雲間に一隻の飛行船が悠然と航行していた。飛行船と言っても大仰なものではなく小さな漁船程度の舟の上に婦人用下着で作った布張りのバルーンが付いていた。突貫工事にしては機能は十分果たしていた。その飛行船に乗っている一組の男女──お、ときめくわくわくする展開かと思いきや老いぼれジジイと小さな女の子じゃないか。これから冒険をするにはいささか退屈だな。私は停止ボタンをクリックした。「バロン」か。何回か観たが何と言ったらいいか話としては面白いんだが私にはもうそれらを感じ取る感性というものが抜け落ちていた。もとからなかったわけじゃない。忘れたかどこかに落っことして失くしたかしたのだろう。退屈な人生だった。それが大人というものだと知ってはいたがこれほどまでとはと自分でも残念に思えて仕方なかった。玄関ベルが鳴り戸を乱暴に叩く音。また借金取りか? 私みたいな者にカネを貸すのが悪いんだろうが。私はいつもの野球帽をまぶかにかぶり車のキーと財布の入ったセカンドバッグを持ち裏口から忍び出た。しかしそのT字路を通らないと駐車場には行けない。小走りで通り過ぎる。しばらく行ったところで帰りがけの借金取りに気付かれた。「あ! 待て!」私は急いで車に乗り込みエンジンをかけ走り去る。はあ、危なかった。「どこに行くの?」私はぎょっとした。後部座席にシートベルトをし終えた小学生くらいの女の子がちょこんと座っていた。「は? いつの間に乗った?」「それよりどうすんの? これから」「え? うちどこ? 送ってあげるから」「あたしたち街を救うために冒険するの。仲間を探しながら」「は? 何言ってるんだ」≪止まりなさい≫警察だ。ついてない。車を降りる。警官が言う。「あの子は?」女の子がウインドウを開けて言う。「娘よ、む、す、め!」警官によれば不審な事件が続いているので職質したとのこと。免許証を見て言う。「え? あなた、師匠じゃないですか!」「は?」「ほら私ですよ」「知らないよあんたなんか。もう行くから、さいなら」その警官は私の車の後部座席の女の子の隣に乗り込み「さ、出発だ」と言う。わけわからん。先が思いやられる。私はあてどなく車を走らせた。「街のみんなを救うのよ」「そうだ我々には使命がある、ね? 師匠」勝手に言ってろよ。──気付くと丸い照明の付いた白い天井を見ていた。夢か。何もかもかなぐり捨てて冒険したいと思うことがある。ほんのたまにだが。
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