目が覚めたの。確かに聞こえたの。読書灯をつけて布団からはい出た私はとっさに机の上の小さな遺影を見たわ。そして言った。お母さん、まさか踊ってるの? って。そうよね、ばかばかしいのは十分わかってる。でも、そんな気がしたの。しばらくして寒いことに気付いた。だって今は真冬だもの。庭の花も咲いてない寂しい季節よ。そのとき、おいでって聞こえたの。私はすぐにどこ? って訊き返したわ。こっちって聞こえた。あたたかい春風を感じた。そっちを向いたら目の前にぱあっと見渡すかぎりお花畑がひろがっていたの。真夜中のはずなのにお日様が照ってた。それにとってもいい香りがしたの。私はもう酔っぱらった花見客になった気分でそっちに駆けだそうとしたわ。そしたらうしろで母が言ったの。行っちゃだめって。でもあれは母が言ったのかどうかさえわからないほど私はもう夢中でそっちに行ったのよ。そしたら野卑なテレビ番組でよくやってる落とし穴に落ちちゃった。でもその落とし穴には底がなかった。私は暗闇の中をずっと落ち続けた。いえ、落ちていたというのは錯覚かもしれなかった、だって目を開けているのかさえわからなかった、何も見えないんですもの。鳥の鳴く声がしたと思ったらいつもの天井を見てたわ。はっきり憶えてるのはそれだけ。あのとき思ったの、踊るってこういうことかしらって。お話がだいぶそれちゃったけど私は母を心の底から愛していたの。それだけ憶えてればもういつあっちに行ったってかまやしないわ。ねえ、そうでしょ、お母さん? 私も一緒にダンスがしたいの。あたたかい春風につつまれて、きれいなお花に囲まれて、お天気もいいし、いい香りもする。そこに行けばきっと踊りだすに決まってるもの。待ってるからね、お母さん。


パ行の法則

パ行ほど私を不安のどん底に叩き落とす象徴はない。パニック発作に見舞われたときのあの死ぬかもしれないと思わせる恐怖の象徴パ。ピンチは逆転のチャンスと言ったところで実際無事で済んだことのない苦い経験を思い出させる象徴ピ。メガ・オプティック・ブラストを食らわされたときのあの絶望感の象徴プ。いつか私もルンペンになるのではないかという不安を猛烈にかきたてる象徴ペ。そして最後は某宗教団体が秘密裏に人をこの世から消すために使っていた合言葉ポアを連想させる象徴ポ。その言葉たちと私が不運にもシンクロしてしまったある日の出来事をこれから語ろう。──私は昨日徹夜したためやや遅めに朝起きた。朝と言ってももうこんにちはと挨拶していい時刻だったが、実はこのところ徹夜続きで、本当のところ日付や曜日の感覚はおろか、一日が明るいか暗いかだけの原始生物なみの感覚しかなかった。仕事はもし合コンに行ったら絶対ドン引きされるような文章を書いて生計を立てていたと言いたいところだが実際は生活費のほとんどを、いやすべてを国から出る年金に頼っていた。なんで若いのに年金がもらえるのか不思議に思う人もいるだろうが世の中には不幸な境遇の人が確実に居るとだけ言っておこう。知らないほうが幸せな場合もあるって法則は信じたほうがいい。そう、知らなければよかったのがあのパ行の法則だ。女子高生の脱ぎたておパンティー、卑猥なピンクチラシでいっぱいの電話ボックス、屁の音、言うのがはばかられる男性器の横文字表記、そして最後は某有名漫画家の大ヒットアニメのオープニング・テーマの歌詞の一節「ポックンは歩く身代金」ときたもんだ。考え過ぎなのは自分でも十分把握済みだからそれはご心配には及ばない。しかしここまで禍々しいものを私に連想させるパ行の法則は世界中をくまなく探したってそうそう簡単に見つかるものじゃない。私がなぜそれに気付いたかは話せば長くなるのでここでは割愛しておくがとにかく私はその日が無事に終わりそうな予感がまったくしなかった。というのも、パ行の法則をあれこれ考えていると結局のところ私の頭の中では悪い兆ししか思い描けないことに気付いたからだ。私はなんとかしてプラス思考にもっていこうと努力はした。アホじゃありませんよ、パーでんねん! どっちにしろ頭がおかしいってことじゃないか! ピーピー泣いたところでお前の本性はモロバレしてるんだよ! プって笑うのは明らかに人を馬鹿にしている! あの愚弟にはヘイトメールの極めつけに漢字二文字で笑笑とだけ打ったくそむかつく画面を見させられた! たんを路上に吐くやつは社会人失格だし、たいていクズに決まってる、親父がそうだった! 生ポを不正受給してるやつらには天罰が下ればいい! 不安はどこまで行ってもないと臆面もなく言い放ったあの母方の伯母はのうのうと余生を送ってるらしいじゃないか! どのみちあのババアの頭のどこかがおかしいことは子供の頃から知ってたがね! 盛り上がってきたところでなんだがこれ以上考えると頭が爆発しそうなのでシャワーを浴びて気分転換することにする。私がパソコンをスリープにして思考をいったんやめることにしたまさにそのときだった。鳥が鳴いてた。しかもパ行のオンパレードだった。しきりにパ行を連呼している。でもその声には害意がまったく感じられなかった。むしろ心地いい。いいやよく考えてみろ。パ行ほどふざけた言葉はないではないか。考え直せ。本当は吐き気がしているくせに強がったところで騙されていることに変わりはない。私はそう自分に言い聞かせ、浴室に向かった。昼だと思っていたが部屋の外はなぜか暗かった。照明をつけていたことも忘れていたというのか? それに昼メシを食べた覚えはないし、もちろん晩メシも。空腹感がない。あの鳥は夜中に鳴くのか? いくつかの疑問点はあるにせよ、とにかくシャワーを浴びてすっきりすりゃ、また私の愛すべき脳ミソちゃんが前向きに回転してくれるはずだ。ところが脱衣所の照明をつけるとまずパと言われ、衣服を脱ぎ始めるとピと言われた。もしかしてと思っていたら、シャワーから出る湯がすべてパ行になっていた。具体的に描写したいところだがとにかくパ行としか言いようがない。死ぬほどの嫌悪感を感じつつも全身をパ行まみれにせざるをえなかった。もし介護士に「気持ちいいですか?」と訊かれることがあったら私はたとえ認知症気味であっても間違いなくこの不快極まりない経験を鮮明に思い出すことだろう。ともあれ、そうそうに切り上げて部屋に戻った私はそうだラーメンを食おうという提案を承認しようとしたが却下した。体の中までパ行にするわけにはいかない。そういうわけで私は眠ることにした。夢の中にパ行が出てきませんようにと祈りながら。──翌日、激しい雨音で目が覚めた。それが何に聞こえたかはご賢察の通りだ。


虫の幽霊は愛する

私はそんなに眠いわけではなかったが、ネットの生放送を観るのは飽きたし、電気ストーブの電気代がもったいないし、何より寒いので、布団に入ることにした。電気敷毛布を稼働させているとはいえ、あったまるにはしばらく時間がかかりそうだ。しもやけだらけの足が冷たい。照明を消すにはまだあと服薬と口の手入れ、それからトイレにも行かねばならないのでつけたままにして、私は布団の中でじっとして目をつむっていた。その現象はまず末端の手足の指から始まり、徐々に全身に広がった。毛穴という毛穴から線虫のようなすこぶる元気な虫が入り込み、体中を這いまわった。耐えられなくなった私は起きてまだ早いのに服薬した。念のため頓服薬もやった。胃に若干違和感を覚えたものの、また布団に入った。どうにも胃が痛いので上体を起こし、胃の中のものが腸へと流れ込むのをしばらく待った。楽になったのでまた身を横たえた。寝返りをうった。片方の耳をどうしても枕にぴったり押し付けたかった。冷たいからではなく、聞きたくないからだ。さっきからずっとミンミンゼミが鳴いている。真冬だぜ? それから虫かごの中を歩き回るたくさんのクワガタの足音がする。プラスチックの壁をあのかぎづめで執拗にひっかく音。私はこれまで数多くの虫を殺してきた。もちろん、殺したくて殺したんじゃない。死んだんだ。私がつかまえたから死んだ虫も居たが多くは自然に死んだ。私には彼らのことを感じ取る能力があった。いや、能力というのは大袈裟かもしれないがとにかく私はずっと彼らの存在を感じていた。幽霊というのはたいてい夏に出るものと思われがちだが、冬のそれの恐怖は夏よりも何倍も怖いと言っていい。第一冬というのは死の季節ではないか。植物も枯れているし、虫など一匹も歩いていない。なのに私の頭の中は真夏以上にとてもにぎやかだった。季節感などまったくない。あるとすれば唯一しもやけがそれを物語っている。昔、母と弟と三人でこの離れで夜眠ったことを思い出す。親父と別居し始めて間もない頃だった。枕もとではそんなことどこ吹く風のクワガタたちが夜中じゅうプラケースの壁をひっかいていた。多少寝心地の悪さを感じたものの朝にワープしたら、まだ彼らの行為は続いていた。「ごめんな、こんなところに閉じ込めたりして。でもお前らはもうボクの中に入った。永遠の存在になれたんだ。身が滅んでもまだ生きていられる」そうとも、私の命が続いている限り、彼らはまだ生き続けることができる。そしてその現象は私にだけ起こるものではない。どこかで誰かが私と同じような経験をし、虫たちの魂は継承されていく。だが、もう少しどうにかならないものか。これでは眠れない。あのときと同じ多少の寝心地の悪さを感じるものの、服薬さえすれば、また朝にワープできる。ヤクさまさまだ。ミンミンゼミはまだしきりに鳴いているし、クワガタもまだあの行為をやめない。線虫のほうはかなり落ち着いてきたようだ。こんな毎日を繰り返しているといつか発狂するのではないかと心配する人も居るかもしれないが、私は逆に安心している。彼らの存在を死ぬほど感じることによって逆に心底安心するのだ。明日もその次の日も、またその次も、ずっと同じことの繰り返し。しかし、この現象を工場勤務していた頃のようにいまいましく思うことは絶対にない。むしろこの上ない幸福感につつまれる。私は彼らを愛している。それは今も変わらない。忌まわしいことがあるとすれば彼らの存在を感じ取れなくなったとき、つまり、私があの世に召されるときだ。ただ何度も言うようだが私一人が死んだところで虫たちの魂が誰かの心の中に必ず継承されることに変わりはない。もし私が彼らと同じ存在になったとき、同じくあなたがたに幸福をもたらすだろう。それは約束しておく。いつまで続くんだろうなと思うことはあるがたぶん生きとし生けるものが生きている限り、永遠に続くよ。「袋わけましょうか?」「あ、一緒でいいですよ」コンビニでの何気ないやりとり、そこに少しでも愛があるなら、永遠に続くよ。たとえ地球が太陽にのまれて滅んだとしても、この一瞬は、永遠に続くよ。母との思い出、子供時代の甘い記憶、生き物たちとの友情、そして愛。みんな続くよ。だから、勇気を出して一歩だけ進めばいい。いや別に進まなくてもいい。前を向いてさえいればいい。私の頭の中に聞こえてくるのは虫たちの音だけではない。とても、つらく、厳しい、罵りや、嘲弄などといった人を後ろ向きにさせる声も聞こえてくる。でも私は、ありがたいことに虫たちのおかげで前向きでいられる。たしかに彼らは私に愛を与えてくれた。愛してくれている。こんなに幸福なことが他にあろうか。


あんたすすけてるぜ

「素敵な方ですねって、完全に見た目で言ってんだろ。そりゃ人は100パー見た目だが少なくともわしはそんな無慈悲なことを言うつもりはない。心配しているとか言って腹の中じゃムカついてやがるんだろうが。それくらいすぐに察しがつくんだよ。わしは馬鹿じゃない」私は自分を制することができず、独り言をつぶやくくらいならまだ赦されるが、私はアイツに向かってわざわざ喉の膜を震わせて空気を振動させて音波を作り、アイツの耳の鼓膜を刺激して、そこにつながった神経を活性化させて、脳に私の考えを送り込んでやった。アイツは何か達観したように私に対して穏やかな、極めて穏やかな思念を同じように私の脳に送り込みやがった。「もう行ってきたよ。花さしておいたから」「うちには寄らないのか?」「来るんだったら電話しろって言ってたから」「おまえそんなに電話がしたくないのか?」「そういうことじゃない。あんたにはもううんざりなんだ。がっかりさせられてばかりいる。せいぜいあんたの城でのんびり余生を送ってくれ」私はそこまで聞いて頭の血管がブチギレそうになった。いやすでに毛細血管はお釈迦になっているはずだ。実際はそれに気付いてないだけ。もう駄目だ。もはや私の頭だけではない。頭が統括しているすべてがイカれちまっていた。顔を見に来るとか言うから私はてっきり今日アイツがここに来ることを想定していた。もちろん、タダじゃ済まないと思って何度もシミュレーションした。ああ言ってやろう、こう言ってやろう、こう言われたら、ああ言ってやろうというふうに。しかし結局のところアイツには何を言っても無駄だということに気付き、その世界一馬鹿馬鹿しい行為をすぐにやめた。何も言うまい。そう決めていた。それなのに! 「おまえがわしを馬鹿にしているのは知ってる。まかり間違ってもしおまえが心底わしを心配していると仮定してみよう。間違ってるんだよ、おまえの言っていることは全部な! わしとおまえのこの世界に対する考え方がまったく180度違うことをまず知れ。話はそれからだ」アイツは一つ鼻息を吹いて馬鹿にしていることに何か問題でもあるのかとでも言いたげな間を置き、至極落ち着いた声音でこう言った。「そんなことは知ってる。言われなくてもな。だが、あんたが言ったようにわいにはわいの考え方というものがある。死んだあの人が言ってただろう? 人の心は変えようがないと。変わるとしたら、あんたのほうが変わるしかない。わいが変わるわけにはいかんのだよ。あんたこそそれを知ったほうがいいんじゃないのか? 話はそれから始めようぜ」私はもう限界をとうに超えて、何と表現したらいいか、究極の境地に達していたとでも言おうか。そのときはっきりこう言う声がした。「殺人」「馬鹿言え、なんでわしが実の弟を殺さなくちゃならんのだ? あんまりじゃないか!」「殺人」「黙れ!」「ワタシは黙ることができない。なぜならワタシはおまえだからだよ」「よしてくれ! もうたくさんだ!」「やめることはできない。何度も言うようだがワタシはおまえだからだよ」「アイツは花をたむけさえすればいいと思ってる。死んだあの人のためなら、それくらいの出費は屁とも思っちゃいない。しかし、ただわしの顔を見るだけの行為に及ぶ気も、うちに来る前にコンビニで茶でも買ってきてやろうかという気も微塵もない。アイツはそういう野郎なんだよ!」「ホントにそう思うのか? 本当は心のどこかでまだ期待してやしないか?」「してない! これっぽっちもな!」「殺人」「うるさい黙れ!」アイツはすまして言った。「どうした? わいもこれ以上あんたと長話する気はない。わいのやるべきことはやった。じゃあな」「ちょっと待て! 一つだけ訊いておきたい。おまえはあの人を愛していたのか?」「当たり前じゃないか。訊くまでもない」「じゃあなんでわしを責める? あの人の一番の願いはわしらが仲良くすることではないか」「同じ質問をあんたにしてやる。事を荒だてているのはあんたのほうじゃないか。わいはもうわかったんだ、あんたと同じように、あんたには何を言っても無駄だってことに。こんなにがっかりさせられることがこの世界に他にあると思うか? つくづくだぜ、あんたには」「殺人」「よせ! わしは殺したくなんかない! 嘘じゃない! ただ、仲良くはできないだろうな、ハハ! それは間違いない、お互いに疑いあってる、仲良くできるはずがない」「殺人」「おまえの言いたいことはわかったよ、もういい、消えろ!」「何度も言わせるな、ワタシはおまえだよ」アイツはこんなことをしている暇があったらカネ稼ぎをしたほうが賢明だと言わんばかりに私に言った。「もういいか? 一つ言いたい。あんたすすけてるぜ、顔が」私は暑くて汗をかいているのではない。決して──。「アイツを愛している?」「もちろんだ」


女人観察人

「疲れたのだよ、もう」彼は強烈に息まく画面の向こうの若い女に向かってつぶやき続けた。「夜になると酒をやったわけでもないのに吐き気がするんだ。なのに、余計それを助長する向精神薬をやらなくちゃならない。連中は当然だと思ってるらしいが肉体に異物を、しかも金属をぶっ刺すということの異常性が、勉強はよくできるはずなのに、それだけがまったく理解できないようなんだ。点滴なんぞ絶対に嫌なんだよ! 採血でさえ嫌なのに、ずっと金属を我が肉体にぶっ刺しておかねばならないことに意味などあるものか。肉体しかもわざわざ血管にぶっ刺すんだぞ? 想像しただけで寒気がする。もしもそんなハメになっちまったら死ぬよりかはマシだとわしが思うとでも? はっきり言おう、死んだほうがマシだぜ。なんでこんなことを毎日毎日しなきゃならない? なんで歯磨きなんぞ、お口のお手入れだと? わしとフレンチ・キスするわけでもないのに、なんで嫌がられないといけない? こないだ夜のコンビニ帰りに排水溝の上のでかいグレーチングの奥からがっしゃんがっしゃんいうムカつく音が聞こえたんだよ。しかしよく聴くと汚水の流れる音が混じってた。別に汚水の音というのは排水溝からだけ聞こえるものじゃない。自分の腹から聞こえるおかしな音もそのひとつだ。音というのは聴覚だけを刺激するものではない。嗅覚も同時に活性化させる。汚水のにおいだ。実際ににおってるわけじゃない。排水溝から聞こえる音も、腹から聞こえる音も、そして排泄時の音も、事が終わったあと流す音も、みんなにおいを伴っている。これは常に可逆的な現象だ。音はにおいを、においは音を、それぞれ感知させる。その好例を話してやろう。古本屋の二階はお宝本のまさに宝庫だった。しかし、わしは今すぐに立ち去りたかった。もうわかるだろう? 汚水の音が聞こえたからだよ。古本の手垢のにおいを知ってるだろう? あすこは空間がすべてそのにおいで満たされていた。それを嫌々ながら嗅ぎとり、そして汚水の音を聞いた。排水溝から聞こえる音も、腹から聞こえる音も、そして排泄時の音も、事が終わったあと流す音も、みんな聞こえた。そりゃ実際は静かだったよ。客もわし以外には一人か二人くらいだったし、そんなところで大騒ぎするマジキチが偶然そこに居合わせる確率もほぼゼロだ。たとえばもし、そこが古本屋でなく、新品の本ばかり置いている本屋だったとしよう。なにも嗅ぎとれないし、なにも聞こえないと思うか? わしは若い頃、大型書店に好んで通っていたことがある。今思い出せるのは確実になにかにおっていたし、確実になにか聞こえていた記憶──ここにずっと居てはいけない。確かにそう思った。居場所なんてどこにもなかった。今でも。繰り返すようだがわしは疲れたのだよ、もう」若い女の生放送は終わっていた。聞こえるのはノートパソコンから聞こえるファンの音とコオロギの鳴く声くらいだったが、彼は確かに別の音を聴いていた──汚水の音。もちろん可逆的なのでにおいも感知していた。加齢臭や獣臭や、何と言ったらいいかわからない得体の知れないにおいから感じ取れる音──汚水の音。「わしは母さんの出す咀嚼音が心の底から嫌いだった。でも今はそれさえも心の底から愛おしい。そしてその口臭も。はっきり言って腐臭だった。しかしどうしたわけか、今では愛おしいのだよ、アルコール依存症のヤニねえちゃんよお?」彼には画面が止まっていることなどどうでもよかった。変顔で止まっていることも。彼はつぶやき続けた。いやもはや実際に声に出して言っているのではなかった。自分の声さえも聞きたくなかった。「道を歩いてるとな、ハエのぶんぶん飛ぶ音が聞こえてきたんだよ。もちろん可逆的なのでわしはすぐに外からでも確実に腐臭がにおってくるお向かいさんちのことを思った。あれからなにもかも変わっちまったんだよ、わかるか、タンクトップねえちゃんよお? 世界一大事なものを失うってことが人心を変えると思うか? わしの場合は変わらなかった。すぐに元に戻ったよ。例の汚水の音もすぐに復活した。あの音が人の話す声に聞こえる現象も当たり前のようにな。悪人の声だよ。この世界に悪人が本当に居るとしたら、そいつらからは必ず汚水の音が聞こえるはずだ。その意味では母さんが発していたのは明らかに汚水の音ではなかったのだよ。だから心の底から愛おしい。わかるか、有名歌手気取りのねえちゃんよお? もちろん、わからんでいい。しかし、再三言うようだがわしは疲れたのだよ、もう」彼はそこまで言うと、いや正確には念じると、今までにないほどの深いため息をひとつつき、ブラウザを閉じ、キーを打つ行為に集中しようとしたが、やっぱり聞こえていた。汚水の音が、はっきりと──。「疲れたのだよ、もう──」壁掛け時計が午前4時過ぎを示していた。「寝ろよ、ねえちゃん」


アイ・クローズド

「待ってたよ」──夜道を歩いていた。コオロギの鳴く声と風が耳を切る音、自分の足が湿ったアスファルトに置かれたときの砂利の音、たまに小石を蹴ってそれが転がっていく音。そうだ、あの声も聞こえる。子供たちの遊び騒ぐきゃっきゃいう声。風呂にでも入ってるのかな? まるで狭い車道でスピードを上げるくそいまいましい車のように走り去っていく音たち。待ってくれ!──「待ってた?」呉服屋の裏の薄暗い殺風景な──ペインターが落書きしていないだけましだったが──白い壁に背中をつけて体育座りをした半袖半ズボンの少年? ──が確かに私に向かってそう言ったのだ。だから訊き返した。「ずうっとね」「ずっと? わしは君なんか知らん。呉服屋の子か?」「いいや、おじさんだよ。ボクはおじさん」「は? おい、大人をからかうもんじゃない。暗くなったら家に帰る、それが子供の仕事だ。こないだ回覧板にこの辺で不審者が出たと書いてあった。晩メシ食ったのか? 早く帰れ」その少年は立ち上がってお尻をはらってから鼻をひとつ大きくすすってこう言った。「ずうっと待ってたんだよ、おじさんを。一緒に行こうよ!」「どこへ?」「幸せだった頃にさ」「バカ言うな、確かに独り身でさみしいがもう慣れたよ。それに過去になんか戻れるはずないだろ。お前まさかお迎えさんじゃないだろうな? いいぞ別に。思い残したことなんかひとつもない。常に全力を尽くしてきた。どこへなりとも行こうじゃないか」少年は右手を差し出す。私はその手を迷うことなく握った。──黒いワゴンに気をつけて──気がつくと少年は消えていた。私が今居たところだし、何も変化はない。ただ、少年が消えた。私はぶつくさ言いながらコンビニへの道中をひたすら歩き、そして用事を済ませた帰り道、ふと駅前のロータリーのほうに目をやった。黒い大きなワゴンが止まっていた。車内灯をつけて二人の男が何か話し込んでいたがこっちに気づいた連中はすぐに車内灯を消し、ヘッドライトをつけて、アイドリングしていたエンジン音を何倍かにして急発進してこちらに向かってきた。私は立ち止まって見ていたわけではない。ほんの一瞬の出来事だった。道路を横切ろうとしていた私は小走りで渡ったが黒いワゴンのスピードのほうが速く、すんでのところで轢かれるところだった。ニアミス。急ブレーキをかける黒いワゴン。ウインドウを開ける運転手そして怒号が。「死にてえのかオッサン! くたばっちまえよ!」「何言ってる。お前こそウジ虫入りのマンマを食いたいのか!」「たははは! 実に面白い! あんたあ生きてちゃいけねえんだよ!」「老害だとでも言う気か?」「そういうことじゃねえ、あんたあガキの頃に──」「しいー!」助手席側の男が制する。「なんなんだ、あんたら?」私は訊いた。「クローズド」「は? 横文字か?」「あんたの目はすでに閉じてる」「どういう意味だ?」「知らなくていい。おとなしく回収されろ」「かいしゅう?」「たははは! おもしれえ!」「おい、それくらいにしておけ」助手席側のわけ知り顔の男がまた制する。「また会おうぜオッサン! たははは!」黒いワゴンが去っていくのを見送っていると目の前にあの少年がすっと現れてこう言った。「危なかったね。さ、行こう、おじさん」「待て、これをやらないと」私はレジ袋を掲げた。「大丈夫、食欲なんてぶっ飛ぶから」少年はまた右手を差し出した。私もまた迷わずその手を握った。気付くと冷たい。水の中? 私は息苦しくてじたばたしたら浅い川の中に横たわっていることを認識した。上体を起こす。すると声がした。「オッサン川遊びが好きだったのかよ! たははは!」そっちを見ると山際の旧道に黒いワゴンが止まっていてあの連中が中に居た。私はよろめきながらも立ち上がり川音に負けじと大声で言ってやった。「死ぬほど好きだが何か問題でも!?」「上がって来いよオッサン! びしょ濡れだぜ?」「言われてなくてもそうするわ!」私は土手を上がり、旧道に入り、両ひざに両手を置いて溜め息を一つつこうとしたら連中がワゴンから降りてきて一人が私を羽交い絞めにして、もう一人が後部座席のスライドドアを乱暴に開けてどうぞのポーズをした。「乗れオッサン! たははは!」「どこへ連れていく気だ?」「乗ってみりゃわかる! 早く! たははは!」私はしぶしぶその黒いワゴンの後部座席に乗った。急発進するワゴン。「あんたら一体何なんだ?」「何度も言わせるな! クローズド! たははは!」運転手はご機嫌で猛スピードで狭い旧道を転がしていた。私は前方を凝視していた。釣竿を肩に担ぎ、青いバケツを持ったあの少年が視界に入った瞬間、ワゴンは思い切りその少年を跳ね飛ばした。急ブレーキ。「ビンゴ! わかったかよオッサン! たははは!」「なんてことを!」「行こうぜオッサン、在るべき所へ! たははは!」


LOL

「母さんがカレーを残らず食べた」滅多に笑わない私が笑ったのはあの言葉を──いや、正確に言うと言葉ではなく、感覚と言ったほうがいい──この皺なし矮小脳で実際に感じたとき以外を挙げるのが非常に困難だった話をしよう。別に私は笑いたくないから笑わないんじゃない。笑えることがこの世界に何一つないからだ。腹を抱えて大笑いしたことが生まれてこのかた一回もない。笑ったら笑ったでそれをよく思わないやつらがたいてい居る。私はビビってるわけじゃない。ただ本当に笑えることがほんのケシ粒くらいあればそれで事足りる。しかし、実際はない。微塵もない。テレビのお笑い番組なんか観たって無駄だぜ? 営業妨害だと言われそうだが、あんなもの観て笑うのは本当の笑いじゃない。「母さんがカレーを残らず食べた」──しけこんだことを言うようだが母さんが脳卒中で倒れたのは三年前の夏だった。倒れてから二週間とちょっと生きてた。そうとも、間違いなく生きてたんだ。「あんたが調子悪いと母さんも調子悪いんよ」確かに母さんはそう言った。だから私も、「母さんが調子悪いと僕も調子悪い」と言って病床の母さんを困らせた。たぶん、困ってたと思う。ある日の病院食がカレーだった。母さんは吐き気がするのにカレーを懸命にほおばった。私はそれを見て母さんが元気になることを確信した。しかし、ドレーンをはずされたあと、急に脳梗塞になって、感染症まで併発し、体が動かなくなり、呼吸しかしなくなり、そして何もかもが停止した。ご存じと思うがこれがいわゆる死というものだ。軽いぜ? 人間の命は他の生物となんら変わりないという法則が信奉できない連中は確実にアマちゃんだぜ。なぜなら、生きていることは奇跡であるにもかかわらず、つらいことのほうが多いこの世界をまるでわかってないからだ。命なんて簡単になくなるし、人間と虫ケラは同等の命だし、重さなんてない。いや、重さがあるとしたら少なくとも地球よりははるかに軽い。私の意見がもし間違っていたら人殺しは今すぐなくなるはずだ。戦争はなくなるし、テロなんぞも起こらない。命が軽いから人殺しをするのだろう? 母さんの命も同じだった。軽かった。しかし私にとっては何よりも重かった。そして──そして私にはあの感覚だけが残された。「母さんがカレーを残らず食べた」あの感覚としか言いようがない。無理やり言うとしたら、「希望」だ。笑うという行為は希望を感じてるからするものではないか。そうだろ? あれから三年経った今、私は心の底から大笑いしたくてたまらない。でも、アハハって笑うんじゃない。全然違うんだよ、お笑い番組を観て笑うのとは確実に。──「昨日、渡すの忘れてて」「ああ、いいですよ」「サービスですから」コンビニではもう顔パスだ。私は笑いたかったが何度も言うようだがアハハって笑うんじゃない。──「これ食べてください」父方の実家の田んぼの草刈りが一段落してタオルで顔の汗を拭いているといきなり声がした。「え?」「わたしK子です。T君でしょ? 憶えてる?」「ああ、K子さんか、あの足の速かった」「そうそう。これどうぞ、おむすび」「わあ、ありがとう」「一人じゃ大変でしょう?」「まあ、ぼちぼちやってますよ」「じゃあね」「ありがとね」私は例によって笑いたかったがこれ以上はもう言わなくてもいいだろう? ──「母さんがカレーを残らず食べた」そうとも、私は希望を片時も忘れていない。大声で笑い出す必要はどこにもない。あの感覚──希望がありさえすればアハハって笑わなくとも。──「元気?」「うん。伯父さんも元気そうだね」母方の伯父が正月に顔を見に来たんだ。「自立って英語でなんていうか知ってる?」「えー、セルフ・スタンド」「馬鹿。インディペンデンス!」「ああ! アレね」伯父は英語で身を立てていた。憧れだったと言っていい。「次は僕の番だな」──やめて、おじちゃん。お願いだから。「こればっかりは仕方がないんだよ。頑張るんだぞ」おじちゃん、待って! 置いてかないで! ──「おい何言ってる? 僕はずっとここに居るじゃないか」「ああ、そうだったね。あんなこと言わないでよ」「迷信は迷信でしかないんだよ。いいかい? この世界で必要不可欠な唯一のもの、君はもうそれを知ってる。何も心配することはないんだ」「でも──」「見えるものだけがすべてじゃないんだ。目をつむってごらんよ。はっきり感じ取ることができるはずだ」「わからない」「じゃあ、あの言葉を思い出してごらん」「母さんがカレーを残らず食べた?」「そうだ。憶えてるじゃないか。大丈夫。じゃあな」──すべて過ぎ去ったが私の中には希望だけが残った。だから、やっていける気がした。いや、もうやっていけるんだよ私は。大丈夫。何も心配はいらない。「母さんがカレーを残らず食べた」あの感覚──希望──さえあればきっと。


ねえ誰か

「ねえ? 僕たち生きてるよね? 君の声を聞くことができて、僕の声が聞こえるということは、間違いなく生きてるよね? 僕は、老いているし、病気持ちだし、身も心もボロボロだけど、それでも確実に生きてるよね? だったら、君に何か言えるのは──生きてくれ──ってことだと思うんだ。大丈夫、心配は要らないって」道端で老人とすれ違ったとき、お互いに顔を確認し、すぐに目をそらし、黙って通り過ぎる。あれは幻聴だ。私の無意識の声だ。しかし、なぜだか私はとても安心した。普通は嘲弄しか聞こえてこないんだけど、あのときは違った。「待たれよ、ご老人」「ん? 何か言ったか? わしは耳が遠くてな。蚊の鳴くような声しか聞こえん」私は能力を使うことにした。「聞こえますか?」「ああ、はっきり聞こえるよ。どうかしたかね?」「私は生きていていいんでしょうか?」「ワッハッハ! 悩み多き若者よ、大いに生きたまえ! それにいつかどうせ死ぬんだから、前向きに生きろよ。これは約束しておく、絶対に損はないと。悪態をつくのは一向にかまわん。しかし、必ず前を向いておけ。そうすれば間違いはない」──この世界では争いが絶えない。命を無理やり奪われることがたとえなかったとしても、何かしら争っている。これがもし私の単なる勘違いであるなら、「平和」などというものを求める人たちはこの世界から居なくなるに違いない。その言葉自体顧みられなくなるだろう。「ないものねだり」という言葉通り、ないから求めるのだろう? 自分が生きていていいのかと疑問に思うのは、ないからだ。生きていていい理由がこれといって。ただ同時に、死んでいい理由もこれといってない。だったら、前向きに生きたほうが少なくとも生きる理由ができる。そういうことでしょ、ご老人? 「ワッハッハ! 考え過ぎはよくないが考えるのは大事なことだ。とくにわしくらいの歳になると、考えようと思っても考えることができなくなるからな。今のうちに精一杯考えることだ。たとえ実らずとも、お前さんが言ったように少なくとも生きる理由ができる」──「終われよジジイ。あんたはもう誰からも愛されてない。愛されてない者に生きる理由はない。だから終われ」「よせ!」「お前も猫をかぶるのはほどほどにしておけ。お前の本性は悪そのものだ。認めろ。そして素直になれ。そうすればお望み通り世界は終わる」「いやだ! 私は悪じゃない! 良心と善意を──」「ツァハハハ! そんなものが役に立ったことがあったか? お前は憎まれているんだぞ? それに応えるには悪を解放するしかない。お前には素質がある。オレは心底期待してるんだよ。お前ならやってくれるって。このくだらない世界を滅ぼしてくれるって」「──フフ、フハハハ! 私は良心と善意を受けて育った。母さんから、先生から、友達から、みんな持っていた! 良心と善意を! 私は応えねばならない! 良心と善意で!」「ふう、それだけか? ご託はたくさんだ。考える必要はない。お前が受けてきた悪に応えるには何度も言うようだが悪を解放するしかない。な? 素直になれ。お前はいじめられていたじゃないか。忘れたのか? お前は悪を受けて育った。いいように解釈しようとするのは逆だったからだろ? オレは間違ったことを言ってない。お前はもうわかってるはずだ。この世界がどういうものか」「私は! 絶対に! お前を認めない!」「うん、強がってもいいけど、実際のところどうだ? お前なにか施しを受けたことがあるか? むしろ奪われているじゃないか」「そんなことは関係ない!」「いや、関係はあるんだよ。愛も結局のところ奪われっぱなしじゃないか。そんな無意味なことは今すぐやめろ。な? 破壊したほうがよっぽど意味があるぞ。おばちゃんに買ってもらったおもちゃを破壊したじゃないか。かあちゃんが大事に育てた野菜を破壊したじゃないか。お前が破壊したときに感じたすっきりした気分。そっちのほうが何の見返りもない愛を持っているよりよっぽど意味があるじゃないか。意味があるとしたらそれがお前が生きていていい理由だ。お前が生きていていい理由は破壊することで生まれるんだよ。奪うことで生まれるんだよ。悪を解放することで生まれるんだよ」「たのむ、やめてくれ」「限界か? 全力を出したいんだろ? その力は正しいことに使わなきゃな。今オレが言ったことがこの世界で一番正しいことだ。そう思うだろ?」「私は──」「どうした? 言ってみろ」「私は──お前の提案は絶対に承認しない。なぜなら──」「ん?」「なぜなら──」「理由なんてない。意味なんてない。そうだろ?」「──本当の本当に理由や意味がないならお前にもないんだ!」──気付くと私は深夜に照明をつけたまま、布団に横になっていることを認識した。ねえ誰か──私の意見が正しいと言ってくれ! たのむ!


二度と来るか、アホ!

女はいくつになってもゴシップ好き。私は噂話をされたからと言って気に病むような人間ではない。「またか」と少々残念な気分にはなってしまうが。だが、考えようによってはそれも人生のお楽しみの一つだ。自分が変わればいいだけのこと。私が本当に残念に思うのは常に機嫌が悪く、たちも悪い、他人のことを慮れない連中の存在だ。それも考えようによってはどうでもいいことだ。特に客商売ではそんなことをいちいち気にしていたのでは仕事にならない。そう店長さんが言っていた。心の広い、とても優しい人だ。仕事の話はしないでおこう。それより今私が気に病んでいることが何一つないことが心配と言えば心配だ。何も問題を抱えていない人間が仮に居たとしよう。そんなやつが語るなって話だろ? もっとも私の場合、繰り返すようだが、心配がないことが心配なので、その意味では問題を抱えている。それによく考えたらアレコレと置き忘れている事柄がいくつかある。それをいちいちここで挙げてもいいが私が言いたいのはそんな些末なことどもではない。──誰か、私に何か求めろとは言わないから、語ることだけは許してほしい。勝手に言ってろと思うかもしれないが、精神科のクリニックの先生は「お前はリスクの高いことを語っている」と私を脅した。一意見に過ぎないとは言っていたが結局のところ自分が気に食わなかっただけだろう。あのお方とは基本的に身分も立場も住む世界もまったく違うので、しかも医者と患者という相容れない関係なので、それは気にするだけ馬鹿を見るというものだ。私は私の考えでやればいいだけの話。リスクとかを考えて行動せねばならないのは死ぬほどわかっているが、たとえそれで命が奪われようとも、「もう少し生きていたかったかな。楽しみたかったかな」というささやかな感想を抱くくらいのものだ。私に失うものがあるとしたらもはや自分の命だけ。そんな人間に対してリスク管理の重要性を語って聞かせたところで何の意味がある? まったくない。「先生は結局のところ、私を脅すようなことしか言わないじゃないですか。私のためを思って言ってくださっているのであれば、私の側は完全に脅しとしか思っておりませんので、私はただ先生のお話を笑って聞き流すだけです」──もしもこう先生に言ってみたらどうなるだろう? セカンドオピニオンでも利用したらどうだとおっしゃるだろうか? もし関係が悪化した場合、いろいろと不都合なことがあり、今の時点では主治医に服従しておくしかない。私は別に二重人格とかそういうのではなく、自分の側のスタンスとしてただ真面目にしておきたいだけなのだ。汚い言葉ならいくらでも知っているし、冗談かどうかの区別くらいつく。笑って生きれるようになるにはそれなりに時間を要し、おそらくいくら時間をかけても、そのスタンスは変わることはないだろう。「どこにあるんか知らんが大学出だから馬鹿にしてやがるのかな?」バイト中にこんな声が聴こえてきた。一瞬暗鬱にはなったが何度も言うようだが私はそんなことでずっと気に病むような人間ではもはやないのだ。気に病むとすれば、向かいの妖怪みたいな歯が抜けて白髪混じりでギョロ目でせむしのクソババアが──そう呼んでいい理由は私に母が亡くなったことに慣れたかとしつこく何度も訊くから──人が来ると必ず、自分に用があって来たのでなくとも必ず、しゃしゃり出て来て、気持ちの悪い声音で話しかけることだ。どうでもいいことだが生理的に受け付けない人間というのはこの世界に必ず何人か存在するものではないか。そういう人間にあの主治医の先生がなりつつある。いや、もうかなり以前からなっていた。生前の母が私が退院する日に白い封筒に包んだ袖の下を渡した。真心からの笑顔でね。──くっそ! あいつは当然のように黙ってそれを受け取った! こういう時の対処の仕方を心得ていなかったのかもしれないが、私はとても憤慨した。母さん、何であんなことをした? する必要は微塵もないじゃないか! 弱者ヅラする気は微塵もないが明らかに弱者はこっちじゃないか! くっそ! これまでに経験したことがないほど最高に悔しい! 挙げ句、母がありがとうございましたと言ったら看護師がこう言い放った。「仕事ですから」──くたばれ! 入院中ある看護師にこう言われた。「あなた笑わないね」──病気の症状に見舞われて「アハハハ!」と笑うやつがこの世界のどこかに存在するのなら、そいつこそがキチガイだろうが! 私をさんざんキチガイ扱いした挙げ句──窓に鉄格子がはめられていて、寝ること、風呂に入ること、食べること、排泄すること以外は何もできないところに缶詰めにして、夜は必ず施錠してあり、寒くて寝付くことができなかったので、毛布をくださいと言ったら、仏頂面で「ほらよ」と言わんばかりに! ──「二度と来るか、アホ!」


抗った証

「えっ、なんで笑うんですか?」──自分には生きる意味も価値もないと思っている老いた男がやっとかけがえのない希望を見い出しかけたその矢先に、若い女からこの敵意あるフレーズを1万回リピートで聴かされたとしたら、どうなると思う? 少なくとも、面白くて、楽しくて、笑ったんじゃないよ、お嬢さん。あえて言えば、「自嘲」だよ。もしもそれを心底理解していてそう言ったのなら、「私ゼッタイ嫌われたわ」とか微塵も思っちゃいないのだろう? そうとも、君はそんなタマじゃない。思い出せよオッサン、人生そんなことばかりじゃなかったはずだ。近所のおばさんに、「あら、これからお出かけ?」と訊かれたから、「はい、出勤です」と答えたら、「頑張って」と言われたじゃないか。もちろん、それだけじゃない。出稼ぎにはるばる遠い国までやって来たらしい東南アジア系の若いあんちゃんに道すがらはっきりした日本語で「こんばんは!」と言われたから、こっちのほうがおぼつかない日本語で「こんばんは」と返したこともあったじゃないか。スーパーでトートバッグに詰めているとき店員さんとかなりのマシンガントークしている隣のおばちゃんが、「ごめんなさいね、やかましくて」と私に声をかけてきたので、「やかましいほうがいいんですよ」と言ったところ、矛先が私になり、いろいろな世間話を出入り口で延々した後、笑顔で帰路についたこともあったじゃないか。思い出せよオッサン、まだまだある。こっちゃあ無駄に歳を食ったワケじゃないんだ。絶対に思い出せよオッサン。すこぶる良いことをな。そうすりゃあ自ずと道はひらけてくるもんよ。もしもいっとき暗い気持ちになったなら、それは本当に一時的なものでしかない。常に前を向いていろ。あんなことを言われたくらいでへこたれていてはいけない。一晩寝て、風呂に入り、ヒゲを剃って、心をまっすぐにするんだ。鼻毛も剃れよ。あと歯磨きもしたほうがいいな。マウスウォッシュだけじゃ歯垢などの汚れが取れんと歯医者さんに言われただろう? いつの間にお前は歳を取ったオッサン? まだ若いつもりでいるんだろう? あっちのほうはからっきしだが。その調子でいいんだぜオッサン。心が若けりゃいい。容貌は老けたが心さえ若けりゃまだなんだってできる。頑張れよオッサン。──私は独り瞑想していたのか、タリーズコーヒーの大テーブルを前にトレーと少し残ったショートの本日のコーヒーとチーズケーキの残骸、それから某有名小説の単行本の表紙を下にして閉じていて、たぶん学生さんだと思うがテーブルの上に諸々の品をひろげて、自分の世界に没頭している若人に囲まれて、座っていることを認識した。夜もう閉店時間間際のことだった。今読んだ小説の悪い点をあげつらう気は微塵もないが、私には何も響かなかったし、何も残らなかった。「あの帽子の人カッコイイ」「ぷっ、絶対ハゲだろ」──いや諸君、ハゲているから帽子をかぶっているに決まっているではないか。なぜ絶対ハゲだろとわざわざ言うのだ? そんなにオッサンを貶めたいのか? わからんでもないがそのフレーズは田舎モンの証だぞ? 仕方ないな、ここは田舎だから。だが、いちいち帽子をかぶっている人を嘲笑っていて、自分が卑しく思われないか? 私はそういうひそひそ声が聞こえたら、まず間違いなく、「このクソアマ!」ともう一つ極めて卑しい言葉を頭の中で唱えるのだが、そのたびに自己嫌悪するんだぜ? あんたら微塵もそう思わんのだろ? 賢明とは言えないな。第一、他人をそしることはこの世界で一番卑しいことの一つだ。まあ、私はあんたらに説教する気はまったくない。とっても無駄なことだからだ。他人の心を変えることは絶対にできない。自分が変わるしかない。ただ、そんな至極簡単なことすら、解っていない連中を見ると暗鬱な気分にはなるがね。解っていないハズがないあのクソアマに「えっ、どうして笑うんですか?」という滑稽極まりない言葉を投げかけられ、あれっ? もしかしてあの簡単な法則を知らないの? って、思っちゃった。ま、仕事をストイックにやりたい気持ちもわからんでもない。とくに女性はその傾向があるらしいが、ま、なんだな、私は楽しんで仕事をやりたい派なので、あなたとは永遠に馬が合わないと思うよ。どのみち馬が合ったところで進展は確実にない。シルバー人材センターって知ってるか? 父方の実家の田んぼの草刈りを頼んだよ。1時間1000円だとよ。さっさと済ませろよ? なんでこの話を出したか? ご賢察の通り、世の中すべてカネなんだよ。愛なんて微塵もない。良心と善意も「仕事だから」だ。そのくそつまらん世界を形作っているのがあんたら自身なんだぜ? あのクソアマなんだぜ? もちろん私もその一員だが、真っ向から抗ってやるからな! 抗った証──それが美しいと賛美され得るものではないか。


こっち!

暗く冷酷な雨音に混じって明るくあたたかいカエルの鳴き声が聞こえた。子供の頃、いやと言うほど聴いていた、とてもなつかしい声。私の父方の実家はいわゆる兼業農家で、家の周りは田んぼに囲まれていた。この冬の時期になぜカエルの声が──? どこかで初雪が降ったらしいがこの辺りは雨はまだ雨のままだった。今も聞こえる、雨音に混じってゲコゲコと鳴くカエルの声が。クリスマスまであと1ヶ月足らずというこの時期に降る雨は本当に冷たい。しかしあの冬の朝のまるで春風でも吹いているようなあたたかさを忘れたことは一度もない。──あの朝、約束通り、サンタさんが私の枕元に赤い長靴の中にお菓子がいっぱい詰まったプレゼントを置いていてくれた。サンタさんは見えないけど絶対居るんだ。煙突がない場合はカギがかかっていても戸をすり抜けることができる。本当に不思議な体験だった。──今ではそんなことまったく信じちゃいない。世間では若い男女がごちそうを食べたあとセックスをする日と相場が決まっている日、そして子供がチキンとケーキを食べて、明日の朝、枕元にサンタさんからのプレゼントが置いてあることを想像しながらワクワクして床につく日、さらにそれを過ぎればすぐに年末、大晦日、お正月と、たてつづけにイベントのある時期。もっと言えば七草がゆを食べる日もある。──カエルの鳴き声だ、間違いない。冬に聞こえるはずがない。しかもここは海辺。したがって、それは幻聴以外に考えられない。私は国が認めるほどの精神障害者にある日突然なった。当時はとても呪わしく思ったが、今ではその諸症状も克服できている。できるようになったのだ。こんなことは当事者でなければ絶対に理解することはできない。理解しようと努力することはできるものの、結局のところ、いつまで経っても理解できない。理解できるのは同じ当事者だけだが、たいてい同類嫌悪している。──その家は何もかもが荒廃していた。得体の知れない埃をかぶったガラクタの類がカオス状態で散乱していた。唯一その家主の心だけが──いや、もう。私は──配達員は心の底から信じていた。「良心」と「善意」、そして「愛」を。しかしそこには荒廃したものしか目に映らなかった。クリスマスだろうが何だろうがそこには荒廃しかなかった。しかもどんどん荒廃する一方だった。誰かがやり遂げねばならない。すべてを正し、救済せねばならない。その救世主があの3つの言葉を心底信じているただの配達員だったら──意外性はあるだろうが実質的な何かをする力が果たしてその何の変哲もない配達員にあるのだろうか? 今言えるのはたった今まさに、クリスマスの昼の配達もいつもと同じようにその家の勝手口のドアを「こんにちは」と言いながら開けて、さらにそこに置いてある発泡スチロールの箱を配達員が開けて中身を見て、ぎょっとしたところだった。昨日入れたお惣菜がそっくりそのまま残っていた。これが何を意味するか、その配達員は瞬時に悟った。「おばちゃん!」そう叫んで血相を変えて靴をぞんざいに脱ぎ捨て得体の知れない物体が散乱した家に上がり込む配達員。そして想像通り、物体と化したおばちゃんを見つける配達員──かと思われたがそれらしきものはどこにも見当たらなかった。「おばちゃん! どこ!」誰も居ない家の中の虚空にその声は吸収された。「こっち!」その配達員には確かにそう聞こえた。「こっちよ」「どこ!」「あら、そうだわ、おたくには見えないんだったわね」「どこに居るの!」「うーん、こっちとしか言いようがないわよ。おたくも来てみたら? 楽しいわよ?」その配達員はマヌケではなかったと言えるのだろう。おばちゃんの言ったことの意味をこれまた瞬時に悟った。「こっちって、本当にそこなの?」「そうよ。おたくには悪いけど、もううちにはお惣菜の配達はしなくていいわよ。それよりあなたも今すぐここに来てみなさい。きっと満足すると思うわ」配達員は意味不明の液体が目からどっと流れ落ちるのを感じた。「──お、おば、おばちゃん、そこに居るの?」「だからこっちに居るって言ってるじゃない。来たくないんだったら来なくていいわよ。ああ、あたしって、そうよね、あなたにはちょっと早過ぎるわよね。お仕事精一杯がんばるのよ」「はい!」「まあ、いいお返事。その調子ならあなたはやっていけるわ。大丈夫よ。何も心配はいらないわ。──さて、じゃあ、昨日の分と今日の分は持って帰ってくれるかしら? あたしもう食べなくていいの。明日からの配達もなしよ。それよりメリークリスマスじゃないの。仕事が終わったらアルコールでもやんなさいよ。あなた真面目過ぎよ、酒も煙草もやらないなんて。ああ、あたしって、またポカ言っちゃった。あなたは根っからの真面目だったわね。そうよ、なにがアルコールよ!」「おばちゃん次行くね?」「ああ、あたしって──」



死なない人

「憤怒」──いま私の心の中にはこの言葉にすこぶる威勢のいい命を吹き込む雪解け水のような感慨しかなかった。どいつもこいつも! あるやつはなおしようのない独善家で自分が世界で一番えらいと思ってやがる。またあるやつは外面では善人ぶっておいて内輪ではウワサ話しかしやがらない。さらにあるやつは他人を──お向かいさんでさえ──こけにするのが大好きで、人が100パー見た目で決まることを体現しており、品が微塵もないときてる。──私がこの世界で一番恐れているのはリスクの高いことをしたために残念な結果になることでは絶対にない。他人の意見を認め、オモテウラなく建設的な話をし、利他の精神にしたがって行動し、品格を持つ。もしもあなたがこれらのことを実行できないなら──そんなことはどうだっていい、本当にどうでも。いまたしかに前方の車のせいで茶色い落ち葉がたくさん宙に舞っている。私はその中を走り抜ける。そうとも、この現象を知っているのは私しかいない。私だけの秘密。幸福。いまたしかに私の車が轢きそうになる直前まで飛びたたなかったセキレイが海のほうへ向かって飛びたった。何羽も。繰り返し。ああ、いま私はその道を全力で走っている。なぜ、海のほうへ向かって飛ぶ? なぜ、直前まで飛びたたない? 「死にたいのか?」──いいや、彼彼女らは死にたいんじゃない。むしろ、生きたいんだ。なぜ、私はそう思うのか? いいや、私は死にたいんじゃない。むしろ、生きたいんだ。精一杯、全力で。なぜ、私がそう思うようになったか理由は定かではないが、ひとつだけたしかに言えるのは「命には限りがあり、しかも、一度きりしかない」──そのことを私は心底知っているからだ。それでも怖くて、避けていることも当然ある。しかし、リスクを考えながら生きるのはまっぴらごめんなんだよ! 「虎穴に入らずんば虎子を得ず」──「冒険」していたい。ドキドキワクワクすることを──しかし実際のところ私は極力危険を避けている。これは私の理想とする生き方では絶対にない。どんどん危険を冒すべきだ。最高のスリルを存分に味わいたい。だから私は一歩踏み出した。いや、ことによると二歩三歩、もっと先へ。その結果かなり楽しい毎日を送っている。だが、これはフツーのことだ。誰もが実行している。──ある日、独居老人のところにお弁当の配達に行った。「こんばんは!」裏手のリビング兼寝室の窓の鍵が閉まっていた。「──ですぅ!」カーテン越しに動く影が見えた。いらっしゃる。鍵が開く。「こんばんは。お弁当ですよ」お婆さんはよろめきながらソファーから立ち上がって、「すみませんねえ。すみません」と繰り返しおっしゃった。「いえいえ」「ちょっとこれひっぱって、たわんけえ」「あ、はい、じゃ、失礼します」私は靴を脱いで家に上がり、照明のヒモをひっぱり、消した。疑問に思った。なぜついていた? 答えは他に誰かがここに来てヒモをひっぱり照明をつけた。しかもお婆さんが消すことができないのを知らないらしい。バカが! それともなにか、明日朝一でココに来るつもりだったのか? 低能のヘルパーらしいことがすぐにわかった。とってもお婆さんのことを慮っているこころやさしいヘルパーさんのようだが想像力はないらしい。一瞬、ほんの一瞬、違和感を感じた。私はここにとどまるべきではないと。いずれここでお婆さんの死体がヘルパーさんか私に発見されることになる。ここにとどまるべきではない。かつては立派なお庭だったらしい。鉢物もたくさん。庭は荒れているし、鉢にも乾燥した土しか入っていない。なにもかもが終わりを示していた。ここにとどまるべきではない──少なくとも今は。明日もその次の日も、またその次もここに来る。しかし、とどまるにはまだはやい。母が亡くなった歳で私も死ぬとしたら、あと三十年は生きれる計算だ。あのお婆さんは確実に私より先に逝くだろう。だが、私の中であのお婆さんは生き続ける。少なくともあと三十年は──。ご賢察の通り、私とかかわった人物はたとえ死んでもみな私の中で生き続ける。両親も、伯父伯母もみんなまだ生きている。多少疑問なのはもしも私が先に死んだ場合だ。たぶん私とかかわった人物も同時に死ぬだろう。いや、確実に死ぬ。何分くらい私と対面したらという質問がしたいだろう? ──5分だ。少なくとも5分以上私と対面して言葉をかわすなり、目を合わせたり、手に触れたり、そうだな、私から半径5メートル以内に5分以上居たら。この時間は累積なので、とぎれとぎれでもいい。私とかかわりたくないかね? 私は人にかかわらなければよかったと思わせることは一切しない。だが、死ぬことが絶対にイヤというなら話はわからんでもないが、よく考えてくれ。この世界に死なない人は一人も居ないんだぜ?


闘いのなかで

私の中では彼女の言った言葉たち──正確に言うと彼女が実際に言ったのではなく、私が彼女が言ったものと錯覚しているだけかもしれない。というのも、こういった現象は統合失調症の主な症状のうちの被害妄想や幻聴という私がすでに何度も経験していることだからだ──が独り歩きして暴走をし始めた。「不倫しようと思ってるのかな?」──たぶん、彼女は一言もそんなこと言ってない。「腰痛なのかな?」「歯並びがいいね」「足が短いのにバイクなんか乗るからよ」「そんなに気をつかわなくていいのに。仲間なんだから」──「マネージャーさんも週6?」「だれ?」「マネージャーさん」「わたしですか?」「うん」「だいたい週6ですけど、週5のときもあります」「ふうん」──私は彼女とそんな言葉をたしかに交わした。しかし、他は違う。違うということはわかる。いや、本当は言ったか言わなかったか判断ができない。“聞こえた”と思っているということはすなわち“言った”と思っているということだ。これが幻聴だ。その“言った”のが自分の無意識の声なのに、自分が言っているのに、彼女が言ったと思っている。こんなに危険極まりない病気が他にあろうか? 敵意が生まれてしまうからだ。しかしご賢察の通り、私はそこまで知っている。病識がある。気分は悪くなるが一時的なものでしかなく、大切なことを思い出しさえすればいい。この世界で一番大切なことたちを。それらは“愛”だったり、“良心”や“善意”だったり、“利他の心”だったり、“思いやり”だったりした。私がそれらを必ず思い出しているから、この世界は破壊されずに平和のうちに存続している。秘密をばらすが私には世界を滅亡させる力がある。小手先をひねるだけで世界はあっという間に消えてしまうだろう。まだやったことがないので“──だろう”としか言えないが、この全能感は間違いない。消えるぞ。私を怒らせないほうがいい。私が怒る場合は概して他人を慮れない連中に接したときだ。これはたぶん考えなくていいことだと思うが“他人の心は変わらないから変えようと思うな”と言ったところで、実際のところどうだ? 理不尽さに耐えることができるやつはどのくらいいる? 耐えられないから他人を慮らないのであろう? だったら、怒りを余すところなく解放してやるしかない。忍耐好きのバッコーどもはそうすることをよしとしないし、そうしている人間を蔑んでいる。しかし、怒りはそれがあるうちに解放してやったほうがいい。それがまっとうで、他に異論がないほどにまっとうであれば。それが自分でわかるまではたしかに忍耐は必要だ。もう四十になる男がそれがわかっていないとでも? ──彼女はなにも悪くない。恋人でもなければ、奥さんでもない。私は反対意見を述べる立場にない。敵は他にいる。女や休みにうようよわくチンピラ相手に怒りを解放してなんになる? 敵は他に──。──「こればっかりはなんともしようがないですからね」PCの脳全体に白い影の写った映像を見ながら医師に向かって私は言った。すると医師は降参だと言わんばかりに即答した。「こればっかりは──」その返事を聞いて私は自己嫌悪に似た感覚に陥った。なんでそんなことを言った? しかもにやつきながら、母の最期というときに。──敵は自分だった。宿敵だった。私は常に自分と闘わねばならぬことをあのとき学んだつもりだった。なのに女の言葉に一喜一憂して、チンピラの言葉に暗鬱にされている。やはり敵は自分以外にいないのだ。闘ってどうすればいい? けりをつけろ。終わらせるんだ、そして、桃源郷にゆこう。闘うべき敵のいない桃源郷へ──それは後世でしかない。このいま生きている世界で桃源郷などありえない。しかし、求めねばならない。その理由は生きているからだ。生きている限り、桃源郷を求める行為を怠ってはいけない。自分と闘う行為を怠ってはいけない──絶対に! 私は彼女の言ったか言わなかったかわからない言葉を反芻し、自分と闘った。とてもつらい。しかしケガを負ったのでもなければ、死に至る病を発症したのでもない。それらに比べれば私の苦労などケシ粒なみに小さいものだ。敵は他でもない自分だ。自分と闘え、そして、必ず打ち克つのだ! たとえそれが幻だったとしても勝利を目指してひたすら闘え! 男は闘争心があってこそ。相手は自分だ、間違えるな!──突然の、まったく突然の彼女からの抱擁。私はそんな甘い夢をもつほど下卑てはいない。けっして──。もしも、もしも彼女が──そんなアマちゃんなことを考えるな! ──ある日、コンビニ前でホットコーヒーをやったあと、ふと地面に目がいった。一匹の小さいクモが歩いていた。一歩踏み出せば、踏み潰せる。しかし私は、ずっとその光景を眺めていた。目の前に並んだ死んだ目の人たち。しかしそれは生きていた。なぜか、ほっとした。


夢と現実

「ここだ」──私は玄関ベルの横の表札の上に掲げられた“304”という数字を見てつぶやいた。間違いない。夢の中ではっきりと見えた数字。こんなことはめったにない。数字が夢の中に出てくるはずがないんだ。試験で悩まされていることでもないし、レジでお釣りの計算ができなかったことを気に病んでいるからでもない。この数字には何か意味がある。しかもとてつもなくやヴぁい意味が──。表札には何も書かれていない。躊躇なくボタンを押す。まるでいつもそうしていたように──そして戸を開ける。鍵はかかっていない。チェーンもされていない。中は暗かった。私はなぜか自然にその言葉を吐いた。「ただいま」──一瞬燃えるマグネシウムのような強い閃光が走る。その光に目をつむらされ、開けると明るさは保たれたままだった。そして目の前に家事をしていると言わんばかりのエプロン姿をしたかわいく若い女性が立っていた。「おかえりなさい」──聞き覚えのある声だし、顔も見覚えが。これはなんだ? 私は天涯孤独の身で結婚したことなどない。しかし憶えている。デジャブのような──。「これは?」「これはって?」「いやなんでもない」「夕飯できてるし、お風呂もわいてるよ」「ああ、そう」「どうしたの? 今日ヘン。仕事で何かあったの?」「いや、そんなんじゃない。ただ──」「わかった! あたしの裸想像して1日中仕事が手に付かなかったんでしょ?」「ハハ、それならまだ救いようがある。変な夢を見たんだ」「エッチな夢でしょ!」「違う。数字が──」「数字?」「まあいいか。メシを食う、風呂はそのあとだ」「リョウカイ! 早く上がってよ。他人の家みたいに玄関先で」「ごめん」──私はかわいく若い妻?と食卓を囲んで食事をした。いつも通りのはずだったがこっちのほうが夢のようだった。──そうか! これは夢だ! だったら醒めないで! お願いだ! 「今日何してた?」「いつも通りよ。昼間はパート、帰ってきて洗濯と掃除、夕飯とお風呂の準備。滞りなくね」「カンペキだな」「こんな優秀な奥さん他に居ないよ? しかも若くて美人、あなたのタイプどんぴしゃ」「ハハ、わかってる」──電話がなる。「僕かな?」「出るね──はい、もしもし──」──私は妻?の目を見て自分を指さした。かぶりをふる妻? 「はい、はい、かしこまりました。はい、失礼します」「なんだった?」「あたし帰らなきゃ」「自分のうちはここだろ?」「そういう意味じゃない。在るべき所へ」「ここじゃないか。実家からか?」「さよなら」私は椅子から立ち上がる。そしてそこに立っている妻を思い切り抱きしめた。「たのむ! いかないで、お願いだ」「あなたのこと忘れない。だから放して」私は妻?を抱擁から解き放ち、そして床を見ながらぼそぼそと言った。「さよなら」戸を開けて出ていく妻? インターホンから声が聞こえる。「やつはどうした?」「おっぽりだしたわ」「ふん、マヌケめ。夢の世界より現実のほうが自由度がはるかに高いことに気付いてないらしいな。俺たちの存在も自分が創ったことを忘れてるらしい、ツァハハハ! 傑作だな!」私は戸を開けて外に出た。「おい、待て!」振り返る男女二人。「どうした? トイレはそこじゃないと思うぜ? ツァハハハ!」「おまえらなんなんだ?」「そんなことはどうでもいい。おまえが感じてるすべてが現実だ。それをよく考えてみろ。じゃあな」前を向き歩き出そうとする二人をとめる。「待て!」「なんだ? お前の頭蓋骨の内側は空洞になってやがるのか?」「妻を返せ!」「妻じゃない」「じゃあなんだ」「ただのお前の夢の中に出てきた女だ」「これは現実なんだろ?」「お前は夢と現実の区別がつかないイカれ野郎だってことは自覚してるんだろ? もうわかってるよな? お前は現実で女を口説けるようなやつじゃない。せいぜい夢の世界で満足するくらいのものだろう? それでいい。誰も文句は言わねえさ。俺たちは忙しいんでな。あばよ」「くそったれ!」「ツァハハハ!」──目を開けた。世界が開闢したあとは時間が前に進むだけ。後戻りは絶対にできない。「よお、起きたか?」枕元に体育座りした男。「誰だお前? どっから入った?」「落ち着け。オレはお前自身だ、だからここにいる」「やめろ、もううんざりだ」「ここは現実だ。まぎれもなくな。おっぱじめようぜ」「なにを?」「お前が今見た夢を現実にするんだ」私は鼻で笑った。「よせ。ランボー3怒りのアフガンふうに言やあ──大佐、俺の戦争は終わったんです──だ。私はもう終わってる」「終わったと思ったらほんとに終わる。それだけはやめておけ。お前はまだ生きてる。やれることはたくさんある、まだ体は健康だからな。考えるな。素直になれ。お前の中にわきあがってくる良心と善意に従え」「どうすりゃいい?」「そうだな、まず彼女をつくれ」


1977

私が何を考えようとたぶんこの世界では重要なことではない。だが、誰かが追求しなければ世界の真実は明らかにされないまま終わってしまう。私は心の中で密かに何度も繰り返し叫んだ。「定年までカネを稼ぐことが人生の意味であり価値を生むと心底信じ込んでるブタどもに世界一美しい終焉と始まりを与えてやろう!」──ときは1977年の夏。人間は残念ながら当事者にならねば何も理解できない。なぜそう言えるかは何を隠そうこの私がその当事者になったからだ。その記念すべき始まりがこの年だった。私はごく平凡な地方の兼業農家で生を受けた。しかしそのことは今となってはほとんど、いやまったく重要ではない。重要なのは今この時に私が何を考えているかだと思わないかね、諸君? だって、生こそこの世のすべてではないか。考えてもみたまえ、生きていれば必ず訪れるもの、それは私が言うまでもなく誰でも知っている。しかしそれ自体を口にするとどうなるかも心得ていることだろう。本当に不倫したい人が不倫したいと言うだろうか? 本当に人を殺したい人が殺すぞと言うだろうか? やさしい心を持っていない人が他人にやさしく振る舞うだろうか? ブタどもに言わせれば疑問に思うことはすべて不安につながるのだ。私は常に不安だった。なぜなら私が今生きているこの宇宙のなんたるかが何も解明されていないからだ。宇宙という言葉もアレを認識するために人間が勝手に付けた名前であり、アレは宇宙というものではない。幸運なことにこの世界ではそれを考える暇がない。しかし誰かが考えねばならない。いや全員考えねばならない。なぜなら考えることで──もういい、たくさんだ! 誰が考える? 誰が自分が生きている意味と価値を追求する? 追求せねばならないのはカネだろ、諸君? もし諸君の良心と善意がそのために発動しているのであれば今すぐくたばりたまえ! ──1977年から始まった物語はローマと同じく一日で成ったのではない。そして現在も未来が約束されていなければ成り立たない。生きているからには全力を出し切らねばならない。しかし手を抜いてきたことももちろんあるし、これからも──「志向性がなければ意味がないし価値もない」──あんちくしょう! おめえもおかたい連中と一緒のようだな! リスク? TPO? 何が怖い? 何を信じてる? それがこの世界で本当に重要なことなのか? 刮目したまえ、諸君! この世界で最重要なのは“カネ”であると小学生でもわかるのだよ。しかしたぶん彼らにとって大切なのはそれじゃない。子供は未来のことしか考えてない。なぜそう言えるか? かつて私も子供だったからであり、それを認識できるということは大人は過去を考えることができるということだ。過去は十中八九いやなこととして記憶に残る。だが、我々はそれらから学んできたではないか。今に活かすことができる能力を持ち、そして未来を変える能力さえ持ちあわせている。今こそ、そう今だ。今その力を使わないでどうする? おそらく数年後、その力は衰える。いや確実に。しかし今は──今その力をすべて使い切るのだ。食べて寝ればある程度回復するがガタは確実にくるから、元気なうちに全力をそそぐのだ。何に? まさかカネ稼ぎと言う低能が居るなら、そいつを諭す気はさらさらない。真実が一つなら、それがカネ稼ぎだと信じ込んでるやつには何を言っても無駄だからだ。──何度も言うようだが私には過去がある。酒をやって忘れようとしたこともある。しかし、忘れてはならないことも確実にあるのだ。いや忘れてはいけないというより、私にはどうしても忘れることができないことがある。それらから学んだ“理念”を持つことが私にとってこれから生きる上で最も大切なことだ。これを人によりけりと言うなら別に止めはしない。第一それも理念ではないか。独り身の男に残された唯一の楽しみが何かにその愛を全力でそそぐことだとしたら、まず理念を持つべきだ。何者の嘲弄にも屈しない強い意志とともに。──毎日、嘲笑の中で仕事をしたが、それだけが頭の中に残り、憎しみが生まれたが、私には理念がある。もう迷わない。たとえ向けてきた良心と善意が無駄になる終わりが来るとしても、生があり、考えることができるのなら、絶対に諦めてはならない。繰り返すがこれはローマと同じく一日にして成ったのではない。──新しく宿った命に祝福を! そしてその命に私と同じ理念が構築されんことを! ──さて、こうしてようやくブタどもになぜ美しい終焉と始まりの必要性があるのかを語り聞かせることに意味が生まれるのだが、この世界に無駄なことをする理由があるとしたら、それは人間の持つ基本原則の“執着”──それが“理念”と結びついた瞬間に揺るがない強大な力になって──たとえ蹂躙されようとも──私を突き動かすからだ。


ラブ・ランド

「ユウイチ、新車が来たよ!」床屋と文具屋が並んだ交差点を白い新車が初々しいウインカーの光を点滅させて曲がり、こちらへ向かってくるのを見て、母さんが教えてくれた。身体障害のあった伯母も屈託なくほほえんでいた。──どうにも体の倦怠感に耐えきれず、昼に横になったときに見た夢だった。もしも連中が他人を貶すことに始終ご執心だとしたら、私には貶し返してやるしか選択肢がない。「ハゲだと思ったぜ、しかも短足だし」「ほう、おめーはこの現実世界で他人を貶すことに命をかけてる正真正銘の低脳じゃねえか、しかも鏡を見たことがないようだな、おめーのつらはどう見ても負け犬だぜ」「精神病だってよ、だと思ったぜ、フツーじゃねえもんな」「オレがフツーじゃないんなら、おめーはもっとフツーじゃねえ、なぜなら、おめーは言い換えれば知恵遅れだからだ、精神病ってなたいてい心がとても優しい人がなる、その証拠に幻聴が他人を殺せと言ったとしても、そんな凶行に及ぶ前に自分を殺すだろう、おめーはその究極的に優しい心を知らねえから知恵遅れなんだ、ただ、別に知らなくていいぜ、知る必要はない、なぜなら、おめーみてえなおめでたい野郎は一生何も知らないほうが幸せになれるからだ、せいぜい幸せになれよ、おめーがピンチのときに泣きついてきたら足蹴にしてやるからな、ゆっとくが必ずピンチのときはくるぜ、オレは一切知らんからな」──「あの、あなたのことが好きです、結婚を前提につきあってください」「ほう、あんたみてえな上玉が下男に恋か? 撤回したほうがいいと思うぜ、なぜなら、オレはメスブタの手下とナニする気は微塵もないからだ、想像しただけで反吐が出る、失せな」「あなたが私と一緒になってくれるなら、あの人と縁を切ります、だから──」「おいおい、落ち着いたほうがいいと思うぜ、縁を切るってこたあ、仕事を失うってことだぜ? オレにはあんたを食わしていく余裕はねえ、第一あんたはオレのタイプじゃねえ、オレにだって選ぶ権利はあるんだ、それに無抵抗のオレをこけにしやがったメスブタの手下ってこたあ、あんたもメスブタでしかねえ、わかったらとっととオレの前から消えろ!」──「あんな人、雇ってくれるところあるの?」「お話中失礼、おっと、失礼なのは誰がどう考えてもあんただがね、たしかにオレには学歴も実績も何もない、だが、あんたにない世界で一番大切なものをオレは持ってる、教えてやろうか? たとえ親しい仲でも他人の悪口を言い合って盛り上がる誰がどう考えても世界一卑しい行為を絶対にしない自信を持ってる、あんたにコレを持てって言ってるんじゃない、言うだけ無駄だからな、じゃあ、なぜ教えてやったか? 勘違いするな、オレが気をつかうわけねえだろ、あんたらみてえな低脳のマネをしたらきっと胸がスカッとするだろうという希望的観測に基づいて実行してみたかっただけだぜ、案の定、自己嫌悪に陥ったがね、他人をそしると必ずそうなるオレの悪癖だ」──「たのむ、やめてくれ」「おい、よく考えろ、おまえは何も悪くない、はっきり謝ったのに、赦してもらえなかったばかりか、この世界でこれ以上ないってほどの最悪の罵り言葉を浴びせられたんだぞ? 死ぬほどの思いをして生還したのに死ねばよかったのにと言われたんだぞ? この意味がわかってんのかおまえ? おまえは心を殺された。メスブタがしきりと殺されると言っていた理由がわかるってもんだろ? つまり、メスブタはこの現実世界で殺されて当然のことを実行し続けているってことなんだよ! ──ふう、落ち着こうか、オレが言いたいのはおまえは殺されて当然のことを実行し続けているゴミクズを見ても何もしなかった、それはどういうことなんだろうなあ? 一つ仮説を言っておこう、おまえには度胸がないんじゃない、分別はつくし、常識は理解してるし、想像力もあるし、命を大切にしている──たぶんコレはまっとうな人間の能力だ、貶され、嘲笑され、ときにはパワハラを受け、差別され、自分がいくら暗鬱な気分にさせられようとも、自分が悪いと思い、そして自己嫌悪する──誰も褒めてくれないがたぶんコレはすこぶるまっとうな人間の能力だと思うぜ、これがもし病気のせいだとしたら、治す必要などない、おまえは病気になったことによって人間としてまっとうな心を手に入れた、誰にも恥じることはない──わかったな? わかったらとっととあの女性に告白しに行け! また陸上部の担任の先生に独りじゃ何もできんのかと言わせる気か? あの先生に会いに行かなくちゃなあ、おまえの強くなった姿を見てもらいに、そのためにも自分で自分の道を切り拓くんだ! ゆけ!」──私にはできなかった。夕方、あのスーパーに行き、あの女性のレジに並び、「ラブ」という牛乳を黙って買うことしか──。毎日買いに行った。ある日のこと、その女性が──。


これらの物語はフィクションです。
 online: total:
Copyright © MINAMO-BUNKO, All Rights Reserved.
top