minamo-bunko.com

top

bottom



Copyright © MINAMO-BUNKO, All Rights Reserved.


第一章 リサの力
第二章 二人の少女
第三章 ロバートの思惑
第四章 正見のこころ
第五章 天孫降臨
第六章 僕の作戦
第七章 本当の天孫降臨
第八章 エピローグ




第一章 リサの力

「おい、トクナガ! 起きろ! トクナガ!」
「ホゲ、ホゲ、あ! めし?」
「ばかたれ。仕事だ。取材だよ。ほら、よだれを拭いて、とっとと行ってこい!」
 世界は第三次世界大戦の末期。ここシバームでも空襲騒ぎが続いている。このご時世、水爆でも一発落とせば、決着がつくんだろうが、いまだに旧式の戦争形態をとっているのはなぜなのか? 大国の思惑など一般庶民には知るよしもない。「寄らしむべし、知らしむべからず」だ。もっとも僕は、あの頃に戻れたことがこの上なく、うれしい。勘違いしないでくれ。戦争好きっていうわけじゃないんだ。ただ、あの頃、人々は生きる喜びを謳歌していただろ? 死ととなりあわせっていうのが、是認されていたんだよ。言わば、生きるということが意味を持っていたんだ。先の大戦が終わってから、人々は何かを求めていた。何か熱いものを。それがたまたま戦争だったってわけだろ。僕の偏った解釈ではね。ともあれ、戦争は起こった。起こったものは仕方ない。僕らにはどうしようもないんだから。空襲はあるし、食べ物の供給量は格段に減ったし、住むところもままならない人々がわんさとあふれている。治安も前よりは悪くなったし、戦争反対の無許可デモがひっきりなしだ。
 なのに僕は、ある雑誌出版社のカメラマン兼記者として、そこそこの暮らしをしている。連中に知れたら、ねたまれることは必至だ。でも、僕だって遊んでるわけじゃない。惨状を写真に撮り、記事にし、反戦を訴えている。そのうち、非国民と呼ばれるんじゃないかとびくびくしながら。でも、そんなことは無駄な心配だった。人々は心から平和を望んでいる。単なる怠惰ではない平和を。僕の解釈とは相反しているが、要するに、反戦運動をすることが生きる喜びに通じていると思っている人たちが少なからず居るってことを知れただけでも、仕事をやっている価値があると言える。だからって、どうこうしようってわけじゃない。僕もその一員なのだとわかっただけだ。つまり、人は生きる喜びなしには生きられないってこと。生きる喜びをえるのはいつだって奇跡に近い。気付かないんだよ。現状は絶望にあふれている。しかし、人々は求めているんだよ──「奇跡」を。
なんつってな。僕もだいぶ運命論的な考え方ができるようになった。戦争のせいかもしれない。
僕は廃墟の中にある精神病というウワサのある女の子にインタビューすることになった。精神病とは早い話が心の病で、一般的な病気と同じく、科学的根拠がある。つまり、脳内物質の過分泌などによって引き起こされるのだが、そこまで知っている人はあまり居ないだろう。よって、昔は狐つきなどと呼ばれ、差別の対象になっていた。今は医学も進歩しており、服薬によってその脳内物質の調整ができるようになった。ただ、なぜそのような幻聴や幻覚などが起こるのか、具体的なことは何ひとつわかっていない。わかっているのは原因と処方のみ。
こんな不思議な病気があるとは、調べるまでまったく知らなかった。幻聴や幻覚によって異常行動を引き起こした事件をニュースで見たことはある。ただ異常な人がやったのだと思っただけだった。僕も一般の人が思うのと同じ感想を抱いていたというわけ。リサに逢うまでは。
「リサさんですね?」
 崩れかけた家の奥から出てきたのは黒髪が腰のところまである美人の娘だった。僕にはすぐにこの娘がリサとわかった。美人と言うのはあくまで僕の意見だが、胸を張って公言できる。この娘は美人だと。それに落ち着いた物腰。知的な感じがする。端正な顔立ちにやさしげな眼差し。
「ええ。あなたは?」と、心から尋ねるような目をしてリサは言う。
「僕はご連絡したとおり、TM社の記者でトクナガと言います」
「トクナガ、さん?」とリサ。
「はい」
「下の名前は教えてもらえないんですね?」
「すみません、仕事がら、下の名前は公表しないルールになっているんです」
「私だけ、なの?」
「リサさんとは、仕事上、親しくなっておかないと、その──」
「じゃ、さん付けで呼ばないで。トクナガさん」
「ハハハ」と僕はつい笑ってしまった。
「アハハ!」とリサも笑う。「どうぞ、上がってください。お茶を入れますから」
「お邪魔します」
 僕は狭い応接間に案内された。ぼろぼろになったソファーに腰をかけた。お茶を持ってきたリサに尋ねる。
「ここにはお一人で?」
「いいえ、奥でおばあさんが寝ています。──ことを起こす気じゃねえだろうな?」とリサは急に声色を変える。
「え?」と僕。
「き、気にしないでください」とリサはびっくりしたような、困ったような顔をしている。
「その、ウワサでは、恋人が戦死してから、君は精神病になったんじゃないかって──」
「そうです。病院には定期的に通って、薬も毎日飲んでいます。でも、恋人が死んだからっていうのは違います。私が石のこころをうまくコントロールできていないっていうことなんです」とリサ。
「石のこころ? なんですかそれ?」と僕は尋ねる。
 リサは本棚に飾ってある、女の子が片手で握れるくらいの大きさの川原で拾ってきたようななんの変哲もない丸い石を手に取った。
「見ててください」そう言うとリサは両手のひらで石をはさみ、目をつぶった。
 しばらくすると、手の指の間から光がもれていることに僕は気付いた。リサは両手を開いた。僕は驚く。なぜかって、リサの胸の前で石が光りながら空中に浮かんでいるのだから。次の瞬間、光は消え、石は下に落ちた。それをリサはすばやく空中でつかんだ。僕はリサの目を見た。
「な、なんなんだ、今のは?」
「石のこころをあたためてあげたの」
「え?」
「石のこころは普段は冷酷で残忍で無慈悲で、とにかく救いようがないの。まるで、戦争をやっている人たちみたいに。でも、あたためてあげれば、こころは変わるの」とリサは少し笑みを浮かべている。
「もしかして、僕がやっても?」
「もちろん」
 僕はリサがやったようにやってみた。何も起こらない。僕には何かが足りないのか? あるいはこの石に仕掛けがあって、手品のようなものかもしれない。僕は半信半疑だった。
「おかしいな。誰でもできると思ってたのに」とリサ。
「ごめん、写真撮るの忘れたから、もう一回やってくれる?」
「いいですよ」



第二章 二人の少女

「怨憎会苦といいましてな、つまり、憎みあう者がともに生活せねばならんということですよ。それもあとひとつでかたがつきますがね。憎い者は抹殺されねばなりません。虫ケラのように。憎しみには必ず理由があります。罰を受けるべき者はたいてい饒舌(じょうぜつ)で、罪を逃れようとする。この世に必要なのは清らかな静寂と沈黙なのです。饒舌など必要ありません」と貫首(かんず)は言う。
 特殊な磁場の力がかかったテーブルの上に、八つの丸い透明な石が円状に浮かんでおり、そのうちの七つが弱い光を放っていた。そのテーブルを囲んで貫首とファーガスン大尉が密談をしていた。
「貫首さまのおっしゃるとおりです。憎い者は皆殺しにすべきです。しかし、あの超大型爆弾のウワサはもうお耳に入っておられますか?」
「はい、もちろん」
「急がねばなりません」
「しかし、今のところ、この八つ目の石、《正見》を覚醒させる方法がわかっておらんのです。他の七つ、正思、正語、正業、正命、正進、正念、正定はすでに覚醒しておるというのに、肝心の《正見》のみが言うことを聞かぬ。何か秘密があるのやもしれん」と貫首。
「貫首さま!」と言って二人のもとにやって来たのはすらりとした細身の娘だった。頭巾をかぶっている。
「どうした、耳障りな声を出しおって」と貫首。
 その細身の娘は貫首に耳打ちした。
「まことか、シャマナ?」と貫首。
 そのシャマナと呼ばれた細身の娘は黙ってうなずいた。
「大尉どの。首尾よく解脱(げだつ)できそうですぞ。フハハハハ!」


 あれ以来、リサの奇跡の力がみんなに知れわたってしまい、わけのわからない連中が家に来て困ると言うので、リサにはうちの社員寮に住んでもらうことになった。ちょうど空きがあったし、社に責任がないとは言えない。リサのおばあさんは病院に入院させてあげた。その費用も会社から出る。そういう条件でリサには納得してもらったが、無理に連れてきたような気分が僕の中にないわけではない。すべての責任は僕にある気がするし、組織ぐるみで女をないがしろにしていると思われるのではないかと、会社を疑う気もなきにしもあらずだった。もっとも、僕が会社を疑うのはこれが最初ではない。入社する前から、組織の中に入るのは抵抗感があったし、入ってからその安堵感について自問してみると、何かえたいのしれないものに僕のすべてを食い尽くされていくような恐怖にさいなまれた。一言で言えば、仕事に疑念を抱いているのだ。こうなっちまえば、もうあとは気が狂うかどうかするだけだ。そのぎりぎりのところで僕は生きている。戦争中じゃなかったら、とっくに自殺してる。皮肉なことに、戦争は僕に命の大切さを教えてくれているんだよ。
 リサの特集を組むことになったので、僕は再びリサのもとを訪ねた。玄関のベルを鳴らす。
「はい。あ、トクナガさん」
「例によって、ご連絡したとおり、取材を」
「あ」
 二人の少女がきゃっきゃ言いながら躍り出てきた。
「な、なに?」と僕。
「だめよ、靴をはかなきゃ」とリサ。
「おまえ、恋人か?」と一方の少女。
「ち、ちがう」と僕はとっさに。少し、ほっぺたが赤くなったかもしれない。
「じゃあ、男か?」ともう一方の少女。
「キアーラ! シャオリン! もう!」と言ったリサのほっぺたは少し赤くなった。「どうぞ、トクナガさん」
「お邪魔します」


 僕は出されたコーヒーをブラックですすった。悪くない味。もっとも、コーヒーは味じゃない。かおりで楽しむのだ。──かどうかは知らない。
「ああ、この社員寮の?」
「そうです。すぐに仲良くなっちゃって」
 二人の少女は元気よく狭い部屋の中できゃっきゃ言いながら鬼ごっこしている。
「それより、もう慣れました? ここ」
「ええ、こら! キアーラ、シャオリン、もう静かにして」とリサ。
 二人の少女は鬼ごっこをやめない。
「いやがらせとかはありませんか?」と僕。
「ええ、こっちに引っ越してからなくなりました。でも、なんだか悪いなあと思って」
「悪いのはこっちですよ、ほんとにどうしていいのか自分でもわからないんです。もちろん、会社には従わなくちゃいけないんですけど、僕だって一人の人間ですから──」と僕は続けようとした。
「静かに!」とキアーラ。
 二人の少女は急にじっとして何かの気配をさぐるような様子を見せた。
「どうしたの?」とリサ。
「来るよ」とシャオリン。
 そのとき、天井から何か黒いものがぶらさがり、人の形になった。服装や坊主頭であることからお坊さんに見えた。
「なに?」と僕。
 二人の少女はリサに寄り添って、それを見た。
「怖がることはありません。ただの映像ですからね。あなたがリサさんですか?」とその坊さんの像は言う。
「そ、そうですけど」とリサ。
「答えちゃだめだ! おまえなんなんだ?」と僕は勇敢にも質問した。
「貫首(かんず)と申します。お身内のかたですか?」と貫首。
「そ、そうだ!」と僕はよせばいいのに──。
「しばらくの間、リサさんをお借りしたいのですが」と貫首。
《だめよ!》と二人の少女はそろって言う。
「怪しい宗教関係の野郎だな? 二人の言うようにおまえの言うとおりにはできない!」と僕。
「アホづらさらせ、ボケどもが!」
 貫首はそう言うと手のひらをこちらに向けて、そして裏返して握った。僕と二人の少女は金縛りのように体が動かなくなった。
「ただの、映像だって、言ったじゃ、ないか」と僕はその何かの力に抵抗しながら言った。
「トクナガさん? キアーラ、シャオリンまで、どうしたの?」
「さあ、リサさん。これを持ってください」と貫首が言うとちゃぶ台の上に独鈷(とっこ)が鈍い金属的な音を出して落ちた。「何度も言うようですが、怖がることはありません。早くしないとこいつらの心臓が本当につぶれてしまいますよ。ぶちゃっという音とともにね。さ、お早く」
「よせ、リサさん」と僕。
「さん付けで呼ばない約束だったじゃない。大丈夫よ。たぶん」とリサは言い、その独鈷を右手で握った。
 その瞬間、リサは消えてしまった。煙のように。いや、煙ならにおいが残るだろうから、ちょっと違うが、とにかくあとかたもなく消えちまったんだ。
「フハハハハ!」
 貫首も不気味な笑いとともに消え去った。僕らは体の自由がきくようになった。
「この役立たず!」とキアーラは僕に言う。
「若年寄!」とシャオリンも。
「リサ──」
「あいつは八正石(はっしょうせき)の力を手に入れるつもりなのよ」とシャオリン。
「はっしょうせき?」と僕は尋ねる。
「お姉ちゃんは《正見》を覚醒させる力を持っているのよ」とキアーラは少しイライラしながら言う。「なんにも知らないのね」
「あいつが言ったことも半分は当たってるわね」とシャオリン。
「かんず、とか言ったな? くそったれが」と僕。
「そんなに怒ったんなら、証明してみなさいよ。お姉ちゃんを取り返して、アホづらでも、ボケでもないって、言ってやんなよ」とキアーラ。
「よし!」と僕は決意した。
「あなたは怒れる獅子。いかれた獅子じゃないのよ」とシャオリン。
「フフ、まかせな」と僕。
「あたしたちも行くからね」とキアーラ。
「もちろん」と、すかさずシャオリン。
「え?」と僕。



第三章 ロバートの思惑

 言うことを聞かない二人の少女をひきつれて会社に戻ると、部長のデスクの前に背の高い見知らぬ男が立っていた。
「ちょうどよかった。トクナガ、こちらはアレリアから来られたうちの親会社に所属している記者、ロバート君だ」と部長。
「はじめまして、ミスター・トクナガ」とロバートは言って右手を差し出した。
「は、はじめまして」と僕はロバートと力なく握手をした。
「今度、うちで大型企画をぶち上げることになってね、応援に来てくれたんだよ。組んでくれるね?」と部長。
「はあ」と僕。
「はあって、おまえやる気ないのか?」
「部長、ミスターは動揺しているのですよ。あまりにもうれしくて」とロバート。
「そうなのか? まあ、あの正言大寺の貫首(かんず)さまを取材するんだからな」と部長。
「かんず?」と僕は目を見開いて、部長の顔を見た。
「そうだ。強大な法力でこの世界を苦しみから救おうとしていらっしゃる、ありがたーいお坊さまだ。ま、おまえみたいな若いやつにはわからんだろうな、ありがたみが。それにしてもなんだこの子らは?」と部長はきょろきょろしている二人の少女を見て言った。
「あいつは──」と僕は言いかける。
「あいつ?」と部長。
「あいつはリサさんを連れ去った。悪いやつです」と僕。
「なんだって? 特集を組むことになったあの超能力娘か?」と部長。
「はい」
「ほら、行くよ」とキアーラ。
「場所はここだ」と言ってシャオリンは、部長のデスクから正言大寺の地図と住所の書かれた書類を取って僕に見せた。
 キアーラとシャオリンは僕の手を引っぱった。
「部長、行ってきます!」と僕は一応顔を精一杯部長のほうに向ける努力をしながら言った。
「あ、おい、トクナガ!」と部長は他にも何か言いたげだった。
「部長、それではのちほど」とロバートは言って僕らについてきた。


 僕が運転する車の中。もちろん軽で、会社の車だ。風景といったら、ところどころ空襲で崩れた廃墟が見える。道もガレキが転がっていて、ときおりがったんと車を揺らす。
「ミスター、悪いやつとはどういうことです?」とロバート。
「わかんねえけど、とにかく悪いんだよ。それはいいけど、ミスターって言うのやめてくんないかな? トクナガでいいよ」と僕。
「そうか、トクナガ。おまえが話のわかるやつでよかったぜ。かったるい丁寧語なんか使ってられるかってんだよ、なあ?」とロバート。
「お、おまえヤンキーなのか?」と僕。
「ま、ある意味な。それより、女が連れ去られたってどういうことだよ。まさか、貫首が自分の女にしようってんじゃねえだろうな?」とロバート。
「違うんだ、この子らによるとね──」と僕は言いかける。
《八正石(はっしょうせき)!》と二人の少女はそろって言う。
「そう、その──」


「リサさん、これが八正石といいまして、覚醒させると強大な力が得られるのです。もし、この《正見》を覚醒させていただければ、この石の力とわたくしの法力によって、おばあさんの病気を治してさしあげます。いかがかな?」と貫首。
 テーブルの上で特殊な磁場の力で円状に浮かぶ丸い透明な八つの石を、貫首、ファーガスン大尉、シャマナ、そしてリサが囲んでいた。
「しかも、戦争が終わるのだよ」とファーガスン大尉。
「この石の力がどういうものか知らないけど、まさかそれで世界征服とかしようって言うんじゃ──」とリサは言いかける。
「ウォッホホホホホ。わたくしが世界征服を? フフ、征服するのではありません。世界を静寂と沈黙にかえすのです」と貫首。
「極楽浄土よ」とシャマナ。
「そう、極楽浄土。場所を変えましょう」そう貫首は言い、手のひらを開いて、次にすばやく閉じた。
すると、病院の中、リサのおばあさんの横たわるベッドを囲んでいた。
「おばあさん! ひとりにしてごめんなさい。私──」とリサ。
「早くしないと死神に魂を持っていかれてしまいますよ。あなたにはこれをお見せしましょう」と貫首は言い、また手を開いて閉じた。
 その瞬間、リサの頭の中にあるシークエンスが現れた。
「ここは? そう、“だんべら”ね? おばあさんがよく話してくれた」とリサ。
 それは、山の赤土がむき出しになった斜面を、木の板の上に座ってすべりおりる遊びをしている子供らの映像だった。楽しそうに遊んでいる。その中に、子供の頃のおばあさんも居た。
突然、薄暗くなり、どしゃ降りの中で、コンクリートの階段の頂上に傘をさした子供の頃のおばあさんが立っている映像に切り替わった。うしろから、安物の白いレインコートを来た警官の格好をした人がゆっくり近づいてくる。
「ここは、なに? おばあさん? ──いや、やめて、やめてええええ!」とリサ。
 その安物の白いレインコートを来た警官の格好をした人は、子供の頃のおばあさんを突き飛ばした。子供の頃のおばあさんは階段を変な体勢のまま転げ落ちていった。
 リサが気付くと、さっきの特殊な磁場の力で円状に浮かぶ丸い透明な八つの石を前にしていた。
「わかったかね? あなたのおばあさんは警官が悪ふざけで突き飛ばしたおかげで、階段を転げ落ちた。今の病気は、そのときの後遺症なのですよ」と貫首。「われわれに従えば、その呪いを解いてあげます」
「本当なの? 本当におばあさんの呪いを解いてくれるの?」とリサ。
「二度言う必要はないでしょう?」と貫首。
「──でも、世界を静寂と沈黙に?」とリサ。
「さよう、静寂と沈黙」と貫首。
「──考えさせてください」とリサ。


 正言大寺の大きな門の前に到着した僕らは、そこに車を止めて門をくぐろうとした。
「お待ちください。どちらさまで?」と黒人の坊主の門番は言う。
「リサさんを返せ」と僕。
「おいおい、トクナガ、ビジネスライクに行こうぜ」とロバート。「連絡は行ってませんか? TM社の記者の者です」
「今、リサと言ったな。トップシークレットなのにどうして知ってる?」と黒人の坊主の門番。
「そ、そう、彼は身内の者でして。ぜひともそれを踏まえて対談などをと思いまして」とロバート。
「怪しいな。貫首さまに直接うかがってみるから、ちょっと待ってろ」と黒人の坊主の門番。
 そこへ奥から悠然と、あのとき見たクソ坊主、貫首が二人の手下の坊主を従えてやって来た。クソ坊主というのはあくまで僕の意見だが。
「どうした?」
「貫首さま、この者ども、TM社の記者と申しておりますが」と黒人の坊主の門番は言う。
「ああ、さよう、よいのじゃ。ご自由にご見学ください。手前、やぼ用ができましたので、インタビューなどはのちほど。なあに、大統領と会談するだけです。すぐに戻ってまいりますので」と貫首は軽く会釈して、門前に横付けされたリムジンに乗って去ってしまった。
「今のうちにリサさんを探そう」と僕は門番に聞こえないように言った。


 宿坊の部屋の一つ。
「はばかりは廊下に出て、左のつきあたり」とシャマナ。
「はばかりって?」とリサ。
「トイレよ」
「ああ、なるほど」
「貫首さまが戻られるまでに決めておくのよ」
「あなた、どうして頭巾をかぶってるの?」
 シャマナは頭巾をとって見せた。そこにあったのはまったく髪の毛のない頭──坊主だった。
「あ、あなた尼さんなの?」
「尼僧(にそう)って呼んでくれる? その呼び方、情に甘い女みたいでいやなの」
「ごめん。でも、悪い人には見えない」
「そりゃそうよ。尼僧なんですから」
「フフ」とリサは笑い出した。
「フフ、アハハハハ!」とシャマナも笑い出す。「──とにかく、いい? 答えを出すの。ま、さからえばどうなるかわかんないけど」
「──」リサは笑うのをやめた。「そう。でも、私、おばあさんを呪いから解き放ちたい」
「じゃ、簡単じゃない。さっさと《正見》の石を覚醒させちゃえば? 石の力によって戦争が終わるのよ。一石二鳥じゃない」とシャマナ。
「それはそうだけど──」
「大丈夫よ。極楽浄土はすべてを解放してくれる。呪いのすべてを。そして、私たちは平和に暮らすのよ。迷う余地はないの。前進あるのみよ」
「強いのね、あなた」
「修行してるからね。まあ、ゆっくり考えなさい。じゃ、私、炊き出しの準備があるから」
「うん」


 境内には、所狭しとテントが建てられ、難民と化した人々が生活していた。ドラム缶を半分に切ったものに薪を入れて燃やし、暖をとる人々。講堂にも毛布をひいて寝転がったり、かたひじをついたりして乾いた時間を過ごしている人々。赤ん坊の泣く声。僕はそれらを見て驚きはしなかったが、信仰心の強さみたいなものを感じた。みんな、ただここに集まっているのではない。慈悲を求めているのだと。
 僕らは建物の奥へ。
「待たれよ」
渡り廊下で頭巾をかぶった細身の娘とすれ違うところだったが、呼びとめられてしまった。
「どちらへ?」とその細身の娘。
「トイレですよ」とロバートはまごついてる僕を横目で見ながらとっさに言った。
「ここから先は尼僧の宿坊です。新しく来られたかたですか?」と細身の娘。
「いえ、われわれは出版社の者でして、自由に見学していいと貫首さまが」とロバート。
「そうでしたか。はばかりは講堂の東側にあります」
「どうも」と僕。
「かわいい社員のかたがいらっしゃるんですね」と細身の娘。
「ああ、こいつら、リサさんの友達なんですよ」と僕。
「バカ!」、「アホ!」と、キアーラとシャオリンは言って僕のけつを思いっきりグーで殴った。
「なにい?」と僕は二人の少女を交互ににらんだ。道路を渡るとき右見て左見て、もう一度右を見る要領で。
「リサ? あの娘はトップシークレットのはず。あなたがたはいったい──」と細身の娘は言いかける。
「すいません。こいつ妄想癖があって、リサっていうのは想像上の女でして」とロバート。
「女とは下品な言い方ですね」と細身の娘。
「いや、つまりその、あなたのようなお嬢さんのことですよ、もちろんはい」とロバートは少し額に汗を。
「とにかく、はばかりは向こうです。途中までご案内します」と細身の娘。
「どうも」と僕は言った。
「はばかりって?」とロバートは小声で僕に尋ねた。
「トイレだよ。文脈からしてわかるだろ?」と僕。
「小説か何かの読者じゃないんでね、俺は」とロバート。


 僕らは巨大な仏像がまつってある講堂の一段高くなったところにそれぞれ座ったり、ひじをついたり、鼻くそをほじったりして、仏頂面の人々の顔を順に見る行為にふけっていた。
「おい、このままじっとしてるつもりか?」とロバート。
「仕方ないだろ、僕らは自由にしていいって言われたけど、本当の目的はリサさんを取り返すことだからな」と僕。
「おまえ、惚れてんのか? そのリサっていう女に」とロバート。
「そんなんじゃないよ」と言った僕のほっぺたは赤くなっただろうか?「ただ、ちゃんと仕事をしたいだけなんだよ」
「仕事はここの取材と貫首へのインタビューだろ? ちょっとうろうろしようぜ。体がなまるわ」とロバート。
「じゃ、おまえ一人で行ってきたら?」と僕。
「あ、そう? あとで手柄は山分けだとか言うなよ」とロバート。
「言わねえよ」と僕。
「じゃあな」と言ってロバートは一人で取材をしに行った。


 ここは八正石が安置してある神殿。テーブルの上に特殊な磁場の力で円状に八つの丸い透明な石が浮かんでいる。そこへ何者かが忍び寄る。ロバートだ。
「こ、これが八正石? これは祖国のためなんだ。俺は正しい、俺は正しい、俺は正しい、俺は正しい、俺は正しい──」
 ロバートは何やらごにょごにょ念じながら、小さな八つの丸い透明な石を上着の両方のポケットに入れた。そのとき、警報が鳴る。よくあるパターン。


 僕らがなんだろうこの警報はと思っていると、汗だくのロバートが奥のほうから走ってきた。
「おい、ロバート?」と僕は心ここにあらずのロバートに向かって言った。
「おまえらも逃げろ!」とロバートは言う。
「え? 何かしたのか?」と僕。
「話してる場合じゃない、じゃあな!」とロバート。
 門に向かってロバートについていく僕ら。
そこへ悠然と貫首が大統領との会談から帰ってきたところだった。
「どうした? 騒々しい」
「神殿に入った者が居ます!」と黒人の門番の坊主は貫首に言った。
「やあ、貫首さま。インタビューはまた後日」とロバートは言って逃げようとした。
「待ちなさい。出しなさい、石を」と貫首。
「え?」とロバート。
「とぼける必要はありません。ずっと、スキャンしておったのですよ。石を盗むことはできない」と貫首。
 ロバートは両手をそれぞれポケットに入れ、何かをつかんだまま手を出した。そして、手を広げた。そこには小さな丸い透明な石があった。
「おい、ロバート?」と僕。
 貫首は手を開き、そして閉じた。八つの丸い透明な石は空中を飛んでそのこぶしの周囲に円状に集まり、太陽のまわりを回る惑星のように、ゆっくりと公転した。
「この者どもを捕らえよ!」と貫首。
 ちょうど援軍の団体さんが到着したところ。僕らは逃げる気を失った。



第四章 正見のこころ

「念珠(ねんじゅ)を」と貫首(かんず)は言った。
 貫首の手下の坊主たちは、僕らの首に真珠のネックレスのような黒い念珠をかけた。そして、貫首は何やら念仏を唱え、手のひらを開いて、すばやく閉じた。念珠はしまり、僕らの首にちょうどフィットした。二人の少女にも。
「その念珠は、さからえば、おまえたちの首をしめつけ、かき切るでしょう。境内から出ようものなら一瞬でそうなります。手荒なことはしたくないのです。わたくしは神仏に仕える身。言いなさい。誰に雇われたのです? いや、どこの国と言ったほうがよろしいかな?」と貫首。
「神仏って言ったか? この国じゃ、仏がはばをきかせてるんじゃねえのか?」とロバートは僕に言う。
「神仏習合だよ。習わなかった?」と僕。
「俺の国ではな」とロバート。
「耳が遠いのかな? アホづらさらしやがって、ボケどもが。まあよい。ここでじっくり考えることだ。何が正しいかを。フハハ」と貫首は言って奥へ行ってしまった。
 手下の坊主たちも、僕らを放し、奥へ。
「ほんとに出られねえのかな?」とロバートは言い、門から外へ出ようとした。
 念珠がロバートの首をしめる。ロバートはあわてて境内へ入り、地面にのたうちまわった。
「ロバート!」と僕。
 念珠のしめつけはおさまったようだ。ロバートの息はあらい。
「どいつもこいつもヘマばっかし!」とキアーラ。
「こいつらほんとに役立たずなのか?」とシャオリン。


「何かあったの?」と、リサは部屋に入ってきた細身の娘シャマナに真っ先に尋ねた。
「ちょっとね。さ、戻られたわよ。決心はついた?」とシャマナ。
「ええ。私やっぱり、おばあさんを助けたい」とリサ。
「最初からそう言ってればよかったのよ。さ、行きましょ。神殿へ」とシャマナ。


 渡り廊下を僕らは歩いていた。ロバートがやっぱりリサさんはあの尼僧の宿坊のどこかに幽閉されているはずだと言ったからだ。向こうから二人の娘が歩いてくる。《!》一人はさっきの細身の娘だが、もう一人はリサさんじゃないか!
「やべえ、あの女だ」とロバート。
「リサさん!」僕は大声でその名を呼んだ。
「え? 例の?」とロバート。
「トクナガさん? キアーラとシャオリンまで。何してるの? こんなところで」とリサ。
「助けに来たんですよ」と僕。
「きさまら、知りあいなのか?」とシャマナ。
「おお怖い怖い、きさまらって言うのはあんまりじゃない?」とロバート。
「泥棒のくせに」とシャマナ。
「あら、知ってたの?」とロバート。
「トクナガさん、貫首(かんず)という人は悪い人じゃないみたい。私、おばあさんの病気を治してもらうの」とリサは言う。
「どうせ、はったりに決まってるよ。逃げよう」と僕。
「逃げようたって、どこに逃げるんだよ?」とロバートはあごを上げ、首の念珠を人差し指で何度も示しながら言う。
「カスどもはひっこんでろ。さ、行くよ」とシャマナはリサの背中を軽く押す。
「か、かす?」とロバート。
「大丈夫よ」とリサ。
「僕らも同行しますよ。貫首が何をするか見張ってなくっちゃ」と僕。
「ハッハッハ! 貫首さまにかなうと思っているのか?」とシャマナ。
「やってみなきゃ、わかんないんじゃない?」とロバート。
 二人の少女、キアーラとシャオリンは顔を見合わせていた。僕はそれを見ていない。


「おお、そうか。──あなたがたもその腐ったまなこで見るがいい。石の力を。さ、リサさん、これが《正見》です。手に取って」と貫首。
ここは例の神殿。テーブルの上に特殊な磁場の力で円状に丸い透明な八つの石が浮かんでいた。そのひとつ、燐光を放っていない唯一の石を貫首は指さす。
 リサは黙ってうなずき、その石を手に取った。そして、両方の手のひらで包み、目をつぶった。石が光を放ち始める。リサの指の間から強い光がもれている。リサは手を開いた。丸い透明な石は光りながら空中に浮かんでいる。次の瞬間、フッと消えてしまった。光の鱗粉が床に向かって落ち、空中で消えた。
「なに! どうしたというのだ?」と貫首はうろたえる。
「──あの石は行ってしまった」とリサ。
「どこへ?」と貫首。
「たぶん、“だんべら”──」とリサ。
「なぜだ! なぜそんな──」と貫首は言いかける。
「失ったものを、取り戻すためよ」とリサ。
「わけがわからん、なぜ《正見》がそんなことを」と貫首。
「フハハハ! アーハハハハ! ヒッヒッヒ──」とロバートが笑い出す。
 貫首は手を開き閉じた。ロバートは首を押さえてその場にくずおれ、苦しみだした。
「やめて! あの石は取りに行ってやらないと、もう戻ってこないわ」とリサ。
 貫首はロバートの首をしめるのをやめ、サーチを開始した。あの病院のベッドに横たわっているリサのおばあさんの記憶の中に入り、ここから思念を飛ばし、どんどん場所をしぼり込んでいく。そして、“だんべら”へたどり着いた。
「留守を頼むぞ、シャマナ」と貫首。
「はい」とシャマナ。
 貫首は寺を出ていった。


 炊き出しだ。僕らは講堂の冷たい床に座り、海苔がついておらず、何も具の入っていないおにぎりと、使い古されたプラスチック容器に入った具のない味噌汁を交互にやる行為にしばらく集中した。味気ないおにぎりと、塩気のある味噌汁のダンスはなかなか味わい深いものだった。難民の人々に混じって僕らは黙々と食べた。
「意外とうめえな」とロバート。
「まあな。おまえの国じゃ、牛肉を浴びるほど食ってるらしいじゃないか」と僕。
「そう、だから誤解してたんだよ。あれは人間の食いもんじゃねえってな」とロバート。
「牛肉だって似たようなもんじゃん」と僕。
「はっ! ちげえねえや」とロバート。
「それで、ロバートさんはどうして八正石を?」とリサ。
「ばれちまったから言うけど、俺はスパイなのさ。でも、もとからじゃないぜ。頼まれたんだ。ある日、突然、軍人がうちにおしかけてきて、祖国のためにあれをかっぱらってこいって。それもここに超大型爆弾が落とされる前に」とロバート。
「なんだって?」と僕。
「やつらは落とされる日が近いことを知ってた。ってことはだぜ、秘密の約束か何かして、ここに落っことして、手っ取り早く戦争を終わらせるつもりなんだよ。それはぬきさしならないことが判明したからだ。つまり、あの石の力がね」とロバート。
「そんなにすごい力なのか」と僕。「──リサさん、あの石はどうしておばあさんの思い出の中にあるその──“だんべら”? とかに、飛んで行ったんだ?」
「《正見》は私の心に触れて、そして、おばあさんのことを知った。そこまではわかるけど、おばあさんの強い思いがそうさせたのか、それとも何か他に理由があるのかわからない。とにかく、失ったものを取り戻すって、石が言ったの」とリサ。
「失ったものねえ。今の世の中、失われたものだらけだよ。今の俺はさながら故意に健康を害された病人の気分だぜ。こんなもの付けられてよう」とロバートは首の念珠をさすりながら言う。
「そう、それだよ!」と僕はひらめいた。
「なんだよ」とロバートは右手の小指で鼻くそをほじりながら言う。
「石が求めているのは完全な肉体だよ。おばあさんは病気だ。時空を越えて、あの頃に戻って、完全な肉体を、いや、完全な何かを求めているんだよ」と僕は熱を込めて言った。
「アホぬかせ。あーあ、やってらんねえ。俺ちょっと寝るわ。毛布もらってきてくれる?」と言ってロバートは腕枕をして寝転がってしまった。
「わしらは、自分たちの犠牲で戦争が終わるんなら、喜んで命をささげますぞ。超大型爆弾なんぞ怖くない」と横で話を聞いていたぼろを着た老人がぼそぼそと言った。
「おじいさん」と僕。
「歴史から学べ、愚民ども」とキアーラが口を開いた。
「おまえらの犠牲など、なんの役にも立たぬわ」とシャオリンも。
「こら、キアーラ、シャオリン」とリサ。
「こいつら、たまにきついこと言うなあ。末恐ろしい、ハハ」と僕はちょっと笑った。もちろん、二人の少女は冗談で言ったのだと思ったからだ。


 リサのおばあさんの思い出の中にある“だんべら”へ向かう飛行機の中。貫首は何気なく夜空を見ていた。貫首の頭の中にシークエンスが現れた。
 少年は背もたれのないタイプの公園のベンチの上に犬をお座りさせ、自分もその横に寄り添って座った。犬の頭をさすっている。そして、たくさんの星々がまたたく夜空を黒い木立の枝の影ごしに眺めた。少年は天を指さし、犬の目と天を交互に見ながら言った。
「ほら、あれが冬の大三角形だよ」
 貫首は涙が頬をつたう感覚で我に返った。あわてて涙をぬぐう。そして、交代して付き人係になったあの黒人の昼間門番だった坊主に話しかけた。
「凡夫(ぼんぷ)だった頃、犬の散歩の途中で、誰も居ない公園のベンチに腰かけて、星を眺めるのが好きだった」
「はあ」と黒人の坊主。
「犬の肩に腕をまわしてこう言うんだ。“ほら、あれが冬の大三角形だよ”」
「ありがたいお言葉です」と黒人の坊主。
「わかるか?」
「わかります」
「フフ、そうか」と言って、貫首は夜空に目を戻した。
 そのとき、飛行機の進む方向とは逆方向にものすごい勢いで飛んでいく光が見えた。
「ん? あれは?──まさか! すぐに寺に戻るのだ! 急げ!」と貫首。
「無理です。チャーター機ではありませんから」と黒人の坊主。
「やむをえぬか。おまえもこれを持て」と貫首は懐から二つの独鈷(とっこ)を取り出し、一つを黒人の坊主に渡した。そして、念仏を唱えた。
 貫首と黒人の坊主の姿は飛行機から消えた。



第五章 天孫降臨

 じょぼぼぼぼぼぼぼ、というささやかな音をロバートは夢心地で聴いていた。
《ドーン!》という大きな音が。
「あ、ちきしょう、やっちまった。なんだよ」


「なんだ? 今の音は?」と僕は寒くて寝つけない状態だったのをふり払って、上体を起こした。
リサも上体を起こしている。
しばらくして、「神殿のほうだ!」という手下の坊主たちの声。
「行ってみましょう」とリサ。
 このとき、僕は二人の少女が居ないことに気付かなかった。
「なんだ? 今のは」とロバートはトイレから戻ってきて言う。
「空襲じゃないみたいだな。とにかく、レッツゴーだ」と僕。


 神殿の天井には大穴が開いており、テーブルの上の円状に浮かんだ丸い透明な石は八つそろっていて、強い光を放ちながら、公転していた。そして、その中心にはひときわ大きな丸い透明な石が浮かんで、光を放ちながら自転していた。
 手下の坊主たちの人垣をかきわけて、僕らは前にしゃしゃり出て見た。テーブルの両脇にキアーラとシャオリンが片ひざをついて、うつむいている。
「キアーラ、シャオリン?」とリサ。
「しばし待たれよ」とキアーラ。
「天孫さまのご降臨である」とシャオリン。
 そこへ、黒人の坊主を従えた貫首(かんず)がやって来た。「貫首さま!」と手下の坊主どもは口々に言って道を開けた。
 八つの丸い透明な石の公転は速くなっていった。貫首は目を見開いてそれを見た。中心のひときわ大きい石は光を一段と強くし、あたりを真昼のような明るさにした。
 そのとき、そこに居るみんなの目にシークエンスが映った。
 くもり空。ボールを追いかけて道路に飛び出した犬。そこへ車がブレーキ音をさせて突っ込んだ。犬は吹っ飛び、路面に倒れ、口から血を流して、ぴくりとも動かなくなった。そこへ駆け寄る少年。
「リキ? リキいいいいいいいい!」
 車からおっさんが出てくる。酔っぱらっているのか、普段からこういう口調なのか知らないが、とにかく少年にいちゃもんをつけだした。
「おい、ちゃんとつないどけ、ボケ! けっ、どうせ汚ねえ雑種だろ? センターに行きゃ、またもらえるわ。とにかく、俺は悪くない。あーあ、血が付いてやがる。ほんとならこっちがカネをぶん取りたいところだぜ。洗車代をな。ま、ガキから取っても仕方ねえか。死体の始末はおまえがしろよ。にしても、汚ねえ犬だな。おまえ、この近くのあれだったら、このことは黙って──」とおっさんは続けようとした。
 少年は犬から目をそのおっさんに向け、手のひらを向けて、すばやく閉じた。
「う、うぐ──」
 おっさんは急に胸を押さえて苦しみだした。そして、路面にひざをついた。少年はものすごい形相で、こぶしごしにおっさんの顔を見ている。
「お、おまえ──なん」とおっさんは言いかけた。
 次の瞬間、おっさんは血を吐いてうつぶせに倒れた。
 遠雷の音が聞こえる。
《ドーン!》と間近で雷の音が。それでみんな我に返った。
 見ると、浮かんで光りながら、公転や自転をしている石たちから天に向かって伸びる光の中を通って、腰布を付け、上半身裸で、端正な顔立ちで美しい体の少年がゆっくりと天からおりてきた。石たちの上に床までの光の階段ができた。それを一段一段うやうやしく少年は下りていき、床に立った。光の階段は消える。二人の少女、キアーラとシャオリンはどこから出したのか白い布を何かの力で少年にまとわせた。
「ニニギさま──」と貫首は床にひざをつき、わなわなして涙を流しながら言った。
「ニニギって誰?」とロバートは僕に訊く。
「アマテラスの孫だ」と僕。
「ふーん、わからん」とロバート。
「神だよ」と僕。
 その少年は、貫首の顔を一見して、にやりと笑った。そして、あの公転する八つの石の中心で自転しているひときわ大きい丸い透明な石に吸い込まれていった。
「ニニギさま!」と貫首。
石たちの光は弱くなった。公転と自転の速度もゆるやかになった。
「天孫さまはご降臨なされた」とキアーラ。
「まもなく世界は静寂と沈黙にかえる」とシャオリン。
「やはり、おまえたちは巫(かんなぎ)だな?」と貫首。
《いかにも》と二人の少女はそろって言う。
「かんなぎってなに?」とロバートは僕に訊く。
「ううん、要するに巫女(みこ)さんだよ」と僕。
「余計わからんわ」とロバート。
「あなたたち──」とリサは二人の少女をみつめた。
「貫首さま!」と手下の坊主たちがどやどやとやって来た。
「どうした?」と貫首は立ち上がって尋ねた。
 そこへファーガスン大尉が兵隊たちをひきつれてやって来た。
「貫首、民衆を扇動した戦犯容疑でおまえを拘束する」とファーガスン大尉。
「フッ、よろしいですよ。どこへなりと行きましょう」と貫首。
「こ、これは。とうとう──。フハハハ、これは私がもらっておく」と言ってファーガスン大尉は公転する八つの丸い透明な石の中心で、ゆっくり自転しながら燐光を放つひときわ大きな丸い透明な石をつかもうとした。
 その瞬間、その石たちが雷のような音とともに衝撃波を発した。
「うわっ!」
ファーガスン大尉は吹っ飛び、柱に叩きつけられた。
「さがれ、下賤(げせん)の者よ」とキアーラ。
「おまえに用はないのだ」とシャオリン。
「フッハッハッハ! もう遅いのですよ、ファーガスン大尉。ニニギさまはご降臨なされた。これらの石は誰のものにもならない。あとは自動的に世界は静寂と沈黙にかえるのです」と貫首。
「くそ! 連れていけ!」とファーガスン大尉は手下の兵隊に命令した。
「はっ!」と手下の兵隊。
「私もおともします」と黒人の坊主。
「よし、そいつも連れていけ。おまえら変な気を起こすなよ。さからえば皆殺しだ」とファーガスン大尉は他の坊主たちに言う。
《貫首さま!》と坊主たちは口々に。
「心配には及ばぬ。寺を頼んだぞ」と貫首はおだやかに言った。
外はもうしらんできていた。朝だ。



第六章 僕の作戦

 朝の炊き出しだ。炊き出しは朝と晩だけ。昼はないらしい。僕らは講堂でまた難民の人たちに混じって、例のおにぎりと味噌汁をやった。あの二人の少女をさそったが、例によって言うことを聞かず、あの石たちの安置されたテーブルの両脇に体操座りをしたまま、「去れ!」と言ったきり無視された。
 僕はおにぎりを一口やったが、もぐもぐするのを忘れていた。あることを思い出したからだ。
「どうした、食わねえのか?」とロバート。
「ニニギっていうのは、世界をにぎやかにする神だろ? 天地が豊かににぎわうっていう意味だ」と僕。
「なあにコムズカシイこと言ってんだよ。黙って食え。──あのクソ坊主、俺たちの首に付けた念珠のこと忘れてんじゃねえか? どっか行くのはいいが、この術を解いてからにしてくれってんだよ」とロバート。
「じゃ、貫首(かんず)さんは誤解してるってこと?」とリサはロバートを無視して僕に尋ねる。
「そういうことになる」と僕。
「そんなことどうでもいいだろ? それより俺たちどうするんだ? このまま難民になるか? 会社のことなんかどこ吹く風で、アッハハ、いやマジで」とロバート。
「ほんとにどうでもいいなら、まじめに考えたっていいだろ?」と僕。
「あ、あーあ!」とロバートは大あくびをする。「ご勝手にどうぞ。俺はさっさと帰って風呂に入りてえわ」
「みなさん、あれは邪神じゃ。ニニギではない」と隣で話を聞いていた昨日のぼろを着た老人がむっくり上体を起こして言う。
「おじいさん」と僕。
「おい、もうろくじじい、何さまのつもりだ? まさか神さまだって言うんじゃねえだろうな?」とロバート。
「そのとおり。わしはアメノホアカリ。ニニギの兄じゃ」と老人。
「なんですって?」と僕。
「天地(あめつち)が創造されてより、わしはすべてを見てきました。そう、すべてを。罰せられるべき者が繁栄し、邪(よこしま)な者が利を得る、薄汚い世界を。邪神が降臨したのは当然と言えましょう。世界は、いや、人間は、静寂と沈黙を欲しておるのです。つまり、早い話が終末ですな」とアメノホアカリと名のるぼろを着た老人は言う。
「おい、わけわかんねえこと言うんじゃねえ」とロバート。
「ロバート黙って。おじいさん、いや、ホアカリさま、あのにせニニギを止めるにはどうすればいいんですか?」と僕。
「はは、ホアカリだかおわかりだか知らねえが、要するに、いかれたじじいの話をまともに聞くのは──」とロバートは続けようとした。
「黙れ、ノッポ!」と僕は怒った。
「ノッポて、マジなのか、おまえ?」とロバート。
「これは大事なことだ。ズボンにしょんべんひっかけたくらいで悩むのとはわけが違うんだ」と僕。
「あ、いやん、ばれてたの?」とロバート。
「フッフフ、おまえさんがたはいい人間じゃ、わしにはわかる。その心をぶつけなさい」とアメノホアカリと名のるぼろを着た老人は言う。
「どういうことですか、それは?」とリサ。
「そう、おまえさんには力がある。石の冷酷なこころをあたためる力が。それを使えばあるいは」と老人はリサを指さしながら言う。
「あんた神だろ? あんたがやれよ」とロバート。
「わしにはおまえさんがたのような力はない」と老人。
「神なのか、ただのもうろくじじいなのか、はっきりしろよ」とロバート。
「おい、二度言わせる気かロバート?」と僕。
 ロバートはお手上げのポーズをした。
「具体的にどうすればいいんですか?」と僕は老人に尋ねる。
「今はまだ、あれは昼間には力をふるえない。じゃから、巫(かんなぎ)が守っておる。やつらをどうにかして注意をそらし、石に近づくしかあるまい」と老人。
「そして?」とリサ。
「おまえさんが石のこころをあたためる。男どもはそれを助け、解脱へ導くのじゃ」と老人。
「おいおい、話が抽象的すぎるぜ」とロバート。
「わかりました」と僕。
「わかったのかよ?」とロバート。


 留置所の牢の中。寝台に座った貫首が床に正座している付き人係の黒人の坊主に話しかける。寝台は二つあった。
「罪の意識は子供たちの遊び騒ぐ声のようなものだ」
「どういうことでございますか?」
「聞こえるとうるさいが、聞こえないと寂しい」
「はあ」
「つまり、罪の意識があるうちは、次の罪を犯そうとは思わない。罪の意識がなくなったとき、人はまた罪を犯す。無意識に罪の意識を求めておるのじゃよ。多かれ少なかれ、人生とはその繰り返しなのだ」
「ありがたいお言葉です」
「そうか? なぜこんなことを言うのか、それは私に人間への疑念があるからじゃ。おまえはまだ若い。それに、幼くして仏門に入った」
「でも、わかります」
「私は人生最大の罪を犯してしまったのかもしれぬ。忘れてしまうのが不可能なほどの」
「いえ、罪ではありません。ご功徳(くどく)です。万人を解脱に導こうとなさっているのですから」
「静寂と沈黙、それがはたして本当の解脱と言えるのかどうか」
「弱気にならないでください、貫首さま。われわれはいつでもお力になります」
「ありがとう。さ、少し眠らぬか? 私は疲れた」
「はい、どうぞお休みになってください」
 貫首は寝台に横になり、付き人係の黒人の坊主は床に座ったまま廊下のほうを向いて足を組み、両手を合わせて目をつむった。


 僕ら三人は、神殿に神楽の道具を運び込んだ。それには次のようなちょっとしたいきさつがあった。


「シャマナさん。神楽(かぐら)の道具ありますか?」と僕は台所で炊き出しの片付けをしているシャマナさんに尋ねた。
「もちろんあるが、それがどうした?」とシャマナ。
「じつはその、ちょっとお耳を──」と僕は言ってシャマナさんに耳打ちしようと近づくと、「そこでいい」と五十センチ手前で止められた。僕は手を口に当て、声をひそめてあのことを話した。
「ウッハッハッハ! 私もやつがニニギさまではないと勘付いておったわ」とシャマナ。
「しいいいい! そういうわけでその──」と僕。
「わかった。道具は倉庫にある。自由に持っていけ」とシャマナ。
「ありがとう」と僕。


 僕ら三人は神楽太鼓、神楽鈴、銅はち、をそれぞれ持って神殿に入った。巫(かんなぎ)である二人の少女は石たちの安置されたテーブルの両脇に体操座りをしたまま微塵も動いた様子はなかった。小さな八つの丸い透明な石は、自転する一回り大きい丸い透明な石を核にして、公転していた。いずれも、弱い燐光を放ちながら、ゆっくりと公転、自転をしている。
「なに用じゃ!」とキアーラ。
「去れ!」とシャオリン。
 二人の少女は立ち上がった。
 僕らは神楽の道具を床にどさっと置いた。あくまで、僕の感覚としては、どさっとだった。だから、なんだって? 作戦をおっぱじめるラッパだよ。
「はは、ご精が出ますね、二人とも」とロバート。
「ロバート」と僕はロバートを小声で一喝した。
「キアーラ、シャオリン、朝ごはん食べなくていいの?」とリサ。
 二人の少女はリサの問いに答えない。
「二人とも、神楽好きだろ? 舞を舞ってよ。お祝いさ。はい、鈴」と言って僕は柄の先に葡萄のようにたくさん鈴の付いた神楽鈴を二人の少女に渡した。
 そして、僕らはそこに陣取り、僕は太鼓を、ロバートは銅はちをそれぞれ演奏し始めた。即席で予行演習したんだ。「これなんだ?」、「シンバルの原型みたいなものだよ、こうやるんだ」とか言いながら。
 ドンコ、ドンコ、ドンコ、ドン、ドドンコ──
 シャンカ、シャンカ、シャンカ、シャンカ──
 二人の少女は顔を見合わせていたが、にやりと笑って、舞を始めた。何かの力で服装が巫女装束(みこしょうぞく)へ変わった。いい気分で舞っているらしい。笑顔だ。ときおり、手首をひねってシャンと鈴を鳴らす。
 ドンコ、ドンコ、ドンコ、ドン、ドドンコ──
 シャンカ、シャンカ、シャンカ、シャンカ──
 シャン──シャン──
 リサはそのすきに石たちが安置されたテーブルへ裏から近づいた。中心のひときわ大きい丸い透明な石に手を伸ばす。弱い衝撃波が何回か伝わったが、リサはその石を両手で水をすくうようにつかんだ。その石の弱い燐光は消えてしまった。八つの石、八正石はそのまま弱い燐光を放ちながら公転を続けた。リサはそこに座りこみ、両手でそのひときわ大きい丸い透明な石を両手で包んだ。そして、石のこころをあたため始めた。
 朝の炊き出しの片付けの終わったシャマナさんが横笛をふきながら、僕らの居る神殿へ入ってきて、セッションに加わった。
 ドンコ、ドンコ、ドンコ、ドン、ドドンコ──
 シャンカ、シャンカ、シャンカ、シャンカ──
 シャン──シャン──
 ピーヒャララ、ピーヒャララ──
 それらの音の渦の中でリサは石のこころに入っていった。
 明るい木漏れ日の射す、森の中だった。腐葉土のにおいがする。木の幹や青葉のにおいがする。苔むした岩のにおいがする。リサは目をつむり、深呼吸して、再び目を開けた。そこには、髪の毛がボサボサで、鼻がたれており、肌は汚れ、しみのついたぼろを着た少年が居た。にこにこ笑っている。
「あなたは、誰?」とリサはその見た目の薄汚い少年に尋ねた。
「こんなところは嫌いか?」と少年は質問に答えず、逆に質問する。「鬼ごっこしよう。かくれんぼがいいか?」
「わ、私──」とリサはとまどう。
「遊びたくないのか? つまらん」と少年は言い、森の奥へ向かって歩き出した。
「待って!」とリサ。
 少年の姿はすうっと消えてしまった。
突風が吹いたと思ったら、目の前に川が現れた。川の中にはあの少年が居て、魚を手づかみしてリサに見せた。
「ほら、見ろ! あ、逃げた」と少年はつるりと手がすべり、魚を川に落としてしまった。
 少年は笑顔でリサの顔を見た。少年の姿はまたすうっと消えた。
また、突風が吹き、今度は目の前に草原が広がった。あの少年が虫とり網を持って、トンボを追いかけている。ちょうど、リサの目の前まで少年は走ってきた。
「やった! とったど」と少年。「ほら!」と言って少年はトンボを手に持ってリサに見せた。そして、放した。
 二人はそのトンボの飛んでいくゆくえを見えなくなるまで目で追った。それはすぐに見えなくなった。二人は顔を見合わせた。少年は「へへ!」と笑って、向こうに走り出し、すうっと消えた。
急に黒い雲が現れ、どしゃ降りの雨になった。向こうからあの少年が傘を持って走ってきた。自分も傘をさしている。
「ほら、傘!」と少年。
リサをそれを受け取り、すぐに傘を開いた。
傘がバチバチ鳴る音を聴きながら、二人はじっとたたずんでいた。すると、雨はやみ、太陽が顔をのぞかせ、青空になった。傘は消える。
突風が吹き、砂浜が広がった。海の上でカモメが幾羽も飛んでいるのが見える。あの少年はリサのもとにやって来て、「ほら!」と言った。その手の中にはきれいな貝殻があった。少年はリサの顔を見て、「へへ!」と笑った。
少年はまた向こうへ行こうとした。
「私──、私好きよ。ぜーんぶ。森も、川も、魚も、草原も、トンボも、雨も、海も、全部」とリサは言う。
 二人は顔を見合わせた。少年は鼻水をすすり上げ、「へへ!」と笑った。リサも「フフ」と笑った。
 二人はそろって笑いだした。
 リサが我に返ると手の中であのひときわ大きい丸い透明な石が、川原で拾ったようななんの変哲もない石に変化し、弱い燐光を放っていることに気付いた。
 セッションは続いていたが、いくぶん疲れた音色になっていた。
リサは元気よく立ち上がり大声で言った。
「できたわ!」
 僕らは演奏するのをやめ、テーブルのまわりに集まった。
「うぬら、だましたのか?」とキアーラ。
「天孫さまが──」とシャオリン。
「大丈夫。本当の天孫さまになっただけだよ」と僕。
 リサは弱い燐光を放ちながら公転する八正石の中心にそのなんの変哲もない石を持っていき、手を放した。少々いびつなその石は浮かび、いくぶん燐光を強くして自転を始めた。
「これから何が起こるっての?」とロバートは言う。
「さあ」と僕。
「あのにせニニギはどこ行ったんだ?」とロバート。
「さあ」と僕。
「おまえ、坂をすべりおりるみたいな音ばっかり出しやがって、これはおまえの作戦だぜ」とロバート。
「リサさん」と僕。
「私もわからない。邪神の心は感じなかったわ」とリサ。
「じゃ、消えたのかも」と僕。
「かもだって? カモが食いたいのか? あーしんど。とにかく、あのクソ坊主を連れ戻さんことには、うちには帰れねえぜ。これが付いてんだからな」とロバートはあごを上げて首の念珠を何回も指さした。
「貫首さまと呼べ」とシャマナ。
「ああ、かんずね。イワシの缶詰め食いたいわ。ああ、わけわからん、何もかもな!」とロバートは少しいらついているようだ。
 僕らは弱い燐光を放ちながら、ゆっくりと公転と自転をする石たちを眺めた。何も起こりそうにない。
突然、真っ暗になる。
「あ、おい、停電か? んなわけねえよな、昼間だぜ」とロバート。
「おまえたち、あのおかたはお怒りだ」とキアーラの声。
「知らぬぞ、どうなっても」とシャオリンの声。
 そのとき、ぱっと、僕らの目にシークエンスが映りこんだ。
 台所。少年は自分の席についてご飯を食べている。目の前には母親と父親。
 次の瞬間、母親と父親の頭が風船が割れるみたいに爆発し、血みどろの肉塊があたりに飛び散り、少年の顔にもその血が飛び散り、茶碗の中にも肉塊が入ったが、少年はかまわず食事を続けた。
《うわああああああああ!》僕らは叫んだ。



第七章 本当の天孫降臨

「うわああああああああ!」と貫首(かんず)は叫んで上体を起こした。
「どうなされました、貫首さま?」と黒人の坊主。
「はあ、はあ、いやな夢を見た。あれは、私の、罪の──」と貫首は言いかける。
 そこへ、ファーガスン大尉が手下の兵隊を従えて廊下を落ち着いたそぶりでつかつかと歩いてきて、貫首たちの牢の前で止まった。
「いい知らせだ。今日、ここに超大型爆弾が落とされることになった。それだけ伝えてやろうと思ってね。総員退避いいいいっ!」と言ってファーガスン大尉は一目散に廊下を走っていった。
「寺に戻るぞ」と貫首は黒人の坊主に言った。
「なぜです?」と黒人の坊主。
「わからぬ。わからぬが、何かをやり残しているような気がするのだ」と言って、貫首は懐から独鈷(とっこ)を二つ取り出して、一つを黒人の坊主に手渡した。
 貫首は念仏を唱えた。二人の姿は留置所の牢から消えた。


 僕らは神殿の冷たい床に倒れていた。僕は上体を起こし、見回した。みんな──リサさん、キアーラ、シャオリン、シャマナさん、それからロバートも起きだした。
「何が起こった?」とロバート。
「邪(よこしま)な心が解き放たれたのだ!」とキアーラ。
「終わりだ! すべての終わりだ!」とシャオリン。
 そのとき、境内のほうから人の叫ぶ声が聞こえた。「出合え!」という坊主たちの声。
 僕らは走って行ってみた。
 すると、二頭の大きな狛犬(こまいぬ)が難民の人々を襲い食っていた。
「これを!」とシャマナは懐から一つの独鈷(とっこ)を出し、手品のように三つにし、一つずつ僕とロバートに渡した。「仲間は多いほうがいい」
「こ、こんなちっこいもんでどうしようっての?」とロバートは半笑いで言う。
「念じてみろ。剣(つるぎ)になる」とシャマナ。
「私は?」とリサ。
「女はひっこんでろ!」とシャマナ。
「あなたも女よ」とリサ。
「うるさい。行くぞ、男ども!」とシャマナ。
「ちょ、ちょっと、これどうやんの?」とロバート。
 僕は念じてみた。どうって、とにかく悪を倒そうと思っただけ。すると、独鈷は光の剣になった。
「あ。おい、どうやったんだ? スイッチでもあんのか?」とロバート。
「ああそうだ。心のスイッチがね!」と言って僕はシャマナについて、境内で暴れている大きな獅子に、「うおおおおお!」とうなりながら向かっていった。
 ロバートはもたついている。
「わけわからんわ」と言っているロバートに狛犬が向かってきた。「あ? あら、あららららららら、ちょっと早くして!」
 大きな狛犬はロバートの頭にかみつこうとした。ロバートはとりあえず独鈷の先を狛犬に向けた。その瞬間、光の剣が狛犬の頭をつらぬいた。狛犬はよろめきながら向こうへ走り去った。
「じらすんじゃないわよ、もう!」とロバートは言って、「うおおおおお!」とうなりながら狛犬を追いかけた。
 一頭めが動かなくなったときだった。貫首と付き人係の黒人の坊主がフッと境内に現れた。
「これは──」貫首は手を開きそして閉じた。
 もう一頭残った狛犬は小さな子犬になった。
「おお、よしよし」とあのアメノホアカリと名のるぼろを着た老人がその子犬を抱き上げて言う。「名前は何にしようか? そうじゃ、“リキ”がいい。おまえはリキじゃ。ウワッハハハ!」と老人は子犬を空にかかげて言い、笑った。
誰かが「空襲だ!」と空を指さして言った。「一機だけだ」、「爆弾を落としたぞ!」、「まさか終末の──」という声。
 貫首は空に手のひらをかざし、そして、閉じた。その爆弾は空中で静止した。
 すると、あの倒れた狛犬の血が流れた地面から悪魔のような大きな黒い手が生え、爆弾に向かって伸びていく。そして、爆弾をわしづかみにすると地上に引きずり落とそうとしている。
 リサは境内に落ちているなんの変哲もない小さな石を拾って、両手で包み、目をつむる。石は輝きだし、リサの手を離れ、大きな黒い手に向かって飛んでいった。当たると光は消え、石は吸収されたが、そこから一本の小さな木の枝が生え、葉も芽吹いたが、すぐに枯れた。
「あの石じゃ、急げ!」と貫首は付き人係の黒人の坊主に向かって言う。
 そこへ、髪の毛がボサボサで、鼻がたれており、肌は汚れ、しみのついたぼろを着た少年があの川原で拾ったようななんの変哲もない少々いびつな石を両手で水をすくうようにして持ち、周囲に八つの丸い透明な石を公転させながら、二人の少女、キアーラとシャオリンを従えてやって来た。
 その見た目の薄汚い少年は貫首の顔を見て、「へへ!」と笑った。
「お、おまえは──ニニギさま?」と貫首。
 見た目の薄汚い少年は石を空へ放り投げた。石たちは浮かび、強く光を発し、公転と自転の速度を速くした。まるで、もうひとつの不思議な太陽のようだった。僕らは黙ってそれを見ていた。爆弾は消え、空に伸びた悪魔のような大きな黒い手には枝が生え、緑の葉が芽吹き、大きな木になった。屋根の上に、ビルの側面に、道路に、ガレキの山に、とにかくあたり一面に緑が生まれ、木や草や苔が生まれ、その範囲はどんどん広がっていき、見渡すかぎり、森になった。
 石たちは光るのをやめ、弱い燐光を残し、見た目の薄汚い少年の手に戻った。公転と自転は続いている。
 そのとき、天から光の階段が伸びてきて、地上につながった。
あのアメノホアカリと名のるぼろを着た老人がやって来て、見た目の薄汚い少年に言う。
「さあ、帰ろうな」
 老人と少年は手をつなぎ、少年は片手にあの石たちを従えたまま、その階段にのった。階段はエスカレーターのように老人と少年を天に運んでいった。僕らはそれを見えなくなるまで見守った。
 貫首は足元で子犬がクウンクウンと言っているのに気が付いた。貫首は子犬を抱き上げて言う。
「よーしよし、リキ、一緒に暮らそうな。──冬の大三角形を教えてやるぞ、ワッハッハ」



第八章 エピローグ

 そのとき、僕らの首の念珠の術は解かれた。──戦争は終わった。貫首(かんず)の犬との生活はそれはそれはにぎやかになるだろう。静寂と沈黙ではない。本当の意味で豊かなら、それはいいことだと思う。たとえ、それが悪意に満ちたものであったっていい。石のこころのように、あたためてやればいいだけの話だ。僕らにはその力がある。そう、誰にでも──



この物語はフィクションです。
 online: total:
Copyright © MINAMO-BUNKO, All Rights Reserved.
top