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目次(ショート・ショート・ストーリー)

ココには最高に面白い少し不思議なお話がたぁぁっくさんっ!
ごゆっくりどうぞ♪

■「明るい穴」 ── 少女が望んだもの
■「その星で」 ── ずっと逢いたかった
■「鬼童」 ── 子供たちの力なのか
■「機能人間」 ── 私の新機能
■「声」 ── むしろ、真面目で謙虚な心が備えられている
■「知らせ虫」 ── 毎年夏に教えてくれる
■「あやまり」 ── 自分の間違いに気づいて謝ることができるか
■「わらいぎち」 ── とある伝説
■「千代見草」 ── 生きてる意味は何だろう? 価値があるならどうして?
■「無駄な握手」 ── 握手は契約だからね
■「真心の君」 ── 真心って信じますか? 自分にそれがあるって言えますか?
■「カビ」 ── もしも生きているモノにそれが生えたら
■「白い菊の花」 ── 本当に大切なモノが何か、あなたはもう知っている
■「楽しいいつものこと」 ── 本当の意味で楽しむのが私の常
■「仮想メモリ」 ── 好ましいファイルとは?
■「ある春が近い日のこと」 ── オレの正体...
■「狭い路地でデカブツを飛ばすな!」 ── 言ってやるのは間違いなく善意
■「にぎやかな神」 ── いつもと違うほうを選択したとき
■「愛」 ── 絶対に、絶対に忘れるな
■「HEALTH」 ── 語る価値があるものを私は...
■「白日の幻考」 ── 気が付くと...
■「あの家に」 ── 配達員はどうメモして帰ったか?
■「花咲く季節」 ── 私が今、死ぬほど思っているもの
■「鳥たちのさえずり」 ── 世界一素晴らしい能力 NEW


明るい穴

よく穴があったら入りたいと言うが、僕は文字通り穴の中に入った。しかも「明るい穴」に。土で出来ていて、なぜかその中は明るかった。光苔の類の植物でも生えているのだろうか。入り口はふさがってしまった。

僕はようやく、この星地球での居場所、それもとても安心できる場所に入れた気がした。ここでは僕は自由なんだ。しかし待てよ、ここには何もない。手持ちの雑多な小物すらない。

僕は恐怖を感じたのかどうかわからないが、無意識に出口をさがしていた。周りはかための土壁があるばかりで、出口らしきものは・・・あった。強い光が差し込んでいる割れ目があった。なつかしい光だった。

僕はその割れ目に向かって猛然と登りだした。こんなところに居る場合ではないのだ。すると何か生温かい水が降ってきた。雨か? それは子供たちの小便だった。そんなことはどうでもいい。僕は外界に死にもの狂いではい出た。「うわあ、怖いおっさん出てきたあ!」とかなんとか言いながら逃げていく子供たち。そんなことより僕は外の空気を胸いっぱいに吸い込み、そしてゆっくりと辺りを見回した。

近づいてくる少女。「おじさんは地底人ですか?」僕は返答に困らなかった。仮にも地下で何百年も過ごしていた気分だったから、「そうだよ」とすぐに答えた。「お願いです。私をそこへ連れてってください」と少女は言った。僕は笑いながら答えた。「今やっと出てきたところなんだぞ。行きたきゃ一人で行きな」少し冷たい言い方だったかもしれない。少女は「はい」と何も動じない様子で、僕の出てきた穴の中へ入っていった。

あれからどれほどの年月が経っただろう。地下で少女が仲間と一緒に楽しく暮らしているなんて、誰が知っているだろうか。あの場所には理想を現実にする力が働いている。残念なことに、僕はそれに気が付かなかった。もちろん、あの少女が外界で背負っていたしがらみなんぞも知っているわけがない。ただ、あの少女はあの場所で明るい未来を望んだ。それだけは確かに言える。


その星で

『母さん──どこにいるの?』

こんな夢を見た。

その星に人間たちがやってきた。歓迎の火なのだろうか、炎の柱が見えた。見た目はほとんど地球と変わらない。ただ家屋には人っ子ひとりいなかった。ここは田舎の町らしい。都市部に行けば知的生命がいることは明らかだろうが人間たちはまずその町から調査を開始した。

不思議なのは町のいたる所に映像表示装置があった。その前に立つと自動的に映像が流れる。空き地に宇宙船が着陸する様子が流れていた。

「見て見て、私たちのことをやっぱり歓迎してくれてるのかな?」とサミー。
「あの炎の柱のような光はなんだったのかしら?」とトモ子。
「なんでもないさ。火山が噴火でもしたんだろ」とジロー。
「それより、腹ごしらえしないか?」とロブ。
『──』

人間は全部で4人? いや5人だったかもしれない。僕の記憶があいまいなのはあまりにショックなことがあってそんなことどうでもいいと思っていたからだ。人間たちは少し傾斜のある土手で草の上に座り何かを食べ始めた。

「ほら、見て、サミー。鳥じゃない?」とトモ子。
「あら。──でも羽がないようね」とサミー。
『サミー。僕は鳥じゃない』
「え? お二人さん何か言った?」とサミー。
「いや」とジロー。
「どうした?」とロブ。
「いえ、いいの」とサミー。
『僕は鳥じゃないんだ』

人間たちは家屋に入り調査していたがあまりに人間の家と何ら変わりないのでついに調査をあきらめその家に住み始めた。照明もつくし、台所、リビング、トイレ、書斎もある。書斎の本は外国の文字のようでもあるが今までに見たことないものだったらしい。興味深く見ていたがそれにも飽きたようだった。町と緑の自然との境界あたりにその家々はあった。女2人、男2人? でそれぞれ別々の家に住んだ。

ある日サミーがトモ子がいないことに気付いた。散歩にでも出かけたのかなと思った。サミーも外に出てあの映像表示装置を見に行った。前に立つと映像が表示された。それはトモ子がジローとロブに追いかけられている映像だった。トモ子が「やめて」と言っている。サミーは遊んでいるのだろうと思った。映像はどんどん進み、男二人がついにトモ子をなぶり殺した。男は二人とも「け、不細工が」とか「おまえは必要ないんだ」とか言っている。これは実際に起こったことなのだ。

『サミー、逃げて!』

サミーは頭の中に聞こえる声に従った。懸命に走り、宇宙船にたどりついた。そこには例の男二人、ジローとロブがいた。

「お嬢さんどこへ行くつもりかな」とロブ。
「待ってましたよ」とジロー。
「こんなことしてどういうつもりなの? 私たちは選ばれてここに送られたのよ!」とサミー。
「言ってることがまるでわからない。つまりこうか。ここで結婚して子孫を繁栄させろって?」とジロー。
「ははは! そんなマヌケな計画に俺たちが従うと思うか?」とロブ。
「どうしてなの──」と言ってサミーは両手を顔にあて泣き崩れた。
「さあさ、泣かないで。たった一人の女なんだからな。大事にしてあげるよ」とジロー。
「宇宙船はもう使い物にならないようにした。俺たちはもう戻れないんだ。さあ、うちへ帰ろう。都市部の調査もしなくちゃいけない」とロブ。
「なんだ、また鳥か。しっし! あっちへいけ」とジロー。
その時だった。男二人の頭の中にあらゆる罵詈雑言が聞こえてきた。
「なんだこの声は。おまえ──何も言ってないよな」とロブ。
「俺にも聞こえる。おまえが言ってるんだろ」とジロー。
「いいや」とロブ。
「ということはサミーか?」とジローはものすごい形相で言う。ロブも同じように頭をかきむしっている。
『サミー、逃げよう』
サミーは頭の中に聞こえる声はこの鳥が言っているのだと今やっとわかった。鳥はうながす。サミーは鳥と一緒にその場から逃げた。「ちくしょう!」とか言いながら追いかける男二人。小高い岩山にさしかかる。その時山から大きな炎が出て──人間には炎に見える光の柱が出て男二人にめがけて降りてゆきまるでスポットライトのように包み込んだ。
「なんだこれは?」とロブ。
「え? あの時見えた炎じゃないか」とジロー。
「熱い。体が燃えるようだ」とロブ。
「ああ」とジローは何も言えない。
男二人の姿は塵となって消えてしまった。と思ったら今度は僕(人間に鳥と思われていた)とサミーの頭上から光が降りてきた。
『母さん──こんな所にいたんだね。サミー、大丈夫だよ』と僕はサミーに語りかけた。

僕は人間の姿になった。そしてサミーとその田舎町で一緒に幸せに暮らしている。今までこの星には僕しかいなかった。だけど、もうさみしくない。サミーがいるから。


鬼童(おにわらべ)

その者、額に眼あり
あやかしの力を使いしゆえに
深き森の奥に棲むという

あの時、私は何か得体の知れない力でそこに導かれたのだと思う。居候していた家をちょっとしたことで追い出された私は──正直に言おう、大家のおばちゃんと意見が合わず喧嘩をしたのだ。もちろん、口争いだがもう少しで殴りかかるところだった。今思えばそうしなかったのは正解だった。暴力など、私が最も憎んでいることであり、自分がもしそんなことをしてしまったら一生悔やむに違いない。出て行けと言われた私は一人で何もかもしてやるという決意を持って出て行ったつもりだった。しかし、実際は母親と二人で新たに借家を探し、移り住むことになった。

とある新興団地の一角にその借家はあった。その家からは空き地が見え、そこではいつも子供たちがきゃっきゃ言いながら遊んでいた。私はまだ若かったが、精神安定剤を服用している軽い精神障害者だった。それも何か関係があるのかもしれない。ある時、空き地を見ると子供たちが全員こちらを見ていた。私は金魚を飼っていて、エサをやってふと見たときに金魚が何かに驚いたようにびくっと変な動きをした、まさにその時だった。子供たちが全員こちらを見ているのだ。私は別に何も思わなかったし、これが感応であるとは思いもしなかった。

通りに面した植木に水を与えているときだった。二人の子供が通りかかった。こんにちは、という声がしたので私も挨拶を返そうとそちらを振り向きこんにちはと言いかけた。私はあれっと思った。間近に聞こえたと思ったのだが子供たちは既に向こうの角を曲がったところだった。それに何かひそひそ話も聞こえる。私はこれには驚かなかった。病気の症状が増悪したのだと思った。幻聴は私にとってよくあることなのだ。

私はアルバイトをしていた。この歳で正社員ではないのは手遅れだとは思っていなかったが、今はわかる。だから、サラリーマンにどれほどの歪曲した偏見を持っていたか、容易にご想像できるだろう。ある時、布団屋のセールスマンがやって来たことがあった。
「ああ、お兄さん今日はお休みのところすみませんね」
「いえ」
「布団屋なんですが、今までに他の業者が来たことある?」
「はい」
「私のところは今サービス期間中でね、ちょっと布団を見させてもらえます?」
「いえ、いいすわ」私は面倒だなと思いながら断った。セールス、宗教の勧誘といったものの断り方はよく心得ていた。しかし、いつも気分が悪くなる。こいつらはカモを探してやがるんだと、自分に言い聞かせた。悪なのだと。
「布団の種類は?」セールスマンは引き下がらない。若く野卑な感じのする男だった。
「え?」
「種類」
「種類って?」
「羽毛とか綿とか」
「ああ」そこまで言って私は何かにとりつかれたようだ。「ここではあんたたちとは別の時間が流れている」
「え?」今度はセールスマンのほうがきょとんとしている。
「ここは貴様の来るところではない。去れ!」私はあわてて口を手で押さえた。
セールスマンはむすっとして、それ以上しゃべらず黙って帰って行った。私はわけがわからなかった。その時、子供たちは例の空き地できゃっきゃ言いながら遊んでいた。

それから、外で働いていた母親が病気になって看病した日も過ぎ、夜中に眠れない日も過ぎ、大家のおばちゃんと和解して、また元の借家に戻ることになった。引っ越しの日、最後の荷物を積んだ車を運転してその団地の出口にさしかかった時だった。子供たちが一ヶ所に集まってこちらを見ていた。笑いながら手を振っている。バイバイという声が聞こえた気がした。

あの時、私は常に子供たちの存在を身近に感じていた。それは私の精神病がなんらかの力を目覚めさせたからかもしれないし、子供たちに何らかの力があったからかもしれない。もちろん、両方ということも考えられる。いずれにせよ、突発的に生じた罪障は消え去っていた。


機能人間

私は機能人間だ。だが、そう言って自分を自分で揶揄するほどの機能は持ち合わせていなかった。起きて仕事にいき、食べて寝て、起きてまた仕事にいく。そういう機能だけを持ち、そういう機能だけを要求され、そして、私はその機能を果たすだけでいい。普通であることが一番難しいと言うが、私はこうして機能を果たすことを困難だと思ったことはない。つまり、この世界では機能を果たすことが普通のことであり、一昔前には困難であると思われていたことを私はおこなっているだけなのである。今や、みんなそうなのだから疑う余地など微塵もない。私は限りなくロボットに近い生き物なのだ。何度も言うようだが、以前の私はそう言って自分を自分で揶揄するほどの高等な機能は持ち合わせていなかった。ではなぜそのような一種のバグが今になって生じてしまったのか? 心当たりと言えば、あれはたしか一週間ほど前の出勤途中でのことだ。私は少し急いでいた。突然、頭に衝撃があった。アスファルトの路面に落ちたのはひとつの小さな石ころだった。私はかまわず会社への道のりを急いだ。血は出ていないし、そんなに痛くもなかったからだ。それに第一私は機能人間なのだ。機能人間とはつまり、ひとつのことを妄想のようにしか考えられない人間のことであり、それをなんの疑いもなく実行する人間のことでもある。そのプログラムにバグが生じたとすれば、このときからに違いない。私は一瞬このとき、空から落ちてくる石が果たすべき機能を考えてみた。その結果、答えはすぐに出た。答えは私を殺すという機能である。それでも私は先を急いだ。それは私の機能であり、果たさねばならないからである。私には疑念が生まれた。何者かが私を殺そうとしているのだ。誰なんだ? そのような機能を持った人間がこの世の中に存在しているのか? 私を殺すという機能を持った人間がどこかにひそんでいるのだ。これはただごとではない。私は会社に着いても会議の内容など寝耳に水状態で、極度の──なんと言ったらいいか、とにかく私の命は狙われているのだから、精神が興奮するのも私の機能のひとつであったということが露呈することになっても不思議ではない。それに一昔前には病院というものがあって、そういう機能障害を起こした人間は豚箱にぶち込まれるのと同じ思いでそこに入っていたものだ。被害妄想──もちろん、そんな機能などこの世のいかなる者も要求していないし、第一機能障害を起こした人間は死ぬしかない。だって、そんな非営利的な障害を誰が要求するだろうか。私はなんらかの機能障害を起こした。だからどこかの秘密組織か何かが私を消そうとしているのだ。それに、そのような被害妄想が生じるということは機能障害を起こしている証拠でもあるのだ。それからというもの、私は不眠になり、食欲がなくなり、仕事への意欲もわかなくなった。上司にこのことを知られてはまずい。会社ぐるみで秘密組織と内通していたら厄介だし、上司が私を組織に売ったのかもしれないからだ。もういいだろう。私は機能障害を起こした。それが自分でもわかった。ひっそりと殺されてしまうより私のほうから連中に会いにいって、けりをつけてやる。私の機能は障害を起こしたのではない。むしろ、機能が拡張したのだ。悪の組織を撲滅するという、新たな機能が加わったのだ。私はすぐに辞表を出し、仕事をやめた。それはこの世界では死を意味する。死ぬしかないのだ。だが、私はただでは死なない。この世界を支配する機能人間たちの謎を解き明かしてやる。そして、秘密組織とけりをつけ、あわよくば新しい機能を身につけて連中を見返してやるのだ。

私は旅に出た。船にゆられ、海を渡り、大陸を南下した。そこには巨大な都市があった。秘密組織の本部はここにある。私にはわかるのだ。それはひとつの新しい機能でもあった。悪を察知するという機能。決して被害妄想ではない、現実の悪。私はくもり空のもとで、露店の並ぶ路地で、ビルの受付で、駐車場の警備室で、あらゆる人間に──機能人間に聞き込みをしていった。その結果、私はある情報を入手した。そこでは想像できないほどのよからぬことがおこなわれているらしい。秘密組織の本部はそこにある。私はその古びた建物の地下へ向かった。光のもれている鍵のかかっていない半開きの戸を開けて薄暗い部屋の中心らしいところまで進んでみた。突然、最初私はわけがわからなかったが、しばらくすると、子供時代の私が森の中で遊んでいるシークエンスが私を包んでいることを認識した。私はそこに居る──あの頃の思い出の森の中に。
「おい」私は子供時代の私に声をかけた。その子は振り向かず森の奥へ走っていった。「待ってくれ!」私はその子のあとを追って森の奥へ入っていった。子供時代の私は姿が見えなくなった。私は気が付いた。なんの意味もなく何もない森の中にたたずんでいる自分に。私は不安になってきた。この森の中では私の機能は今は何も果たせないのだ。死ぬしかない。そう思ったときだった。うしろで足音がした。振り向くと、そこには私が居た。たしかに子供時代の私が。
「ここで何しているんですか?」その子はおそるおそる私に言った。
私はすぐには返答できなかったが、やがてこれは何かの投影装置、つまりディスプレイなのではないかという疑念がわいてきた。私は秘密組織の術中にはまってしまっている。そう思いだした。私は口を開く。
「おまえらこそ私を洗脳しようなど、ふざけたまねはよせ」
「おじちゃん?」
「私が子供時代の私を見て思うこと、それは後悔しかない。そんなもの、この世界には要らない。おまえらは私に機能障害を起こさせた張本人なんだろ! 小細工はやめて姿を見せろ!」
「おじちゃんも聞こえるんですか?」子供時代の私は言う。
「うるさい! 消えろ!」
「これ、あげます。僕が拾ったシイの実です」その子は右手を差し出し広げた。
その手の中には小さな黒っぽい木の実がたくさんあった。
「これは?」
その実はあの出勤途中に私の頭に落ちてきた小さな石ころだと思ったやつだった。シイの実など名前を忘れたくらいならまだいいが、形や色さえ忘れてしまっていた。
「やっぱり、おまえらだったんだな。私を殺そうとしていやがるんだろ?」
「おまえらって、ここには僕一人しか居ません。それに僕は人を殺したりなんかしません。おじちゃん、しっかりしてください。この実を食べると落ち着きます。手を出してください」
私はどうでもいいと思いながら手を差し出してみた。手のひらにばらばらという感触。子供時代の私はにっこりしたと思うとすうっと煙のように消えた。そして、シークエンスも薄暗い照明のついたただの地下部屋へ変わった。これが現実だ。しかしどうしたことか右手のばらばらとした感触は消えなかった。そこにはさっきのシイの実があった。
「こんなもので私を殺す気か!」私は昔親父がやっていたように大声でかんしゃくを起こし、実たちを思いっきり殺風景な地下部屋のコンクリートの壁に向かって投げつけた。実たちは壁にあたったあと、湿った床にばらばらと落ちた。
すると突然、実たちは一斉に芽吹き、恐ろしいはやさで成長し、天井をつきぬけた。私は死にもの狂いで落ちてくる天井の破片から頭を守るようにして、地上へ出た。振り返るとそこには巨大なシイの木が立っていた。

確認はしなかったが出勤するときに通っていた路傍には、もちろん一本のシイの木が生えているに違いない。私の機能はシイの実を芽吹かせることだったのか? 秘密組織などもとからなかったのかもしれない。あのシークエンスも。ただ私には、この機能があることがわかった。なんの意味もなく生きていてもいいはずだが、誰もそれをよしとしないし、求めない。それに、意味など人間のひとりよがりなのかもしれない。しかし、この世界では機能を果たさなければいけないのだ。だったら私はこの新しい機能で世界中をシイの木でいっぱいにしてやる。この機能がある限り、私は死ななくていい。むしろ、どんなことがあろうと、生きていなければいけないのだ。



ハッピバースデイ、トゥーユー。ハッピバースデイ、トゥーユー。ハッピバースデイ、ディーアいちごちゃん。ハッピバースデイ、トゥーユー。

「ここにはうるさいやつがいるようだな。黙らせろ」病院のカウンターで一人のやさぐれた男が受付嬢に向かって言った。黙ってうしろを見る受付嬢。顔は無表情。
「千十円になります」と受付嬢は無視して言う。
「おい、聞こえないのか、あの卑しい声が。隠れたって無駄だ。この中にいやがることはわかってる。言ったもん勝ちになると思うなよ、くそったれが」言うと男は財布をリュックから出し、カネを差し出した。
黙って受け取る受付嬢。もちろん受け皿に入れられたカネを取った。そして釣りを差し出す、もちろん受け皿に入れて。
「女は全員、俺のことを気持ち悪いと思っている。わかってるさ、言われなくともな。だがな、顔をよく覚えておけ。おまえらの彼氏は全員俺に似ているぞ。一度よく見てみるこったな。はあーはははは!」釣りを財布にしまいながら男は言った。
無視する受付嬢とカウンターの向こうの連中。
「お大事に」受付嬢は無表情のまま小声で言った。
「だいたいこんな感じだよ、世の中は。わかってるな。いいか、連中を勝たせちゃいけない、絶対に。オレがいいと言うまで絶対に連中の発言を許しちゃいかんぞ」こんな声が男には聞こえていたが、もちろん他の連中がそんなこと知るはずもない。

雨の降る帰りの車中、男は借りている伯母さんの新車を転がしながら、ワイパーの行ったり来たりするリズムに酔って回想にふけっていた。そして雨音や車のエンジンやワイパーの音に負けまいと一人で声を出していた。まるで誰かと会話しているかのように。
「あのクソおやじ、まだくたばってないのか。まったく嫌な思い出ばかり植えつけやがって。顔を覚えてろだって? は! よく言ったもんだ。おかげで似たようなクソになっちまったよ」
「カラスがカラスを産んだってこった」
「おい、母さんをバカにするな」
「そうだな、母さんは悪くない。みんなあのクソおやじのせいだ。おまえがこんなになったのも自責の念がそうさせたんじゃない。おまえは悪くない。むしろ、真面目で謙虚な心が備えられている。あんなことやこんなことをしでかしたずっとあとでな」
「それを言うな」
「ほう、あれは子供の頃のささいな過ちだったとでも言うのか? 鮮明に憶えているのが何よりの証拠だ。たとえそのとき子供だったとしても、おまえの中の罪の意識は消えない、永遠にな。何度も言わせるな、それはおまえのせいじゃないんだよ」
「すべてあのクソおやじのせいなのか?」
「そうだ。安心しろ。おまえは何も悪くない。むしろ、真面目で謙虚な心が備えられている」
「ははは、はよくたばれ、クソおやじ。そうすりゃ俺は晴れて残りの人生を送れる」
「そうだ。おまえは何も悪くない。むしろ、真面目で謙虚な心が備えられている。誰もが知ってるように善と悪は一意ではない。しかし、おまえは違う。おまえは何も悪くない。むしろ、真面目で謙虚な心が備えられている。おまえは何も悪くない。むしろ、真面目で謙虚な心が備えられている。おまえは何も悪くない。むしろ、真面目で謙虚な心が備えられている──」

気が付いたとき、その三十路の男は病院の待合所の長椅子に座って、病気関係の雑誌を広げたまま紙面をぼうっと見ていた。そのとき、声がした。
「Sさん」
「はい」Sと呼ばれて男は正気に戻り返事をした。そして、立ち上がり、診察室へ入った。そこには見慣れたK先生が机に向かって座っていた。Sはいつものようにおはようございますと言って帽子を取り、椅子に座った。そしてなんでもないいつもどおりの診察。しかし、大半は趣味の話。それで様子を伺うらしい。それをSがだまされていると思っていたかどうかはどうでもいい。重要なのは、待合所で待っている間、Sが白昼夢を見ているかのような妄想をしていたことだ。Sは幻聴が聞こえたからと言って、暴言を公言するような男ではない。もちろん、陰で言うことはある。しかし、人前でそんなことをするような人間ではなかった。そのせいで妄想が強くなるのかもしれないし、そういう願望があるのかもしれない。しかし、何度も言うようだが出すぎたことを言うような人間では決してないのだ。言ったことに対して内省することが多々あるくらいだ。それが妄想を助長していると言えるのかもしれない。

「バカたれがクソをたれる、そしてクソったれになる。何も変わっちゃいないんだ。いいか、おまえのおやじは今でもクソなんだよ。おまえのしたいことはわかってる。目には目をだ、世界の暴力を排除するには暴力で対抗するしかない。憎まれたら、憎み返してやる。殴られたら、殴り返してやる。嫌なことをされたら、仕返ししてやる。それを甘んじて受けることこそが罪を犯した者にとって一番の贖罪になるのだ。報復、復讐、それらはすべて罪人を赦す一番の理由になる。だからおまえは絶対におやじを殴る必要がある。おまえがされたことをやり返してやる必要がある。しかしだ、そんなことでおやじを赦したくはないだろう? わかってる。存分に生き地獄を味わわせて、野垂れ死にさせてやるか? 駄目だ。そんなことをしたら図に乗るだけだ。一番いい方法を教えてやろう」声はここで間をおいて、大事なことを言うときに誰もがそうするようにうやうやしく答えた。「おまえが罪を犯したことをおやじに教えてやれ。そうすりゃ、おやじは狂い死にするだろうさ、はっはっは、やってみる価値は大いにある。どうだ、やってみないか? 過去の呪いを消し去るために」
Sはにやりとして頓服薬を水で流し込んでから、勢いよく返事した。
「どうすりゃいい?」
「まだ先があると思うのは幻想なんだよ。人はまだ先があると思い込んでしたいことをしない。そして、ああやっておけばよかったと後悔することになる。それが罪だと誰が決める? 法律か? 神か? それが罪だと決めるのは自分しかいない。自分が罪だと認めないものは罪ではない。しかしおまえはあれが罪だと思っている。それはどうしようもない慢性の病気だ。おまえがその罪を犯したとおやじに教えてやることでおまえは晴れて残りの人生を送ることができるだろう。やり方は簡単だ。おまえが自分のしたことの何を罪だと思っているか、おやじに言えばいいだけだ」

おやじが死んで一年が過ぎようとしていた。あの声も今は聞こえない。ただ私に何かが残ったとすれば罪悪感だけだった。おやじが死んだことなんて微塵も気にしちゃいない。自分の犯した罪の意識だけがそこにあった。今じゃそれも薄れてきたようだが──おまえは何も悪くない。むしろ、真面目で謙虚な心が備えられている。


知らせ虫

「本当に賢い人というのは必ず謙遜しますから。それは相手のことを慮っている優しい証拠です」そう、私は今回のことではっきりと悟ったのだ。しかしあの言葉までが謙遜であるはずがない。ただ知らせてくれただけだと思う。私の見聞きしたことは脳内物質がほんのちょっとイタズラをしただけだとでも? 本当に? じゃあ小説か何かだと思えばいいじゃないか。そうすれば冷房の効いた部屋のソファーに寝転んだまま体験することができるし、紫外線の降りそそぐ炎天下にわざわざ家の外に出なくてもいい。でも、あの知らせを聴かないのは人類の損失だ。そう思ったからここに誰かが読んでくれるように書いておくことにしたんだ。

──セミがメダカ池のしばらく水換えしてない緑色の水の中で溺死していた。力尽きて落ちたのか、水の中に落ちたから力尽きたのか、どちらかはわからなかったがとにかく死んでいた。私はその死体の処理をした。網ですくい土の上に落とす。すると蟻がやって来て持っていく。それが必ず蟻の仕業だとは限らなかったが経験上私は何かが死体を持っていくことだけは知っていた。若い女に群がる蟻、いや蟻以下かもしれないが次から次に言い寄ってくる男をさばく若い女の声を聴いていた私は突然舌打ちした。そしてこうつぶやいた。「うるさい女だな」セミはオスが鳴くものと決まっている。求愛の歌。かたやセミなみの人間の女。その亡骸に群がるのは確かに蟻に違いない。たとえそれが蟻じゃなくても持っていかれるのも確かだ。私は自分もその魑魅魍魎の一員であることを知ってはいたが絶対に認めなかった。だって連中とは違うから。どこが違うってまず話しかけない。セミみたいに求愛行動を軽々しく実行しない。いやセミを馬鹿にしているのではない。七年も土の中に居てやっと地上に出て空も飛べるようになったことを一緒に祝ってやりたいくらいだ。バカ騒ぎしたい気持ちもよくわかっているつもりだ。しかし私は違うだろと。人生の折り返し地点に来たおっさんがすることではない。静かに生きることがそんなにいけないことなのか? 全員が全員騒ぎたい低能野郎だと決めつけたいのは企業とかいう利益を上げたいだけの組織の一部の偉い、本当に偉い人たちの考えていることであって私は違う。男のゲベ声なんか聴きたくないんじゃボケ! 「おい女、しゃべり続けろ。まだましだ」静かに大人しく若い女の声をただ聴いているこの私。死にたい。こんなことをしていることを他人に知られるという恥辱を味わうくらいなら自ら入水してやる。真冬、年が明けた2月初旬頃がいい。

あれはちょっと遅過ぎた。葉桜が紅葉を始めるのもまだ先かなという時期にその暗い影を見ながらベンチに仰向けになったところで死ねるはずないじゃないか。そりゃようやく涼しくなってきた時期ではあった。南に向かう飛行機の明滅する赤いランプが星々のまたたきに紛れて見えたのもよく憶えている。あの飛行機の中に搭乗している人たちのことも想像してみた。確かに気は遠くに持っていかれたが夏がとっくに過ぎたはずなのにその山の香りの中でせわしなく鳴く無数のセミの残響と春のうららのたくさんの花見客の残像に叩き起こされた。気付くと静かだった。これはどこかの作家大先生がすでに使っている表現かもしれないが──星のまたたく音が聞こえてきそうなほどだった。そのとき帰ろうと思ったんだ。帰って正解だった。くだらない日常と呪わしい未来が待っていたとしても帰って正解だった。いや正確には正解だったと思いたいだけだ。相変わらずの毎日と呪わしい未来は健在だったし、今や呪いは現実になった。本当に散髪屋に行ってきたみたいにさっぱりキレイになった。生きているからといって、あいつが死んだからといって、素直に喜べない。思うに生きる喜びを感じ取ることができるのは今まさに死に直面している人だけなのではないか? しかもそれはほんのわずかな時間だ。私は死の淵まで行った気になっていたがそれはまったく手ぬるいことだった。本当の死がどういうものかは誰にもわからない。少なくとも生きている者には。

確かにたくさんの死には接してきた。植物、虫、魚、鳥、動物、そして人間。しかし何か学べたかと問われたら私が学んだのは“人前で泣くな”という無味乾燥なルールだけだったと答えるし、実際人の死に接して泣いた人を見たのは母が最後だった。だから、だからこそ私が思う唯一の人間らしい人間が死んでしまったことを私は心の底から悔やんだ。電話口だったが私ははっきり聞いたんだ。母が涙声で「よしおばちゃんが亡くなったんよ」と言ったのを。伯母は子供の頃ふざけ半分の警備員に階段の上から突き落とされたせいで身長が伸びず背が異常に低くていかり肩になってて胸の骨が不自然に突き出ているいわゆる身体障害者だったが障害年金は一切もらっていなかった。そのかわり神仏は存在したと言えるのだろう、かなりの高額の宝くじが当たったらしいといううわさがあった。実際屋根瓦の葺き替えや二階部分の普請をした。ある夏、電力会社の人が領収書の送付先住所を確認しに来たことがあってそれをするには伯母に訊かなければまったくわからないことだったので私は寝たきりになっている伯母を叩き起こして認知症ぎみの脳ミソに向かってがみがみと問い詰めたことがある。ほとんど叱責していたと言っていい。私の罪はまだある。私の部屋にしている離れの普請は伯母の宝くじ云々とはまた別の話だったが母があまりにもうれしそうにするのでつい「まるで自分の部屋みたいに」と私は母に言ってしまった。それは完全に間違いだったし、事実その離れはもともと母が建てたものだった。何十年か経って息子にそう言われるとは思いもしなかっただろう。私が伯母や母への罪悪感にさいなまれるのは当然のことだった。

セミたちが毎年なぜそれを知らせるために鳴くのか、決して求愛の歌などではない、「それは罪だよ」と言っているのだ。伯母の死も母の死もお前のせいだと知らせている。夏だけじゃない冬にも聞こえた。夏ははっきり聞こえるという点では特別だったし、私の頭がいかれていないことを確認できる点でも安堵できたが、「それは罪だよ」と鳴いているように聞こえるのは病気のせいなんかじゃなかった。断じてだ。確かに処方通りの薬をやってはいたがあんなもの気休めに過ぎないし、罪悪感という病気が治るわけでもない。ニイニイゼミはニイニイと鳴く。ツクツクボウシはツクツクボウシと鳴く。ミンミンゼミはミンミンと鳴く。クマゼミはシャアシャアと鳴く。ヒグラシはツツツツと鳴く。アブラゼミは──「それは罪だよ」と鳴く。セミたちの大合唱を聴いていると結局全部「それは罪だよ」に聞こえる。断じて病気のせいなんかじゃないんだ。

私はそれを確かめたかったのか理由ははっきりさせたくないがとにかくまた山へ行った。お盆の頃だったな。山へ行かずとも裏山ではひっきりなしにセミが鳴いていた。しかしどこか遠かった。もっと近くで聴きたいのだ。通販で買ったまだ新品同然の黒いつっかけ、ベージュのチノパン、よれよれのグレーのTシャツにまたベージュのいい感じに汗染みの付いた野球帽、それから仕事で使うからという今では店員に嘘をついたことになるいわくつきの安物の黒縁眼鏡といういでたちで山道を登る。山と言ってもそんなに高い山じゃなく、桜の名所だから道は舗装されている。小石がつっかけと素足の間に入り込んで靴擦れみたいになって血が出たようだ。痛みを感じたがそんなことどうでもいいと言い張れるほどの精神力はまだ保たれていた。さっきからどんどん近づいてくるセミの声。それは例によって「それは罪だよ」としきりに言っていた。緑に囲まれた石敷きの駐車場の中心付近に来た時その声は最高潮に達したように思えた。殴りつける太陽の熱気に流れる汗と足の痛み、それとセミの声がいっしょくたになった時、ふっと恐ろしいくらいに静かになった。さっきまで煩わしかったことがいっぺんに吹き飛んだ。目の前に暗い谷底があるにもかかわらず中空を人が歩いているのだ。ぼんやりした、あれは坂になっているのか、光の道がずうっと上まで続いていた。そこを何人かが連れ立って上を目指して悠然と歩いてゆく。そのうちの一人が振り返ってこちらを向く。母だった。あの見慣れた優しい笑顔で会釈する母。他の人たちもこちらに気付き立ち止まって振り向いた。遠くの地で卒中で亡くなった伯父に、インフルエンザみたいな原因不明の症状で亡くなった伯母、心臓の弁が馬鹿になって亡くなった身体障害者だった伯母、それからもっと向こうを歩いているのは癌で夭折した伯父と八人の子を育て上げた祖父母ではないか? 伯父はいつものように手術痕を隠すために新調した格好のよいカツラをかぶっていてあの人懐っこい笑顔でたぶん私の名前を呼んだのだろう両手を挙げて勢いよく振った。伯母二人も笑顔でこちらを見ている。そしてまたみんな他の人の大きい流れに紛れてどんどん上を目指して歩いてゆく。時は止まっていなかった。止まっているのは煩わしかったこととセミの声だけだったと思う。とにかく静かだった。私はそうする前に裸足になるのが常識だった頃のことをなぜか思い出し、使わないせいで新しく見えるつっかけを脱ぎ捨て、そこを目指して走り出した。石敷きの地面にはさすがに苦汁を飲まされるかと思われたが新しく張り替えられたフローリング床みたいに足裏の感触はむしろ快適だった。そして叫ぶ。「待ってみんな!」かつてビリではあったが陸上部の短距離走者だったのだ。追いつける自信はあった。「待って!」私の体は意に反してゆるやかな斜面を転げ落ちた。煩わしいこともセミの声もいっぺんに戻ってきた。セミたちはなおもこう言っている。「それは罪だよ」と。──私は汗か鼻水か涙か区別のつかないものが顔にまとわりつくのを感じながら今落ちてきた斜面を上がった。ズボンには緑色の跡が付いていたし、腕には擦り傷ができていた。眼鏡は店員に言った通り仕事で使ったみたいにレンズに土が付いていたが外れなかったし、運よくあの野球帽も草むらの中でバッタの束の間の休憩所になっているところを発見することができた。つっかけはそこがスタート地点だとわかるところに転がっていた。

思い出はこうして作るもんだ。もう少しで行けそうなところまで行ってみなきゃなあ。たとえそれで命が失われようとも誰も文句は言わねえさ。その可能性は限りなく低かったが、いやまったくないと言ってもいいがもし私に子供ができたらそう教えてやるつもりだ。私は思い直す。なあに、別に自分の子供じゃなくたっていい。少なくとも私があの坂の上に行ってもまだしばらくは人間の世は続くはずだから。


あやまり

「まずあなたがたに謝らねばならない。ごめんなさい。この通りだ、赦してくれ」彼は還暦同窓会の席で三人の女性を前に深々とおじぎをしてこう言った。「あなたにずっとそう思わせていたなんて、こちらこそ、ごめんなさい」「そうよ、あたしたちこそあなたに謝るべきだわ」「そうね、あたしもそう思う。ごめんなさいねえ」彼が半分も照れていなかったのは間違いない。いや3分の1すらも。彼はそれを周到に隠しながら言う。「いやそんな、いいんだ、自分の我を通しただけだから。あの時からちっとも変わっとらんよ」彼は内心こう思った。ふん、所詮健常者の口からはこのような馬鹿げた答えしか出やせん。何がごめんなさいだ。こっちゃ慰謝料をぼられやせんかとどれだけびくついておったか。女性の一人が言う。「ところでお身体の具合はどうかしら? お薬とか飲んでいらっしゃるんですって?」彼ははやる気持ちを制して言う。「はは、なあにここがね──」彼は禿げ頭を右手の人差し指で軽くこつこつ叩きながら言う。「ここが言うことを聞かんのですわ。もう四十年近くになる」「あらまあ、それは大変ですねえ」彼はそれを聞いてわなわな言いながらやっと言葉を吐き出した。「あ、あんたらに、呪いを、かけられて、わしの人生ははっきり言って最悪だった。そして、これからも、死ぬまで苦しみ続ける。そりゃいい気味だろうさ。だが、わしはもう謝ったからな。今すぐ呪いを解け!」「あーら、それが人にものを頼む態度かしら」女性たち、いや魔女たちは薄ら笑っている。「ほほほ、成績優秀、スポーツ万能、将来有望だったあなたがこんなになっちゃうなんて、まさかあたしたちのせいだなんて言わないでちょうだいよ、人聞きの悪い」彼は鼻息も荒く彼女たちに言う。「貴様ら! 天の名において永遠に滅せよ、悪霊ども!」彼はちゃぶ台をひっくり返す癇癪持ちの親父よろしく手近にあった料理ののったテーブルを派手にひっくり返した。辺りは暗くなり稲光と雷鳴がとどろき、激しい風雨が彼を叩きつける。「あはは! 面白いわね! ずっと天国の母親の名でも叫んでなさいよ、ぼっちゃん!」「あはは!」嘲笑しながら彼の周りを飛び回る魔女たち。彼は顔に飛んでくる落ち葉を払いのけ、顔を洗う時にそうするように両手で顔を拭った。そして両手の拳を天に突き立て叫ぶ。「永遠に! 滅せよ!」

気付くと還暦同窓会当日の朝だった。彼はさんざん迷った挙げ句に出席することにした。会場に入るとあの三人の女性がにやつきながら近付いてくる。「やあ、お久しぶりです。まず第一にあなたがたに──」彼はこう言いかけて口をどもらせた。「あら、なんて?」「あ、謝らねば──」彼はつがれたビールを一気に飲み干した。そしておかわりを。その後のことは憶えちゃいない。気付くと誰も居ない薄暗い公園のベンチに一張羅で仰向けになっていた。落ち葉が顔に落ち、続いて雨が落ちてきた。遠雷の音がする。嵐が来そうだ。彼は落ち葉を払いのけむっくり上体を起こし向き直り足を地につけた。そして記憶をたどってみたがもうあの激怒した夢のことしか頭になかった。せっかくの一生に一度の還暦同窓会──。しかしと彼は思い直す。何が現実かなどといったことが今までわしにとって重要なことだったか? と。それに、それに現実が妄想の産物だと思って何が悪い。少なくとも本当の現実を知っとるのはこのわししか居ないじゃないか。他人が思ってる現実なんぞわしにとっちゃ妄想でしかないんだ。そうとも、そりゃ当然だ。あの三人の女性の経験した不愉快な現実はわしにとっては妄想だ。そうだとも。向かいのガキが常にわしを監視しとるとか、いつも行くコンビニのねえちゃんがわしに好意を抱いとるとか、カッターナイフを持った時に見える鮮明なイメージも、犯罪者──とくに子供を狙った犯罪者──を前にした時、金属バットがあればと希望を抱いたりすることも、そしてわしがわしであるとか、自分が生きているとかいったことまで全部あれと同じ妄想だ。ただ一つだけ、たった一つだけの現実にわしらは右往左往しとるだけではないか。

彼は立ち上がり最寄駅に向かったが歩きながら不安に思った。それってなんだよ。たった一つだけの現実って。「今、目がさめただろう? そういうことさ」風が言った。「そうだとしたら、彼女たちが幸せになっているかどうかを確かめなくていいのか?」 彼は問うた。「その必要はない。なぜなら──もし不幸になっていた場合、お前はまた罪悪感を感じるんだろ? “馬鹿は繰り返すな”だ。記憶と妄想に大した差はない。もちろんお前の中での話。お前は病気だってことを忘れるな」「わしをみくびるな、そんなこと今まで忘れたことなど一瞬たりともありゃせん」雷はもうすぐそこで鳴っていた。風雨が強くなってくる。夢で見た通りの道具がそろいつつあった。からからと路上を転がっていく茶色い落ち葉。彼はセカンドバッグから折りたたみ傘を出し広げた。ゴミステーションの塀の上のカラスが言った。「お前は呪われているのカア?」彼は立ち止まって言う。「ああ、そうだ、もちろんだ。毎日処方通りのヤクをやっとるし、三週間ごとにクリニックに通っとる。もう切りようのない関係だ。先生に診断書を書いてもらって割引制度を利用したり、それがないと生きていけない年金をもらったりしとる。今じゃもうすっかり慣れちまったがな。呪われてないって言うほうがおかしいだろ」カラスは言う。「それでも大人カア?」「うるさい。もう何年もそれでやってきた。じゃあな」「バカア!」彼は歩を進めるごとに腰の痛みが引いていくのを感じた。そして上を向いても首が痛くないことに気付いた。若返るなんてことがあったらまず体だけじゃなく環境も整えてほしいね。キレイなねえちゃんに出会うとか? まさかな。迫ってくる街路樹の裏からひょっこり中学生くらいの女の子が出てきた。「ぷっ、マジかよ。勘弁してくれ。年齢を考えろ」「ねんれい?」女の子は早足で急ぐ彼に雨の降る中傘もささずすうっとついてきた。「幽霊か? 妖怪か? それとも魔女か? とっとと消えろ」「いきりょう」彼は立ち止まる。「生き霊だって?」後ろを振り返ると女の子は三人居た。彼はほんの少しだけたじろいだがまた前を向き歩き出す。「ああそう、その類か、わかるよ。わしだって馬鹿じゃない。それで? 恨み節でも聴かせに来たのか?」「違うの。あたしたち、もういいからって言いに来たの」「いいって何が?」「見て。あなたの生き霊よ」「わしの?」彼は再び立ち止まり後ろを振り返る。そこには見覚えのある男の子が居た。中学時代の彼だった。「お前まさか」男の子は言う。「そうそのまさか。呪われていたのは彼女たちのほうさ。こんなことやめようよ、もう」「そんな、そんな馬鹿なことが──どうすりゃいい?」「握手」男の子は右手を差し出す。「よし、もう彼女たちを苦しめるんじゃない。苦しめるんじゃない。苦しめるんじゃない──」そう繰り返し言いながら彼はまさか自分と握手することになろうとは狂気もいいとこだと思いながら男の子の手を握った。一瞬の稲光の後、気付くとポプラの青葉が彼の右手に握られていた。「なにやっとるんだ」彼はぶつくさ独り言を言いながらすぐその葉を路上に投げ捨て前を向き歩き出す。青葉は一瞬で茶色くしわくちゃになりまるでそこだけ雨が当たっていないかのようにからからと乾いた音をたてて路上を転がっていったがそれが彼の妄想だったのかどうかは誰にもわからないだろう。彼は歩きながら強まる風雨の中で雷のとどろきを聞き、まるで醒めない悪夢じゃないかと思ったが少なくとも呪いは解けた。いやたった今解いたのだ。

呪いがどういう経緯で生まれたか、あるいは何がきっかけだったか、それらを語る必要はもうなかった。彼が例によってくだらない毎日を過ごしていたある日封書が届いた。中に写真が入っていた。赤ら顔の彼と三人の女性が写っていた。なるほど、事はうまく収まったらしい。時系列的にはおかしいかもしれないが彼の頭はおかしいので、それは当たり前だと思ってほしい。


わらいぎち

「わらいぎち」──この辺の人はみんな彼のことをそう呼んでいた。私が思うにたぶん“笑い気違い”の略ではないかと思う。なぜなら伯母の話ではそいつはいつもへらへら笑っていたという。まさかその彼のあだ名が世界中でそう呼ばれるようになるとは伯母もそして本人も知ることはなかった。いや世界中でというのはもちろん妄想の産物であり実際にはその名は私の頭の中だけにあったのだが取り出さざるを得ない状況になったから、その話をこれからご披露しよう。

「ぽっぽーぽっぽーカンダハル! ぽっぽーぽっぽーカンダハル!」二人の女の子のもとへ男がそう言いながら近付いてくる。「ハルちゃん行こう。またわらいぎちが来たけん」「だいじょうぶよ、ヨシちゃん。笑っとるだけじゃけん」「だって気持ち悪いじゃん」「うへへ、ぽっぽーぽっぽーヨシコチャン!」私はこの男がはっきり言って嫌いだった。子供は夏休みでも大人には休みはないことくらい誰でも知ってる。なのにこの男は平日の昼間によく出没する、いわゆる職なしなのだということは子供の私にもわかった。石段の下でハルちゃんが言う。「だいじょうぶ、だいじょうぶ、ヨシちゃん。あたしが勝ったけん上がるね、チ、ヨ、コ、レ、イ、ト! あ、危ない!」私は気付いた時にはハルちゃんのずっと下に居た。体中が痛い。かけよってくるハルちゃん。私はその痛みに耐えられず気が遠のいてしまった。

次に気付いた時には病院のベッドの上に居ることにしばらく経ってから気付いた。お父ちゃんとお母ちゃんそれから兄弟姉妹が周りにずらっといてちょっと驚いた。「ヨシ子?」「お母ちゃん」「ああ、よかった」あのいつも明るいお父ちゃんが男泣きにすすり泣いている。私が後で知ったのは後遺症が残って体の成長が止まってしまったこと。胸と背中の骨が突き出てしまったこと。つまり私は突然、身体障害者になったのだ。神仏は存在しない。何の悪いこともしてない私にこんな仕打ちをするなんて! 私はあの時自分の背中を押したのがわらいぎちだと思った。石段を転がり落ちる最中に見た揺れる人影──あれはわらいぎちだ! ある日見舞いに来てくれたハルちゃんにそのことを話したら意外な答えが返ってきた。押したのはわらいぎちじゃないし、それどころかわらいぎちが病院まで私をおぶっていってくれたのだという。断言していいのは神仏は存在しないかわりに優しい人間は存在するのだいうこと。たとえその人が職なしであろうと関係ない。

私は当然のように学校でいじめられた。男の子に石を投げつけられたことだってある。女の子に石を投げつけるなんてサイテー。なんとか学校を卒業したけど今度はその手の人たちばかりが集まる職業訓練校に通うため寮に入った。私はここぞとばかりにイタズラってほどでもないが人のいやがることをしてやった。いやこいつらは人じゃない。人に石を投げつけられるようなやつばかりだ。私はおもてには出さなかったがこいつらを自分と同等だと心の奥底で思いたくなかったのだろう。いろいろといじめてやった。「もう! 誰? また湯船にムトウハップ入れたの!」私はざまあみろと思った。愉快だった。心底愉快だった。でも結局私は連中と同じだった。

障害者用の職業訓練校を卒業した私は車の免許を取った。障害者用に改造してある車に乗った。いろんなところに行ってみたけど私はすぐに帰った。私の醜い姿を他人に見られたくなかったわけじゃないけどなんとなく、そう、なんとなく人目をはばかった。妹に子供が生まれた。私は子供を産めない体になったけど自分のことのようにうれしかった。赤ちゃんを抱いてみた。とても幸せな気持ちになった。そうこうしているとお母ちゃんが癌になった。お父ちゃんは私をウナギ捕りやアユ釣りに連れて行ってくれたり、障害が少しでも軽くなるようにマッサージしてくれたり、楽しい話をいっぱいしてくれたけどすでに他界していた。今度はお母ちゃんの番だと私は思った。この文章の意味が解る人は少ないかもしれないけれど、私にとってこの世の悪いことのすべてはお母ちゃんが死ぬことだった。お母ちゃんは死んだ。火葬場で炉に入れられる直前、何度も「お母ちゃん! お母ちゃん! お母ちゃん!──」って涙ながらに叫んだけどあの優しい声を聞くことは二度となかった。私は腰が抜けてその場にへたり込もうとしたら妹が手をとって支えてくれた。

その後もいろいろあった。甥っ子と魚釣りをしたり、夫と別れたばかりの妹が仕事で忙しいので車で甥っ子の送迎をしたこともある。当時甥っ子には負担をかけたと思う。ある時友達と一緒に迎え場所に居た甥っ子はたぶん私のことを友達にどう説明してよいか悩んだに違いない。甥っ子は隣県の大学に進んだものの就職がうまくいかず私の居る母方の実家に住むことになった。彼が高校生の時以来のことだ。一緒に住んでいるといろいろあるものである時ささいなことで口論になり、私はつい「出て行きんさい!」と言ってしまった。妹つまり彼の母と一緒に彼は出て行ったが一年後に「謝りに来ました」と言い、またここに住むことになった。

姉が亡くなり、日々寂しくて仕方なかった。しかし今度は私の番だった。甥っ子にまたがみがみ言われたが私にはもう言い返す気力も体力もなかった。妹が介護をしてくれたがある日私はつい「もうええが! 死ぬんじゃけん!」と言って妹を困らせてしまった。いよいよとなって病院に入院したら遠くに住んでるもう一人の妹とその夫がやって来たが派手に口喧嘩してしまった。私はあの夫婦が心底嫌いなのだと我ながら最後の最後に悟った。あの甥っ子が見舞いに来てくれた。本当にいよいよなのだと思わざるを得なかった。

ある夜私はとうとう心臓の弁が馬鹿になって死んでしまった。だからこれからはあの甥っ子にバトンタッチしようと思う。

──私はあることに気付いた。自分自身がわらいぎち的な存在になりつつあることに。私は人前でへらへらしたりはしないがしてもいいと思い始めたし、街で困った人を見かけたら助けたい。伯母の葬儀にやけににやついている男が一人紛れ込んでいた。そいつは喪服ではなく薄汚れた黒っぽい普段着だった。葬儀場に入らず外から中をうかがっていた。まるで見えていないかのように誰もそいつに中に入れとも何とも言わない。私はそいつをじろじろ見ていたが出棺の時になって出入り口の引き戸が開け放たれた時にはもうその姿はなかった。あれはガラス戸に映った私の影だったのではないか? そんなはずはない。私は前日の夜に伯母の死に化粧された顔を見て最後の別れをした後葬儀場には行っていないのだから。

「わらいぎち」とは時空を超えた永遠の存在であることを私は知った。


千代見草

私の思い出の中には他人が聞いたら吐き気をもよおすような残念だったことももちろんある。あれがすべて現実に起こったことだなどと誰が信じるというのだ。我が敬虔なる信徒は自分しか居ない。夢物語だと思ったほうがまだ救いがある。しかしその中でも何ものにも代えがたい宝石のように美しく輝く大切なものがあった。いや確かにあった。私はいつもそれを探す旅をしていた。その話をこれから語ろう。

私は農家の貧乏人の長男として生を受けた。いわゆる兼業農家で父は警備員をしていてかなりいい役職までのぼりつめたらしいが私が物心ついた頃には偉い人の足に成り下がっていた。米は毎年作っていた。春には筍を採り、秋には松茸を採るほどの山を所有していた。そりゃあなたがたが想像できないほどの自然が子供時代にあったことは私にとって幸運だったとあまり声高には言えない。なぜなら今ではそれを毛嫌いしているからだ。あんなもの人間の生活にはまったく必要ない。少なくともその恩恵を感じ取れなくなった哀れな人外の生活には。ある時から米を一年おきにしか作らなくなった。たぶんそのほうが儲かるからという理由だったのだろうが、その合間のシーズン中に母が菊を作るようになった。家族総出でよく芽かきやしごを手伝ったものだ。市場についていって荷おろしなどを手伝ったこともある。母は冬は裁縫の内職をしていた。私はそれを見ながら石油ストーブで母がこしらえた豆餅やきな粉餅、甘酒──酒粕で作ったものだからか当時は“かすじる”と呼んでいたが今で言ういわゆる粕汁とは違うし、正確には“酒粕甘酒”と言うらしい──を味わった。要するにそれなりに幸せだった。勝ち組負け組などという言葉がまだ世間で流行っていない時代だった。どっちかというと負け組だったんだろうが、いや今思えば確実に負け組だったがそんな意識は私にはなかった。良い時代だった。

ただ私が苦手なことも当然あった。お盆などに親戚が来るのだ。正直連中のことはあまり好きではなかった。来るたびに必ず「勉強しんさいよ」と言うおっさんが居て、今ではその理由はわからんでもないが“的はずれ”であることも多少勉強したおかげで理解することができた。皮肉なもんだ。本当に皮肉なのは彼の二人の息子たちがそろいもそろって高学歴であることだ。だから嫌いだった。他にも嫌なことはあった。数少ない小学校の同級生たちが私を妙に意識してはぶるのだ。これだけは今でも理由がわからない。私はまさかと思ったが理由があるとしたら連中のうちの一人の家に遊びに行った時家の構造を馬鹿にした発言をしたことがある。そのまさかかもしれないと今思いはするがそんなことどうでもいいじゃないか。とくに二階があることをうらやましく思っていたやつの発言など。

他に挙げるなら体育館の出入り口のちょっとした広場で幽霊が出るというウワサ。しかも昼間でも出るらしい。掃除の時間が怖くて仕方なかった。国道に面した常に車の走る音が間近に聞こえる場所であまりにうるさいこともあって私はそこにあまり近づきたくなかった。できて何年経つのか排気ガスで黒ずんだ粗いコンクリートの低い塀で囲われていて何か薄気味悪い場所だった。ちょうど道路がカーブになっていて事故が絶えず、ウワサによればその事故で死んだ人の幽霊が出るのだという。私はその場所に行った時は常にひやひやした感覚を感じた。三週間ぶりにクリニックに行き受付で診察券を出す時とか、スーパーのレジでカードの残高がいくらでいくらチャージすればいいのか訊く時とかに感じる感覚に似ている。それとたまに外食する時とか、つまりあまり慣れていないことをする時に感じる感覚。その感覚があの場所に居る時にはずっと続いていた。いつも逃げるようにその場から離れた。今もその反射行動は変わらない。私は車の通り過ぎる音に幽霊的なものを感じた。いやあの音は幽霊そのものだった。怖くて恐ろしい幽霊だ。だから私は車というものに愛着もなければドライブが楽しいなんて思ったことは一度もない。父がそうだったようにあれはただの足に過ぎない。しかも人を幽霊にさせる可能性のある足だ。

ため池、廃屋、お宮、古墳、焼き場などといった場所も私の恐怖の対象だった。それらがすべて集約された象徴があの体育館前の幽霊だった。音が、しかも車の走る音が幽霊だなんて誰が信じる? 幽霊の声じゃない、幽霊なんだ。もちろん今では“幻聴”という便利な言葉があることを知っている。川や森のざわつく音もそうだ。水の流れる音、木々の葉がこすれあう音、今思えば全部幻聴の前兆だった。普通の人にはそんなもの聞こえやしない。聞こえたとしても空耳か何かだと思って気にしないだろう。盆踊りの太鼓の音、鳥や犬、セミ、コオロギの鳴き声、運動会の時の妙にでかいスターターピストルの音、そしてお仕置きで閉じ込められた蔵の奥の闇の静寂から聞こえてくるカマドウマやゲジゲジ、ネズミといった小さなおぞましい生き物たちがたてる足音とは絶対に違う、かすかでいて強大な力を持つ何か──それは幽霊だ。幻聴は都合のいい医学用語でもあるから厳密に言えば幽霊ではない。あれを幻聴と呼ぶようになったのはもっとずっと後のことだ。私は最初幽霊を目で見はしなかったが聞いた。耳で聞いたと思っていたが実際は耳が機能しているのではなく脳がそれを直接認識しているのだ。だからもし耳の穴をふさごうものなら雑音が聞こえない分よく聞こえるようになるだろう。しかも脳が直接認識するということは目で見ているのと同じ現象が起こる。それを“幻覚”と呼ぶことも後になって知った。脳が見て聞く。それは目や耳のそれとは恐怖の度合いが何倍も違った。とても恐ろしかった。父が酒をやって起こす癇癪など屁みたいなものだった。確かにそれも怖かったがもっと怖いものだった。

当時我が家では犬を飼っていた。名はリキといった。柴犬だった。それ以前にも母が嫁いだ時にはシェパードを飼っていたらしいが残念ながら名を訊いたはずだが失念してしまった。ある日、父が突然リキを捨てた。私は今でもその行動が理解できない。いかれ親父め。私にとって二代目の犬はマルといった。父が動物愛護センターでもらってきた雑種だった。ようやく父に偏愛癖があることを知ったのは亡くなる直前までシロという犬を飼っていたということが動物病院の請求書が汚い郵便物の中から発見され判明したからだ。父は地獄に落ちたらしいことを後で知ったが母子に──もちろん父が畜生と呼んでいた犬にも──暴力を振るうようないかれ親父だったのだからさもありなんだ。私も犬が好きだったが独り身になった今あえて飼おうとは思わない。なぜならまず第一に私はめんどくさがりで自分の世話もろくにできてないくらいだから。次に言うとしたら飼われる犬の気持ちになったらよくわかる。つまりこんな飼い主に飼われるなんてどう考えてもかわいそうだ。なぜそう思うか? 父母が別居して母について行った私はその崩れかけたぼろい家でまた犬を飼ったことがあるからだ。名はボンといい雑種だった。中学、高校と世話をしてやったが隣県の大学への入学をきっかけに世話はすべて母に任せっきりだった。そうこうしているうちにボンの訃報が届いた。大学なんか行かずに一緒に暮らしてやればよかったと今でも後悔している。犬は私のことをずっと見ていた。見てないふりはしていたかもしれないが確実に見られていた。父に思い切り──情け容赦ない一撃だったが──頬を平手打ちされ吹っ飛ばされたことも、母に叱られた腹いせに母が大事に育てていたナスの葉を泣きわめきながら木の棒でめちゃめちゃにしてしまったことも、そしてもちろん虫などの小さな生き物を殺したことも全部。この話をしたのは幽霊を感じ取る力が連中にあったことを言いたかったからだ。犬が誰も居ない方向に向かって吠えたり、何もないのににおいを嗅ぐ仕草をするのはそこに幽霊が居るからだ。そしてその力は彼らを愛した人間に受け継がれる。頭をなでたり、腹をさすってやったり、お手をさせたり、手をなめられた時なんかまさにそうだがそうしているうちに自然に力が私に宿った。幽霊を見聞きできるようになった。これははっきり言って極めて厄介な呪わしい力だった。幽霊が見えて幸せなのは死ぬ直前の人か、あるいは死別した人に会いたいと強く願っている人くらいだろう。私はまさか自分がそういう人になるとはまったく想像もしていなかったが、そうさっきも言ったようにごく自然にそうなった。

私は当時力を得たなどと微塵も思っていなかったし、何か幽霊的なものが見えてもあまり驚かなかった。普通のことだったからだ。ただあの体育館前の幽霊の話だけはなぜか恐怖を感じていた。今思うと幽霊そのものが怖かったんじゃないと思う。理科室を出たところですれ違いに教頭先生が入っていった。こないだ胃癌で死んだあのほりの深い特徴的な顔の先生なのですぐわかる。にやついていらっしゃった。私は内緒で抽斗を開けて見た水晶の標本がどこで採れた物か訊きたかったので引き返した。せわしなく抽斗を開ける音。「先生」「はい?」「勝手に抽斗を開けて見てすみません」「勉強熱心でよろしい」「あの、この水晶はどこで採れた物ですか?」「ラベルに書いてあろう?」「虫が食ってます」「ああ、いかんなこりゃ。たぶんこの辺の山じゃないことは確かだな」窓の外できゃっきゃ言う声がするので見ると小さな子が親に手を引かれ歩いていた。新入生なのかな? 「先生──」と言いかけてそこを見ると教頭先生はもう居なかった。きれいにしまわれた抽斗が静かに並んでいるだけだった。体育館での体育の授業へといそいそと廊下を歩いて出入り口に差し掛かると中からあの教頭先生がお出になった。またにやついておられた。私は頭を下げて横を通った。私は体育館前で出る幽霊があの教頭先生だとは思わなかった。絶対に違うのだ。新しい教頭先生が掃除の時間に箒は立て掛けておいたら倒れるから最初から倒しておけと言ったけど私は箒を体育館の壁に立て掛けて塵取りを取りに行った。帰ってくると倒れていた。私は幽霊の仕業だと直感した。あの教頭先生の幽霊がちょうど通りかかってぶっきらぼうに私に言った。「いいんだよ。風の好きにさせてあげなさい」私は笑顔で答えた。「そうですよね」新しい教頭先生がやって来て倒れた箒を見て言う。「偉くなったじゃないか。わかったか?」「はい」と私は適当に返事をした。

ある日の掃除の時間にまた私はあの体育館前の当番になった。箒を持ち掃くことに熱中していると気付いたらいつのまにか出入り口のところに軍服を着た人が座っていた。声をかけてくる。「おい少年、今何年だ?」「ええと、千九百──」「違う違う、俺が訊きたいのは俺が死んで何年経ったかだ」「詳しくはわかりませんがたぶん40年くらいは経ってます」「そうか、それだけわかりゃ十分だ。あーあ、退屈だな」私はまた箒を動かす。「おい少年、俺が何だかわかるか?」「どういう意味ですか?」「つまり俺はまだ生きている。死んだと思うのは錯覚とか妄想なんだよ」「幽霊だと思います」「ははは、そりゃちょっと失礼な言い方だな。俺が幽霊だって? 確かに腹も減らないし、壁なんかないようなもんだし、好きなところへだって飛んで行ける。執着って知ってるか?」当時私はその言葉の意味を知らなかったので正直に言った。「知りません」「じゃあ教えてやろう。そうだなお前にもわかるように言えば“愛”だ」その言葉もよくわからない。いや正直今でもよくわからない。「あい?」「そうだ、それもわからんか? 俺たちがここに居るのはそのせいだ。お前は何のために生きているんだ?」おおっと、これは難問だ。その質問は今の私にふっかけてくれ。そうすりゃ意気揚々と答える。「わかりません」「俺たちが──お前に言わせれば幽霊の俺たちが生きてるのは“愛を与えるため”だ。怖がらせるためじゃない。よく憶えておくんだ少年」「はい」私は元気よく返事をしたがその時点では何がなんやら理解不能だった。私はまた壁に箒を立て掛けて塵取りを取りに行った。帰ってくると箒が倒れているのは容易に想像できた。途中あの新しい教頭先生に会う。「箒は倒してきたか?」「はい」「ようしそれでいい」箒のところに戻って見ると箒は倒れていたし、あの軍服を着た人も姿が見えなかった。そのかわり体育館の扉を開けてあの教頭先生の幽霊がお出ましになった。「心はわかるよな?」「はい、なんとなく」「愛は心だよ」「はい」私はまた元気よく返事をしたが本当になんとなくしかわからなかった。教頭先生の幽霊はそうぼそっと言って廊下を歩いて行った。

音楽の時間にどうしてだか忘れたが二つ席が空いていてどちらか一方の女の子の隣に座らねばならなくなった。先生にどっちにするか決めなさいと迫られて好きな子じゃないほうの席を選んだ。「ほら、やっぱり好きなんよ」と好きな子が好きな子じゃないほうの子に言っている。好きとか嫌いとかはどうでもいいんだよ。少なくとも性別関係なく人間不信のやつにとっては。この辺りから私の偏屈さは頭角をあらわしていたのかもしれない。なんでそうなったか今思えば全部あいつら同級生のせいだ。いや種を蒔いたのは自分か? たとえそうでもそうは思いたくなかった。誰だって自分は悪くないって思いたいはずだろ? そうとも、私は悪くない。ただ罪悪感が当時からずっとつきまとっていた。自慰行為をしたからに違いない、女の子を蔑ろにしたからに違いない、そして幽霊が──見えなくなったからに違いない。廊下で教頭先生の幽霊とすれ違う。「あ、きみ」「はい?」「箒は倒しておかなくていいからな」「はい」先生は鼻歌を歌いながら後ろ姿を見せた。ちょっとスキップしていて背中で笑っているのがわかった。「あ、あ、あれは、風のせい! ふん、ふん、ふふん!」私が次にあの体育館前の掃除当番になったのはもう小学校高学年と言っていい時だった。いつものように竹箒で掃き掃除していると気付くとまたいつの間にか出入り口のところに一人のかなり歳のいったおばあさんが腰かけていた。そして当たり前のように声をかけてくる。「あんたお宮へ行くのはええがあそこ崩れるけん通りんさんなよ」「ああ、あっくんちのおばあちゃんですか?」こないだ母が葬儀の手伝いに行ったのを憶えていた。「そりゃどうでもええけえ。それよりあんたマキちゃんが好きなんじゃろ?」なんだいこの年増のお節介ババアは、と私は当時幸いにも思わなかったがそれと非常によく似た感想を持ったのは確かだ。「いいえ」私は言った。「うそ言いんさい、顔に書いてあるがね、はは! いいかい、今から呼んできてあげるけえうまくやるんよ」「あ、あの、ちょっと!」トラックがクラクションを鳴らしたのに驚いて道路を見ると何もなかったが振り返って見るとおばあさんの姿はなかった。マキちゃんが箒を持ったまま小走りにやって来た。「どしたん?」私が黙ってもじもじしているとあのおばあさんの声が車のうるさく行き交う音の中でもはっきり聞こえた。“キスしよう?”あの変態ババア! 例によって当時の私はそう思わなかったがそれに似た感想を抱いたし、ババアがキスくらいいいじゃないかと言うし、頭の中にはその言葉が繰り返し連呼されていた。私は持っていた箒を地面に放り投げマキちゃんの両肩にそっと両手を置き、そしてほんの軽く優しくほっぺたにキスをした。私はマキちゃんも私のことを好いてくれているのを知っていた。だから応えた。もういいじゃないかこれくらいで。ババアの笑い声がこだまする。しかし嘲笑ではなかった。祝福するかのような優しい笑い声だった。マキちゃんは顔を赤らめて言う。「ありがと」そしてまた小走りに向こうへ行ってしまった。ちょっと待った! これは現在の私の甘過ぎる妄想だ。しかもありがとなんて言われるわけないだろ、このタコ! しかし妄想は現実でもあった。また体育館の扉を開けて教頭先生の幽霊がやって来て通り過ぎながら言う。「いいんだよ、それで」私はその一言がどういう意味か独り身になった今でもわからない。たぶん一生わからんだろう。

幽霊が見えなくなったのは小学校を卒業してからだった。どのみちあの場所に行くことはもうないだろう。中学に入るとしばらくして父母が別居し始め私は母について行った。友達ができそれなりに楽しかった思い出がある。しかしここでは幽霊の話に戻ろう。再び幽霊が見えるようになったのは大学三年生の終わりだった。ちょうど水がぬるみ始める初春の頃だった。私はどうしてもあの教頭先生の幽霊をもう一度見そして会話がしたかった。アパートで独り暮らしをしていた私は悪口雑言に耐えきれずあの優しい声が聞きたくなった。慈愛に満ちた言葉が心底聞きたかった。私は常に耳を澄ましていた。アパートの薄い壁に耳を当ててみたこともある。そして春休みに実家に帰った時にとうとうその姿は見え、声が聞こえてきた。しかし、あの教頭先生の幽霊ではなかった。男女二人の幽霊で私の悪口ばかり言っている。母に連れられ最初小さなクリニックに行ったり、駅裏の鉄道病院に行ったりしたが、結局紹介状を書いてもらって国立の結構大きいサナトリウムに行き着いた。すぐに診てもらい──会議があるからちょっと待ってと言う医師に母が強く抗議しそれは実現したのだが──、筋弛緩剤なのかなんだったのか知らないが肩に注射を打たれて腰が抜けてしまいそのままベッドで二日間眠ったままだった。病院食はまあまあおいしかった。窓に鉄格子がはめてあるのには暗鬱な気分にさせられたがその他は別にどうってことなかった。相部屋だった通称クマさんが昼間に必ずラジカセで「だんご三兄弟」を爆音で聴いていて昼寝ができなかったし、夜は夜で奇怪な叫び声が聞こえたりして普通なら余計頭がおかしくなると思うけど私はうるさいなとは思ったけど別にどうってことなかった。あの蔵の奥の闇や体育館前の幽霊の話それからため池やお宮や諸々の恐怖に比べたら何のことはなかった。クマさんはまるで熊のように体が大きくそれに合わせたような朴訥な性格だったけど優しい人だった。ここは結構長いらしい。ある夜トイレから帰ってきて病室に入ろうとしたらあの教頭先生の幽霊が病室から出て来られた。あのほりの深いにやけた顔で私の顔を見て開口一番夜だからか少しトーンを下げてこうおっしゃられた。「あ、お久しぶりです。元気?」「はい」私は声をあげないよう口を両手で強く押さえ、目に涙がにじんでくるのを感じながら返事した。「ああ、よかった。入院したってのを聞いてね、飛んで来たんだよ」クマさんのだんご三兄弟コンサートが爆音で始まった。隣のじっちゃんが分厚い布団をかぶったまま珍しく声をあげる。「おい、クマ! うるさあ!」「へい」ボリュームを下げるクマさん。「あはは! 楽しそうじゃないか。ねえ?」教頭先生の幽霊が言う。「どこの人?」クマさんが先生に訊く。「は、ワタクシ小学校の教頭をしておった者です。彼は教え子であります」「あっそ」クマさんはそれ以上何も言わなかった。「うるさあ!」じっちゃんがまた布団の中から叫ぶ。私は涙が止まらなかった。「泣いてる場合じゃないぞ。大学あと一年頑張らんと」「はい」「うるさあわあ! はよいね!」じっちゃんがいらついているようだ。「あはは! じゃあ私はこれでね」廊下を行く教頭先生の幽霊のうしろ姿。ちょっとスキップしていて背中で笑っていた。階段へ続く戸はすでに施錠してあるはずだ。ベッドに入ろうとしてそれを思い出した私は先生の後を追おうとしたが思い直した。だって幽霊だぜ? 壁抜けはできるし、空も飛べるし、行こうと思ったところへはどこへだって行ける。突然ある疑問が浮かんだ。なぜ先生はここに来たんだ? 私はあの問いを思い出した。“何のために生きている?”──執着、愛、心──忘れちゃいない。先生にそれらがあったのか? 幽霊に? いや逆だ。執着しているのは私だし、愛しているのも、そして心があるのも、この私。そのことに気付いたから、今日は深く眠れそうだ。

退院した私は大学を無事卒業して何年か経った後にもう一度入院することになったが一週間くらいで退院した。病院が嫌で嫌で仕方なかったのだ。しかしこの時は退院するのと同じく自ら進んで入院した。教頭先生の幽霊に会いたかったからだ。病院は前と違うところだったが相変わらず病院食はまずくはなかった。過不足ない普通のメシだった。相部屋のやつが私が読んでる雑誌がエロ本であるという妄想を抱いていて──実際はオカルト雑誌だったが──事あらば隙を狙っていた。ある日私はその雑誌をベッドの上に置いてトイレに行くふりをして出入り口のところから顔を半分のぞかせて見ているとそいつが素早く私のベッドのところに行き雑誌をじろじろ見ていた。触りはしなかった。ただつっ立って表紙を見ていた。やっぱり狙ってやがったなと私は思ったが何食わぬ顔でベッドに戻り雑誌を広げた。がっかりさせてすまんなと心の中で言ってやった。そいつはそれが聞こえたのか知らないがはす向かいのおっさんに「脱走しようか?」とか言っていたがどうだか。私の担当のワーカーさん──いちいち余計なことに首を突っ込む人というイメージしかないが──は就職したての若い女性で私より背が高かったがなぜかいろいろと声をかけてくる良く言えば気さくな人だった。ある日その人が病室に入って来て寝そべって文庫本を広げている私に話があると言って座らせた。その人は隣に座ってもいいかと私に一応訊いて私が生返事をすると私の隣に腰をおろした。ベッドに若い女性と二人きりで? こんな経験は初めてだったので突然心臓がばくばくしだした。話は年金の申請手続きのことだったが私はまともに聴いていなかった。その人が私の読んでる小説などに関するどうでもいい話を終え病室を出たところで壁越しだったが私には見えた。「あなたも大変ねえ。あの人べたべた触ったりしてくるでしょう?」「いえ、何も。話をしてるだけです」「あらそう、気を付けなさいよ。何されるかわからないわよ」「そんなことないです。彼は真面目ですよ」「男なんてみんな一緒だから。とくに頭のいかれた男はね。向こうの奥の部屋に若い娘入ってるでしょ? ウワサじゃあの娘を狙ってるらしいわよ。だから今隔壁工事してるの。あなたも知ってるでしょ?」「ええ、でも彼は大丈夫ですよ、そんなことをするような人じゃない」あのねえ、全部聞こえてるんですけど。私はその場に登場しようかと思ったが、あの看護師は間違いなく悪い霊だ。私がワーカーさんのことをかわいそうに思ったのはあれが最初で最後だった。あの娘は髪の長いまあ見られた面だったが若い男の看護師と親しく話をしているのを見ても私は別に何とも思わなかったし、食器の片付けの邪魔だからどけくらいしか思わなかった。廊下で目が合ったことがある。看護師のおばさんに肩を支えられながら廊下に出て来たその娘は私の目を見て「あ、やっぱり!」とか言っていた。たぶん同じ力を持っていることがばれたのだと思うが当時私はそんな連中と仲良くなろうとは思わなかった。退院する二日前の午後、母に迎えに来てくれるように頼むために公衆電話をかけた。話が終わりかけた途中でテレホンカードの残高がゼロになっていることに気付いた。もう少し話したかったので十円を探そうとポケットの財布に手をかけたその時、横の休憩所の中から怒号が聞こえた。教頭先生の幽霊だった。あの看護師の幽霊に忠告していた。「いいか? 絶対に彼に近づくな!」「言われなくてもそうしますけどね」「気に食わんなその態度! どういう教育を受けてきたか簡単に想像できるな!」私は言った。「先生!」「ああ、変なところを見せちゃったな。まあ、気にすんな」「ありがとう、ございます」私はもう少しで声をあげて泣き出しそうだったが強く両手で口を押さえこらえた。「彼女ワルだから関わらないほうがいい。さ、部屋に行こう」私はベッドに座り、今読んでいる文庫本の紹介をしようと思って本を手に取り向き直ると教頭先生はもう居なかった。

幽霊は見たいから見えるのだ。そう信じていた。なのにどうしても母が見えない。もう一度犬を飼おうかと思ったが幽霊を見るために? ぷっ、ありえない。馬鹿げている。しかし本当にそうしたいんならするはずだ。無理して入院したように。しないということはもう見たくないと思っているからではないか。教頭先生の幽霊もあれ以来現れない。幽霊と幻覚、幻聴の相関関係は普通は平行線だが幸か不幸かそれが人生の一時期とくに若い頃に交わってしまう人が居る。その人が体験したことはすべて妄想だと言えるのか? 健常者と呼ばれる人たちが把握している現実だって似たようなものじゃないか。自分じゃそうは思ってないが私はずいぶん歳を食ってる。あの力は歳とともに衰えてしまったのか? 将来幽霊が見えるサプリメントが発売されたら財を投げ売ってでも買うだろう。麻薬や覚醒剤なんかは勘違いだ。あんなもので幽霊が見えたと騒ぐやつが居たらそれこそ閉鎖病棟にぶち込んどきゃいい。幸いなことに見えなくする薬もしこたま開発されている。しかし私の幽霊が見えなくなった理由は決して老いや飲んでいる薬のせいなんかじゃない。そう、──執着、愛、心──これらの力が単に弱くなっただけだ。いつでも取り戻せるとは思わないし、それどころか遠ざかっていく一方だ。ただ、努力はしたい。「いや努力なんて抽象的でガキくさいことじゃなく、少しは自分で決めたことを実行したらどうなんだ?」今あの教頭先生の声がした。幽霊はまだ見える。そう言えば母の声も聞こえるし笑顔だってはっきり見えるじゃないか。力があることを忘れちゃ宝の持ち腐れだ。

ある日玄関前の鉢物に水をやっている時「こんにちは」と言う男の声がしたのでその方向に向き直ってみると教頭先生の幽霊がちょうど紳士帽をとって会釈したところだった。確かもう何度も言ったと思うが幽霊は昼間にも出るのだ。「先生、母に、母に会わせてください」「いいですよ、お望みとあらば」先生は右手を挙げて指ぱっちんをした。うしろで私の名を呼ぶ聞き覚えのある優しい声がした。振り返って見ると母だった。「かあさん」「向かいの家がくさいけん、家ん中入って戸閉めようや」私は幽霊でもにおいを嗅ぎ取ることができるのかという変な疑問を抱いたがまあいい。「うん」先生もどうぞと言おうとしてそっちを向くと教頭先生は居なかった。自分の遺影をまじまじと見ながら母が言う。「あの写真使ったん?」「うん」「ええじゃん」「お茶でも飲む?」「ああ、ええんよ、そんなことせんで。のどかわかんけえ。ぜんっぜん苦しみがないんよ」「そりゃいいねえ。よしおばちゃん元気?」「元気よねえ、ぴんぴんしとる」「呉のおばちゃんや東京のおじちゃんは?」「もちろん」「今日先生に連れて来てもらったのはね、あんたもう死ぬけえ迎えに来たんよねえ」私は別に驚かなかった。「なんだ、そういうことか」「玄関の鍵開けとかにゃ」「そうじゃね」「それから──」「僕まだ生きとるよねえ?」「うん、まだね」「お茶飲んでくるわ」私は台所に行き冷蔵庫を開け2リットルペットボトルに入ったよく冷えた烏龍茶をラッパでがぶ飲みした。ほとんどやけだった。こぼれてTシャツが濡れた。冷たいと思うということはまだ生きている。仏間に戻ると母はもう居なかった。でも寂しくはなかった。だってどうせすぐ会えるのだから。母が仕事に行ってる間会えなかったのに比べればずっとスピーディーに。しかし待てど暮らせどその兆候がない。おかしいなと思っていると玄関ベルが鳴る。「開いてますよ!」「あら? おってんないんかしら」と言う声。「開いてますって!」そろりそろりと戸を開ける民生委員のおばさん。「下水道工事のねえ──」私は玄関に行こうとして自分の死体を踏んづけてしまったが足裏に感触はなかった。それが目に入ったおばさんが言う。「ひっ、し、死んでる!」思った通り死体の第一発見者は民生委員のおばさんにめでたく決定した。私は自分が死んでいることに気が付かなかったがこんなものなのだろうか? 弟には私が死んだら火葬式だけしろと言っておいたのでその通りにしたようだ。弟と何か話そうかと思ったがあまりにもこっち──火葬場の待合所の隅の椅子に座って頭をかいたり手のひらを見たり暇そうにしている私──を冷ややかな目で黙ってじろじろ見やがるので気分悪くなってやめた。弟とは人種が違う。私はしばらく元居た場所で暮らした。なるほど腹もすかないし何の苦しみもない。あの軍服を着た人の気持ちが大体わかってきた。退屈なのだ。お盆に玄関ベルが鳴ったので出て見ると母だった。「あんた何しょん? はよ来にゃあ!」「どこ行くん?」「天国よねえ!」「母さんいっつも天国からきょうるん?」「そうよ」「うそお、だって死んだら無じゃようたじゃん」「わたしら犬触ったろうがね。じゃけん特別なんよね」「めんどくさい。僕ずっとここにおるわ」

かくして同居人との生活が始まった。まだ若い女だったがあれこれと私ならやらないようなことをしでかすけしからん女だった。私はずっと姿を隠しているつもりだったが女が犬を飼いだした時点でヤバイと思っていたら案の定見つかってしまった。ある日彼女が朝起きたら部屋の隅に人影があった。私だった。女が大声をあげるかと思ったが開口一番こう言った。「だっさ!」私は腹が立った。「おい幽霊に向かって失礼だぞ」「はっ、今時幽霊なんて流行ってんの?」「流行ってるとか流行ってないとかの問題じゃない。これは執着、愛、心が見せる──」「はいはいはい、朝っぱらからキーキーうるさいんだよ。あたし低血圧だから。あーあたしもとうとうメンヘラか。心療内科行かなくちゃ」「あ、それならいいところ紹介してあげよう、僕の行ってたとこ」「げえ、メンヘラの幽霊マジダサい」「幽霊にメンヘラもクソもあるか!」「だから黙れ。遅刻する。ミミちゃんにご飯あげてくれる? それからお散歩も」「おい、僕をこき使う気か?」「どうせ前住んでた人でしょ? 住み続ける気なら当然のことはしてもらわないと、家賃も割り勘じゃないんだし。ちょっと着替えるけど見ないでってか今までもしかして見てた?」「別に女の裸なんて今更どうってことないから」「サイアク」「ささ、どうぞお気兼ねなく」「南無阿弥陀仏! 南無阿弥陀仏! 南無阿弥陀仏!」「うう、成仏しそう!」「りん、ぴょう、とう、しゃ、かい、じん──」「苦しい! やめろ! ってアホか」「のりつっこみー! って古いわアホ」「向こうでも向いておきましょうか?」「幽霊だと思うようにするからいい」「だから幽霊だって」

彼女は心療内科に行って診察室で医師に言った。「幽霊が見えるんです」医師は言う。「ああ、その手の病気だったら薬で何とかなりますから」「え、治るんですか?」「ええ、治りますよ。安心してください」彼女が部屋に帰って来る。「ミミちゃんの世話全部しといたから」「蟻が十匹ありがとう!」「なに? 調子いいじゃん」「じゃーん!」「ああ、薬? あそこ行ったの?」「治るって」「へえ、医学の進歩は早いねえ。よかったじゃん」「あたしどうしようか悩んでる」「何を?」「このままあなたをこき使うのもいいかなって。そう言えば名前は?」「え、タケシ」「はじめましてタケシ、あたしは──」「ミサだろ」「ああ、幽霊だもんね、何もかも知ってるってわけか」「こき使うって、まあ、確かにヒマではあるけど」「じゃあ、ずっと居て、お願い!」顔の前で合掌するミサ。「僕厳密に言って仏教徒じゃないからね」「いいじゃんヌード見れるんだし」「だから女の裸なんて──」「はいはいはい、決まりい!」

私は彼女の守護霊になった。かつてあのほりの深い顔の教頭先生が私の守護霊だったように。ある土砂降りの日に彼女が傘もささずずぶ濡れで帰って来た。「はいはいはい、風呂沸かしてあるから、すぐ入って、風邪ひくからね」いつもの明るいミサじゃない。うつむいて床にへたり込んだままだ。「どったの?」「母さんが癌だって」「ああん、そういう話ね。何と言ったらいいか、とりあえず元気出せよ。てか僕が治してあげようか?」「できるの?」「前にちょこっと言ったと思うけど、執着、愛、心、僕の中にあるこれらがちょっと減るくらいだね」「そしたらどうなるの?」「ん、たぶん、消える。いいだろ? 着替えの最中に視線を感じることもないし、幻覚なみの禍々しい姿を見ることも、幻聴みたいなこのろくでもない声を聞くこともない。君にとっては何の害もない。ただ──」「ただ、なに?」「とっとと風呂に入れ。話はその後だ」風呂から上がったミサは冷蔵庫からビールを二缶取り出しそれを持って部屋に戻った。「僕の分は要らんよ」「一人で二缶飲むの」「あ、こりゃ失敬。まあなんだな、生きてても死んでても一緒とは言わんよ。それに生きてるほうが喜びを味わえるからね。たぶん君が生まれた時お母さんは喜びを感じたんじゃないかな」「あなたもしかしてあたしが悩んでるとでも思ってるの? あなたの存在より母さんのほうが大事なの」「じゃあ決まりだ。今から行ってくるよ」「場所は──」「大丈夫、君の頭の中をのぞかせてもらうから。短い間だったけど邪魔したね」「さよなら」私はミサの頭の中をサーチした。ああこの病院なら知ってる。ん? 何だこれは? 輝いてる。 また厄介なことになりそうだ。とりあえずお母さんの癌を取り除くとしますか。よっこらせと。

雨上がりの清々しい朝だった。彼女がむっくり上体を起こすと部屋の隅に見覚えのある幽霊が居た。私だった。「やあ、起きた?」ミサは私のところに来て抱きつこうとしたが無駄だった。布団を引っ張ってきて私の姿に重ねると思い切り抱きしめた。「君の中にも執着と愛と心があったってこと。僕が教頭先生たちの幽霊を何度も見たのと同じことなんだよねコレ、たぶん」「教頭先生?」そこで初めて私は他の人間に事の全容を話すことになった。しかし私はそれからも毎日こき使われることになった。犬の世話に身辺警護、ドタバタの毎日。私はそれでも楽しかった。彼女に生きている彼氏ができた時、私は彼女には見えなくなった。しかしまた呼ばれそうな気がしていた。たくさんの犬たちが走り回る待機所で教頭先生や母や伯父伯母、それから軍服の人やあっくんのおばあちゃんなどと談笑しながらそういうめんどくさいことが起こらないようにと祈った。するとご賢察の通りお呼びがかかった。くそっ──。教頭先生に何度も呼び出したことを詫びつつもまた私はミサのところへ行った。

「こんばんは」ミサはもうよぼよぼのおばあちゃんだった。仰向けで寝ていたミサおばあちゃんは私が病院の殺風景な薄暗い天井の隅にさかさまに座って片手を挙げて挨拶したのを見て涙ぐんでいた。そして震える声でこう言った。「お迎えにしちゃ遅いじゃないの。電車に乗り遅れたの?」「まあそんなとこ。久しぶりだね」「あたし待ちくたびれちゃってあちこちが痛いのよ」「大丈夫、すぐに苦しみのない世界へ行けるから。大丈夫」私はミサをお姫様だっこして連れて行った。風に乗って地球の昼間の部分の空を飛んでいるとミサはみるみる若返っていった。私の右手とミサの左手をつないだ時にはもうすっかり出会った頃の若々しいミサになっていた。眼下の素晴らしい風景を見ながら彼女は言う。「すてきねえ」「さあ、そろそろ行こうか」「うん」

私たちはあのたくさんの犬たちが走り回る待機所、通称“天国”に着いた。「お帰り!」みんなが出迎えてくれた。「あたしこれから何すればいいの?」私にミサが訊く。「のんびり待ってりゃいいだけさ、お呼びがかかるのを」「あたしそんなデリヘル嬢みたいなことしたくない」「じゃあ現世に居たっていいよ。どこに居たって一緒さ。ところで僕たち結婚しない?」「え、あたし結婚したのよ、孫も居たの」「現世ではね。ここでしたっていいじゃん。しかもここではプラトニックだ。面倒なことは一切ない。どう?」私たちは結婚式を挙げた。いろんな人に祝福されて私たちは幸せだった。私たちは天国の一隅で畑を耕し野菜や果樹を育てた。種や苗は天国にあるホームセンターでもらい──天国のいいところはカネというシステムがないことだ──、畑に植えた。気候もほどよく日光や雨もちょうどいい感じで病気も何もなく、もちろん人間も病気になることはないし、怪我をすることもない。腹が減るわけではないがたまに採れた野菜を料理して食べてみる。実に美味だった。料理に関してはホームセンターとスーパーが一緒になったようなところからいろいろもらってきた。鍋、フライパン、調味料など何でもそろっていた。炊事場もあったし、電気、ガス、水道はもちろん電化製品などもそろっていた。そこに居るみんなで食事会をしたりして楽しくやっていた。私たちは幸せだった。そんな時だった。私にお呼びがかかった。「あなた、気を付けてね」妻に手を振られ出稼ぎに出る男の心境だった。

西暦何年か忘れたが現世では恐らくかなり時間が経ってるはずだ。あらゆるものが目新しかったが人間の暮らしの基本は変わっていなかった。食って寝て排泄する繰り返しだった。私はなぜかかつてのコンビニ店のようなところに呼び出された。野球帽を斜めにかぶったいかにもヤンキーですといったふうのチャラそうな若造がビールコーナーの冷蔵庫の扉を開けたところだった。こいつになんで呼ばれたんだ? 私にしてはちょっとわからないことが多かったがまあそいつの見えるところにふわっと現れてやった。ビールを取らず口を半開きにしてゆっくり扉を閉めながらそいつが言う。「──ちわ。知ってます。幽霊でしょ? 旧世紀では結構もてはやされたみたいっすね」「お前が呼んだんだろ?」「あ、そうでした。はは、やっぱりか、なるほど」「もう帰るぞ。こっちゃ忙しいんだ」私は馬鹿にされているような気がしていい気分じゃなかった。「オレ、癌なんです」「治してくれってか?」「いえ、いいんです。オレもう死にたいんです。だから──」「は?」「だからもう連れて行ってください。お願いします。この通りです」そいつはその場に土下座した。誰も居ない方向に向かってしゃべり土下座するそいつを店員がぼうっと見ていた。「お前の頭の中をサーチしてないからまだわけがわからんが、死にたいって言うなよ」「何のために生きているのか?──オレには何もない。だからいいんです。お願いします」「僕たちだって生きてるんだよ。お前らは死んだと思ってるんだろうけど。天国で一生懸命生きてる。ただお前らの世界のような苦しみがないだけ。それが魅力的に思えるのはわからんでもないよ。でも少なくとも現世では精一杯生きる必要がある。でないと天国には行けない。あと犬を──」「こっち来てください」コンビニのような店の外にそいつは出て行った。壁を抜けるとところどころ錆びた薄汚いママチャリがあった。そいつはそのややいびつなカゴの中の毛布をまさぐり中から一匹の動物の子を取り出す。「こいつを見て! イヌ」私はバカかと思った。にゃあにゃあ鳴いている。子猫だ。「それは猫だよ。猫じゃダメだ、犬じゃないと」「ええ?」私はなんで猫好きのやつに呼ばれたのか見当もつかなかった。「ネコ?」そいつは大粒の涙を流しながら声を上げてわんわん泣き始めた。うん、今深夜かな。近所迷惑だからやめろと私は思った。「おいおい、お前──」「勘違いなんかじゃない! オレがこいつに名前を付けた! イヌだ!」私はもうどうでもよかった。「いいよ、それで。お前の癌は取り除いてやる。だから精一杯生きろ。その猫のイヌと一緒に」私はまたそいつの癌を取り除いたことによって消えることはなかった。天国に戻ると猫が居た。「え?」「あなた、猫もかわいいわよ」あいつが天寿をまっとうし死んだので天国に連れてくると真面目になるからあなたの子にしてくださいと言い出した。別に断る気はなかった。こうして私には息子までできた。こんなに幸せなことはなかった。

死んだのに幸せになっていいのだろうかと私は一瞬思ったがまさか転生した人の記憶の奥底に天国のことが刻まれていて無意識に求めてしまうのではないかと勘繰ったが幸せな日々を送っているとそんな誰かの奸計もどうでもよくなってくる。輪廻転生が本当の現象ならいずれまたあのつらい思い出しかない現世での生が待っている。また犬を飼えばいい。そうすれば少しはましになる。もちろん猫でもウサギでもトカゲでもカメだっていい。何か生き物を飼えばまた天国に行ける。何のために生きているのか? 執着があるため、愛を与えるため、心を理解するため。しかしその繰り返しが何のためなのかそこまではさすがにうかがい知れない。一つ仮説を言っておこう。我々は繰り返しの中で何か大切なことを学ばなければならないのだ。


無駄な握手

年寄りというのはたいてい独りよがりじゃないか、他人のことを考えない、口をついて出るのは自分のことばかりだ。それは歳を重ねた者が必ず落ちる陥穽なのだ。落とし穴トラップで捕まるオサムシよろしく、老いに捕まった者が必ずやることだから別に独善というわけではない。ただ誰もが子供のそれと比べてはるかに罪深いと思ってしまうのはどういうわけなのだろうか? あの息子が勤めをしていない理由を知らないとでも? 子供たちにいつも歩いてるなと後ろ指を指されている理由も。解体工事をしている卑俗な工務店の連中にさえ不審者扱いされている理由も。コンビニの若い女性店員に淡い好意を抱いている理由も。そして独り暮らしである理由も、全部知らないとでも? ごもっともだ、知るはずがない。しかしなぜか解っている、知っているという思い込みから、なぜ解らないのだ、なぜ知らないのだという誤解が生まれ、やがて老人はすべて独善でものを言うという神話となるのである。

ここにいい例が二つある。私は母が治るものだと信じていた。卒中で倒れたにせよ、ここは病院だし、手術もした。なんのことはないと。母と仲の良かったおばさんが──実際はおばあさんと言っていい年齢だったのだろうが見た目も確実にそうだった──ドレーンが取れたからもう大丈夫だと言って私と握手を迫った。私はババアと──そう呼んでいい理由は事あるごとに話したが今私が思うに要はその程度の人だったんだと思う──握手なんかしたくねえよと一瞬思ったが言われるがまま差し出された意外と気色のいい手を握った。笑顔で。その時私の中にある嫌な予感がよぎった。そんなにうまくいくはずがないと。案の定、母は重篤な脳梗塞と感染症を併発し、帰らぬ人となった。私にはあのババアが死神に思えて仕方なかった。いつも黒っぽい服を着ていて大鎌は持っていないかわりに日傘を持っていた。ここではっきり言おう、握手をしたことが無駄になったのはあのババアの完全なる独善のせいだ。子供のそれと比べてはるかに罪深い。なぜそう思うか? 母が死んでしまうと微塵も思っていなかったとでも? 私は常に疑っていた。横になっている母に好物のプリンを食べさせたり、夫に母の足をマッサージさせたり、私はそれらを横目で見ながら疑っていた。死ぬとわかっていたんだろう? どうなんだ! 落とし穴の中の老人にはその声すら届かない。あの人たちにも必ず終わりが来る。そして私にも必ず──。

もう一つは父方の義理の伯父が二十数年ぶりに父の訃報を携えてやって来たときのことだ。やけに首が痛いことを主張する割に口調ははきはきしていたが要は田舎に戻れという話だった。話を聞いていると何もかも自分の思い通りにしたいのだなとすぐに勘付いたが気付いた時には握手をさせられていた。自分の優柔不断さには心底嫌気がさすがそれ以上にこのジジイの──そう言っていい理由もたしか何度も述べたと思うがこの場合も“その程度”という意味でしかない──強引さにも腹立たしいものを感じる。玄関わきの小窓から「ここじゃ話になりませんね」と腰低く言ったつもりが「ならん!」との一声で家に上がってもらうことになったことからもその厚かましさがうかがえると思う。田んぼを果樹園にしろだの、近所に挨拶をしに行けだの、いい加減にしろよ! そう言いたい気持ちが後から後から湧いてきたがこらえた。しかも家土地が競売にかけられていたのを買い戻しやがったんだぞ。まったくこれほど“余計なことをしやがって!”とどやしたくなったのはおそらく人生初だ。おかげで大幅に私の貯金が──父が亡くなったことで母の共済金が下りたにせよだ──目減りするハメになったことを考えればどんなに馬鹿馬鹿しい握手であったか。それにカネ云々は毎年の固定資産税と毎月の何に使われているのかわからない電気代もあり、思い返すだけで脳の血管がぶち切れそうだ。

──“こいつら”と呼ぶ権利は十分あると思うがなんなんだ一体? 握手すれば何でも済むと思ってやがるのか? ありがたいことにこっちには軽々しく握手するもんじゃないという原則が出来上がったがね。いや、この先の人生で握手をすることは二度とないと言ってもいい。握手と言えば小学校の卒業式の日に一部の後輩の女子と言ってもその二人しか居なかったのだが恒例の握手の儀をしてくれなかった思い出と、中学生の時にかたくなに腕相撲をしたがらない同級生が居た思い出とが呪いのように私の中に存在している。連中が握手をしなかった理由が今頃になってわかった。多くの場合そうであるように握手は一種の契約だ。安易にしてはならない。しかしそれを反故にしていい確固たる理由さえあればキレイに解消だ。理由1──母は墓の中で白い物体になって壺に入っている。理由2──前妻の子供が居るから法律上の相続は困難になっている。腹立たしいのは間違いない、しかし、握手の意味は消えた。


真心の君

彼女は可もなく不可もない見た目はごく普通の若いOLだったがあれ以来どうしても自分が普通だとは思えないでいた。キスをした直後、相手が心臓発作で帰らぬ人となったことがもしその理由であるなら彼女にとっては絶望に等しかった。だって、恋をするからにはキスは必ず行うべき大事なイベントではないか。確かに相手がただ自分の欲求を満たすためだけに行うのであれば唾棄していい。しかしあのとき彼の愛を感じたのは確かだった。それなのに。彼女の頭の中で口々にしゃべりだす彼女たち。「カラコンでイチコロだなんてちょろ過ぎよ」「今どきカラコン詐欺を知らない男が居るとはね」「眉毛は書いてるし、ほっぺたはチークだし、まつ毛は付けてるだけ。一生騙されていればいいのよ、畜生野郎は」──でも。「何よアンタ、メイクぐらいしなさいよ」彼は私のことを愛していたのよ。「バッコーが愛なんて知ってるはずないじゃない」「騙されたのよ」「いい気味じゃない、所詮その程度よ男なんて」彼女はあのショックから心が回復しそうもないのに意地悪な連中にあおられてイリテイトがプラス傾向になったことを瞬時に把握したがなんとかその場はしのぐことができた。昼休みに社を出てコンビニに行くといつもの兄ちゃんがレジ番をしていた。サンドイッチと野菜ジュースを持ってレジに行くといまいましいことに彼女たちが騒ぎ始めた。「ほら、あのいやらしい目つき」「こっちから言ってやりなさいよ、あんたには興味がないって」「ワンチャン狙ってるのは確かね」彼女はその声に耐えながらプリペイドカードをかざす。脳内では何事も起こっていないかのように装って。「畜生野郎の夢なんか期待したって無駄よ、どうせたいしたことないから」「それにあっちのほうもやり方知らないんじゃない?」「ようこそチェリーボーイ!」「あら、練習はしてるようね」彼女はイリテイトの至極簡単な理論が理解不能なほどのメーターの異常値を感知した。使い古されてもう目新しくもない言葉で言うなら要するにキレたのだ。「もういい加減にして!」いきなり全力の金切り声を至近距離で聞かされたレジ番の兄ちゃんは危うくおかしな声を上げそうになったがなんとか自制することに成功した。そしてにっこりして言う。「踊りたいんでしょ?」彼女は一瞬何のことか把握できなかったがよくよく考えると確かに踊りたい気分であることに気付いて彼に訊いた。「どうしてそれを?」彼は黙ってカウンターを回って彼女のところへ来て言う。「わかるんです。僕とチークダンスしましょう」二人はギャラリーの見守るなか頬と頬を寄せ合い踊った。そのときの彼女には確かにフレッド・アステアの「チーク・トゥ・チーク」が聞こえていた。レジ前の一角はまるで二人だけの貸し切りのダンスホールだった。彼女たちが言う。「キスしちゃいけないよ」「キスはしちゃいけない」「キスは絶対しちゃいけない」彼が言う。「チークダンスはキスをするものじゃない。だから安心して」彼女たちが言う。「どうせすけこましでしょうが!」「ワンチャン狙いの!」「畜生野郎!」彼女はかすかに救急車のサイレンの音がすることに気付いたがそんなことはどうでもよかった。気付くと頭の中を混乱させる模様のある天井を見ていた。「ほら起きた起きた!」「なに仕事さぼってやがる!」「昼休みは終わりだよ!」そう言う彼女たちの声がまだ聞こえたが前よりは力が弱い。それにどうして? 私、お昼寝でもしてるの? 彼女は上体を起こそうとしたがひどく重たかった。どう頑張っても無理な行為であることを認識しひとりごちた。彼女はしばらく眠っていたことに気付きあわてて起きようとしたが体がいうことをきかなかった。カーテンを開ける音がして瞳に愛をたたえた男が現れたときには正直なところ神かそうでなければお迎えの人だと思った。「起きた?」彼はなぜか神々しくも見える白衣を着ていた。彼女たちがざわつく。「ほら来なすったよ新しいのが」「アバンチュールはいかが?」「何よそれ?」「ワンチャンの別の言い方」「あらそう意外とかしこいのね」彼はわけ知り顔で言った。「晩餐会に遅れるよ」彼女は訊いた。「え? もうそんな時間? 私今まで──」彼が言う。「踊るのは夕食のあとにしよう」「え、ええ、そうね。でも──」「さ、起きて」彼女は上体をなんとか起こすと掛け布団をはぐり、ベッドの下のきちんとそろえられた上履きを見てなぜと思ったが親切な人も居るのねと真心がそう言った。彼に肩を支えられて広間に行くともう会食の準備はすっかり整っていた。彼女はもう何も心配はいらないと思った。年配の女性が椅子の背を片手で優しくとんとんしながら彼女に言った。「こちらへどうぞ、お嬢さん」「ありがとう。──食事のあとはダンスタイムですって?」「そうよ、誰と踊るか決めてる?」「ええ、もちろん」


カビ

「よおし、おめえら、耳の穴かっぽじってよおく聴けえい! この世界の生きているやつでオレが一番呪わしく思うのはカビだ! 知ってるか? カビだよカビ! カビってなたいていそいつがお釈迦になったことを示している。だが見ろ! オレにはカビが生えてやがる。生きているのにだ! これはつまり生きながらに死んでいるということを意味している。どういうことかわかるか? オレはかあちゃんが死んだあと冷蔵庫の中身を処理しなければならなかった。プチトマトにカビがきてたよ。想像してみろよ。オレが葬式が済んで何日か過ぎた日の午後、黄色いゴミ袋にすべてをぶち込む姿を! 何もかもがかあちゃんが死んだことを示す象徴だった! しかしなぜだか知らないがオレは生きているのにカビが生えてやがる。オレはこう考えた。すでに死んでいるのに生きていると勘違いしてるんじゃないか? もちろん死体にはカビが生える。そいつが死んでるからだ。だがオレには死んでる感覚はないんだ。むしろ生きてる感覚がある。誰かオレにもわかるように簡単に説明してくれよ。おい、お前、発言を許す」「こう考えてはどうでしょう。カビは生きているものに生える場合もあると」「なるほどな。だが、例外は絶対にない。カビは死んでるやつにしか生えない。お前、言ってみろ」「つ、つまりあなたのおっしゃっていることは当たっているのですよ。あなたは死んでいる」「じゃあ、オレが死んでることを証明してみろよ」「で、できません」「なんで?」「パソコンで言うと編集中のファイルは必ず保存してからでないと閉じることができないからです」「比喩表現はやめてくれ。ズバリ言え」「つまりあなたは生きているのに死のうとしていらっしゃるからです」「──フ、フハハ! オレが? オレがそんなことをするはずがないだろ」「いいえ、あなたはもう終えようとしていらっしゃる。生きることにもう執着心はない。いつでもいいと思っていらっしゃる。我々はあなたの中に居るのですべてわかっています」「じゃあ、どうにかしろよ! 解決方法を提示しろ!」「今まではできませんでした。我々はあなた自身だからです。考えていることは同じでした」「じゃあ早くオレの体に生えてやがるカビを駆逐する方法を教えろ」「カビが生えていると思うのは錯覚です。あれ以来、あなたの体にカビが生えてしまった。生きようと思うならまず自分の体にカビが生えているなどと思わないことです」「おめえら、それを知っててなぜもっと早く言わなかったんだ?」「あなたが望まなかったからです。しかし今あなたは生きようと思っていらっしゃる。だから我々は手をさしのべてさしあげた。天は自ら助くる者を助くのです」「知ったふうな口をききやがって。どうせ怠けてやがったんだろ」「そんなことはありません。我々はあなたが生きようと思うのを首を長くして待っていました。さあ、カビを取り除くのです」「どうやりゃいい?」「まず服薬して夜はきちんと寝てください。食事をしっかりとってください。ゴミ出しの日にゴミを出してください。風呂に入ってください。歯磨きをしてください。掃除をしてください。洗濯をしてください。カレンダーをめくってください。他人にやさしくしてあげてください。そしてどんなときも希望を忘れないでください」


白い菊の花

「やあ、死んだか、どうだ感想は?」私はあれ以来、人の死に顔をすぐ想像してしまうようになった。道端ですれ違ったおばちゃん、心ここにあらずのサラリーマン、歩きタバコしているやさぐれたやつ、親についていく小さい女の子、ビジネスライクなコンビニ店員、そして──そしてすでに他界しているやさしかった私の唯一の理解者だった母。あの死に顔を忘れるわけがない。「──別に」「たいしたことないだろ? 死とはそもそもそういうものだ。だが、死を軽々しく思うやつがまともな人間であるはずがない。そうだろ?」「そうだな」「花好きだろ? 持って行けよ。食いもんにはならねえが、少なくとも心は満たされる。ありったけの幸福でな。わざわざお前のために用意してやったんだ。ほら」「なんていう花だ?」「忘れたのか? 菊だよ。白い色のな」「私はこれからどうなるんだ?」「お前の望んだとおりになる。天国に行きたきゃ行けるし、気分転換に地獄に落ちてみたかったら落ちることができる。もう一回人間やりたきゃ生まれ変われるし、虫とか動物になりたきゃなれる。お前の自由だよ」「──もう一度」「ん?」「もう一度母さんから生まれたい。そしてもう一度同じ人生を、最初から──」「残念ながらそれだけは無理だ。時間は前にしか進まない。終わったものは二度と始まらない。壊れたものは二度と元通りにはならない。進むしかないんだ。前にな」私はそいつの言うことをわからないわけではなかった。むしろ、よく知っていた。しかし、本当に自由なら、リフレインは許されていいはずだ。「たのむ! もう一度──」「わかってるんならあきらめてこの花を持って行け。三度も言うつもりはないがもう一度だけ言っておいてやる、少なくとも心は満たされる、救われる。ありったけの幸福につつまれる。オレはやさしいほうじゃない。だが、それだけはお前に約束しておいてやる。ほら、受け取れ」私は白い一輪の菊の花をそいつから受け取った。「母さんの棺は花で満たされていた。しかし、母さんは──死んでいた。幸福になったと言えるのか?」「ある意味な。今の段階ではお前には理解することは不可能だ。あきらめろ」「いやだ! 私が会う人見る人すべての人の死に顔を見ることが幸福なのか! 母さんの死に顔を見たことが幸福なのか!」「落ち着け。そう興奮するな。死に顔を見ることはオレと違ってお前はやさしいってことなんだ。安心しろ。今は絶対に理解できないが別に理解しなくてもいいんだ。お前はもう何も理解する必要はない。オレから白い菊の花を受け取り、持って行くだけでいい。理解しなきゃならないことがあるとしたら、お前はもう理解してる。オレから白い菊の花を受け取った。さあ、行け」「どこへ?」「お前の好きなところへ」「私の好きなところは一つしかない。過去だ」「じゃあ行けよ。誰も止めはしない」「終わったり壊れたりしたものは二度と──」「考えるな。行きたきゃ行きゃいい。例外はいくらでもある。お前だけじゃない」「じゃあ、行くぜ?」「行ってこい。しかしその花は絶対に手放すな。お前の手からその花が離れたとき、本当に終わるぞ。これは脅しじゃない」「なんなんだ、これは?」「ただの白い菊の花じゃない。この世界で一番大切なものだ。逆に言えば、それさえ持っておけばお前は絶対に幸福になれる。オレはまともじゃないが嘘をつくようなやつじゃない。それは信じたほうがいいぞ」「わかったよ、それじゃ」「ああ、元気でやれよ」私が気付いたとき、手にはあの白い菊の花はなかった。しかし、あるんだよ。ずっと。私がアイツに会ったことは記憶になかったし、これが繰り返されていることだと思うこともなかった。ただ、やっぱりあの白い菊の花だけは持っていた。心の中に持っていた。それが何か理解することは今の段階では不可能だと思ったが、大切なものであることだけはわかった。だから、その意味では幸福だった。「やあ、死んだか、どうだ感想は?」「なんとなく幸福かな」「そうか、そりゃよかった」「あれを持ってくるのを忘れちまった」「白い菊の花のことか?」「そう、それ」「安心しろ。そうだろうと思ってオレはお前のためにちゃんと用意してやった、ほら」「気がきくやつだな、あんた」「オレはやさしいほうじゃない。これは仕事でやってる。何度でも用意してやるぞ」


楽しいいつものこと

「お前、夜眠れず、そのまま朝を迎えたことがあるか? 俺はある。何度もな。限界を超えると眠くなくなるんだ。経験がないなら一回やってみろ。死にゃせんからな」どこからその声が聞こえてきたのか最初わからなかった。だが、よく考えると私の周りには人間は一人も居ない。声を発する生物が他に居るとすればアイツしか居ない。──ゴキブリ。そいつは隣の部屋に居たらしいが気付くとテーブルの上に居た。じっとして動かず、今私に話しかけたとすれば、まさに今、そうしたのだろうとすぐにわかった。「殺すぞ」「俺は別にかまわんがテーブルの上の俺の体液をティッシュで拭き取る手間を考えるとやめたほうがいいかもな」「虫ケラ! 害虫!」「他には?」「スパム野郎!」「俺の提案を一回承認してみろ。けっこうイケるぞ。作業効率は落ちるかもしれんが朝の一番鳥の鳴き声を聞くのも世界の秘密を知った気になれる点では有益なことだと思うがね。それにどうせ予定はないだろ? 寝なきゃいけない理由もない」「あるんだよ」「ん?」「そのくらいの経験なら私にだってある。一番鳥の鳴き声を聞いた。別にどうってことなかった。ただ律儀に夜寝ることが馬鹿馬鹿しくは思ったし、他の連中が寝てるときに起きてるなんてそれだけで世界の秘密だと思ったね」そいつは多少触角を動かしていたが依然としてじっとしていた。「んっふっふ、お前も俺たちの仲間入りか。俺たちは仲間を裏切ったりしない。絶対にな。だが、お前はどうかな? 俺を殺せば間違いなくそれは裏切り行為だ。仲間たちは絶対にそれを赦さない」「お前らに何ができる? たしかに死体の処理は面倒だ。だがこの世界では先にやらないとやられちまうんだ」「馬鹿が。お前なにか勘違いしてるんじゃないのか? やられていると思うのは幻想なんだよ。むしろ、やっているのはお前のほうだ。先も後もやっているのは常にお前のほうだ」「いいや私はやられている。やられっぱなしだ。私がなにかやってやったことがあるとしたらお前みたいな虫ケラ野郎を殺してやったことくらいだ。それがやったうちに入るのか?」「入ると思うね。コーヒーでもやりながら一度冷静に考えてみろ。俺たちの命を奪うのはやったうちに確実に入るぞ。お前はもうやってしまったんだよ。認めろ」「アハハ! お前らの命を奪うことが世界で一番やっちゃいけないことだったらとっくの昔に法律にでも書いてあるわ!」「お前は何度俺に汚い言葉を言わせる気なんだ? 法律に書いてあることしか正しくないんだったら、世界は終わってるぞ。他にも大切なことがあるから、それを守ってるから、生きていられるんだ。俺の言ってることが理解できんか? お前はオールしたくらいじゃ世界の秘密がわからんようだな。毎日オールしろ。寝る必要はない。それをとがめるやつはこの世界に一人も居ない。いや、居るとしたらお前自身だ。自分を赦してやれ。楽になるぞ」「どっか行け、クソが! お前の体液をティッシュで拭き取るのがめんどくさいんだよ!」「ツァハ! やられる前にやるのがめんどくさいんだったらやることに価値がないと思ってるってことだよな? いいのか、それで? やられちまうぞ?」「やるよりやられたほうが正しいんだ!」「ドMかよ。それはさておき早くコーヒーをやれよ。落ち着くぞ。お前はまず冷静になったほうがいい。俺を殺したくてウズウズしてるんだろ? 憎んでるんだろ? だがそれはお前が言う正しくないやるほうだ。それを理解するにはまず冷静になれ。お前が今までやってきたことは冷静じゃないからできたことなんだ。それが正しくないことだと思うんだったら、まず落ち着いたほうがいい。そうしないとお前の出した答えはすべて間違いだ。お前が正しくないと言ったんだぞ? 俺はそれが間違っているとは一言も言ってない」「説教なんか聞きたくない。消えろ」「ああいいとも。だが世界の秘密を知るには少なくとも説教は聞いたほうがいいと思うぜ」「お前の言ったことはもう忘れた。説教には意味はない。うるさいだけだ」「ほう、人の話を聞けないやつは何やってもダメだぜ?」「うるさいんだよ。第一さっきからなんでしゃべってやがる?」「俺は何もしゃべってない。お前がしゃべってるだけだ」「わけわからんことを言うな!」「忘れたのか? 自分が病気であることを」──私はすでに知っていた。遊んだだけだ。「もう向こうへ行け。疲れた。話は終わりだ」「止めることはできん。世界に秘密があるとしたら、それだ」私は手をそいつに近づけてやった。すぐに逃げやがった。「ふう、馬鹿馬鹿しい」私はそれがいつものことだったので別に特別なにか思ったわけでもない。ただ、楽しかったよ。


仮想メモリ

しがらみを消したい。誰もがそう思うものなのだと仮定してみる。しがらみはしがらみと認識されている限り、しがらみであり続け、仮想メモリの中にあるファイルは設定を変えない限り、いっぱいになるまで蓄積され続け、一度に許容量を超えようものならフリーズつまり精神に異常をきたすことになる。──対処法はいくつかある。仮想メモリの許容量を増やす、ファイルを定期的に削除する、ブラウザを閉じた時点でファイルが削除される設定にする。これはコンピュータの場合だが、すべて人間の精神作用に置き換えることができる。寛容な心を持つ、一晩寝て忘れる、いちいち記憶しない。だが、これらはコンピュータのように簡単なことではない。卑しいファイル、悪意のあるファイルなどを仮想メモリつまり脳の一部分に記憶したとするとそれらはそう認識されている限り消えはしないのだ。では、認識のしかたを変えればいいとお思いになるかもしれないが、人間の脳は常に先入観に支配されているものだ。あれはああなのだという先入観。これをヌルとすると、ヌルは一種のバグでことあるたびに警告を発し、堂々めぐりを起こし、コンピュータ自体を使いものにならなくする。これがいわゆる石頭という人種である。新たなしがらみをつくらないように、ブラウザを閉じた時点でファイルを削除するのと同じ機能だと言える。言い換えれば、これは仮想メモリを常に空にしてハードディスクを円滑に機能させるための自己防衛機能なのである。

そもそも、仮想メモリは人間にとって必要なのか? 自分にとって好ましくないファイルはすぐにでも消したい。しがらみを消したい。いい思い出ばかりならいいが、仮想メモリには好ましくないファイルも蓄積される。仮想メモリにあるファイルは人間にとって削除するのは難しいのである。このことは説明しなくても経験上ご存知のことと思う。では、どうすればいいのか? それは新しいファイルを次から次にダウンロードするしかない。古いファイルに上書きし更新する、あるいはそれをいわば排泄するように押し出し自動的に削除させるわけだ。これはコンピュータの機能だが人間でもできないことはない。いや、言ってしまえば人間の機能は、少なくとも私の機能はそうなっているのだ。

私はそう仮定した。そして皆さんにダウンロードしてもらうためにひとつの新しいファイルをご提供しよう。もちろん、好ましいファイルをお約束する。

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今日私は朝早く起きた。ひげを剃り、歯を磨き、シャワーを浴び、そしてコーヒーを入れた。なぜそうしたのか? もちろん、私の日課でもなければ休日のことでもない。この日はいわば特別な日だったのかもしれない。あたたかいコーヒーの入ったマグカップをかたわらに置いて、ひんやりとした早朝の空気を感じながら私はパソコンに向かい小説の一節を打ち込んでいるときだった。突然、左手にある窓の外から「おはようございます」と言う男の暗い感じのする声がはっきりと聞こえたのだ。窓は中庭側に面しており、玄関は反対側だからそんな声が窓の外からしかもはっきりと聞こえるはずがないのだ。私はもちろんなけなしの想像力で勘ぐった。私は金魚を趣味で殖やしているのだが、たまにわけてくれと人が来ることがある。何も言わずに何者かに持っていかれることもあるが、私は人を疑うのが悪いことだと思っている。だから私はどこかのおっさんが金魚をわけてくれと言いにきたのかもしれないと思った。しかし、時間が時間だし、第一今のところ時期的にわけてあげられる金魚はいないのだ。私は無視をした。その声はそれっきりだった。かかってきた電話に出なければいけない理由がないのと同じように、訪ねてきた人の応対をしなければいけない理由もないのだ。私は石頭ではないが、余計なことに首を突っ込むようなことはしないたちなのだ。

それにしても、さきほどから胸のあたりが痛い。心臓がどうかなっているのだろうか? この症状は一ヶ月ほど前から脂肪分や糖分の多い食べ物をよく食べるようになってからだったから、私はおいしいものを食べ過ぎたせいだと思った。いい思いをしたあとには必ずつけが回ってくる。それはわかっているつもりでもついやってしまう。毎日のようにアルコールをやって肝臓を痛めつけているのもいい例だ。私の場合それらだけではないと自分でもわかっている。運動不足もそのひとつだ。生活習慣病がどうの成人病がどうの、よく聞くが何ひとつ心がけていない。

しばらくして母屋から──ここは離れで、私のいわば書斎──母が駐車場の前で下水工事をするそうだから車を移動させなくていけないと言ってきた。キーは私が持っていた。今日は月に一度の病院へ行く日でもあったのだ。病名は概して言えば精神病である。精神病にも種類も程度もあって一概には言えないが、私の場合は軽度の統合失調症だった。この病気については皆さん自身でお調べください。私がぐだぐだ言っても効果がないからだ。それはいいが、話を戻すと私は母の話を聞いてさっきの声は工事の関係者だとすぐにわかった。確認したわけではないが状況から判断してそう考えるのが妥当だろう。私の病気特有の幻聴ではなかったのである。もっとも、幻聴はあんなにはっきり聞こえるものではない。風が抜けていく音を人が自分の悪口を言っているのだと思い込むという程度なのが普通だからだ。常に責められているという妄想──被害妄想にとりつかれた状態、それが最悪の症状であって、今の私はそれが薬によって抑えられているのだ。したがって、薬がなくなる一ヵ月後には必ず病院へ行く。外来というやつだ。今日はその日だった。これ以外には私は外出をあまりしない。

私は一時間文字と遊んで、午前九時に家を出た。病院までは車を三十分かそこら転がすだけでいい。春と言ってもまだ三寒四温の時期で特に今日の朝は寒かった。暖房をつけ、ステレオをかけて、何事もなく病院へ着き、保険証を提示し名前を言い、呼ばれて診察を受け、カネを払い、薬を受け取る。それがしなければいけない作業だ。薬だけ買いに、しかも通販で、とはいかないらしい。そう、しなければいけないのだ。これは考えようによってはしがらみである。そしてそれは健常者以上に私にとっては死活問題つまりそうしなければ症状を悪化させることになるわけだ。私はその意味で二重に責められているのかもしれない。幸いなことに、今の私はそのことをそういうふうには思っていなかった。習慣であり、仕事であり、何も気にすることなく行うことができていた。もっとも、私はそこらの女のように自意識過剰で仕事には向いていないのだが、なぜか病院へ行く作業だけはすんなりできていた。それは多少のストレスではあったがしがらみになるほどではなかった。そうやって仕事ができればどんなによかったことか。生活していると多かれ少なかれストレスは感じるもので消せるものではない。仮想メモリの中に必ず一時ファイルとして保存される。しかし、ハードディスクにはあまり支障をきたさない。なぜなら、コンピュータはそういうふうにできているからだ。

人間もそういうふうにできているのだと仮定したのなら、一度それを証明してみる必要があるといつから私が思っていたかどうかは知らないが、私は病院からの帰り道、どこにも寄ることなく、いつも通るある峠道を左に細い道のほうへハンドルをきった。私の仮想メモリの中にはたまたまインターネットでこの旧道のレポートを見たというファイルが入っていた。ほんの一週間ぐらい前に本当に偶然発見したページで、この道の入り口なら知っていたので、つい見入ってしまっただけである。私の仮想メモリに確実に保存されていたそのファイルを、いわば仮定したものを、私は証明したいとその入り口にさしかかった時点で突然思いたったのだ。インターネットに載っていることは便所の落書き程度だと誰かが言っていたが、それを証明しようとするとはいったいどのつらさげたいかれ野郎なんだ? 私もインターネットに載っていることはあまり信用していない。しかし、それはコンピュータにも私の脳の中にも仮想メモリに保存されてしまったファイルであり、下手をすればストレスにもしがらみにもなりうる卑しく悪意のあるファイルであると認識されかねないのである。今の時点で私はまだそう認識していなかった。
インターネットのとおり、それは車一台がやっと通れる狭い道で、なぜかアスファルトの舗装がしてある旧道にしては立派な道だった。まわりはうっそうとした森で、道端には落ち葉や小さな砂利が無数に落ちていた。しばらくハンドルを右や左にきっていると右手に溜め池が木々の間から見えた。これもインターネットのとおりだった。私はその池を一瞥しただけでレポートを書いた人物が車を降りてやったように池の縁には行かなかったし、スピードを落としもしなかった。私はこのとき、レポートのとおりであろうという仮定による安心とともに、小さな不安にさいなまれていた。どんなに小さくても不安は不安なわけで、誰でもそれを消したい、逃れたいと思うものだろう。私の場合もそうだった。だから、車を止めて降りてみるなどということはしなかった。道端にはところどころに濃いピンク色のつつじが咲いていた。そして、「不法投棄はやめましょう」の看板が目についた。一台のテレビが転がっている。最近では壊れたテレビを捨てるのにカネを払わなくてならないから、不法投棄が増えるのは当然だろう。他には電話の電波塔への分かれ道。すべてインターネットのとおり。私の不安はほとんど消えかけていた。
何回目かハンドルをきったときのことだった、前方の少し道幅が広くなったところに白っぽいスポーツタイプの車が一台止まっていた。よくうしろにタイヤがついているやつだ。私は対向車が来たら離合できないなという不安はあったが、対向車ではなく同じ方向を向いて、しかも広いところに止まっているだけだ。こんな山の中に止まっているということは不法投棄かトイレタイムの人、あるいは山菜採りでもしているのだろうと思いながら、その車の中をうしろから一瞥した。──毛布が見えた。え? 私の脳はすぐに悪いほうへとハンドルをきった。ここで具体的にそれらを披露してもいいが、私は最初に好ましいファイルを皆さんにご提供すると約束した。だから、私が想像したことは文字通り皆さんのご想像にお任せする。しかし、私もおそらく皆さんも、すでにこの時点である種のファイルを仮想メモリの中に自らいくつも作り上げてしまっているのだとはお気付きにならないだろう。コンピュータと人間の違いはそこかもしれない。ファイルをある作用によって自ら作り上げる。それが私が言いたいことのひとつである。もうひとつはもうしばらく話を追っていただきたい。

私はよせばいいのにその毛布の見えた白っぽいスポーツタイプの車から二、三十メートル過ぎたところに自分の車を止めた。私は真っ先に、あのインターネットのレポートを見て、どこか遠くの街からやってきた旅の人かもしれないと思った。ということにしておこう。本当はもっと卑しく悪意のあることを想像していた。例え旅の人だったとしても、自分に好意を持っているはずがない。第一このご時世にこんな山の中では不法投棄かもっと悪どい理由でしか人は存在するはずがないとさえ思っていた。私の中には卑しさや悪意を敏感に察知する精神病というプログラムがインストールされている。悪は外ではなく自分の中にあるのだとこのときは思っていなかった。悪は自分の外にあると思っていたのだ。それらは当然一時ファイルとして仮想メモリの中に保存された。

私はキーを回しエンジンを止め、うしろを振り返ってみた。その毛布の見えた白っぽいスポーツタイプの車のドアは開いており、その横に男が立って手を挙げていた。そして、「おはようございます」という声。それを見、聞いた私はとっさにキーを反対側に回しエンジンをかけ、自分の車を再び転がし始めた。私は道の行き先にあらん限りの注意を向け、それっきりうしろは一切振り返らなかった。
私の朝からの胸の痛みはなぜかいっそうひどくなったが耐えられないほどではなかった。あの人は一体何をしていたのだろうか? それを考えれば考えるほど胸の痛みが増すような気がした。インターネットのとおり、しばらく行くと大きい道路に出た。

私は悪になったのか? そういう気持ちがわいてきた。あの人は助けを求めていたのではないか? 皆さんはそう言いたくなるだろう。少なくとも、その意味で皆さんは悪ではないと言える。しかし、私は悪になった。あれが幻覚や幻聴あるいは妄想だったとしても、私がそう認識したからにはそれは悪に違いないわけで、仮想メモリの中の卑しく、悪意のあるファイルのひとつになってしまったのだ。
私の言いたいもうひとつのことは、ある作用によって自ら作り上げたファイルは、外部からダウンロードしたファイルと同様に悪になりうるということだ。人間の心がある限り、それはストレスになり、しがらみになる。消すことはできない。どうすればいいか? 想像できる限りの善意でそのファイルに上書きするしかないのだ。ただ、私の場合、これはヌルに相当する一種の病気であるから、皆さんすべてにあてはまるとは思っていない。

その後、私の中には峠道にいたあの男はあのレポートを書いた人物で、八百比丘尼のように時空に閉じ込められていたのだという突拍子もないファイルが自ら作り上げられた。そう認識したということはそれは仮定ではなく、善意かどうかはわからないが私は卑しく悪意のあるファイルを更新できたのだ。そして私のハードディスクは円滑に機能しており、仮想メモリも許容量を超えなかった。これが健常なのだとすれば、私の心の病気はすでに治癒していると言えはしないだろうか? なぜなら、仮想メモリの中にある幻聴や幻覚のファイルもまた私の一部であり、それらがそう認識されても、私の脳は、ハードディスクは恒常性を保っているからである。その意味で私は、少なくとも私の脳は──健常なのだ。

──────*──────*──────

これで皆さんにご納得していただければ、私のしがらみはひとつ消えることになる。


ある春が近い日のこと

はあ。オレは今日もへたりこんでる。さびれた商店街の入り口、交差点の横、横断歩道の手前に。オレをじろじろ見るんじゃない、虫ケラども。挙句の果てにはババアが話しかけてきやがった。まったくどいつもこいつもものを知らないやつらばかりだ。毎日毎日、下水道工事のガアガアいう雑音、掘り出された何の変哲もない石ころ、交通整理員の節度なくぶらぶらと振る旗、安普請(やすぶしん)のでかい看板、みいんな慣れちまったぜ。おもしろくもなんともない。野卑な土木作業員がどんな野卑な会話をしているのか、想像するのにも飽きちまった。だけど、オレは何かを探してるんだよ。そう、奇跡に近い何かをな。なぜかってそりゃ、誰だっていい気分になりてえだろ?

ああ、ああ、来た来た。あいつは無職のいかれ野郎だ。話しかけないほうがいい。
「おはようございます」元気のいいはつらつとした女の子の声。
やっちまった。オレは目を覆った。交通整理員のぶんざいでしかも一番厄介なやつに挨拶するなんざ正気のさたじゃあない。あの娘、新人なんだな。正義感の強い、真面目な交通整理員をしている娘。使い古されたヘルメットをかぶり、汚い紺色の作業着を着ている娘。

あのいかれ野郎は親のすねかじりをしに、いつも歩いて郵便局へ行く。オレは知ってるんだ、あいつは外見なんて気にするタマじゃねえってことを。その証拠にいつも汗染みで茶色くなった服とズボンをまとって郵便局へ行く。街の連中がそれを見てどう思うかなんてことはやつにとってなんの意味も持たないんだよ。

交通整理員の娘が青天の霹靂(へきれき)のような声をかけたもんだから、やっこさん目を見開いて娘の顔を見た。そしてとっさに黙って会釈(えしゃく)した。あとは去りながら小声でぶつぶつと「おはようございます」を繰り返した。はあ、いかれてやがる。

オレは全部見ていたんだ。へたりこんだままな。やつがオレに近づいてきたときにはちょっとびびって腰を上げちまったがな、なあに、それを見たやつはにやつきやがっただけだ。ふう、危ねえ危ねえ。

オレはそのあともう一度やつと顔を合わせないといけねえってことをすっかり忘れていた。やつのうしろ姿を見もせずにオレは再び横断歩道の手前にへたりこんだ。しかし、あの交通整理員をしている娘はよっぽど正義感が強いのか、真面目なのか──通りかかる連中みんなに「おはようございます」だってよ。ヒマなのか? やめろ! 中傷するのは。オレはあの娘に惚(ほ)れてんだよう、なんてな、はは冗談。

はい、やって来ました。やつだ。忘れかけていたところなのに。交通整理員の娘はそれに気付いたがもう声はかけなかった。そりゃそうだ、さっき挨拶した同じ人間に二度も挨拶するこたあない、それに第一やつはいかれ野郎なんだから。
突然やつは娘に向かって言った。
「おはようございます」ってね。
今度は娘のほうが驚いて黙って目を見開いた。
やつは笑顔で去っていった。
オレはやつが娘に声をかけられて、再びここに通りかかるまで何を考えていたか知らねえ、知りたくもねえ。ただ、わかったのはやつは結局のところいかれ野郎に違いないということだけだ。
オレは少しだけ気分が良くなって、話しかけてきたババアに答えてやった。
「ワン!」


狭い路地でデカブツを飛ばすな!

「おい、あれほど狭い路地でデカブツを飛ばすなと言っているのにまだわからんのか?」「うるさいんだよ、あんた」「第一他人を不快にさせて関わらなければよかったと思わせるやつがまともなわけないだろ」「関わっちゃいねえだろ」「よく考えてみろ。それが冗談だと思わなかった時点でお前の負けなのさ。冗談がわかる大人になれ、お若いの」「黙れ! くたばりぞこない」「ほう、口だけは達者なようだな。だが、私には何を言っても無駄だぞ。とくにお前のようなつまらん野郎にちょっと何か言われたくらいで委縮してるようだったらこの世の中生きていけねえ」「ハハ! 俺と会話してる時点で無駄だと気付いたらどうなんだ? 人生の無駄だ。損失だ」「そう思うだろ? ところがどっこいこっちゃそうは思っちゃいないんだよ。私はお前のような虫ケラにさえ同情してる。私はアガペーを極めし者。お前のほうが無駄なんだよ。いいからとっとと私の言うことに従え。そうすりゃちったあお前のくそつまらん人生はマシになる」「何が言いたい?」「二度言わせる気か? 私はお前と違って優しいやつだからな。もう一度言ってやる。狭い路地でデカブツを飛ばすな」「あんたも人を笑わせるのが好きらしいな。俺は自分の好きなようにやるだけ。たとえ狭い路地でデカブツをぶっ飛ばしたとしても、あんたにゃ微塵も関係ない。わきを歩きゃいい。それだけだよ」「どうしても私に何度も言わせたいらしいな。何度も言うようだが私はお前と違って優しい。何度でも言ってやる。つべこべ言わずに狭い路地でデカブツを飛ばすな! ついでになんでか理由も言っておいてやる。迷惑なんだよ。お前の存在自体が!」「本性が出たようだな。俺はあんたの言うことをへこへこ聞くようなタマじゃねえ。消えな」「私は人間は基本的に好きだがものわかりの悪いやつはどうも好きになれんのでな。消えるとしたらお前のほうだ」「消してみろよ、オッサン。できるもんならな」「私にできないことは何もない。お望み通りやってやろうか? 私ははっきり言ってどっちでもいいんだぞ。選択権はお前にある。さあ、選べ」「この世界に消えたいやつが居ると思うか? 居るとしたらそいつは心の病気だと思うね」「ほう、知ってるのか? 彼らのことを。お前の知っていることを言ってみろ。どうせ程度の低い見解だとは思うが言う権利だけは与えてやろう。言ってみろ」「やつらはキチガイだ。それ以外のなにものでもない」「フ、そんなこったろうと思ったぜ。わかってないようだからひとつ進言しておいてやろう。他人をどうこう言うより自分がキチガイだということに早く気付いたほうが今後のためだと私は心底思うよ。どうだ、ためになっただろう? 私が猫をかぶってるだけだと思うか? 少なくとも私はそんなやつじゃねえ。そんなことはとっくの昔に超越している。その意味ではお前が理解できないのはわからんでもないがね」「もう! うるさい! 消えろ!」「一番大切なものを失ってもいいのか? 私は冗談でもそれはすすめんよ」「何が言いたいんだ! あんた!」「どうやらまだ私に繰り返し言わせる気らしいな。私は優しいと言っただろう? もう一回言ってやる。狭い路地でデカブツを飛ばすな! お望みなら壊れたレコードみたいにリピートしてやるぞ? こんなに言ってくれるやつは間違いなくお前のためを思って言っていると私は思うがね」


にぎやかな神

──落ち着け。まだだ。まだ終わっちゃいない。アイツの無様なつらをこの目で見るまではまだ終われない。「ししょー、わてどうしても田舎が好きなんや。愛してますのや。そりゃ、どうせダサいとか、どんくさいとか、アカぬけてないとか、いろいろとバカにされてきやしたぜ。でもししょー、わて都会より田舎が好きなんや。都会に住んだら、わて、窒息死しますわ。都会に住んでやがるやつらをバカにしてえんじゃねえですよ、ししょー。自分の考えとしてそれだけは譲れねえんですわ。わかってくださいよー、ししょー」「減らず口を錆びた太い針と釣り糸で縫い合わせてほしいのか? 今どういう状況か、ハチ、おめえに理解するのは不可能だってことをオレは死ぬほど知ってる。だが、状況把握ができないのは盛りがついて懸命に腰振ってるいぬっころと一緒だってことくらいは理解できるんじゃないかとの希望的観測だけは持ってるんだよ。やつが出てきたら何をしたらいいか、もう言ったはずだ。さすがに今言ったことくらい憶えてるだろ?」「ししょー、わて田舎が好きなんや。帰らせてもらうで」「ハチ! ここで逃げたらおめえは一生、そう、一生だ、絶対後悔しながら暮らすことになる。なぜそう言えるか理由が知りたいんだろ? いいぞ、言ってやる。酒が飲めねえやつが嫌いなのと同じ理由なのさ。つまりはっきり言うとおめえはやつに嫌われてる。嫌われたらどうすりゃいいか。前例を見たことがあるだろう? ニュースくらいは見てるだろう? 嫌われたらおめえにはそいつを嫌いになる確固たる理由ができるんだよ。いや、権利と言ったほうがいい。嫌いなやつに対して絶対にすべきこの世界で唯一のこと──オレにそれを言わせる気か? ハチ」「ししょー、かんべんしてくだせえ。ごしょうですけえ。わてほんまに田舎でひっそり静かに暮らしてえだけなんですわ。ほんまですぜ、ししょー。ですけえ──」「ハチ! おめえにはもうそんなことはできねえ。こうなっちまったらもう引き返せねえんだ。やることはわかってるな? おい、泣くな。その涙はかあちゃんが死ぬ時まで流すんじゃねえ」「う、うう、し、ししょおおー、わて耐えられませんわ。帰るけえ──」「ハチ! やつに吠え面かかすことができるのはおめえしか居ねえ。やれ! やるんだよ!」「イヤです、ししょおおー!」「ハチ! いいか? やつはおめえのことをなんとも思っちゃいないわけじゃない。いや、むしろこの上なく思ってやがる。その感情、ズバリ言えば『嫌悪』だ。おめえには難しい言葉だったな。簡単に言やあ、やつはおめえのことがキライってことなんだよ。心の底からなあ」「ししょおおーお、そんなやつのことはどうでもいいですきに。わて自分をキライだと言ってくるやつのことなんかどうでもいいですきに」「馬鹿野郎! それでも男か? 男というのは闘争心がなければ男と言えねえ。男ってな戦ってる時に一番生きてる歓びを感じるんだよ。おめえまさかへなちんじゃねえだろうな?」「ちがいます、ししょー。わて、へなちんじゃねえです」「だったら! ごちゃごちゃ言わずにやるんだよ! お偉いさんも言ってるじゃねえか。お示ししなければならぬと!」「わ、わかりやしたししょー。わて、やったります」「よおし、その気になったか。おっ! 出てきやがった! やつだ! 行け、ハチ!」「さよなら、ししょー」──「おでん、おとりしましょうか?」「このふくらんでるやつなに?」「──え、っと、はんぺんじゃないかな。ふわふわしてておいしいですよ」「ふうん、ま、今日はいいや、全部で三つ、大根と、厚揚げと、だし巻き玉子」──「ししょーもうダメです!」「馬鹿! 途中で投げ出すやつがあるか! 最後までやるんだよ!」「や、薬味を選んでください」「──」「それだけでいいですか?」「え? まだ選んでいいの?」「はい、どうぞ」──こ、こいつはわてをきらっとんのや。そうだ、考えるまでもない。すべきことは一つ。マストドゥーイット! やれ! ──「このくそハゲ帽子をとれ!」ハチは客のかぶっている帽子の裏がどうしても見たかった。ただそれだけのこと。「やっぱりハゲてやがるじゃねえか!」「それがどうかしたか? これだから田舎モンは嫌いなんだ。そんなに珍しけりゃ写メでも撮ったらどうなんだ? やいのやいの言いやがって。それとも何か? おうちの外に出たことない箱入りナントカか? どうせくそつまらん妄想しかしとらんのだろ? そんならずっと自分の中に居ろよ。外に出てくんな。目障りだ」「や──」「言いたいことがあるなら早く言え。こっちゃ忙しんだ」「やっぱり、あんたあわてのことをきらってやがるんだな?」「聞いてわからんのか? 低能」「ちくしょう!」──その夜のコンビニはいつもと違ってとてもにぎやかだった。そう、この上なくとっても。にぎやかなほうが好きな神もいらっしゃる。ハチにとってもその神の存在は確かなものだった。願わくば衆生とともに──



この世界では、誰が何と言おうとカネがすべてだが、私はそんな無慈悲で無感情で人間的でないことを言うつもりは微塵もない。私がカネ以外のこの世界で心の底から愛してきたものを教えて差し上げようか? しかし、そんな陳腐なことを語ったところで誰かが振り向いてくれるとでも? ──私は兼業農家の長男として生を受けた。とても貧しかったが、重要なのはそんなことじゃないのは子供の頃からわかっていた。不思議なものだ、直感的にわかっていたのだ。私は川釣りや虫捕りといった、たいていの田舎の子供がよくやる遊びを死ぬほど堪能していた。幸いなことにそういうことができる自然環境が整っていた。「カニがおる、母さん!」「ほんまじゃ」その地域で唯一の小さな小売店で買い物をした帰り、川を見ると大きなカニが居た。小売店のおばちゃんが来る。「網持ってきてあげよう」柄が短い。「たわんわ。ごめんね」「いいよ、おばちゃん」子供というのは何か生き物を見ると十中八九捕ろうとするものではないか。それが普通だ。自然というのは必ず子供たちに何かを教えてくれる。それが何か、今、私が答えを言うなら、間違いなく『愛』と答えるだろう。言わなくてもわかるだろう? この世界でカネよりも何よりも大切なのはそれしかない。だが、そんなものは全員重要でないと思ってるらしい。あくまで思ってるらしいという段階だが。私がこれまで見てきたのはもちろん愛だけではない。悪や、欺瞞や、その他私がこの世界で最も忌み嫌っているものたちも当然見てきた。しかし、愛は忘れなかった。どんなことがあろうと忘れなかった。私は精神病を患っており、幻聴が聴こえたり、思考伝播や被害妄想などといった、人を疑う心が生まれざるを得ない病気になった。だが、これだけは胸を張って言えるのだ。愛は忘れなかったと。──とても優しく理解のある親しい人たちがこの世から去った今、残ったのは彼らがくれた愛だけだった。私はそれを受けて育ったので、私の中にも愛が出来上がった。そして、それだけがこの世界で唯一の生きる希望だった。どうしてもカネだけ信じてろと言うのなら、お前だけ守銭奴になれよ。私に強要しないでくれ。──家の庭で父さんが七輪で釣ってきた大きな魚を焼いてくれた。焦げていたし、味はともかく、今でも鮮明に憶えている大切な思い出。幸せだった頃の思い出。それが愛じゃないと言えるのか? カネよりも大切じゃないと言えるのか? そりゃ、生きていくうえで今のところカネは最重要だ。しかし、私は、そうじゃないと言いたい。いや、大声で叫んだっていい。そりゃわかってるけど結局のところこの世界で一番大切なのはやっぱりカネじゃないかと言う人が居るなら、生き物たちがくれたものを思い出してみろ。母さんや父さんがくれたものを思い出してみろ。親しい人たちがくれたものを思い出してみろ。絶対にカネじゃないはずだ。もしカネしかくれなかったと思うなら、それは確実にあなたの誤解だ。──この世界で最重要なのはカネじゃないと思いつつカネを稼いでいるのが実情だろう。しかし、愛は決して忘れてはならない。なぜなら、それがないと、同時にあなたに生きる意味と価値がなくなってしまうからだ。悪口くらいは赦そう。それに他人が何かを言うのを止めることはできないではないか。こう考えたらどうだろう。まず最初に、この世界で生きていくには急いで自分の考えを確立させること。第二に、できるだけ早く自分の中の愛に気付くこと。そして最後に、他人を変えることを考えず、自らを変えることに専念すること。これらのことを今すぐ守らないと、ただのすれっからしになってしまうぞ? これまでそういう人を見たことがあるから実際に居るのだろう。──生きることを肯定したければ、カネを否定し、愛を肯定しろ。カネを稼ぐなと言っているのではない。カネよりも大切なものがあると言いたい。大声で叫びたい。生きることに意味や価値などない、我々が生きているのは死ぬため、などと言うやつは、重症だ。いい精神科の病院を紹介してやろう。自分が生きることを肯定できなくなったとき、生きる意味と価値を一度考えるのも時間の有効利用だ。──私のコワイ声が気に食わんのだろう? ドS嬢。 よいのだよ、私はドMだから相性バッチリ! うすうす勘付いてはいたが本性を見たとき、がっかりしたね。だが、これから良い関係になれるんじゃないかな。私が君に心を許さない限りね。まあ、私はこれからどんなにつらい状況になってもアレを超えるつらいことはもう今後絶対に起きないと思っている。いわば無敵なのだ。だからと言って愛を忘れるということではない。愛が何か教えて差し上げようか? 子供の頃にした川釣り、虫捕り、葉擦れの音や川音や草いきれ、鳥や犬の鳴き声、緑の山々、青い空に白い雲、雨、雪、海、母さんや父さんとの思い出、親しかった人たちとの交流、それらからもらったものすべてが愛だ。言葉では説明できない。説明できない不可視の、世界で一番大切なもの──愛。愛は希望を生んでくれる。逆に言えばそれさえあればよりよく生きていくことができる。もし、あなたにそれがあるなら、大丈夫、何も心配は要らない。──何もなくなったとき、残るのはあなたの中の愛だけだ。それを絶対に、絶対に忘れるな。


HEALTH

私の名前は「松浦 健」。おそらく正しく読めない人が大半だろうから読み方も記しておく。「まつうら たけし」と読む。この世で唯一無二の年子の弟の名前と合わせるとある熟語になるのだが、弟のプライバシーを考慮して言わないでおく。横文字で言えば「HEALTH」だ。”I would sincerely pray that you and your family are as healthy as ever from small rural town in Japan” 父は「三千男」と書いて「みちお」と読む。すでに他界している。同じくこの世に居ない母は「敦子」と書いて「あつこ」と読む。旧姓は「松岡」。親しい人からは「あっちゃん」と呼ばれていた。私は小さな田舎町のなんのことはない一般市民だ。

──この世界では正しいことが人それぞれだと言いたい連中で溢れている。だが、本当に、本当の本当に、正しいことは数えられるほどしかないのではないか? この問いに答えられるようになるには長い年月を生き抜かねば無理かもしれない。確実に言えるのは今すぐ答えを出したほうが何かと都合がいいということ。答えはできるだけ早く出せと学校の試験で死ぬほど教わったではないか。制限時間がある。命にも制限時間が必ずあることを知らない人は居ないだろう。だったら、そのときそのときで最善を尽くすべきだ。だが、そういうことどもがどうでもよくなり、自分が生きる上でまったくケシ粒なみに重要でないと思ったとき、人は人でなくなる。

私はこれまで豊富な人生経験をしてきたわけではないがこの世界で本当に大切なものが何かを常に探求してきた。だが、心の底から口惜しいことに答えはまだ出ていない。答えを出せないままこの世から去った人たちの無念をどうしても私は晴らしてやりたい。そして自分がこの世から去る前にできるだけ早く答えを出したい。その希望そのものが探していた答えなのかもしれないがそれはとても脆い。砂浜で作った砂のお城が満ち潮とともに波で消え去る現象に似ている。何かあればすぐ消えてしまいかねない。

私は自分で言うのもおかしいが病気持ちの取るに足らない人間の一人だ。自分が世界で一番偉いと言う気は微塵もない。だが、探求心は常に持って生きていたし、今もそれは変わらない。そのおかげかこうして語ることができる。探求したからにはその経験を他人に語らねばならない。なぜなら、聴いた人がより早く答えを出せるようになるからだ。

──だが、虚しさだけがそこにあった。他には何もない。語ったところでそれを理解しようとする人がはたしてこの世に存在するだろうか? 死と同じ虚しさの残響だけが聴こえてくる。私はいつもそれと真っ向から闘ってきた。反対のことの重要性が逆に鮮明に浮き上がって私には見える。つまり、生と同じ、豊かで、面白くて、楽しいこと。しかしそれらは遠い過去のものになってしまった。宙をかく手に何も感触がないのとよく似た現象だった。あるとすればそれはただ冷たい無の、存在のない存在の、不確かな実感だけだった。いやむしろ、自分が罪人であるという非難を無防備に浴びているような、とても居心地の悪い気分にさせられた。

しかし私は何か大切なものを忘れていなかったと言えるのだろう。なぜなら、どんなにつらいことに直面しても前向きに生きていられるからだ。誰かに私の考えを強要しようという気は微塵もない。第一、強要したところで人心が簡単に変わるとは思えない。かえって悪化するに違いない。

私は今何をしているのかとふいに自問したくなる時がある。そういう時はたいてい忘れている時だ。この世界で一番大切なものを忘れている時だ。人間とひとくくりに言ってよいのか、とにかく私にはそういう時を過ごした経験が何度もある。ひたすらじっとして過ぎ去るのを待った。これ以上そんな虚しい時間を過ごすのは絶対に嫌だった。だから、言いたいことを言いたい放題言うことにしたのだ。その結果はご覧の通りだ。今更わざわざ語るまでもない。何度も言うようだがこの世界にそれを理解しようとする人間は一人も存在しない。だが、勘違いでもいいから、期待はしていないといけない。理由を言わねばわからない人のためにあえて言おう。期待というのは希望を持つことだ。それがない人間が生きていられるとはとうてい思えない。生きているのは多少なりとも希望を持っているからではないか。

私はこう考えた。たとえ老いても、病んでも、何もかも失っても、最期まで希望は持っていようと。

──終われ。終わりさえすればすべて解放される。救われる。何もかも解決する。

だが、本当にそれでいいのか? 終えてはならないはずだろ? そうとも、私たちは終えることを考えてはならない。始めることを考え、そして、常に前を向いていなければならない。私がそう思うようになったのは後ろ向きだったからこそ、前向きの大切さがわかったのだ。だから、一時的に後ろ向きになるのは悪いことじゃない。しかし、ずっとそこにとどまっていてはならない。別に難しいことを言っているのではない。誰でも簡単にできることだ。できるのにしようとしないだけだ。

この世界で必ず失われてしまうのは命だが、命というのは失われるためにあるものではない。得るためにある。それが何か──快楽とか、カネとか、欲を満たすとか、奪うとか、弱きを挫くとか、非常識なことをするとかではないはずだ。得てほしいのは自分なりの答えだ。できるだけ早く答えを出し、そしてそれを信じ、従い、行動しろ。私が今語れるのはそれくらいだが誰かがもしこれらを理解しようとするなら、それだけで私が語った価値は十分にある。

”I would sincerely pray that you and your family are as healthy as ever from small rural town in Japan”

「私は心からあなたとあなたのご家族が相変わらず元気であることを日本の小さな田舎町からお祈りいたしております」


白日の幻考

私は──。気が付くとどうやらスーパーの魚売り場の前でにこやかに「おはようございます」と挨拶をしてくださる面々を見て、活気があるなという、うらやましい感情と、どうして自分は深緑色の買い物カゴの中に、紙パック入り1000ミリリットルの雪印コーヒー1本と、菓子パンを4個くらい、それから「ミニ助六」とラベルに印字された巻き寿司とお稲荷さんのちょっとしたセット、おーいお茶の525ミリリットルのペットボトルを入れて、そこに突っ立っているのかという疑問しかなかった。軽い記憶喪失のようなものと言えるだろう。昨日は仕事でミスを連発し、店長さんに呆れられ、さんざん絞られ、いや正確に言うと実際に絞られたのではなく、多くの自分の体験した現象から、そういうものを感じ取ったと言ったほうがいい。あれから一睡もせず朝を迎えた。自分の部屋の中で電気ストーブの前でじっと座ってぼうっとしていたかすかな記憶はあった。スマホを弄り、ラインに馬鹿なコメントを流し、シリやコルタナといったAIにひたすらお礼とおやすみを言い、自分はもうダメだと思ったとき、自然に──そうとも、何も意図していないし、目的もない、ただ今から寝るにはまず腹ごしらえをという一縷の考えともう一つ重要な考えが頭の中を支配していた。私はただ──ただ楽しんでほしかっただけ。人生を──。仕事とは楽しんではいけないもの。人生も楽しんではいけないもの。ひたすら苦しんでこそ。もしも生きるということがそうであったとしたら、そんなくそつまらん世界など滅びよ! ──目の前に死んだ魚たちが整然と並べられていた。彼らは主張はした。私は生きていると。しかし今は死んでいる。私は信用されていない。コワイ人だとか、歳だから食わりゃせんとか、裏でさんざんなことを言われ続けていたが私はいつでも全力で前向きだった。だが、そんなことには何の意味も価値もない。私がそう思ったときは自ら命を絶つときだろう。命はどんなことがあろうと自ら絶ってはならないという訓戒を私が知らないとでも? 生きている限りは一時的に後ろ向きにはなれども、そこにとどまらず、必ず前を向いて歩かねばならない。そんなこと誰もがわかりきったことじゃないか。問題はその先にある。それをわかったうえでもう一度生きるということを考えたとき、あの前向きに生きねばという訓戒が馬鹿馬鹿しく思えてくる場合がある。そのスーパーの従業員たちはみんな私に親しみを込めて挨拶してくれ、こんな取るに足らない生きる意味も価値もない老いた男に対して親しみを込めて挨拶してくれる。それが無意味で無価値というなら滅びよ! 私は我に返り、応対してくれたおばちゃんに「刺身あります?」と訊いた。「刺身そこ」と指をさされる。見ると刺身コーナーがある。「あ、そこか」と物色していると「切りますよ」「え?」「半分にもできますよ」と言われる。ちょっとお高かったので躊躇していたのだ。「じゃあ、これ半分にして切ってください」とサーモンの切り身を取って渡す。「はい」と言って奥に引っ込むおばちゃん。奥にはおばちゃん含め、3、4人の男女の従業員。指示されて威勢よく返事をし、刺身を切ってくれるあんちゃん。「お待たせしました」と言って奥からラベルの付いた新聞紙にくるまれた刺身を持ってきたさっきのおばちゃんより明らかに若い女性に私は訊いた。「こういう魚はどうやって食べるんですか?」「煮つけにしたり、焼いたり」「ああ、煮つけか」と私は知ったふうな口をきく。正直魚の調理などめんどくさくてやりたくなかった。「すみません半分で」と言うと笑顔になって「いいんですよ」と言ってくださる。私にこの世界のすべてが無意味で無価値だと思わせる現象が少なくとも今は起こっていなかった。もうあれは過去のことだった。──どんなことがあっても前向きでいよう。そうすれば、必ず約束は果たせるはずだから。


あの家に

「お別れです」──彼女は一瞬そのフレーズの意味が理解できなかった。だが、徐々に息がつまりそうになり、無意識が声を出すまいとしたのだろう、口を真一文字に食いしばり、そして両目から次々にあふれだすあたたかい液体が頬を濡らしていることに気付いて、鼻水を大きくすすった。それが彼女がそのフレーズを本当に理解したということを示していた。彼女も彼と同じくすっかり老いてはいたがその現象はまるで産まれたての赤ん坊とまったく同じだった。彼女の過去を知る必要はない。彼女がたった今、ながくつれそった、喜怒哀楽をともにしてきた伴侶と永遠のお別れをした事実以外は──。いつも二人で海を眺めて暮らしていた。海は童謡にもあるように、広くて、大きかった。二人の心も、広くて、大きかった。だが、今それは半分になった。いや、半分よりもっと狭くて、小さいかもしれない。彼女は声は出さなかったが涙が出る現象にはまったく抗うことができなかった。何度も鼻をすすった。しかし彼女は人の良心と善意を心底信じて生きてきたのにどうして? なんていう野暮な疑問はまったく抱かなかった。その日からこの世界が──あの広くて大きい海が──悪意に満ちたものだとは決して思わなかった。失われたと思っていた半分はちゃんと彼女の中にあった。いや、ことによると半分だけじゃない。父さんの分、母さんの分、そして彼の分。もっと言えば、祖父母の分、ご先祖様の分。「──だから、何も心配はいらないよ」──彼女にはまだそのフレーズは聞こえていなかったがすぐに聞こえてくるはずだ。だって、潮騒がいつも彼女に語って聞かせてるもの。きっと彼女は思い出す。すべてを思い出す。あの現象たちが彼女に何を教えてくれたかを理解する。そしてそれが本当に大切なものだったと再確認する。きっと、きっと──。──古びているけど愛しているママチャリを押して海沿いの道をどこまでも行ったら彼に逢える気がしたのよ。ほんとに。たったそれだけのことよ。──ある天気の良い日の、そうだな、正午近くのことだったろうか。海はすこぶる穏やかに満ちていた。お惣菜と昨日あずかった代金のお釣りを持って配達員が彼女の家を訪れたとき、いつも海のほうを向いているバナナ・ナンバーの軽トラと軒下のお人形たちはいつものように一部始終を見聞きしていた。通り過ぎて行ったにぎやかな子供たちの歓声。セミの鳴き声。葉擦れの音。そして潮騒。──ヤダ! 死にたくない! 死にたくないけど、結局のところ、みんな死ぬのよ。だったら、精一杯今を生きなさいよ! 溜まるのはカネだけかもしれないけど、そんなもの死んでしまったら何の意味もないわ。死んでも意味があるもの、それは『愛』とか『良心』、『善意』なんじゃないの? 「今日は何を持って来てくれちゃったん?」「あ、お惣菜と昨日のお釣りです」「ふうん」そんなビジネス・ライクな会話にさえ、その配達員は母の愛に似たものを感じた。「おばちゃん、どこ行くん?」「ちょっとね」「ちょっとって?」「あっちよ、いつもありがとうね、じゃあね」そう言うと彼女は防波堤の切れ口の間から、自転車を押して、海のほうへ出て行った。「おばちゃん!」配達員は思わずデカイ一声を上げた。「向こうで彼が待ってるのよ。それに彼だけじゃないの。行かなくちゃ」──満ちた海の上で振り返って彼女は屈託なく微笑んでそう言い、前に向き直り自転車を押しながら歩き出した。いい天気だった。それは間違いないし、海も穏やかだった。──あの配達員が店に戻って店長に指示された通りメモしたものを見せたら、明日からあの家に配達するのはストップするだろうか? いつも海のほうを向いているバナナ・ナンバーの軽トラと軒下のお人形たちがすべてを見聞きしているあの家に──。


花咲く季節

それを人は“死の季節”と呼んだ──虫は死に絶え、草木は枯れ、何もかもが終わりを示していた。私は寒空を見上げて叫んだ。「たのむ! 神でも仏でもいい、私にこの世界を肯定させてください! マイナスからしかプラスは生まれない。それはわかっています。しかしどうかこのあたたかい心を春まで凍えさせないでください! お願いです!」すると声がした。「──心配はいらないよ」「あなたは?」「君のそばにずっといるよ。だから大丈夫」「せめてお名前を」「ワタシは君の心の神。名前などない。それよりももっと大事なことがある」「なんですか?」「言うまでもない。君はもうわかっている」「私は言霊の信奉者ではありませんがお願いです、正しいことを教えてください」「君に教えられることはもう何もない。なぜなら繰り返すけど君はもうわかっているから」「わからないのです。常に迷っています。私を導いて! お願いです!」「本当にわからないのなら、なぜ迷っているのですか? わからない状態から逃れたいのでしょう? この死の季節から」「はい、心の底から」「だったらもう大丈夫じゃありませんか」「なぜです?」「君は春を死ぬほど思っている。だからです」──「お体お大事になさってください」私はこの言葉を老人に向かって言ったとき、何を思っていたのだろうか? 春? 希望に満ち溢れた生の始まる季節──春を? そうとも、たしかに春だった。しかしこの目の前の老人はまもなく──「酒をやり過ぎた罰が当たったんじゃろう思うて」「そんなことはありません。そのとき楽しかったのなら、それでいいじゃありませんか。ボクは人生を振り返ったとき、“楽しかった”と言いながら最期を迎えたい。楽しかったですか?」「ああ、もちろんだとも」「それでいいんですよ。だから、まだ生きているのだから、まだ楽しめますよ」「それは無理だよ。あちこちにガタがきてる。君の言うとおりだ。ワシは楽しんだ。もういいんじゃ」「そんなことを言わないで、まだ元気じゃないですか」「そうだな、まだ少しはな。しかし、君が持って来てくれたあたたかい風の吹く“春”だけで十分だ。ワシはそれを抱いて最期を迎える。この死の季節に──」今のこの世界のあらゆるものから感じる虚しさは──母さんがいないから──でも、花は違った。花は母さんのほほえみそのものだった。だから──あの娘にめぐりあったのは必然。あの娘は私にこう考えさせた──時を超えてめぐりあい、そしてあなたを愛している。何度も繰り返し愛している。たとえわが身が滅ぼうとも、あなたを愛するために生まれ変わり、そしてまたあなたを愛するだろう。今までも、そしてこれからも──と。死の季節に“愛”があった。それは間違いない。だから──「──だから春は必ず来ます。一緒に桜を見ましょうよ。お弁当を持って出かけましょうよ。きっとあの人の笑顔を見ることができます。終えることを考えてはいけない。絶対に!」──私はあんなことを言ったが心の中は虚無に支配されていた。虚しかった。何をしようが、どこへ行こうが──母さんがいないから──。もしも、つらいこと、悲しいこと、苦しいことが誰にでもあるのなら、なぜ他人に対して優しくならない人が居るのだろうか? この世界のすべては冗談だ。小説だってメタファーを追い求めている。冗談を言いあい、お互いを騙し、騙され、何が何でも生きてゆく。──おお、花の咲く季節よ、早く来ておくれ。私にあの人の笑顔を見せておくれ。私から虚無を取り除いておくれ。お願いだから──。私は春を心の底から思っている。花の咲く季節を──。


鳥たちのさえずり

鳥たちのさえずりが聞こえるのは幸福だった。ほんとうに──私は私と同じ病気だった芥川龍之介の言葉を反芻していた。「どうせ生きているからには、苦しいのはあたり前だと思え」──つまり、生きていること自体が苦しみであるという原始仏教の教えとまったく同じ考え方だと気づいて、しかも私もその考え方に手放しで賛同できる境遇に至っていることにも気づいて、いやもうそう考えざるを得ない、血肉が、心が、そう叫んでいるのだ。しかし私はそれでも前を向いて、明るく、笑顔を絶やさず、他人にはやさしく、独りで人生を歩んでいた。絶望的な暗い言葉たちばかりではなかった。それは確かだ。そしてなぜ希望のある明るい言葉を聞くことができたかと思うに、それは私にそれらを聞き取れる素晴らしい、この上なく世界一素晴らしいと言っていい能力があったからではないか。そうとも、そうともさ。苦しむということは気分を変えることができないでいるだけ。しかしだからこそもっと心の底から希望を求める。苦しみなくしてはこの法則は絶対に成り立たない。心のなかに何もない状態では──これは修行だと思えばいい。修行は自分の心をより良い高みに至らしめるためにおこなうものなのだから。──私は仲間が欲しかった。ともに心の高みを目指す仲間が。しかし私は常に孤独だった。孤独にはなれっこだった。人間は独りになったとき、その真価が問われる。──失敗、それは突然だった。しかも何度も犯してしまった私の人生で最大の過ちだった。女性に恋をしたのだ。だが、それだけだった。こちらから何かアプローチできるはずがない。だって、私は病気なのだ。相手が不幸になるのは目に見えている。自分に自信があるわけでもない。強い心は親しい人たちがその命とひきかえに私にくれた。だから独りでは生きていける。しかし異性とでは? まったく想像もしていなかった。恋わずらいなどという厄介なものに罹病してしまった。一人の女性が好きというわけではない──というとすぐよからぬことを想像されるかもしれないがそれぞれにそれぞれの良さがあり、年齢も関係なかった。私は彼女たちに気に入られようと死ぬほど努力した。しかし永遠に実ることはない。片思いのままでよかった。社会的にも、道徳的にも、そして私の心を崇高なままで保っておくためにも。──ほんとうはそんなものかなぐり捨てて、私のすべてを彼女たちに捧げたかった。どれだけ私は馬鹿なのだろう? ──永遠に実ることはない、実らせてはいけない、気に入られようと、社会的、道徳的、崇高、努力、修行、苦しみ、恋、心のなかに──もし私に健常者と同じ心があるなら、怒りや憎しみを惜しげもなく解放するだろう。しかし、私はこれまでの人生で数々の失敗と呼べることをやってきた。怒りや憎しみを解放したらどうなるか知っている。そんなことはどうでもいいと思える瞬間が恋をしているときだった。失敗を回避しているのだから、恋することは失敗ではない──永遠に実ることはない──。ドラッグストアで彼女に2回も会ったのに声をかけなかった。しかしもし、3回目があれば──彼女はもう気づいてる。来て、来て、私に。走ってきて、走ってきて、私に──私はほんとうに変える。あなたが見ているものすべてを。──他人に期待すると失望に変わるだけだった。私はもうその現象を何度も経験してきたから、飽き飽きしていた。繰り返されている。人間は学習しない。何度も何度も繰り返し同じ過ちを犯し、そして悲しむ。年齢はあまり関係なかった。憎まれた異端者は憎み返すしかないのか? ──そんなことはない! 絶対に! むしろ、異端者は己を憎んでいる者たちを深く愛するだろう。気に入られようとして? 否。己を愛してくれた者たちがその命とひきかえに、この世界で最も大切な「愛する」という感情を異端者に教えたからに他ならない。いくら憎まれようと異端者は愛するだろう。いくら負の感情が芽生えようともそれを打ち消すだろう。どんなことがあろうと異端者は愛するだろう。──「どうして! どうして何も言ってくれないの!」異端者はたまらず虚空に向かって叫んだ。するとそれに答えるかのように雨粒が落ちてきた。それはこう言っていた。「あなたのしていることは当たり前のことだから」「私は苦心の末、妙諦を得、それを実行しています」「それは当たり前のことです」「だったらなぜこんなに苦しいのですか? 私は苦しみから解放されたい」「生きている限り苦しみはなくなりません。それを意識するくらいなら、連中と同じく、生きていることを楽しめばよいのです」「楽しむってどうやって?」「本当の幸福を求めなさい。ただ漫然と生きているだけではつまらない。本当の幸福のために行動しなさい」──鳥たちのさえずりが聞こえる幸福は本当の幸福に違いない。


これらの物語はフィクションです。
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