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既刊「千代見草」に収録




私は田舎で子供時代を過ごした。田舎には草木があり、生き物がおり、要するに自然があった。私は草木や昆虫や魚や鳥や動物の名前を図鑑で調べるのが好きだった。だから、目にする自然のものの名前はたいてい知っていた。ここで、図鑑つまり科学は自然のものではないのだから、その意味でおまえは自然を愛していないのだと言いはる人が居るといけないので言いわけをしておくと、私は単に名前が知りたかっただけなのである。要するに、自分で名前を付けるのが下手だったのだ。幸か不幸か、そのことは私の人生を灰色にする力があった。断言できるのは、何をするにも図鑑を、二次的なものを見て判断するのは間違いだと言うことだ。自分の目で見たことがすべてとは言えないが、すべては自分の目で見るしかないとは言えるだろう。もっとも、私はすべてを見たわけではない。おそらく、ほんの表層の部分を一瞥(いちべつ)しただけだと思う。でも、私はあれはとても大切なものだったのだと後悔に似た気持ちを抱くことがここ最近多くなってきた。どんなに私が汚い歳の取りかたをしてきたか、お察しがつくに違いない。人は変わるものだとよく言うが、多くの場合、いい意味では言われないと被害妄想的に思うのもいい例だ。私もさまざまな先入観にとらわれているということなのだろう。私は尊敬される人物になりたかったが、その希望はかなわなかった。第一そんなマヌケな希望を抱いている時点で、私は終わっていたのだ。
自然は私を自然にはしなかったが、自身への憧憬を植えつけた。それは地獄の炎よりも激しく熱く、私の胸を焦がした。過渡期が結果の積みかさねの時期だとしたら、ひとつの結果は過渡期の一現象にしかすぎないのだ。つまり私は大いなる結果をめざしているのであり、小さな出来事にいちいちかまっている時間などない。と、つい最近まで思っていた。旅行をするときにいちいち人のひそひそ話とか、落ちているゴミとか、道端のなけなしの地面から生えている雑草とかに注意を払わないように。しかし、私の自然への憧憬は注意力を何倍にもひきだし、くだらないことに関心を抱かせることになった。そう、さっき言った雑草の名前、そこにしがみついている昆虫の名前、それを食べる鳥や動物や魚の名前、ひいては空や雲の色、山並みや川の土手の形状にまで、私は憧憬を抱く勢いだった。
私の灰色の人生は、虹の色よりも多くの色に染まるかと思われた。だが、事はそううまくはいかない。私の心は大人になるにつれ次第に自然から遠ざかっていった。それを知ってか知らずか、やっこさんのほうも勢力を弱めていき、人工物に飲み込まれていった。私に責任はない。私は何もしてないんだから。そうもちろん、守ろうともしなかったし、かえりみるのはばかげているとさえ思っていた。あれはそういうものだと思っていたんだ。つまり、使い捨てカイロとか、飲んだあとの空き缶とか、壊れたテレビとかのようなものだと。私はそれでよかった。なにもかも順調だった。捨てたゴミは指定日に出せば、どこかの野卑な職員が回収して、リサイクルと称して、どこかの山の中にせっせと埋めているのだと勘ぐることは一切なかった。そう、一切だ。私は根拠もなく人を疑うのはよくないことだと思っている。それに、なんでもかんでも根拠を要求する人間は大嫌いだ。世帯の人数はどうの、年収はどうの、罹病(りびょう)したことはあるか、住民税は払っているか、年金は受給しているか──。私は鈍感ではない。疑われているのはすぐにわかる。そしてそれが被害妄想ではなく、現実であることも認識できる。そういう作用が他の人にも起こりうることなのだと察することもできる。だからどうしたと思う人が居るとしたら、その人は私を尊敬しないだろう。当然だ。私は尊敬される人物になりたかったと言ったが、そのマヌケな希望は、他人のことを思いやるのがマヌケなことだという考えと比例していたのだ。私がそう思うのは、あの自然への憧憬が作用しているのではないだろうか? 私は自然が好きだが、人間はその自然をどんどん壊していっている。自然への憧憬は、人間への憎悪に変わったのだ。ところが、私も人間のはしくれである。同類を憎むわけにはいかない。しかし、同類嫌悪という言葉があるように、同類だからこそ憎しみが生まれるというのは十分ありえる。自他を比べてしまうからだ。
そんなことはどうでもいいのだ。本当にどうでもいい。ただあの豊かな色、音、形、香り、感触──自然の中で感じたすべてのことが愛(いと)おしい。ずっと思い続けている女性のように、種子(たね)から育てて咲いた朝顔のように、ついてくる子犬のように。私は自然から遠ざかりながらも、それらを忘れなかった。忘れるどころか、万年雪のように私の中に居座り続けた。その雪はあたたかかった。溶けないばかりか、地獄の炎のように私の胸を焦がす。
私はずっと、矛盾を抱えたまま生きてきた。それがつまり人生が灰色である証拠だった。しかし、あたたかい万年雪はまだそこにあった。私はなにかの拍子にそれが溶けてしまうのではないかと常に不安だった。だからって、情けを乞(こ)おうというわけではない。私は弱音を吐いて逆に怒られるというみっともないことを繰り返したくない。不安は誰にだってある。私の場合はそれが自然の喪失という、言い換えれば、なにか想像しただけで背筋が凍るほどの大罪を犯してしまうのではないかという不安、もっと言えば、すべての終わり、しかも二度と復活することがない終わりが来るのではないかという不安であるだけなのだ。なんのことはない。誰でも持っている不安に比べれば、塵ほどのものだろう。ただ私にとってはどんなに小さかろうが不安には違いないわけで、それがどういう作用をもたらすかは誰でも知っていることだ。──言おうか? 気ちがい、いかれ野郎、その他もろもろの罵詈雑言に該当する言葉で表現される人間になるという作用。私には自分で言うのをはばかる芸当がないので言うが、私はおかしな人間になってしまったのだ。自然からすれば人間はおかしな存在かもしれない。そう思うこと自体もすでにおかしいのだ。自分自身を否定する生き物が他に居るだろうか? それが高等な生物である証(あかし)だとしたら、私はつくづくうんざりさせられるほどの高等な生物なのだ。高等なのがいいって誰が決めたんだ? ひとりよがりだろ。そうやって私は劣等感を美化するほどの、いや優越感を卑下するほどのおかしな人間になってしまったのだ。その意味でも私は自然ではないと言える。
どんどん私は自然から遠ざかる。あたたかい万年雪を残したまま、私はどんどん遠ざかる。ふと私は、それを望んでいるからなのではないかと思った。お望み通りにするのが是とされている世界では、起こっている現象はすべて望んだからであり、望まないものは消えていく運命にある。しかし、自然はそうとは限らない。ただ、あるがままに存在している。それもまた先入観であって、宇宙を統括しているどこかの誰かが望んだ結果、自然は存在しているのかもしれないじゃないか。何度も言うが、自然は私を自然にはしていない。つまり、宇宙を統括しているどこかの誰かは、私を望まなかったということになる。ということは、私はいづれ消える運命にある。ご賢察の通り、それは当たり前のこと、死ぬということなのだ。しかし、私の中のあたたかい万年雪はその後どこへ行くのだろうか? 地獄の炎のように私の胸を焦がし、傷つけ、人生を灰色に変え──いや、人生が灰色になったのはあたたかい万年雪のせいじゃない。それは私に希望をくれたのではあるまいか? 話がおざなりに聞こえるかもしれないが、私はたしかに希望をもらっていた。抱いたのは結果であって、もらっていたと表現するほうが的を射ている。
私が自分の人生を灰色だと決めつけるのは、比べているからだ。自然という虹の色よりも多くの色を持つ存在と。それは希望そのものだった。希望の本体。私はそこから少しだけわけてもらったわけだ。
学校帰りの子供たちを見ると、責められているような気分になるのはなぜだろうか? 私が彼らと同じ年齢だった頃に思い描いていた希望が今の自分にはあてはまらないからではないのか。もっと言えば、私は彼らから憎まれているのだ。どうして、どうしてなんだと。私は彼らに自分を投影し、彼らと同じ年齢だった頃の自分を投影し、そしてわかった。自分の人生が灰色であると。私は人から言われて自分の考えを変えるような人間が悪いとは思わない。だが、これは自分の中にできたもう一人の自分がおまえの人生は灰色だと言っている。私は自分の意見だけが正しいと思うほどマヌケではない。つまり、自分ではないもう一人の自分が言っているのだから、それは正しいのかもしれないのだ。
とにかく、希望に満ちた時間は過ぎ去った。笑われたって、別にかまわない。笑うだけの価値があるのなら、好きなだけ笑えばいい。笑われたら、お礼を言わなくっちゃ。おもしろいと思われているのだ、それはお礼を言わなくてはいけないほどの感謝すべきことなのだ。私は言わば道化師つまりピエロだ。笑われることに意義があり、そうされることこそ光栄なことなのだと思わなくてはいけない。
それはいいが、私には子供の頃、倒すべき悪が居た。それが何かは判然としないが、決して酔っぱらった親父ではなく、悪としか言いようがないものだった。そう思っていたということは、横柄なことに自分は正しいと思っていたということになる。私は今すぐにでも、今まで出会ったいじめられっ子たちに心底あやまりたい。もはや道化でも演じてこちらから話しかけねば、見向きもされないゴミ同然となってしまった存在にとって、贖罪のみが救いだ。つまり、私自身が悪になりはててしまったということなのだ。全宇宙の現象のうちで一番意味があると思えるのは贖罪だと思うようになったのも、それを悔やんでいるからに違いない。
人は極限状態とは言わないまでも、それに近い状態にあると文字通り常軌を逸してしまう。それは誰かに言われたんじゃない、自分自身で学んだんだ。悪はそうやって生まれた、私の常軌を逸した形態もしくは現象であり、私がそれを悪と認めた時点で、それは悪になった。それがどうしたって? ──私はおそらく何かと比べたのだ。その何かが、あのあたたかい万年雪だったとしたら、私はもう一度それを取り戻す必要に迫られている。なぜなら、私は罪を贖(あがな)うことよりも、昔観て感動した映画を再び観るように、繰り返したいのだ。何がってつまり、私があの頃に感じたすべてのことを。私はそれがかけがえのないすばらしいものだったと記憶しているのだ。それを繰り返したい。いや、繰り返すと言うより、再び取り戻すと言ったほうがいいかもしれない。
私は常にことあらばそういうことを考えている。私の周りにはみんななくなってしまっている。私の中のあのあたたかい万年雪と合致するものがどこにもない。私は目を皿のようにして──言葉の意味はわからないが──とにかく常にアンテナをはっていた。そして様々な情報からひとつの答えを出した。それは海の向こうにはまだ残っているという答えだった。前人未踏の大自然とは言わないまでも、草木や昆虫や魚や鳥や動物の居る自然が残っていると。私は年甲斐もなく子供のようにわくわくした。山の向こう側がどうなっているのか見てみたいと思った頃と同じように、そこへ行きたくて仕方がなかった。
そして、ある日私は念願かなって海外旅行なるものに出かけることになったのだ。子供の頃の海外に行きたい気持ちと寸分たがわない気分で私は飛行機に乗り、とある外国の空港を出て、街とは逆の方向にタクシーを転がさせた。私はタクシー運転手とこんな会話をすることなど想像していなかった。本当に私は土や草木や生き物たちのにおいをかぎつけたハエのような小さな心持ちだった。余興などどうでもいい、そんな気分。タクシーが転がり始めて数分経ったときだろうか、運転手がこう言ってきたのだ。
「歯磨き粉の味を楽しんでるかい? え? うははへへへ! 大丈夫だ、心配しなくていいぞ、ウンコは必ず下に落ちるからな。自分が落ちないようにすればいいだけだ。なあ、そう思うだろ?」
「はあ」私は気の抜けた返事をした。
「どこに行ったって肥溜(こえだ)めはある。タイムマシンで未来に行ったとしてもだ、ふっへっは。おまえは逃げられないんだよ。どうすりゃいいかって? 一緒に落ちるんだ。下へな。箒(ほうき)が倒れるんなら、最初から倒しときゃいいんだ。それと同じだ」
私は箒の話が出てくるまで、この運転手にまったく注意を払っていなかったことをあとで後悔した。
「ほうきだって?」
「ああそうだ。あれさえ持っておけば、おまえはみんなに自分は掃除をしてますってわからせることができるんだ。おまえはチリトリを取ってくる間、壁に箒をたてかけておいたろ。そしたら案の定倒れた。そのときに言われたんだよなあ、偉い先生に」
「どうしてそれを知ってる?」
「校庭の隅で肌色の肉片を発見したことがあるだろ? あのときは心底後悔したぜ。みんなの見せ物になった挙句、誰かが木の棒で俺を突き刺しやがったんだからな、はああは! 忘れたなんて言うなよ。俺がずっとおまえを見ていたように、おまえも俺を見ていたんだからな」
私は言葉が出なかった。なんなんだこの運転手は。言うとするなら──悪?
「おまえ──なのか?」
「何度も言わせるな、俺はテープレコーダーじゃねえんだからな」
「悪──なのか?」
「肉の灰汁(あく)はこまめに取ってるかい? 取らないほうがうまいけどな、はああは!」
「──私はおまえに会いに来たんじゃない」と私は言った。
「冷たいな。何年ぶりかで会ったっていうのに。もっとも、自分は友達だと思っていても、相手がそう思っているかどうかはわからねえからな。その意味じゃ、おまえが困るのも無理はない。──俺はおまえを連れていってやるんだ。コンクリートの繰り返しの中へな。おまえが求めているような自然なんて、もうどこにもありはしないのさ。さっきも言っただろ。落ちるしかないんだよ。下へ!」
「降ろしてくれ、カネは払う」
「それは無理だ。おまえはもう乗っちまってるんだよ、地獄行きのタクシーへな、ははああは!」
 私はじたばたした。ドアを開けようとノブをがちゃつかせたがだめだった。外の風景はずっと街の中で、普通の人なら逆に落ち着くであろう風景だった。
「残念だったな。海外に行きゃ自然が残ってるとでも思ったんだろうが、どこもコンピュータで複製したのかってくらい同じだからな。おまえだけだぜ、こんなのが嫌だっていうやつは。そうら、コンクリートの森の中で森林浴だ。ひんやりしてて気持ちがいいぜ、なあ?」
「私はおまえを倒す」
「おまえが倒したかったのは酒乱の親父で俺じゃない。そうだろ?」
「違う!」
「今からでも遅くない。下へ落としてやりなよ。ああ、おまえのほうが落ちてる最中だったね。俺を倒そうなんて考えるな、俺はおまえの中にあるあたたかい万年雪なんだ。溶けることはない、永遠の存在」
「あれはおまえじゃない!」
「そう興奮するな、春先の猫みたいに、はあ! 俺はおまえをどうかしてやったか?」
「私の人生を灰色にした」
「俺がやったんじゃない。おまえだ。おまえが何もしなかった結果だ。そしておまえはついに聖域に入れた。コンクリートの繰り返しという聖域にな。喜べ。腹踊りでもしろ。無礼講だ。もっとも飲み会で羽目をはずすやつは次の日に必ず解雇だ、はああは!」
運転手はハンドルを太鼓かタンバリンなみにバンバンたたいて、一人ではしゃいでいる。いや、こいつは人間ではないのだ。その意味でこいつは自然の側の者なのかもしれない。つまり、私が求めていた唯一の存在なのか? そんな馬鹿な。私はどんな草が生えているのか見たかっただけだ。そこにどんな虫が付いているか、それをどんな鳥や動物が食べているか、確かめたかっただけだ。──もう一度。
「たのむ、降ろしてくれ」
「なに、しょんべんか? 何回も言わせる野郎だな、このタクシーからは降りれないんだ。飛んでる飛行機や動いてる電車から降りれないのと一緒だ、はああは!」
「そうか? 方法はいくらでもあるだろ、例えば──こうだ!」
 私はそう言うと、タクシーの窓をグーで殴りつけた。
「おい、よせ!」
「降りれないんじゃない、降りようとしなかっただけだ!」
 私は拳骨(げんこつ)ではだめだとすぐにわかり、足を使うことを是認した。
「やめろ、よせ! このひとでなし!」とか罵詈雑言を吐く運転手。
 何回目かで、私の足裏はタクシーの窓を突き破った。
「ちくしょう、やりゃあがった!」と言って運転手は急ブレーキをかけ、タクシーは道路と正しくない角度で停車した。
 私はその開いた窓からリュックを投げて、次に自分を投げ出した。
「どこへ行こうが無駄だ! おまえの中には俺が居る、おまえの中には俺が居る、おまえの中には俺が居るんだっはあああはははははは!」


 私は路地をどう走ったか憶えていない。気が付いたら、見知らぬコンクリートの森の中にあるちょっと小洒落(こじゃれ)たにおいのするゴミ捨て場の横で腰を下ろしリュックにしがみついていることを認識した。私はよろよろと立ち上がりながら後悔の念に支配された。私は逃げたのだ。悪から目をそむけ、逃げた。悪を懲らしめてやろうという大それた考えは持たないほうが身のためだと誰が教えてくれたんだろう。ボットン便所の奈落は悪だとしたら、自分自身がそれを生んだことを知らないふりするのと同じことだ。そして、そこから生まれたハエも悪で、ハエがとまったものすらも悪だということを。人生において、悪は自分が生んだものだということに早く気付き、決着をつけなくてはならない。私はそれから逃げた。宇宙を統括している誰かにとって、そのことはどうでもいいことなのかもしれない。だが、私の生が望まれていなかったのだと言うのなら、私は逆にどんな学者よりも真面目になろう。それが私が生きた証(あかし)だ。私は現に生きているのだから。
 私はやつを倒さねばならない。私の生んだ悪を。私は再びやつに会うべく、見知らぬ街をさまよった。よく知っている街であっても、街の中を歩くのは勇気がいることだ。とくに自分が悪を生んだのだと罪悪感や劣等感にさいなまれている人間にとって、そうすることはまるで地獄の針の山の上を歩いているのとなんら変わりないことなのだ。私は日が暮れるまでやる勢いで徘徊していた。本当のところ、やつが居ないのはどうでもよかった。私は道端を丹念に見てまわった。街路樹でもあればまだいいが、自然のものは何ひとつ目に入ってこなかった。それさえあれば、悪に勝てる気がしたのだ。こんな世界で暮らすなんてどうかしてる。私は思った。自然との共存は理想や空論でしかないのか。そう思われているのならまだ救いがあるが、議論の対象にすらならなくなった。
 私はふとひとつの石に目がとまった。私はそれを拾い上げて見た。それは子供の頃によく見た砂利道に敷かれているような青みがかった石だった。しかし、たとえ人工物によって切り出されたものだとしても自然のものには違いなかった。私はうれしくなってこわばっていた顔をにやつかせ、右手にその石を抱いたまま、天に突き出した。
 石は光を発し、あたりは緑の森となり、硬いコンクリートの地面もやわらかい腐葉土に変わった。とうとう私は見つけたのだ。あたたかい万年雪──自然を。やはり海外にはあったのだ。私は木漏れ日のさす森の中を丹念に見た。見たことのない植物、虫や動物も居るかもしれない。私は完全に子供時代にタイムスリップしていた。そして、姿も子供に──。
 子供というのはいろんなものを直感的に繊細に感じとる能力がある。校庭の隅に肌色の肉片が落ちていることにもすぐに気が付いたように。私は落ち葉の間にうずくまっている小さな肌色の肉片に気が付いた。
「ちくしょう、見つかっちまった。ふへへへはああははは!」
「私はおまえを倒す!」
「おいどうした、口だけか? それとも俺の勘違いなのか? はああは! おまえはどっちにしろコンクリートの森の中で死ぬ。コンクリートの繰り返しの中でな」
「私は見つけたんだ、自然を」
「マヌケなやつだ。犬のクソを石だと思い込みやがって」
 私は手の中にあるはずの青みがかった石を見た。ぶんぶんとハエがたかっている。異臭もする。これは犬の糞だ。私はとっさにそれを地面に放り投げた。
「かーかかかかへああは!」
「そんな──」
「言っただろ、途中下車はできねえんだよ! それとも、余分に料金を払ってくれるのか? ははああは! おまえは晩酌の最中に皿の中に入ったつまみの茹でた小さいイカにさえ同情するようなやつだ、俺を倒すのは無理だ、あきらめろ。なぜなら、俺も自然の一部だからだっはああは! 誰だって自分が悪いと思ったら気分が悪くなる。だから、悪いのはあいつだって思いたくなるのさ。心配しなくていいぞ、みいんなそうなんだからなっはあ、なにしてる、早く風呂に入るんだよ! 犬のクソを素手で触っちまったんだからな」と小さな肌色の肉片は言う。
「──おまえはなぜ存在している?」と私はその落ち葉の間にある小さな肌色の肉片に向かって訊いた。
「え? いいじゃない。おまえだって望まれてないのに存在しているじゃないか。それと同じだ。それに文句を言うやつはそれこそ望まれてないんだ、はああは!」
「おまえは悪なんだろ?」
「それはおまえが決めろ。こっちがいくら心配したって、決めるのはそっちに決まってる。いくらめかしこんだって、見られた面(つら)かどうかを決めるのは他人のほうなんだよ。それより早く風呂に入れ、はあ!」
「私はおまえを倒すべきなのか?」
「え? 変なことを言うねえ。俺はおまえの影だ。日が照りゃ、必ず影ができる。俺とおまえは離れられないんだ。でも、おまえは俺が嫌いなんだろ? あのとき木の棒で刺しやがったんだからな」
「なんだって、私が?」
「ああ、そうだ、よく憶えてる。あれから俺は人間不信になっちまったよ。全部おまえのせいだ。なにもかもな!」
「すまない──」
「ああ、済まないとも! コンクリートの繰り返しは永遠なのだ! ほうら、元に戻っていく」
 私が森の中だと思っていたのは幻覚だったらしい。それに子供の姿に戻っていたということも。ここはさびれたダウンタウンの一隅だった。その小さな肌色の肉片は、誰かが吐き捨てたばかりのチューインガムのように見えた。一台のタクシーがやってきて運転手が窓を開けて言う。
「やあ、また会いましたね。宿をお探しですね? いいところにお連れしますよ」
 その運転手の顔はあいつだったが、どうも様子が違う。言葉遣いも。
「あんた、あいつじゃないだろうね?」
「あいつって誰です?」
「いや、いいんだ」と言って私はさっきの路傍(ろぼう)にある小さい肌色の肉片を見たが、それは間違いなく誰かが吐き捨てたばかりの灰色のチューインガムだった。
 私はそのタクシーに乗り、運転手に任せて、とあるホテルに行き着いた。「ありがとう」と私は運転手に言い、カネを払った。「いつでもどうぞ」という気さくな言葉が返ってきた。あたりは暗くなり始めていた。私は昼間見たことは前頭葉が一時的にいかれてしまったのだと思うことにした。もっとも、こんな世界でまともに暮らしてること自体、すでにいかれているのかもしれないが。
 部屋に入ると私は自分でも気持ちの悪いくらいのうなり声を出して床に泣き崩れてしまった。理由はたぶん、私の中にある自然と同じものがどこにもないのだとわかったからかもしれない。そう、自然は私の中にあった。それがわかったのだ。もう良しとしようじゃないか。私はあいつが言ったようにコンクリートの繰り返しの中で死んでいく。あのあたたかい万年雪を抱いたまま死んでいく。それでいいじゃないか。私はどこかに自然が残っているのだと思っていたから今まで生きてこれたんだ。自然は海外にさえなかった。だが、私の心の中にはあたたかい万年雪として存在しているではないか。それだけでいい。私は多くを望みすぎたのだ。私の憧憬はまわり巡り、落ちて、消えていく。それは絶望ではなく、運命に従っただけ。その意味で、私は勇者にはなれない。あいつをあのとき木の棒で刺したのは勇気があったからではない。私の中に悪があったからだ。そう、悪が。
「おーい! おーい!」
 私は耳を疑った。その声はトイレのほうから聞こえてきた。私はそこへ行き、便器をのぞきこんだ。
「おい、刺してくれよ、はっはあ! そりゃ気持ちの悪いものが出てくるぞ、どうだ、やってみないか?」
 私はレバーをクイッとやり水を流した。
「お、ごぼぼ、やりゃあがったな、はっはあ!」
 私はフタをばんっと閉めて、トイレのドアも勢いよく閉めた。部屋の真ん中で私は深呼吸をして口を手で押さえ、気を静めた。──まだだ。まだ終わってない。文字通り私はコンクリートの繰り返しの中へどっぷりと浸かっている。それは極限に近い状態で、常軌を逸してしまう危険性がある。決着をつけねばならない。
「出てこい! 居ることはわかってる。おまえは私の影なんだろ?」と言って私は部屋の床をくまなく見た。
「バカなやつだ。俺は最初からここに居る」
 部屋の隅、ベッドの枕元にある机の上、そこに小さな肌色の肉片が居た。
「おまえはなんなんだ!」
「つくづくだなおまえも。俺は肌色の肉片、だろ? はあっ!」
「何が悪かなんてどうだっていい、私は、自然の中で暮らしたいんだ!」と言って私は机の上のペン立てにあったボールペンを取って右手に握り、肌色の肉片に突き刺した。
「ぶわああああああああんんんんんんん──」
 肌色の肉片から赤い血がふき出した。


 気付くと朝だった。ベッドの上で私は大の字になっていることを認識した。はっとして上体を起こし見回すと、肌色の肉片も血のあともなかった。カーテンを開けるとそこにはうっそうとした森が広がっていた。
「ここは──」
 私は身なりを整え、リュックを持ち、チェックアウトのためフロントへ行った。
「ここはどこなんです?」と私はフロントの従業員に尋ねてみた。
「え? 二日酔いですか、お客さま? ははは、冗談です。ここはホテルのフロントでございます」
「違う、私が伺いたいのはこのホテルがどんなところに建っているかです」
「森の中ですけど、それが何か?」
「森って、コンクリートの?」
「いいえ、緑のです」
「──そう、ですか。いや、失礼」
 従業員にしてみれば、私は挙動不審な人物に見えたに違いない。私はホテルの玄関を出た。そこにはあのタクシーが止まっていて、その横で例の運転手がにやつきながら私に向かって手を挙げた。私はそこへ行く。
「だんな、よく眠れたでしょう? ここはなんたって空気がいい」


 その後、私が貯金や退職金をはたいてそこに移り住んだのは言うまでもない。私はここにあるすべての自然のものの名前を調べ研究する時間をゆったりと過ごしている。もっとも、今でも矛盾を感じることがまったくないとは言えない。でも、家を建てるのは蟻(あり)が蟻塚を作るのと同じことで仕方のないことだと思うようにしている。ただ、私の新しい家はコンクリートを一切使っていない。
「はっはああは!」



この物語はフィクションです。
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