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アトラクション1 初日の出来事
アトラクション2 学園のヒミツ
アトラクション3 内閣総理大臣
アトラクション4 地下墓地カタコンベ
アトラクション5 造反組まじめ君同盟
アトラクション6 全面戦争
アトラクション7 宇宙人
アトラクション8 夢から醒めたら




アトラクション1 初日の出来事

 俺はまがりなりにも高校生だ。父さんと母さんが離婚して、母さんのほうに俺は引き取られることになったんだ。そのせいで俺は二年の晩春に急遽転校することになった。みんなは俺の転校先の高校を「テーマパーク・ハイスクール」と呼んでいた。なぜかって? 行ってみりゃ誰だってわかるよ。ああ、これかってね。
 今日は俺がその高校へ登校する初日だ。俺は動物園の入り口のような校門をくぐって、校舎を眺めた。パチンコ屋の屋根のような派手な金色の屋根。全面強化ガラスが張ってある巨大な建物。あれがそうなのか。俺はもうすでに、いささかうんざりした気分だった。それに、よりによって今日、英語のテストがあるというのを連絡されていたからというのもある。俺の手のひらは朝っぱらから汗だくになっていた。新しい場所に来たという緊張と、新しいやつらに受け入れられるだろうかという不安、それから今すぐトイレで手を洗わなきゃいけないという切迫した気持ちが、それをますます促していた。
 回転ドアになった玄関を入ると、正面にどーんとエスカレーターがそびえ、ふきぬけになった天井には、高級ホテルの天井についているような大きなシャンデリアがいくつもぶらさがっていた。俺はいささか面食らったが、それよりもトイレを探すことに意識がいっていた。
 それは廊下をしばらく歩いて、忘れ去られたように、ちょっと奥まったところにあった。入ると、“荒廃”という言葉がぴったりの、落書きとゴミでいっぱいの汚くぼろいトイレだった。見ると向こう側に扉がある。俺は好奇心でその扉を開けてみた。階段が下へ続いており、踊り場には会議で使うらしい折りたたみ式の簡易椅子と長机が置いてあり、壁には《目指せ、大宇宙!》と書かれた貼り紙がしてあった。ってことは、この階段を下りると天文部の部室にでも続いているのかな、と俺は思い、扉を閉めた。普通、天文部のプラネタリウムなんかがあるとしたら、より臨場感の味わえる地上の高いところだろ? と、俺はその程度しか思わなかった。
 さっきから、異臭がすると思ったら、誰か大のほうに入っているではないか。俺は当初の目的である手を洗う前に用を足して──もちろん、小のほうを──、備え付けの液体せっけんを使って手を洗い、洗濯するときに出し忘れて、そのまま干されたせいでカチカチになったハンカチをひろげて手をきれいに拭いて、エアータオルで乾燥させた。
そのとき、流す音がした。俺はそそくさとトイレを出たが、ばたんと勢いよくドアが開き、誰かが俺を追いかけてくる。俺はうしろを振り返ってみた。そこには、細い黒縁の眼鏡──学生の定番だな──をかけたやつが体を斜めに傾かせて、あらい鼻息をさせて、すぐそこまで迫ってきている絵が見えた。俺は包丁を持ったやまんばにでも追いかけられているような恐怖感を感じ、逃げるようにエスカレーターを階段をのぼるようにして上がり、二階の教室へ向かった。すると、そいつもついてくるではないか。そして、ついにそいつは俺のカッターシャツの背中の部分を、大をして洗っていない手でつかみやがったんだ。そして、こう言いやがった。
「ドウモトが入閣する!」
 俺は立ち止まり、黙ってその手を振りほどいた。そして、襟を正すと、そいつにガンをつけてやった。そして、何も言わず教室へ行こうと思ったが、表札を見るとちょっとばかし、過ぎたところだった。戻ると、俺のクラスである教室の入り口で、あいつが女の子とひそひそと話をしていた。不穏そうな顔のその女子は俺の顔を見ると、急に笑顔になって、俺に話しかけてきた。
「モリカワ、ケン君でしょ?」
「そうだけど」俺は答える。
「ようこそ、テーマパーク・ハイスクールへ」
「別に来たくて来たんじゃねえよ。それより、なんだよ、こいつ大をして手を洗ってないくせに俺のシャツをつかみやがったんだぜ、トイレットペーパーがわりに!」
「ごめんよ。さっきはちょっと興奮してたから。そうだ、朝めしは食ってきた?」
「いや、インスタントコーヒーとヨーグルトをやっただけだけど」
「じゃ、おわびに僕の母さんが焼いたカロリークッキーをやるよ。牛乳もひとつ余分に買ってあるし」とそいつ──大をして洗ってない手で俺のシャツをトイレットペーパーがわりにつかみやがったやつ──は言った。
「そりゃ、悪くないな。でも、その前にちゃんとせっけんで手を洗ってくれ」
《!》俺の目の前の二人は顔を見合わせて、次に大爆笑した。
 俺はそんなにおもしろいかなと思いながら、今までの緊張や不安がとけていくのを感じた。
「──ハハハ、僕はコバヤシツトム」
「あたしはアマサワユウ、よろしくね」
「いっぺんに言われても憶えらんないよ」と俺。
「そうね、眼鏡野郎とカワイコちゃんでいいわよ」とユウ。
「ンフフフ、そりゃいいや。じゃ、お言葉どおり手を洗ってきますかね、もちろん、せっけんで!」とツトムは両手のひらを俺に向けて言った。
 そのとき、体格のいいやつがその俺たちが話している教室の入り口にやって来て言う。
「どけ、じゃまだ」
 俺たちはそう言えば、ここは教室の入り口だったなと思い出す余裕もなく、そのおどしとも取れる言葉に黙って従った。そいつは悠然と教室に入り、仲間のたむろしている窓際へ行った。
「あいつがドウモトだよ。このクラスの問題児グループの頭さ」とツトムは声を小さくして言う。
「ふうん」と俺は言ってみたが、体格がよくて、目つきが悪いってだけで他は別にどうってことないやつじゃないかと、そのとき思った。
俺は何も知らなかったんだ。この学校で何が起こっているのかということを。俺はあの“荒廃”したトイレを見たことはもうすっかり忘れていたし、これからそれを何度も見ることになることすらも意識していなかった。──よく言うではないか、「トイレは人心を映す鏡」だって。今の俺がそのことに少しでも気付いていれば、少しは未来を予測することができたかもしれない。



アトラクション2 学園のヒミツ

 俺が滞りなく自己紹介をして、英語のテストを受けた日も過ぎ、何事もなく一日一日が過ぎていくのかと思っていた。言葉を交わせるやつらも増えたし、と言っても、もともと俺は社交的な性格じゃない。通信簿によく載ってる“協調性”というものに欠けているらしいのだ。俺が話しかけてくるやつらに心を許したのは、初日にユウとツトムが大笑いしてくれたからかもしれない。あの笑いが蔑視(べっし)とか嘲弄(ちょうろう)とかいう類のものではないと、俺が認識したからだろうと思う。言うとするなら、“友愛”の笑いとでも言っておくか。それは俺のひとりよがりでも、誤解でもないという予感は、日々を連中と過ごしているうちに確信に変わっていったんだ。
 しかし、あいつらは違った。あいつらと言うのは、ドウモト率いる問題児グループのことだ。陰では問題児と言われているが、俺の見たところ、不良っぽい言動のほかはいたっておとなしく、今のところ問題児と言われるほどのことはやっていない。でも、ある日俺は、そのわけを少しだけ味わうことになった。
 俺はトイレの帰り道、廊下で小さな紙きれを拾ったんだ。そこにはこう書かれていた。
《同胞たちへ──放課後、地下室にて、組閣の儀》
 俺はユウたちにそれを見せた。二人とも顔を見合わせてうなずいている。
「ケン、君には教えないほうがいいと思うんだ。それは君のためでもある」とツトムは例の細い黒縁の眼鏡を右手の中指でしゃくり上げながら言う。
「どういうことか、さっぱりわからんな」と俺。
「この学園には裏の顔があるってことよ。それだけでいいでしょ?」とユウ。
「俺だってこの学園の生徒なんだ。知る権利はあるだろ?」と俺は言ってみる。それにそういうヒミツを知りたいという、単純な好奇心もあった。
 二人は顔を見合わせてからうなずいた。
「この間、生物の授業しただろ? あの生物室にある水槽の中のうじゃうじゃ居る生き物を見たかい?」とツトム。
「ああ、見た。俺は生き物の名前をよく知らないんだよ。都会育ちのもやしっ子だからね」と俺。
「あんなの誰だって知らないわよ。あれは地球外生物なの」とユウ。
「なんだって?」
「理事長の食べ物なんだ」とツトム。
「へ? あんなもの食うのか? ゲテモノ好きなんだな」と俺。
「違う違う、理事長自身が地球外生物、つまり宇宙人ってわけさ」とツトムは言う。
「はは、俺をからかうのか?」と俺は半信半疑で、いや、信じるほうは一パーセントで、疑うほうは九十九パーセントで尋(たず)ね、二人の顔を見た。
「本当よ」とユウがマジな顔で答える。「疑うのも無理ないわね。ちょうどいいわ、ここに書かれているとおり、今日の放課後、地下室で組閣の儀があるから、もぐりこんでみましょう。いい? でも決してあの生き物を食べちゃいけないわよ。あれを食べるとケンもあいつらのように──」
「しっ! やつらが来る」とツトムは言って、俺とユウに目くばせをして、自分の席に戻った。
 ユウも人差し指を立てて、俺に合図してから、自分の席に戻った。
 教室に入ってきたドウモトたちは感づいたのか、つかつかと俺の席の前に来た。その前に、「そうだ、あいつにも言ってみよう」という声が聞こえた。
「よう、新入り。今日の昼はエムエムか、売店に行ったのか?」とドウモト。
 エムエムというのは、【MeqQue Monte】というフランス語っぽいが、意味不明としか言いようのない名称の学食のことだ。略してエムエム。
「ああ、行ったよ。それが何か?」と俺は言ってみる。
「一円玉でいいんだ。内閣へ寄付をしてくれないか?」
「ああ、いいよ」“内閣”という言葉がひっかかったが、俺は何食わぬ顔で財布を開けて一円玉をひとつ取り出した。そして、ドウモトに渡した。
「全部」
「え?」
「持っている一円玉を全部くれ」とドウモトは言う。
「ああ、いいとも」俺はおかしいなと思いながらも、一円玉くらいなら全部やってもいいなと思って、財布の小銭入れをまさぐって、持っている一円玉を全部ドウモトに渡した。
 見ると、ツトムが苦いものでも食べているような顔をして、手を顔の前で小刻みに振っている。渡すな、ということか? でも、もう遅かった。俺の財布の中にあった一円玉はすべてドウモトのポケットの中だった。こいつらが、エムエムでみんなの席をまわっていたのは、一円玉を没収するためだったんだな、とそのとき思った。
「実はな、今日の放課後、地下室で組閣の儀がある。おまえも仲間に入れてやるから、絶対に来いよ」とドウモトは言う。
「ソカクノギ? なんだいそれ」と俺はかまをかけてみた。
「来ればわかる。じゃあな」とドウモトは言って、俺の肩をぽんぽんと二回軽く叩き、いつものたまり場である窓際へ行った。
 ツトムは頭をかかえこんで、机につっぷしていた。ユウは俺と目を合わせると、あきれたような顔をして、すぐに目をそらした。なんなんだ、いったい。俺はわけがわからなかった。


 そして、午後の授業も何事もなく終わり、放課後になった。教室には俺とユウとツトムの三人だけが残っていた。
「──それでね、あの一円玉は宇宙船の燃料にするために理事長の手先たちが生徒からまきあげてるの」とユウは言う。
「んなアホな話、信じれると思うか?」と俺。
「じゃあ、何度も言うけど、行こうよ。地下室へ」とツトム。
「わかったわかった。行きゃいいんだろ?」
 俺たちはあの荒廃したトイレの端にある扉を開けて、最初天文部の部室にでも続いているのかと思っていたつづら折りの階段を一番下までおりて、しばらく天井に等間隔に並んだ妙に明るい照明の続く通路を歩き、途中どこへ続くのかわからない三叉路をいくつか過ぎ、観音開きの大きな扉の前に来た。ここが地下室の入り口らしい。少し、がやがやと大勢の人が居るような音がもれていた。
「ここか?」
「しっ! 気付かれないようにまぎれこむんだ。でも、いいかい、例の地球外生物を絶対に食べちゃだめだぜ。絶対だぞ」とツトムは念を押す。
「わかったわかった、いざパーティーといきましょうぜ」と俺はちょっとふざけてみる。
「ふざけないで。ケンのためを思って言ってるの。絶対にあれを食べちゃだめ」とユウは言う。
「了解しました、姫!」と俺は敬礼した。
 ユウはだめだこりゃと言わんばかりに、ツトムの顔を見た。そして振り返りざまに、思いっきり、容赦なく、俺のほっぺたを右手で平手打ちした。ぱちんという音。痛い。それで俺は、こいつらがマジなんだということがわかった。
「わかった?」とユウ。
「ああ、わかったよ」と俺は弱々しく答える。少し涙目だ。
「じゃ、開けるよ」ツトムはそう言うと、観音開きの扉の片方だけをそうっと開けた。
その妙に明るい照明のついた広い会場には、生徒達がうしろ向きで整列していた。口々にひそひそと話をしているようだった。一番前のステージにはよく儀式をやる際の机とマイク、何かののった長机、そして、横には理事長とおぼしき、つるっぱげの人物が一番端に座っており、他の二人は校長と教頭らしかった。それからなぜか、マイナスイオンの出るタイプの加湿器がそこらじゅうに置いてあって、白い煙をあげていた。
「あれが理事長?」と俺はユウとツトムに尋(たず)ねる。
 ツトムは人差し指を口に当てて、うなずいた。
 教頭が前にしゃしゃり出て、マイクに向かって言う。
「同胞のみなさん静粛に。大変お待たせしました。これより、組閣の儀をとりおこないます。候補の人は前に出てきてください」
 ぞろぞろと何人かがステージに上がっていった。その中にドウモトも居た。そして、運の悪いことに俺と目が合ってしまった。
「あ! おまえも来いよ!」とドウモトはでかい声で言って、手招きした。
 ドウモトの視線の先にある俺にギャラリーがみんな振り向いた。ツトムは手を顔にあて、やってしまったというポーズをした。みんなの視線は俺に釘付けになったままだ。俺はどうしようと小声で言った。ツトムは前に出ろと人差し指で促した。俺は仕方なく、他の候補だと言われたやつらに混じって、ステージに上がった。
「さあ、君たちの勇気を見せてください」
教頭はそう言うと、長机の上から大きなサラダボールのような容器を持って、端の人から順にその中にある何かを渡していった。それはなんだったと思う? あの生物室に居たえたいのしれないイモムシのような生き物だったんだ。元気よく、うじゃうじゃと、うにょうにょと動いている。そして、それを一匹手渡された生徒たちは生のまま、一息に飲み込んだんだよ。俺は心の中でじたばたした。順に行けば、確実に俺に番がまわってくる。そして、想像どおり、その番が来た。こういうのを白昼夢っていうのか、それともデジャブというのか、どっちでもない気がするがとにかく俺は逃げ出したかった。教頭は期待を込めた優しげな顔で「はい」と言って俺にそれを手渡した。それは、うにょうにょ動いている。しかし俺はそんな状況でも、ユウとツトムに言われたことをありありと思い出した。言われなくたって、これを飲み込もうなんて思わないさ。
俺はわざとその生き物を床に落とした。それを教頭に見つかってしまった。
「あらら、落ちちゃったらばい菌がつくからもうだめですよ。はい、新しいの。ぐいっとやって」と教頭。
 俺はまたギャラリーの視線を感じた。こんなに一挙手一投足を微塵のすきもなく見られていては、さっきのようなごまかしはきかない。これが団体さんの力なのか? 俺は目をつぶって、やけでそれを口の中に放り込んだ。
 その瞬間、とても短いシークエンスが俺の頭の中を弾丸のように突き抜けたんだ。それは、あのユウが涙を流しながら、大きい声で「やめて!」と叫んだ、というものだった。俺はその衝撃でうわっとつい声を上げ、その生き物を吐き出した。そして、逃げるようにそのステージから下り、小走りでギャラリーの間を抜けて、あの観音開きの扉から外へ逃げ出した。
「アハハハハ! あいつはだめだ。腰抜けだ。ハハハハハ!」とドウモトは嘲笑して言った。
「フフフ、ドウモト君、君は優秀なようだ。経済産業大臣に任命する。二匹も所望するとは見上げた根性だ」と教頭は言い、マイクを取る。「さあ、諸君にはいつものとおり、火をとおしたものをあげます」と教頭はギャラリーに向かって言った。
 俺はそんなやりとりを見るはめにはならなかった。すぐに、ユウとツトムが俺を追いかけてきた。
「大丈夫?」とユウ。
「見えたよ」と俺。
「何が?」とツトム。
「ユウの絵が!」
「あっそ、変なこと想像したのね?」とユウ。
「違うよ、俺は──」と俺は言いかける。
「いいのよ、あれで。あんなものを飲み込んだら、ケンも理事長の手先になってしまうもの」
「とにかく、よかったよ。君が無事で。──よかったら、二人ともうちに来ない? 母さんがカロリークッキーを焼いてくれるよ。この前、なかなかいけただろ、ケン?」とツトム。
「ああ、あたしはパス! 疲れたから、早く帰りたいの」とユウ。
「俺も!」
「そんなあ。──ま、いいか、仕方ない」とツトムは言った。
 俺たちはもと来たとおり、つづら折りの階段をのぼり、あの荒廃したトイレの端の扉を通って、校内に戻り、回転ドアを通って外に出て、あの動物園の入り口みたいな校門をぬけて、それぞれの家路についたんだ。
 この時点で、俺がこれ以上のことは何も起こらないと思っていたと言えば、うそになるが、俺は楽観主義者なんだよ。こんなことで不登校になるような腰抜けでもない。でも、単位が欲しいから、学校に行くんじゃない。そうだろ?



アトラクション3 内閣総理大臣

 昼休憩。俺はエムエムからひきあげてきて、ひとり広い玄関ホールのベンチに座って、サンドイッチとバナナオーレを交互にやっていた。このバナナオーレはあのドウモトの好物らしいが、ためしに買ってみたんだ。なかなかいける。俺はあいつら──ユウとツトム──と今日はたまたま別々に昼飯を食うことになった。仕方ない、Aランチを食うカネがないんだ。別にあいつらとつるんでサンドイッチをやってもよかった。でも、邪魔しちゃ悪いだろ? あいつらはできてるみたいなんだ。
 しかし、俺の目の前で歩いたり座ったり、おしゃべりをしたりしているやつらは、あの虫──理事長の食べ物と言われている地球外生物──を食べたことがあるって言うのか? ユウやツトムの話では、大臣以外はみんな、生ではなく火をとおしたものを食べさせられているそうだ。俺はこのサンドイッチの具の中に、あの虫が入れてあるんじゃないだろうかという妄想が突然わきあがってくるのを認識した。急に味が変わったような気がした。俺はそれ以上、このサンドイッチにかぶりつく勇気を失ってしまった。俺は立ち上がり、横のゴミ箱にサンドイッチをぶちこんだ。まさか、このバナナオーレにも、あの虫のエキスが入れてあるんじゃねえだろうな? すでに三分の二は飲んだあとだった。俺は「おえっ」とやって、残り三分の一のバナナオーレをそこにある観賞用菊の鉢植えの鉢の中に流し込んでやった。そして、ベンチの定位置へ戻る。
 そこへ、あのつるっぱげの理事長がひょっこりやって来て、土いじりを始めた。みんなこの理事長のことを内閣総理大臣と、親しみを込めているのかどうか知らないが、そう呼んでいる。小柄で人の良さそうな目をしているが、この人物が宇宙人ではないかと疑われてもおかしくないような風貌ではある。普段、学園の理事長というのは、どういう仕事をしているのだろう? 土いじりをして、毎日、水やりをしているくらいだから、ヒマではあるのだろう、と俺はそのとき思った。そして、この人物を見ながら軽く嘲笑してしまった。それに、感づいたのかどうか知らないが、突然、理事長は俺のほうに振り向き、俺の顔をじろじろと眺めて、まるで俺の心を読み取ろうとするかのような表情になって、こう声をかけてきた。
「この鉢だけ、水がやってある。君がやってくれたのかね?」
 一瞬、俺は返答に困ったが、適当に答えておくことにした。わかりゃしねえだろ。
「いえ、知りませんよ」
「君はたしか、組閣の儀のときに逃げ出した生徒だね?」
「さあ、人違いだと思いますけど」と俺。我ながら、なかなかうまいかわし方だ。
「君は悪い虫につかれているようだ。今すぐ理事長室に来なさい。検査してあげるから」
「いえ、結構です。定期健診は欠かさず受けてますから」俺はたとえそうするとしても、保健室ならまだしも、なんで理事長室でなんだ? と思った。それに、なんで俺に悪い虫がついてるって、専門家じゃない理事長が顔を見ただけでわかるんだ? とも思った。
「いいから、来たまえ」と理事長は俺の手をつかんで引っぱった。
 俺は仕方なく、理事長について理事長室を訪問することにした。もちろん、しぶしぶだ。えらいことになっちまったと、理事長について行きながら俺は思った。
 理事長室は一階のちょうど校舎の中心にある。玄関ホールの裏側だ。
 理事長は戸を開けた。むっとする暖かく湿度の高い空気が流れ出してきた。
「さ、入りたまえ」と理事長。
 俺はその広い部屋に入り唖然とした。ここは“熱帯雨林”だ。それが俺の正直な感想だった。なぜって、もやのたちこめた薄暗い部屋には雨にぬれたような葉をした熱帯の植物が所狭しと生えてて、昆虫や動物の鳴くBGMが流れていたからだ。いや、実際に何かがここに棲んでいるのかもしれない、と思ったほどだ。
「さ、こっちだ。ここに横になって」と理事長。
「は、はあ」もはや、俺には言葉を発する気力がなくなっていた。
 俺は言われるがまま、その保健室によくある診察台のようなところへ、身を横たえた。
「何をするんですか?」俺は尋(たず)ねる。
「君の心を検査するんだよ。大丈夫、何も心配はないよ」と理事長は言いながら、何かの装置の電源を入れた。
「こころ?」
「そうだ。楽にして」
 天井から何か、手術をする照明のようなものがゆっくりと降りてくる。そして、暖かい光が俺に向かって照射されたんだ。俺はなんだか気分がよくなってきた。ぬるめのサウナに入っているようだ。そして、一瞬カメラのフラッシュのように光が強くなった。それが何回か繰り返された。
 装置の画面を見ていた理事長は驚嘆の声をもらした。
「そんなバカな! 君にはボイドの粒子がない! こんな人間が居たとは。──しかし、もう私の計画を止めるわけにはいかない。すでに準備が整いつつあるんだから。それに──」と理事長はぶつぶつ言っている。
「理事長さん、いったい何をおっしゃってるんですか?」俺は尋(たず)ねる。
 理事長は装置の電源を切った。上の手術をする照明のようなものはゆっくりと天井に戻っていった。
 俺はなんだか酔っぱらったような気分だった。この装置はいったいなんなんだ?
「もういい、教室に戻りたまえ」と理事長は言ったが、信じられないものでも見るような目つきで、俺を見ていた。


 教室に戻った俺は、ユウとツトムにこのことを話した。
「洗脳されなくてよかったわね」とユウ。
「そうだよ。理事長には近づかないほうがいい」とツトム。
「別に悪い人には思えないけどなあ。宇宙人っぽくはあるけど」と俺は言った。
「ぽいんじゃないの。まだよくわかってないようね」とユウは言って、ツトムの顔をうかがって、二人はうなずいた。
「明日の昼休憩に証拠を見せてやるよ。懐中電灯を忘れずに持ってきて」とツトム。
「わかったけど。どこへ行こうってんだ?」俺は二人に尋(たず)ねた。
二人はそろって床を指差した。
その日はもう何事もなく終わり、俺たちは明日の計画を再度確認し合って、家路についた。俺は別にわくわくもしなかったし、何を見ることになるのかと期待もしていなかった。



アトラクション4 地下墓地カタコンベ

 俺たち三人はその日の昼休憩、手早く食えるものを選んで食い、懐中電灯をそれぞれに持って、あのトイレの端にある扉をとおって、地下へ向かった。俺の懐中電灯は手動で発電してパワーを得られる最新式のやつだった。別にそれにこだわってるわけじゃない。母さんが買ってきた防災グッズの中にそれがあっただけだ。言っておくが、防災グッズを買えるほど俺のうちの家計が潤っていたとは思わないでくれ。前にも言ったが、うちは母子家庭になったんだ。買ったのは一番安いセットだ。だから、この懐中電灯にはラジオが付いていない。ただ、光を出すだけのシンプルなやつだ。いろんな機能を詰めこみゃいいってもんじゃないだろ? そう、「船頭多くして、船、山に登る」ってわけさ。俺はそれをスポーツバッグにしのばせて登校したんだ。
 俺たち三人は、あの組閣の儀のあった広間に続く通路の途中にある三叉路のひとつを曲がり、いくつか角を曲がって、さらに下へ続く階段を下りた。途中から、石壁になった。そして、少し広い所へ出た。
 その横の壁という壁には、何かの巣のように横に長細い穴が、整然と開いており、その中すべてに人骨らしきものがあった。
「これ骨じゃないか?」と俺は尋(たず)ねる。
「そう、ただの骨じゃない。宇宙人の骨さ」とツトムが言う。
「なんだって? はは、また冗談を」
「ほんとよ」とユウはまたマジな顔で言う。
「聞き分けがないからって、またひっぱたかないでくれよ。第一、そんなこと、ありえないだろ」と俺。
「この地下墓地カタコンベは宇宙人の遺跡なんだよ。ほら、こっちに来てみろよ」とツトムは言って、この墓地の一番奥にある、一見何もないように見える壁の前へ俺を案内した。
 懐中電灯で照らすと、その壁にはよくエジプトの遺跡の壁にあるような絵が一面に描かれていた。
「ほら、これ。なんに見える?」とツトムは壁画の一部を指さして言う。
「なに、人間みたいだけど」と俺。
「じゃ、こっちのでかいのは?」とツトムは壁画の別の部分を指さす。
「あ? それが人間か?」と俺は二つの絵を見比べた。
「よく見ろよ。こっちの小さいのは指が三本だぜ。それに、つのがはえてる」とツトムが言う。
「まさか、それだけでこれが宇宙人だなんて言えるのか?」と俺はまだ半信半疑だ。内訳は信じるほうが十パーセントくらいだな。前よりは上がってる。
「知らないの? 世界に点在する古代の壁画には、解析不能のものがたくさんあるの。なぜ解析不能だかわかる? あなたが言ったように“ありえない”からよ。みんな杓子定規にしか考えることができないのよ。でも、現にこれは存在してる。あたしたちはあなたを見込んで、理事長が宇宙人だってことを信じてもらいたいから、ここに案内してあげたの。これを見ても、まだ信じないって言うの?」とユウは言う。
「わかったよ、信じる努力はするよ。それでいいだろ?」と俺は言った。
 二人は俺を歯がゆいような顔で見た。
「仕方ない。あれを見せよう」とツトムは言い、ユウの同意を求めた。
 ユウはうなずいた。
 ツトムはその壁の端にある、何かを動かすレバーみたいなものを下におろした。すると、その壁は音もたてず、四角い領域がゆっくりとへこんでいき、奥へいくと横へずれていった。その瞬間、ものすごい強い光がもれてきて、次第にこの地下遺跡全体を照らしだした。俺がものすごい光だと思ったのは、目が暗闇に慣れていたせいもあるかもしれない。
 その光の根源は、この地球上で言うなら、カメラのフラッシュの光に似ているが、一瞬ではなく、とうとうと流れ出る泉のように、絶え間なく不思議な光を放ち続けている。しかも、空中に浮かんでいるのだ。
 俺たち三人はその部屋に入った。
「これがこの学園のすべての電力をまかなっている、発電機みたいなもんだよ」とツトムは手で目を隠しながら言う。
「すごい」と俺は正直に言う。
「これでも、宇宙人の技術とは言えないって言うつもり?」とユウは言った。
「信じる努力はしない。もう信じてるから」と俺は言ってみたが、半信半疑な気分は完全にはぬけきっていなかった。やっと、文字どおり、配分がフィフティ・フィフティになってきたところだ。その意味で、俺は疑い深いいやなやつかもしれない。でも、自分で言うのもなんだが、鈍感ではない、と思う。
「うそ」とユウは言った。
「──わかったよ。正直に言えば半信半疑だよ。でも、半分信じる気になったんだから、前よりはマシだろ?」と俺。
「君にもう少し見て欲しい絵があるんだ」とツトムは言った。
俺たち三人はその光り輝く物体がうやうやしく安置された部屋を出て、あのレバーを上げて、壁を元どおりにした。また、暗闇に戻ったので懐中電灯をつけた。
「この部分を見て」とツトムは壁画の一部分を指さす。
「なんだか、宇宙人たちが人間に追いかけられているように見える」と俺。
「そうだ。これは戦争の絵だよ」とツトム。「この銃のようなものを見て。何かが宇宙人たちに照射されてる」
「ああ、そうともとれるな」と俺。
「実はね、もう完成してるんだ。名付けて“水晶パルス銃”!」とツトムは得意げに言う。
「なんだ、それは?」
「こんど持ってくるよ。人数分そろえてね」
「おいおい、この絵みたいに戦争でもおっぱじめるつもりか? はは、冗談きついぜ」
「しっ! 誰か来る。穴に隠れて」とツトム。
 俺たちは一番下の壁に開いた長細い穴にそれぞれ入り、懐中電灯を消した。おいおい、骸骨と一緒にベッドインかよ。しかも、宇宙人の。俺は制服が汚れるのではないかと思ったが、ほこりは一切なかった。誰か、掃除でもしてるのか?
 それは懐中電灯を持った理事長とドウモトだった。理事長は例のレバーを下げると、あの光る物体のある部屋へドウモトを連れて入っていった。俺たち三人はそのすきにすばやく横穴から出て、小走りでその遺跡を抜け出した。
 トイレの扉のところまで来ると、ツトムが口を開いた。
「ふう、危なかったね。でも、これで君もわかっただろ? 理事長が宇宙人だってことが」
「ああ、半分ね」
 俺たちはそのトイレの端にある扉を通り、トイレに入ったが幸いなことに用を足しているのは誰も居なかった。いつも誰も居ない、忘れ去られた一階の荒廃したトイレ。俺は別に不思議ともなんとも思わなかった。唯一、不思議なのは大をするときには決まってここでやっているらしいツトムのことだけだった。まあ、どうってことないな。
 俺たちはドウモトの居ない教室に戻り、間一髪で午後の授業に間に合った。なぜ俺たちが懐中電灯を持っているのかと訊(き)くやつは一人も居なかった。そんなもんだわな、世間って。だから、安心して暮らせるんだ。これは、皮肉でもなんでもない。俺は安心して暮らしてる、ただそれを言いたいだけだ。
 俺たち三人は、何事もなく放課後をむかえ、家路についた。またツトムが誘ってきたけど、俺はまた断った。ユウもそうした。別にツトムが嫌いだからってわけじゃない。迷惑をかけるのがいやなだけだ。もっとも、ツトムは迷惑とは思っていないだろうが、少なくとも俺はそれを迷惑だと認識している。赤い糸がつながることがめったにないようなことと、一種同じだと言えはしないだろうか? 人間関係って。これはすべてが過ぎ去ったあとに言う言葉かもしれないが、俺はすでに悟っている。さっきも言っただろ、鈍感ではないって。だから、断りたくない気持ちも当然あったんだ。



アトラクション5 造反組まじめ君同盟

その日、俺は連中──俺ができてると思ってる二人──とつるんでエムエムで昼飯を食った。俺は和風中華そばにした。みんなは“わちゅう”と呼んでいる。これが一番安くてうまいのだと、俺は学習したんだ。人を迷わせるような名称だが、味は保証する。
「これには入ってないよね?」と俺は尋(たず)ねた。
「なんのこと?」とユウは問い返す。
「あれだよ」と俺。
 二人は顔を見合わせて、笑顔になった。
《知らない》そろって俺に向かってのたまう。
「こんなにうまいもんに入ってたら、俺はここのおばちゃんたちを呪うぜ」
「大丈夫よ。もしそうだったら、あたしたちもどうかなっちゃってるよ」
「そうそう」とツトム。
「はあん、怪しいもんだぜ。おまえらが正気だって証拠はどこにもないんだからな」と俺は言ってみる。「いや、まともな人が見たら、すでにいかれてると思うかもな」
「でも、君はそのいかれた連中のことを半分信じてるんだろ?」とツトム。
「ああ、半分だけな」と俺。
「まあね。でも、あれだけ見て信じないんなら、何言っても無駄ね」とユウ。
「そうそう、あれ持ってきたんだよ」とツトムは小声で言う。「あとでスポーツバッグを持って非常階段のとこにある北のテラスに集合だ。二人に渡すから」


 俺たち三人はメシを食ったあと、非常階段のある“北のテラス”と呼ばれているちょっとした広場に、スポーツバッグを持って行った。ここはあの一階のトイレのように忘れ去られた場所で、鬼ごっことか、かくれんぼでもしないかぎり、誰も来ない場所だった。
「はい」とツトムは言って、スポーツバッグから銃を取り出した。
「なに、空気銃じゃないか。中坊のころ、よく遊んだぜ。ビービー弾を使うやつだろ?」
「まあ、たしかに見た目はプレチャージ式エアガン、トカレフTT‐33だけど、水晶発振器を内蔵してある。ビービー弾の代わりに水晶パルスを発射させるわけなんだよ」とツトムはやけに饒舌(じょうぜつ)に言う。
「なに、そのスイショウハッシンキとか言うのは?」と俺はよせばいいのに質問した。
「水晶振動子と水晶発振回路を内蔵したアイシーをセラミックパッケージに収納したもので、千ギガヘルツのパルスを出力できるようにした水晶デバイスのことさ」とツトム。
 俺はいくつもひっかかる言葉が出てきたが、それ以上訊(き)くのは墓穴を掘ることに等しいと思い、「はああ、なるほどね」と言っておいた。
「これはね、シーエムオーエス負荷をできるだけ小さくしてあるんだ。それに、エーエムアイノイズも──」とツトムは言いかける。
「わかった、わかったよ」と俺はツトムの言葉を遮った。
「うそばっかり」とユウ。
「おまえもわからないだろ?」と俺。
「何かのドラマみたいに、おまえって言わないでよって言わせる気?」とユウ。
「ごめん! ごめん、僕が悪かったよ」とツトム。
「どうでもいいよ!」と俺。
「あたしだって!」とユウ。
「それで? これで戦争をおっぱじめるのか?」と俺。
「バカね。こんなものひけらかしたら、あたしたちが造反組ってばれるじゃない。使うのは身の危険を感じたときだけよ」とユウ。
「身の危険? そんなことあるわけねえだろ。第一、理事長率いる大臣たちに何ができるって言うんだ? 理事長だって、何もしやしないだろ」と俺。
「まだ、わかんないの? 理事長は、宇宙人で、生徒たちを洗脳してるのよ」とユウ。
「洗脳したからって、なんだって言うんだ?」と俺は尋(たず)ねる。
「君が言っただろう?」とツトム。「戦争を起こすためさ」
「そんなバカな! はは、おまえらほんとにいかれてんのか?」と俺。
「ぶつわよ」とユウは怖い顔で言う。
「マジ? マジなのか?」と俺は念を押す。
 二人はそろって、俺の顔を見て、マジな顔でうなずいた。
 俺とユウはツトムから水晶パルス銃を受け取って、スポーツバッグの中にしまった。俺たち三人は、それからは毎日スポーツバッグを学校に持ってきた。それを不思議がるやつは例によって一人も居なかった。


 ある日のこと、放課後のチャイムが鳴り、担任の先生が教室を出て行ったあと、大臣の一人であるドウモトが教壇にしゃしゃり出てきて、帰り支度をしているみんなに向かって、こう言ったんだ。
「みなさん、ちょっと手を止めて注目してください。このクラスに造反者が居ることがわかりました。そこで、持ち物検査をしたいと思います」
「えー」と言う声。
「机の上に持ち物を全部かばんから出してください」とドウモト。
 俺はユウとツトムの様子をドウモトに悟られないようにすばやく見た。ユウは何食わぬ顔だが、ツトムは頭をかかえて机につっぷしている。俺はあせった。あの水晶パルス銃が見つかれば、俺たちが造反者だということがばれる。ちくしょう、どうすればいいんだ?
 ドウモトは机の上に出された品を注意深く見ていった。
 前の席に居るユウにその番がまわってきた。
 神さま、仏さま! 俺は祈った。言っておくが、だからと言って、俺が神仏を心底信じているとは思わないでくれ。誰だって一緒だろ? こういうときにしか、神仏に出番はないんだ。いいじゃないか、二人とも老後の余生を心静かに過ごしてるんだから。そっとしておいてやろうぜ。っていうか、今こそ出番なんだよ! このもうろくじじいども! たのむ!
 ドウモトはユウの持ち物を調べだした。
「このスポーツバッグに入ってるのはなんだ?」とドウモト。
 ヤッタ! ──この“ヤッタ”は“やってしまった”の“ヤッタ”だ。俺はもう神仏に祈るのは金輪際しないとこのとき誓った。願いが通じなかったんだから。
「生理用品よ。何か文句ある? それとも見たいの? 生理用品を」とユウは気丈に言った。
 へ? 俺は安心したと言うより、驚いた。
そのとき、ツトムが突然立ち上がって「腹が痛い。もうもれそうだ!」と言って、けつを押さえながら片手で荷物を持って、小走りで教室を出て行った。「ははは、またか。うんこたれ野郎が!」という野次。「逃げました」とドウモトの手下は言う。「ほっとけ、あいつは違うだろ」とドウモト。
 二人ともうまいこと考えやがって! するってえと、今度は俺の番だ。どうする? ユウのアイデアも、ツトムの機転も、もう通用しないだろ。よし、と俺は覚悟を決めた。
 俺の番がまわってきた。
「このスポーツバッグの中を見せろ」とドウモト。
 俺はスポーツバッグから、例の水晶パルス銃──見た目はプレチャージ式エアガン、トカレフTT‐33だ──をおもむろに取り出した。ドウモトの顔の色がみるみる変わるのがわかった。そして、俺はその銃をドウモトに向けて言ってやったんだ。
「手をあげろ。撃つぞ!」と俺。はは、こうなりゃやけだ。俺の低能な頭じゃ、これくらいしか思いつかねえよ!
「やっぱり、おまえだったのか」とドウモト。
「ブルータス、おまえもかってか? いや、ありゃ違うのか。とにかく手をあげろ! ほんとに撃つぞ」と俺は引き金に人さし指をかけてすごんでやった。
「わ、わかった。だが、造反者を理事長室に連れて来いって言われてるんだよ」と言って、ドウモトは手をあげ、本当にこの銃を恐れているようなそぶりを見せた。
「それなら力ずくでやってみるか? ただし、おまえの脳みそがいかれちまうのが先だぜ。なにせ、千ギガヘルツらしいからな!」と俺。
「よ、よせ。わかったよ。今日は見逃してやる。明日ちゃんと理事長室に行ってくれ」とドウモト。
 俺は黙って銃をドウモトに向けたまま、片手で荷物をかばんに手早く押し込み、教室を出た。
 エスカレーターを下りると玄関ホールでユウとツトムが俺を待っていた。
「よかった。うまくやったんだね? どう言ってやったんだい?」とツトム。
 俺たちは回転ドアを出て、動物園の入り口みたいな校門に向かって歩き出した。
「こう銃をかまえてね、手をあげろ! って言ってやった」と俺。
「バカ! なんてことを。タダじゃ済まないわよ」とユウ。
「大丈夫大丈夫。明日理事長室に行けだって。なんともないさ」と俺。
「そりゃ、まずいな。これからうちに来てくれよ。作戦会議だ。来ないとは言わせないよ。もう、ばれちゃったんだからね」とツトム。
「わかった。お邪魔するよ。俺もちょっと怖くなってきたよ。まったく、誰に洗脳されてんのか、わかんなくなってきたぜ」
「バカ!」とユウ。
 そうやって、俺たち三人がつるんで歩いてるのを教室の窓からドウモトが見ていた。もちろん、俺たちはそのことに微塵も気付いてなかった。


 ツトムの家。なんでもない中流家庭の平凡な家だった。もっとも、こういう平凡な一戸建てを手に入れるのは、平凡でない野心が必要だ。俺にはそれがない。一生、アパート暮らしかもしれないな。いや、確実にそうだろう。だからって、別に欲はない。雨風がしのげて、寝るスペースが一畳もあれば十分だ。それとメシ。朝はコーヒー一杯で十分だし、昼は軽く麺類でいい。ただ、夜は晩酌をしたいな。おっと、俺はまだ高校生だったな。
「お邪魔します」と俺は奥から出てきたツトムの母さんに言った。
「いらっしゃい。ゆっくりしてってね。今カロリークッキーを焼いてあげるから」とツトムの母さん。
「おかまいなく」と俺は柄にもなく言ってみた。卑(いや)しいかな?
 俺たち三人はちょっと狭いツトムの部屋に入った。机の上にはなにやらわからない部品が散乱しており、ハンダの中に含まれるヤニのにおいがまだ部屋の中に残っていた。俺はいつもこのベッドでこいつらがいちゃついてんのかなと思いながら、ツトムのベッドをじろじろ見ていたら、ユウが目ざとくそれを指摘した。
「バカ! 変なこと想像したでしょ?」
「いーや、別に」俺はうそをつくのがうまい。ガキの頃、凶暴な犬にけつをかまれて、今でもその痕が残っているのを誰にも、母さんにも気付かれてないんだから。俺はあの犬を恨んじゃいない。俺がその犬小屋の中に寝そべっている犬の気も知らないで、頭をなでてやろうとしたんだから。そばに行って、犬の思考に感づいたときはもう遅かったんだ。俺はあのとき感じたんだ。あの犬の心が、いつも主人に暴力を振るわれて人間不信になっていることを。そして、俺はそのあやまちの代償としてかまれた。その傷痕は小さいものだが、この秘密はなんとしても死守せねばならないんだ。だって、はずかしいだろ? けつに犬にかまれた痕があるなんて。でも、それ以上に、犬の気持ちがわからなかったというほうを隠したい心のほうが強い。なぜなんだろう?
「さっそく、本題だけどね、もう銃を使ってもいいと思うんだ。あいつはこの銃のことを理事長に言うだろう。そして、理事長はなんとしても僕たちを洗脳しようとするだろう。いや、それよりとっておきの行動に出るかもね」とツトム。
「とっておきの?」俺は問う。
「そう、最後の手段だ」とツトム。
「そりゃ、いったいなんだ?」と俺はまた問う。
「わからない。僕たちにもわからないんだよ」とツトムは右手の中指で細い黒縁の眼鏡をしゃくり上げて言う。「使おう! 大丈夫、人間には害はないから。洗脳がとけるだけだよ」
「じゃあ、バンバン使ったほうがいいんじゃないのか?」と俺。
「それはまずい。数の問題だよ。僕たち“造反組まじめ君同盟”は三人しか居ない。いくら、銃の威力が強いからって、数には勝てないよ。できるだけ隠れて、危なくなったときだけ使うんだ」とツトム。
「まじめ君?」と俺は言葉にひっかかった。
「まあ、あなたは自分は違うって言い張るでしょうね? 当然!」とユウは言う。
「俺は痴話げんかはしたくないんだよ!」
「あら、誰があたしの男だって決めたのかしら?」
「まあまあ、話もまとまったことだし、飲み会やりますか!」と言って、ツトムは机の抽斗(ひきだし)から缶ビールを取り出し、俺に手渡す。「おかわり自由だからね」
「ツトム、俺はてっきり──」
「てっきり、まじめ君だと思っていた?」とツトム。
「ああ」
「この眼鏡のせいだろ? まあ、仕方ない。誰だって見た目で判断するんだから。でもノンアルコールだよ」と、ツトムは缶ビールを早々と開けて「かんぱーい!」と言い、俺の缶に自分の缶を当て、次に口にもっていき、ごくごくやった。「ぷはーっ! まじめ君はビールを飲んじゃいけないって法律でもあるの? もっとも、僕が法律を守るのは他の誰でもない、自分のためだからね!」
「ふん、ぬかりはないってわけか」と俺は缶をよく見ながら言う。「じゃ、誤解されて文句を言うやつは法律違反ってことか」
《!》ユウとツトムは顔を見合わせ、次に大爆笑した。
「──ははは、君の言うとおりだよ! ははははは!」とツトムは腹をかかえて笑う。
「──フフ、ケンもいいこと言うじゃない! アハハハハ!」とユウもぐいっとやっている。
 俺はもうやけくそで缶ビールを開け、一気に飲んだ。「いっき、いっき」というツトムのかけ声。いかんな。俺はこういうパーティーが大っ嫌いなんだ。パーティーに参加するやつってのは、ある意味、いかれてんだよ。たとえ若気の至りとしても、もっと、つつましく生きるってことを学んだほうがいい。──俺らしくないって? 俺はもともとまじめなんだ。だから、まじめ君同盟に入れた。違うか?
 そのとき、ツトムの母さんがノックもせずに部屋に入ってきた。
「まあ、にぎやかね。はい、つまみのカロリークッキーよ」とツトムの母さんはカロリークッキーのたくさん盛られた大きな皿を、俺たちの真ん中へどかっと置いて言った。
「ありがと、母さん」とツトム。
「飲み過ぎないようにね。肝臓に悪いから」と母親も冗談がわかっていらっしゃる。
「はーい」とツトムは酔いがまわっているふりをして、アラレちゃんの“んちゃ”のポーズをした。ツトムは二本目に手を伸ばし、躊躇なく開けて飲んでいる。
 ユウはちびちびやっているようだ。
 なにが“まじめ君”だ。こいつらと付き合ってたら、じきにアルコール入りの飲み物に手を出しアル中で病院にかつぎこまれることになる。俺は新しい種類の恐怖を少し感じた。
「帰るよ。あとは二人でよろしくやってくれ」と俺は立ち上がって言った。
「なにい、まだあんまり飲んでないじゃん! せっかくつまみが来たのに」とツトム。
「また明日な!」と俺は言い捨てて、ツトムの部屋を出た。ユウも「あたしも帰る」と言って、飲み残しのある缶を床に置き、俺についてきた。「あのことを忘れないで!」とツトムは俺の去り際に言った。
俺にもいくぶん酔いがまわっていた。いわゆる人に酔った状態と同じだった。まったく、ツトムのやつ、どうかしてるぜ。外はもう夜の闇が支配していた。
「いいんだぜ、二人でしっぽりよろしくやってくれて」俺はユウに言った。
「バカ! 誤解もいいとこだわ。あなたの誤解をとくのは、難しそうね!」とユウ。
「いや、ツトムがあんなやつとは思わなかったよ」
「何言ってるの! ツトムはうれしいときにしか飲まないの! めったに飲まないんだから。やけ酒じゃないわよ」
「うれしいとき?」
「そう。あなたが仲間になったことがうれしいのよ」
「ふうん」
 俺たちはそれから黙って分かれ道のところまで来た。
「じゃあね」とユウは言って、自分の家路についた。
「うん。──ユウ・・・・・・」と俺は言いかけたがやめておいた。なぜかって、そりゃ、前にも言ったが、他人が迷惑だと思うことはしたくないからだ。俺はこのときユウに何を訊(き)こうとしたのか、自分でも判然としない。たぶん、どうしてツトムは、俺が仲間になったからってうれしいんだろう? という質問をしようとしたんだと思う。別にどうってことない。ただ、言えるのは、うれしいのはこっちのほうだってこと。



アトラクション6 全面戦争

 次の日、俺は遅刻した。二日酔いっぽい。ノンアルコールの缶ビール一本で? おいおい、俺はへたれの下戸なのか? こんなことじゃ、大人のつきあいっていう飲み会には参加できそうにないな。もっとも、俺は飲むとしても、飲み会なんて絶対に行かない。いかれた連中とわいわいやることの意味がわからない。それは俺がまだ大人ではないということなのかもしれない。でも、他人の迷惑もかえりみず、バカ騒ぎするのが大人だとしたら、俺は大人にはなりたくないな。──また、おまえらしくないことを言うなって? 俺は“まじめ君”なんだと言っただろう。俺が大人というものに対して、そういう偏見を持っているのは親父のせいかもしれない。親父はいつもテレビで野球を観ながら、アルコールをやって、興奮するのが好きらしかった。自分の応援しているチームが負けたときには、そりゃもう、俺や母さんに八つ当たりして暴力をふるうのが常だった。満塁さよならホームランで負けてみろ、親父が俺をぶつ力は倍以上になるんだから。ま、そのせいで母子家庭になるはめになったわけだが、どうせなるなら早めになって欲しかった。俺の中に、実の父親に対する憎しみがどんどん大きくなっていく作用をもたらしただけだ。ただ、今ではもうどうでもいいんだけどね。いったい、なんのために結婚したんだ? と思うのは酷かもしれないが、子供にそういう思いをさせる親ほど最低なものはない。と、俺は誰かに言ってみたい気がする。どうでもいいがね。このことは、俺にささげられた一種の訓戒なんだよ。“絶対に結婚するな”っていうね。
 動物園の入り口のような校門をくぐり、回転ドアをぬけると、その玄関ホールには大勢のギャラリーがひそひそ話をしながら、ある方向を、まるでさらし者を眺めるような目で見ていた。実際、その視線の先にはさらし者が二人存在した。天井から吊り下げられた大きな十字架に、それらの人物はそれぞれ縛り付けられていた。大きな十字架は三つあり、ひとつは誰も縛られてない。俺はその縛り付けられているさらし者をよく見た。
「!」ユウとツトムじゃないか!
 俺は事態を瞬時に把握し、全面戦争をおっぱじめることを是認した。ギャラリーの一番うしろで俺はスポーツバッグから水晶パルス銃をおもむろに取り出し、かばんをかなぐり捨て、でかい声でその大勢のギャラリーに向かって言ってやった。
「みんな! これが見えるか?」
 ギャラリーは一斉に俺のほうを振り向く。
「そう、水晶パルス銃だ! おみまいされたくなかったら、道を開けろ!」と俺はあらんかぎりのでかい声で、と言っても、聞き取りやすいように、もちろん、一言もかまずに言ってやった。
 でくのぼうなみにつっ立っていたギャラリーは、まるで映画“十戒”でモーゼが奇跡の力で海をまっぷたつにしたように、俺のところからそのさらし者たちのところまでの道を開けた。俺はちょっといい気分だった。それより、あいつらを解放してやらなくちゃいけない。
「ケン! 僕たちのことはいい、逃げろ!」とツトムは言った。
 俺はそばまで走りよって、ユウとツトムに言った。
「俺はもういかれてるんだ。おまえらを見捨てて逃げたら、それを証明できなくなっちまう!」と言って、俺は手すりに十字架を吊り下げているロープが結ばれているのを発見した。いかれてるのを証明してなんになる? それを俺に言わせるのか? ──なるんだよ、本当の仲間に!
「バカね!」とユウは言う。
 俺はロープを順にほどいた。そして、ゆっくりと十字架を降ろした。さらに、ユウとツトムを縛っている縄をほどいた。
 そこへドウモトたちが理事長室のほうからやって来た。「あいつです」とドウモトの手下。「何してる、捕らえよ! おまえたちは捨て駒だということを忘れたのか! 多少の犠牲はかまわん。あいつを捕らえよ!」とドウモト。
 ユウとツトムは、隅に投げてあったそれぞれのスポーツバッグから、水晶パルス銃をすばやく取り出し、ギャラリーに銃口を向けた。
「だめだ、無理だよ。いっぺんにたかられたら、とてもじゃないが太刀打ちできないぜ」とツトムは言う。「連発式じゃないんだ」
「どうする?」と俺。
「回転ドアはふさがってる。上に逃げましょ! そのあとのことはあとで話すわ」とユウ。
「よし、行こう!」と俺は言って先頭に立ち、エスカレーターを一段とばしで上がった。
「やるう!」とツトム。
「行きましょ!」とユウ。
「追え!」とドウモト。
 団体さんはわらわらと集まり、ぎゅうぎゅうになってエスカレーターに乗った。すると、エスカレーターのモーターがショートしたようだった。俺たちは走って、エスカレーターを上がった。最初からそうしてる。団体さんはエスカレーターが止まっても、動こうとしない。
「バカどもが!」とドウモトは言い、みずからじきじきに、団体さんをかきわけて、エスカレーターを上がった。「どけ! この能なしども!」
 それはいい時間稼ぎだった。
 俺たち三人は最上階にある丸い部屋になった展望室に到着した。
「どうするんだよ? 逃げ場がないぜ」俺は尋(たず)ねる。
「大丈夫、この展望室は宇宙船になってるんだ」とツトム。
「へ? だとしても動かし方わかるのか?」と俺はマヌケな質問をする。
「ははは、わかんない」とツトムは隅の机のようになった部分のパネルをぱかっと開けて言う。「たぶん、見ればわかるよ」
「たぶんだって?」と俺。
「どうせ、ケンにはわかんないでしょ?」とユウ。
「お察しのとおりで」と俺。漫才やってる場合じゃない。
「これかな? テレビゲームの要領さえ熟知してれば簡単なんだよ、こんなものは」とツトムはスイッチやらレバーやらを触っている。
「テレビゲームなら、俺の出番だろ」と俺は言い、パネルの前へ。中坊の頃は空いた時間はすべてテレビゲームにつぎ込んでたんだ、ちっとは役に立つことがあってもいいだろ? とは言ったものの、見たことのないスイッチやレバーだった。しかし、役立たずとは思われたくない。「こういうのはな、たいていでかいのが電源なんだよ」
「さすが!」とツトム。
 俺は一番目立っているでかいレバーをぐいっとやった。すると、何やらモーターの回るような低い音がして、展望室──宇宙船?──の照明がひときわ明るくなった。
 そこへ、ドウモトがやって来る。
「そこまでだ!」とドウモト。
どこかで聞いたようなセリフ。センスねえな、こいつ。と俺は思った。
俺たち三人は水晶パルス銃の銃口をドウモトに向けた。
「おまえ、そんなに自分の脳みそをいかれさせたいのか?」と俺。少なくともドウモトよりはセンスがいい。だろ?
「いかれてるのはおまえだろ。あのかたは我々に慈悲の心をお与えになっているんだ!」とドウモト。
「あのかたって、理事長のことか?」と俺。
「そうだ。おまえもナッテリイを飲み込むんだ!」とドウモト。
「ナッテリイ? ああ、あの宇宙の虫か。悪いがおまえが言ったように、俺はすでにいかれてるんだ。これ以上、いかれるのはごめんなんだよ!」
「・・・・・・」
「さあ、どうする? おみまいしてやろうか? 俺もどうなるか見てみたいんだよ。この銃をぶっぱなしてみたいんだ」と俺。
「やめたまえ!」と言って展望室に入ってきたのは当のつるっぱげの理事長──内閣総理大臣と呼ばれている宇宙人?──だった。
理事長はつかつかと俺たちの居るパネルの前にやって来て、レバーをぐいっとやった。あのモーターの回るような低い音は消え、照明の明るさも通常に戻った。
 そして、理事長は俺の顔を見て言った。
「調べたんだよ。なぜ、君の体内にボイドの粒子がないのかをね。すると、血液の中に犬の歯垢にだけ含まれる、ある酵素がみつかったんだよ。君、犬にかまれたこと、あるよね?」
 俺は返答に困り、少し頬が紅潮する感覚をおぼえた。
「ねえ?」と理事長。
 なんでこんなところで誰にも知られたくない俺の秘密を暴露しなきゃいけないんだ? 俺はうそぶくことにした。わかりゃしねえだろ? 俺はうそをつくのがうまいんだ。ウィットのきいたうそをね。
「さあ、憶えがありません」と俺。
「いや、訊(き)くまでもなかった。その酵素が君の体の中で化学反応を起こし、ボイドの粒子を消滅させたんだよ」と理事長。
「ぼいど、ぼいどってなんですか、それは?」と俺は訊(き)く。
「邪気の素だよ」と理事長。
「は? まあ、よくわかんないけど、もうカマトトぶるのはやめだ」と俺は言って、理事長に水晶パルス銃の銃口を向けた。「あんた、宇宙人なんだろ?」



アトラクション7 宇宙人

 俺は理事長に一番したかった質問をした。ツトムは顔に手をあてて、一回大きなため息をついた。
「ははははは! もう隠す必要はありませんね」と言うと理事長は、コスチュームを脱ぎ始めた。
 いや、コスチュームと俺が思ったのは、あまりにもそれが当たり前のように脱がされていったからだ。ビニールかなんかでできてるんだろうか? 人間のコスチュームの中から現れたのは緑色の生き物だった。あの地下墓地にあった壁画のように、指の数は三本で、頭には二本のつのが、いや、触角と言ったほうがいいかもしれないものが付いていた。
 俺の半信半疑だったものはこのとき百パーセントになった。もちろん、信じるほうが。
「どうするんだね? その銃で私を殺すかね? ──昔と何も変わっちゃいないな。人間どもの心は。私は移住するために宇宙へ旅立った仲間たちを追って、この地球へやっとたどり着いた。私はみんなが幸せに暮らしているものと思い込み、期待に胸をふくらませてやって来たんだよ。しかしどうだ、この地球上で起こっていたのは他のなんでもない、“殺戮(さつりく)”だったんだよ。私は周回軌道上を漂いながら、すぐに調べた。何が原因なのかを。そして発見した。ボイドの粒子を。それはどこにでもあった。そしてもちろん、人間の体内にも。それはどうやっても取り除くことができなかった。そんなときだった。私が持ってきた宇宙生物を使えば、簡単に人間をコントロールすることができるとわかったんだよ。私はその生物を培養し、人間たちに食わせてやった。そりゃあもう、人格が変わり、とても穏やかな心になった。ところがどうだ、かえって醜い争いが増えてしまったんだよ。私は頭をかかえて考えた。しかし、いい方法は浮かばなかった。私は絶望した。新しい星を探す旅に出ることにしたんだ。そこで私は、こんな醜い知的生物の住む星を今後のために徹底的に破壊することにした。それはもちろん、人間の抹殺のことだ。私はどうやるのが一番かと少し考えたんだよ。答えはすぐに出た。お互いを殺しあわせるのがいいってね。そして、ここに学園をかまえ、かき集めた生徒たちを洗脳する仕事を始めたんだ。──私は何も悪くない。自分たちが招いたことなんだからね。いや、ボイドの粒子のせいと言えるかもしれないね。とにかく、殺したければ、殺しなさい。君たち人間の心は、何をしたって変わらないんだから。それが証明されるってことだけだよ。それで私は満足だよ!」と理事長。いや、もはや宇宙人と言ったほうがいいか。
 俺はユウとツトムの顔を見た。二人ともうなずく。撃てってことなのか? 俺はこの理事長の、いや、宇宙人の話を聞いて、悲しいなと思った。人間の歴史は誰だって知ってるだろ? 戦争、戦争、戦争。人間は、俺が“わちゅう”が一番安くてうまいということを学習したように歴史から学ぶ、ということは一切していない。そりゃ、歴史なんて一部の人を除けば、試験で苦しい思いをさせられるだけとしか思わないだろうよ。誰もそれが重要なことだとは思っちゃいないんだ。“あやまち”とか、“罪”とかいうものはなんのために作られたんだ? 俺たち人間に「改心せよ」と、神仏が教えてくれているんじゃないのか? あのもうろくじじいどもが。誰も老いた者の声に耳を貸さないって言うのか? ──俺は、ガキのときに犬にかまれたことによって、“あやまち”に気付いた。それによって俺は、凶暴な犬には近づくなとか、かまれた痕はアバタになるとかいうことを学んだんじゃない。言うとするなら、“相手の気持ちを思いやらねばならない”ということを学んだんだよ。
 俺は宇宙人に向けていた水晶パルス銃──見た目はプレチャージ式エアガン、トカレフTT‐33だ──を下ろし、床に放り投げた。
「あんたを殺しても仕方ない。緑色の血で床が汚れるだけだからな」と俺は言った。
《ケン!》とユウとツトムはそろってのたまった。
「やっぱり、君にはボイドの粒子がないんだね。ただ、他の二人はどうかな?」と宇宙人──理事長であり、内閣総理大臣と呼ばれていた生き物──は言う。
「二人とも、撃つな」と俺は二人に言った。
「どうしてなんだ、ケン? 僕たちは洗脳されてしまうんだぜ」とツトム。
「そうよ、どうしてなの?」とユウ。
「うまく言えないが、この宇宙人を仲間にするのも悪くないだろ?」と俺は言う。
《!》二人は顔を見合わせ、次に大爆笑した。
こんなときになんだっての?
「──ははは、ケン、そりゃ相手の出方次第だろ。どうなんだい、宇宙人?」とツトムは宇宙人に訊(き)く。
「もちろん、君たちを洗脳したりしないよ。約束する」と宇宙人。
 そのとき突然、ドウモトが走ってきて、俺が放り投げた水晶パルス銃を拾って宇宙人に銃口を向けて言い放った。
「死ね! 地球外生物め!」とドウモト。
《パウ!》という音。
 宇宙人は目、鼻、口、耳から緑色の血を噴き出して床に倒れた。
「なんてことを!」と俺は言って、宇宙人のところに走りより、上体を抱き起こした。
「ふはははははは! これで超文明の技術が俺のものになる!」とドウモトは言う。
 宇宙人はせきこみながら、俺に言う。
「げほっ、げほっ、うれし、かったで、すよ。なかまに、げほっ、して、やるって、いってく、れて。さ、よな、ら──」
 それっきり、宇宙人は事切れてしまったようだ。
 俺は宇宙人の上体をゆっくり倒してやり、ドウモトにくってかかった。
「てめえ! ふざけんじゃねえぞ!」と俺は言って、ドウモトのシャツの襟をつかんだ。
「おお、怖い怖い。モリカワ、安心しろ。おまえは大臣にしてやるから」とドウモト。
 俺はドウモトを思いっきりぶん殴った。ドウモトは床に倒れる。
「ははは、こんなことをしたって、宇宙人は生き返らないぞ。あの部屋にでも連れて行かないかぎりな!」とドウモト。
「あの部屋? 地下遺跡のあの光がある部屋か?」と俺。
 ドウモトはしまったという顔をしている。
 俺は宇宙人の死体を抱きかかえた。
「おい、どうするんだ、ケン?」とツトム。
「俺にもわからない。行こう!」と俺はまた先頭になって地下へ急いだ。
 エスカレーターは団体さんでいっぱいだから、俺たちは非常階段を使った。あの普段は誰もよりつかない場所だ。俺たちは下まで降りると、玄関ホールに投げ捨ててあった自分たちのスポーツバッグから懐中電灯を取り出して携帯し、あの一階の荒廃したトイレの端の扉を通って、つづら折りの階段を下り、組閣の儀のあった広間に続く通路の途中にある三叉路のひとつを曲がり、さらに下へ続く階段を下りた。俺の懐中電灯はツトムが持ってくれた。
 俺たちはまた地下墓地カタコンベの一番奥にある“光の間”に入った。光の間というのは俺が名付けた。別に今思いついたわけじゃないぜ。
 俺は宇宙人の死体を直感的に光の中心へ入れた。宇宙人の体は何かの力で光と同じように空中に浮いた。光は強くなった。目を開けていられないくらいだ。俺たち三人はそれぞれ手で目を覆った。
「何が起こってるの?」とユウは俺に訊(き)く。
「俺に訊(き)かないでくれ」と俺。
「蘇生だよ、おそらく」とツトム。
「そせい? 生き返るってことか?」と俺。
 俺たちは宇宙人をしばらく見守った。
 すると、宇宙人は息をし始めたじゃないか。そして、目を開ける。宇宙人の体はゆっくりと下に下りた。光ももとの強さに戻った。
 宇宙人は立ち上がって言う。
「ありがとう。君たち。──ありがとう」



アトラクション8 夢から醒めたら

「ケン! ケン! 起きな! 遅れるよ!」と言う母さんの声。
 俺ははっと目を覚ました。夢だったのか。
 俺はいつものように、制服に着替え、台所に行き、インスタントコーヒーの粉とミルクの粉、それから砂糖をカップにぶちこんで、ポットの湯を三分の二ほど注ぎ、スプーンでかき混ぜた。そして、冷凍庫から氷を取り出し、三ブロックほどをホットコーヒーが入ったカップにぶちこんだ。軽くかき混ぜる。コーヒーが冷める間に冷蔵庫からヨーグルトを取り出し、さっきコーヒーをかき混ぜたスプーンを使って、適量をガラス皿についだ。そして、速攻で胃に流し込んだ。それからコーヒーを一気にやる。カップ、ガラス皿、スプーンをばーっと水で流し、手でこすった。洗剤を使うのはヤワちゃんだぜ。
 母さんはパートに行く支度をしている。なんのことはない。化粧をべたべたと塗りたくってるだけだ。まったく、あの歳でまだ色気づいてやがるのかよ。スッピンのほうがまだマシなのに。まあ、別にどうってことねえか。好きなようにやるがいいさ。
「行ってきます」と俺は母さんに言う。
「行ってらっしゃい」と母さん。
 俺がどんな悩みをかかえて、どんな気持ちで、毎朝、「行ってきます」と言ってるのか、母さんはおそらく知らんだろ。まあ、別にわかってもらおうとは思わねえ。男だったら、ぐっとこらえてがまんする、というのは受け売りだが、そうするのは俺にとって一種の神々しい儀式なんだ。だから俺は、新しい高校への登校初日であっても、一言しか言わない。仲が悪いわけでも、前日にけんかしたからでもない。俺は学習したんだよ。“相手を思いやる”ってことをね。それは、けつのアバタを見るたびに思い出す。いや、そんなものが俺の体にあると想像しただけで。──俺は言わば、“人間コンピュータ”だ。
 俺はその「テーマパーク・ハイスクール」と揶揄(やゆ)されている高校の、まるで動物園の入り口みたいな校門をくぐって、パチンコ屋の屋根みたいな派手なキンピカの屋根と、全面ガラス張りになった校舎を眺めた。なるほどな。言われるほどのことはある。
 俺は回転ドアを通って、広い玄関ホールの天井から吊り下げられた、どこかの高級ホテルにあるような大きなシャンデリアと、どーんとそびえているエスカレーターを見上げた。
 そのとき、俺はもよおしたんだ。大のほうを。俺は「やばい」と思った。今日はふんばったけど出やがらなかったんだ。そして、今、波がせまってきたんだ。こういうときは俺は生命というものを呪うような勢いで、厭世(えんせい)的な気分になる。俺は学校のトイレで大をするのはいやなんだよ。“うんこたれ野郎”と言われるからだ。俺は死にもの狂いでトイレを探した。
 そのトイレは忘れ去られたように一階のちょっと奥まったところにあった。入ると“荒廃”という言葉がぴったりの落書きとゴミでいっぱいの汚くぼろい光景が目に入った。見ると、誰も居ない。迷わず俺は、大のほうに入り、鍵を閉め、思いっきりぶっぱなした。


 すっきりした俺が大のほうの小部屋を出ても、誰も居なかった。と思う。
 それよりも俺は、隅に扉があるのを発見した。俺は単純な好奇心で開けてみた。階段が下へ続いており、踊り場には会議で使うらしい折りたたみ式の簡易椅子と長机が置いてあり、壁には《目指せ、大宇宙!》と書かれた貼り紙がしてあった。ってことは、この階段を下りると天文部の部室にでも続いているのかな、と俺は思い、扉を閉めた。
 俺はそれに気がついた。俺の入っていた隣に誰か入っている。俺は丹念に手を備え付けの液体せっけんで洗い、ハンカチで拭き、念のためエアータオルでさっぱり乾かした。
そのとき、流す音がした。俺はそそくさとトイレを出たが、ばたんと勢いよくドアが開き、誰かが俺を追いかけてくる。俺はうしろを振り返ってみた。そこには、細い黒縁の眼鏡をかけたやつが体を斜めに傾かせて、あらい鼻息をさせて、すぐそこまで迫ってきている絵が見えた。俺は逃げるようにエスカレーターを階段をのぼるようにして上がり、二階の教室へ向かった。すると、そいつもついてくるではないか。そして、ついにそいつは俺のカッターシャツの背中の部分を、大をして洗っていない手でつかみやがったんだ。そして、こう言いやがった。
「ドウモトが入閣する!」


 そのあと、俺がどういうアトラクションを体験したのかは、ご想像のとおりです。



この物語はフィクションです。
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