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既刊「千代見草」に収録




「ムカデはどうしてあんなにすばしっこいか知ってるか?」
「知らん」
「知ってるんだよ。自分がどんなに醜く、おぞましいかを。見つかっちまったら、絶対に殺されるってわかってるんだ」
「俺に何が言いたい?」
「つまり、おまえもムカデみたいなものなんだよ」
「俺はこの前、夢を見た。『左側の部屋がバイキングになっております』という案内。俺はその部屋に入った。白い照明に白い壁、白いテーブルクロス。スーツを着たあんたはぼろを着た俺に目もくれずに落ち着き払って席に着こうとしたが、皿を取ってくることを忘れていて、すました顔で黙って引き返した。俺も同じことをしたが、あとからあとから客が入ってきて、俺が座る頃には一番端の席しか残っていなかった。俺はホットドッグとローストビーフを皿に取って席についた。隣はスーツを着た女だった。俺は意味もなく赤面して、食べ物をやった。俺は苦しくて、闇の中でうなりながら上体を起こしたよ。あれは象徴だったんだな?」
「ハッハッハ、要するにおまえは社会の鼻つまみ者で、それをムカデみたいに知っている。揶揄され、嘲弄されることがわかっているんだよ。おまえはムカデだ。だが、ムカデとちょっと違うのは、おまえは絶対に捕食者ではないってことだ。他人に危害を及ぼすようなことは死んでもしたくない。そうなんだろ?」
「ああ」
「だが、それでは生きていけねえぜ。危害が及ぶんじゃねえかとビクビクしてたら、他人と交われなくなっちまう。おまえも知ってるように、人間は他人と交わることによってしか、存在価値が見い出せない。意見を言って、何がしかの影響を与えることを怖がってちゃ、自殺するしかなくなるぜ。おまえは生きている限り、この地球の現象のひとつなんだ。いや、宇宙全体から言っても、おまえの存在は森羅万象のうちのひとつなんだ。現象は起こるべくして起こる。風や雨や台風や雷や地震。それには理由なんて、あるようで結局のところないのさ。だけど、おまえはそんなのは嫌いなんだろ? 台風で人が死ねば、何か悪いことをした罰だと思うし、地震で建物が崩れりゃ、つくるなって意味だとか思うんだろ?」
「ああ」
「そんなに現象に意味を与えたければ、おまえ自身が意味のある現象になればいい。たとえ、ムカデのように忌み嫌われても、おまえが起こす現象には意味がある。誰も褒めちゃくれないばかりか、駆逐されてしまうだろう。だが、おまえはもう何もしないでいることにうんざりしているんだろ? だったら、動けよ。俺のために」
「よくわかったよ。俺はあんたのためにやる」
「じきにわかるさ。誰かのために何かをすることがどんなにすばらしいかが。よし、上を向いて目を閉じろ。──おまえは、屋根を突き抜けて青空に、すばらしい青空に出る。大気圏をぬけて、太陽系を出て、銀河系を出る。振り返って見ろ。何が見える?」
「銀河だ」
「そうだ、それがおまえの力だ。その力でやつらを駆逐しろ」
「ああ、わかった」


 テレビのニュースは暗いのが多い。もはやニュースはうつ症状強要番組と化してしまっている。最近では幼い女の子を狙った悪質な事件が続いていた。
《連日の女児殺害事件の犯人は依然としてゆくえがわかっておらず、地域によっては、保護者同伴で登下校する様子も見られ、不安だけが──》
 世間では不審者に対する警戒の目だけがせわしなく動き、子供たちには人を疑う心が植えつけられていった。悪人に対する憎しみ、それはときとして悪人の悪意すらも凌駕するほどの力となる。他人を疑う心が誰彼かまわず働くようになったら、さぞいい世の中になるだろう。


公園のベンチ。学校帰りの女の子がうつむいてぽつんと一人座っていた。
 そこへ近寄る一人の青年。
「お兄ちゃんが治してあげる。怖がらないで、大丈夫だから」
「うん」
 青年は少女の両ひざに両手を触れた。
「お兄ちゃんの目を見て」
「うん」
 少女は青年の目の中に銀河を見た。
「おい、おまえ、何をやっとる!」
それは巡回パトロールをしている腕章を付けた地域のおじさんだった。
青年と少女は我に返った。
「まだ、だめだ。あいつらは出ていっていない」と青年。
「何をわけわからんことを言っとる。おまえだな、連続少女殺害犯は。来い!」
 と、おじさんは青年の襟首を引っぱった。
「明日の夕方五時にまたここでね」と青年は少女に言う。
「まともに聞いちゃだめだぞ。早く帰りなさい」とおじさんは少女に言う。


留置所の取調室。
「おまえなんだろ? 女の子を殺しまくってる気ちがい野郎は、え?」と刑事。
「あの子の中にはまだやつらが居るんです。早く治してあげないと──」と青年。
「やつらって?」
「悪魔です」
 刑事は頭をかきむしった。
「おい、ふざけるんじゃねえぞ。前科はないようだが、性癖は調べればすぐわかるんだからな。牢屋に入って頭を冷やせ。そうすりゃ、いやでも吐きたくなるわ!」


 次の日の夕方五時ごろ。
 あの公園のベンチに学校帰りのあの女の子が一人ぽつんと座り、きょろきょろしていた。
 おばさんが通りかかる。
「どうしたの? 一人で。早くおうちに帰りなさいよ」
「お兄ちゃんを待ってるの」
「お兄ちゃん?」
「目のきれいなお兄ちゃん」
「何言ってるの? 知らない人についていっちゃだめよ」
 そこへ、あの巡回パトロールをしている腕章を付けた地域のおじさんがやって来た。
「どうしたのですか?」とおじさん。
「この子がね、お兄ちゃんを待ってるって、そのう、きれいな目をした」とおばさん。
「それはよからぬことですね。私が付き添って家まで送りますよ」とおじさん。
「それはいい考えですね。お願いしますね」と言っておばさんは去った。
 おじさんは少女に話しかける。
「さあ、もう大丈夫だ。帰ろうね」


 青年は釈放された。おそらく行動を調べるためだろうと思われる。つまり、泳がせておくわけだ。青年はあの公園のベンチの前に行った。そこにあの少女は居なかった。青年はサーチした。時間をさかのぼり、ここに少女が居たときにたどりついた。そして、あの巡回パトロールをしている腕章を付けた地域のおじさんがあの少女を連れ去ったことを知った。そして、どんどんたどっていくと、そこは町外れの廃屋だった。少女が椅子に縛りつけられている。そして、刃物がきらりと輝いた。
 青年は全速力でそこへ向かった。道順はまったく間違えなかった。ビジョンで見たとおりのルートを走った。


「やめろ!」青年は言った。
 廃屋。暗い照明。今まさにおじさんがナイフを取り出したところだった。
「お兄ちゃん!」と少女。
「誤解しないでくれ。皮をむくところなんだよ。桃のように柔らかい皮をね。フッヘッヘ、予定が狂っちまって、もう一個余分に皮をむかにゃならなくなっちまったよ」とおじさん、いや、連続少女殺害犯は言った。
「ようし、そこまでだ」とそこへ刑事がやって来た。
「刑事さん」と青年。
「あんただったとはね。さ、ナイフをよこせ」と刑事。
「わ、私はやってない。私は──」とおじさんはそこまで言うとみるみる悪魔に変わっていった。角があり、黒い翼に、獣のような牙、目は赤い。
「な、なんだこいつは」と刑事。
「ウッフッフッフ、ハーハハハハ! 処女の心臓は好きかい、刑事さん?」とおじさんは──連続少女殺害犯は──悪魔は言った。
 刑事は懐から拳銃を取り出し、その悪魔の胸に向かって一発撃った。
「フフ、こんなことで死んじゃあ、悪魔とは言えねえだろ?」と悪魔。
 刑事はありったけの弾を悪魔に撃ちこんだ。
「ああ、気持ちいい。もっとやってくれ。おまえの恐怖心がじかに伝わってくる。なんて気持ちいいんだ」と悪魔。
 青年はさっきから目をつむり、上を向いていた。屋根を突き抜けて夜空に、すばらしい夜空に出る。大気圏をぬけて、太陽系を出て、銀河系を出る。そして、振り返って見た。そこには銀河があった。
 青年は握っていた右手を開けた。そこには銀色の拳銃の弾があった。
「刑事さん、これを使ってください」と青年。
「なんだって?」と刑事は汗だくの顔で言った。
 悪魔は「ラーララーララー!」と繰り返し言いながら、そこで踊っていた。
 刑事は青年からその銀色の弾を受け取り、拳銃に装填した。そして、撃った。
「わけわからんが、とにかく、これでもくらえ!」と刑事。
 バンッ! と奇妙な音がして、悪魔は一瞬でこっぱ微塵になり、部屋の中にしばらく銀河が現れて消えた。
「──な、なんだったんだ、あれは?」と刑事。
 青年は少女の縄をほどき、抱擁した。青年のほうからそうしたのではない。少女のほうが抱きついてきたのだ。少女の中のやつらは消えていた。
「おいおい、誤解されるだろ」と青年。
「いいじゃん」と少女。
「こりゃまた、やれやれ──」と刑事。


「それで、おまえはまだあの仕事を続けてるのか?」
「もちろん」
「偉いやつだな。誤解されかねないっていうのに」
「でも、俺はムカデのようには逃げないぜ。きっと、わかってもらえるさ」
「おまえも見上げた根性だな。まあ、だからおまえに頼んだんだけどな。ちょっと待ってくれ、キャッチホンが入った。最近、俺も仕事が増えちまってね。奇跡を見せろって、うるせえんだよ」



この物語はフィクションです。
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