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目次(1000字小説集 - 5 - )
1 2 3 4 5

投稿サイトさんにアップした作品たちです。
ごゆっくりどうぞ。

「短編」に投稿した作品
■ 進歩
■ 閉じる
■ ドーソン氏の血脈
■ 信仰
■ 贖罪
■ 逢魔が時
■ 図書室の思い出
■ 俺の秘密

「小説家になろう」に投稿した作品
■ 玄関わきの小窓
■ テレビ、掃除屋、二度と来るな
■ 天気にして
■ ハゲ - セカンドインパクト
■ 単語泥棒と深夜の女

「FC2小説」に投稿した作品
■ スーパーがスーパーと呼ばれる理由
■ 不安発作
■ 代償カオス
■ 囚人生活
■ 斜め歩きブラック無糖先生
■ 暴力
■ 私のせい、俺のせい
■ 胞子
■ 親愛なるマスかきジョニーへ


進歩

「なんでも進歩すると思ってやがる連中ならがっかりするだろうよ」リュシアンじいさんは笑いながら煮込んだ豚肉を口に押し込んで咀嚼し飲み込んでから、ワインを一口すすり話を続けた。「なんでもあきらめてちゃあ進歩しないと思ってやがる連中に聞かせてやりなよ。そうさな、おまえさんがどんなに連中から憎まれていようと、連中にはやさしくしなきゃあいけないと思っているかを教えてやるんだ。連中は腹をかかえて笑いやがるだろうよ。そんなことが進歩につながるのかってね。連中の頭の中には常に進歩することしかないのさ。おまえさんがどんなに考えようと連中には関係ない」ここでリュシアンじいさんは茹でたジャガイモに手を出した。フォークは虚しく銀色に光り、僕の食欲を萎えさせた。僕は目の前の料理を冷めた目で繰り返し順番に眺めながら、黙ってリュシアンじいさんの話を聞いていた。「連中はそこにじっととどまっていることをなにか卑しいことだとでも思ってやがるのさ。例えばおまえさんが足音をたてる。すると連中はそれ見たことかとよってたかっておまえさんを憎み始めるだろうよ。なぜなら、それが連中の進歩だからだ」リュシアンじいさんは今度は茹でたニンジンを突き刺し、煮込みの煮汁につけてから口に持っていった。それを飲み込んでから、またワインをやる。「じゃあ、どうすればおまえさんは連中の憎しみを感知せずに済むか? ・・・これだよ」リュシアンじいさんはふいにポケットから小さな紺色の塊を取り出して僕の目の前に差し出した。僕は冷や汗の出る思いで声を出そうとした。「・・・な、んで、すか。こ、れは?」僕はリュシアンじいさんが答える前に、連中に悟られはしないかと心配しながら慎重に手を前に突き出し、それをつかんだ。その瞬間だった。僕の頭の中に強いエネルギーを持ったシークエンスが激しくうねりながら入ってきた。それは劣等感や罪悪感によく似た、とてもいやな気分に僕を陥れた。僕はその物体を手から落としてしまったが、テーブルの上に落ちる音がする前にすうっと消えてなくなった。僕はもう少しで泣き出すところだった。リュシアンじいさんは口をもぐもぐするのを止めて言った。「それが本当の進歩だ。連中はただの雑魚だ、いいか、おまえさんはもうすぐ別の人間になる。そのときこの世界は完全に壊れているだろう。気付いたときには遅いのさ。だが、おまえさんはもうわかってるだろう?」


閉じる

「ハイヒールを履いて、コツコツ音をたてて歩く女にびくついてんじゃねえぞ。確かにあれは音を出して自分がここに居ることをおまえにわからせようとしていやがる、気の強い女だってことは間違いない。だがな、音を出したら死ぬよりももっと恐ろしいことが起こるってことを知らないんだよ。それは何か教えてやろうか? 呪いの繰り返しだよ。連中は音を出したやつを憎み、音を出したやつは連中を憎む。その繰り返しだ。この世界では同じことが繰り返されているんだよ。いいか、いまだに戦争や紛争が絶えないのはそのせいなんだよ。大昔から続いてる人間に染み付いちまった呪いの繰り返し、抜け出すことは絶対にできない。人間から耳がなくならない限りな」天気のいい昼下がりの公園の隅で、市から委託された調査員の僕はこのホームレスのおじさんの話を聞いていた。内容は十中八九妄想に過ぎないだろうと思った。つらい生活を続けているうちに頭がいかれてしまったのだと。僕は仕事上の質問を繰り返した。「誰かに取られてしまったんじゃないんですか?」おじさんは火の付いていない吸い終わった煙草を口からはずして目を見開いて言う。「何度も言わせるんじゃねえよ。これは自分でやったんだ。今じゃ、まったく連中の音は聞こえなくなった。これはこの上なくすばらしいことなんだぞ」僕はそんなことはないだろうと思いながらも深くかぶられた厚いニット帽の中を確かめてみることにした。「じゃあ、ちょっと見せてもらえます?」「ええで」おじさんはニット帽を取った。そこにはちゃんと一対の耳が付いていた。「ほら、ちゃんとあるじゃない。だいたい、僕の声だって聞こえてるじゃないですか」「バカか、よく見ろ」「え?」僕はそのおじさんの耳を注意深く見てみた。・・・穴がない。石のように硬く閉じている。僕は言葉が出なかった。それを見ておじさんが言う。「あんたの声は聞こえる。だけど、連中の音は聞こえないんだよ」「連中の音って何です?」「卑しく、暗い、悪の音だ。この世界にはそんなものがわんさと溢れかえっている。あんたも嫌になったら耳を閉じるといい。すばらしい幸福の世界へ行ける」僕は黙ったままにっこりしたおじさんの顔を見た。しわがあり、髪は乱れ、無精ひげがあり、肌は汚れ、身なりもきれいとは言えない。しかし、おじさんが言ったように、確かにおじさんはすばらしい幸福の世界に居るように見えた。


ドーソン氏の血脈

「この世界ではずるくて、悪賢くて、粗暴な連中ばかりが生き残るんだ。現に見ろ、この世界を。悪に満ちている。この世界では善などなんの意味も持たないのだ。真面目なやつほどバカを見る。もっとも真面目な人間などもはや存在しないがな。だが、おまえは違う。おまえは神に選ばれた人間なのだ。この世界を救ってくれ」俺は占いなど信じるたちではないし、第一ゆきずりの老人からこんなことを言われたぐらいで心が変わるような人間でもないのだ。「じじいはひっこんでろ!」俺は目の前の相手をぶちのめすことに集中しようとした。路地裏でのけんかには暗闇から声が聞こえることがある。これも薬をやり過ぎたせいで起こる幻聴か何かの類に違いない。だって、じじいなんかここには居ないからだ。居るのは俺の女に手を出したくそったれ野郎だけ。「おい、殴るのはかまわねえ。けどな、宙を見ながら居もしねえ野郎に声をかけるのはやめてくれ。じじいなんかどこにも居ねえぜ。それともおまえいかれてやがるのか?」「うるせえ! これ以上くらいたくなかったらこの街から出て行け」「わかったよ、おまえの勝ちだ。いかれ野郎の勝ちだよ」「てめえ、とっととうせろ!」「はははは、じゃあな、いかれ野郎!」そうかもしれない。俺は別の意味でいかれているのかもしれない。この世界では不条理なことが当たり前になり、いかれていないやつなどもうどこにも居ない。昔、ドーソン氏といういかれ野郎が居た。なぜそれを知っているかと言えば、そいつは俺の親父だったからだ。親父というのは事実だが、実質的には他人に近いやつだったと思いたい。そいつは酒乱だった。どうしようもないいかれ野郎、それがドーソン氏だ。何もかもあいつのせいなんだ。俺がこんなになったのも、すべてあいつのせい。俺は血を拭いながら、暗い路地裏の湿った地面に膝をついて泣き崩れた。やんでいた雨がまた降りだした。膝に小石が当たって痛いのはもはや問題ではなかった。俺はこんなことをするために生まれてきたんじゃない。さっきのやつが俺の女に手を出したというのは俺の妄想なんだ。彼女なんて居やしない。もううんざりだ、妄想に支配されるのは。俺は悟っていた。親父が妄想に、悪の妄想に支配されていたことを。そのとき、また声がした。「息子よ、世界を救うのだ」俺はもうそう言うしかなかった。「やってやるよ、俺はこの世界を救う!」


信仰

「じゃあ、子供たちは理屈じゃない世界に生きているとでもおっしゃるんですか?」僕はくってかかったつもりだった。「そうですよ、それと同じなんですよ、私は。理屈じゃない世界で生きていたいんです。サラリーマンなんて、理屈の塊ですよ。私はあんなものにはなりたくなかったんです」老人はコーヒーカップを両手で包んだまま、少し震えた声でさらりと答えた。僕は納得がいかないというふうな顔でさらに続けた。「この世界では、みんなサラリーマンにならないと生きていけないんですよ」「皆殺しだよ」「え?」「皆殺し」「どういうことですか?」「つまり、生きながらにして皆殺しにされているんだ」僕はますますわけがわからなくなった。「意味がわかりません」「わからなくて当然だ。よらしむべし、しらしむべからず。あんたたちにはわかりゃしないんだ。知ったとしても理解できない、絶対にな」「そんなことはないです」「いーや、そういうもんだよ。現に今あんたは私がぼけていると思っている。握られた右手の中に石が入ってることも知らない」「右手は左手と同じようにコーヒーカップをつかんでいるじゃないですか」僕はこっちもちょっとからかってやろうという気分になった。老人ホームではよくある意味のない会話に過ぎないのだと。「さっきからずっと石を握ってる。あんたには理解できっこないんだ。私が今、青みを帯びた石の結晶をつかんで天にかかげていることなんぞ、あんたにはわかりっこない。その石からはすばらしい青白い光が放出され、あたりを優しく包んでいることすらもな」僕はもう我慢の限界だった。さっさと他の仕事に移るべきだった。僕はもう無視してしまおうと思い、立ち上がってその場を去ろうとした。なんのことはない。よくある状況であり、いつものことなのだ。その時だった。「偽の世界だ」「え?」僕は立ち上がったまま、その場に釘付けになった。「あんたが生きているのは偽の世界なんだよ」老人は僕を見上げて言った。「なんですって?」「ふははははは、あーはははは! 私はこの石によって偽の世界を投影している神に最も近い存在なのだ!」僕は冷や汗をかいていた。なぜって、最近の僕は何をやってもうまくいかず、この世界は偽の世界じゃないかと思うまでになっていたからだ。「お願いです、僕を本当の世界へ連れて行ってください」老人はまっすぐ僕の目を見て言う。「簡単なことだよ。信じればいいんだ」


贖罪

「どうせ毎日なんの味気もない仕事を繰り返してやがるんだろうよ。そんな連中に何がわかるっていうんだ。脳内の電気信号が一方向にしか流れない、それが本当の病気なんだ。君は病気じゃない、大丈夫だ。バカどものことなんか考えなくていい。でないとミイラ取りがミイラになってしまう。いいかい?」僕は病院のベッドに横たわっている男の子に向かって優しく言った。男の子はまぶたを半開きにしたままだが、ものすごいはやさで目が動いていることがわかる。「いいかだと? 貴様がやってきたことを思い出すがいい。卑しく、汚い心を持った人間、それが貴様だ。よく憶えておけ、貴様のしたことはみんなばれちまってるんだよ。見ているやつなんか居ないとでも思っているのか? いい所なんかこれっぽっちもありゃしない。貴様は悪なんだ。わかったらとっとと消えろ。ここは貴様の来るところではない、去れ!」男の子は体は動かさないが、語気を荒げて言った。僕は少し焦っていた。なぜなら、男の子の言ったことは十中八九当たっていたからだ。僕は今まで一体何をしてきたっていうんだ。真面目に人生を過ごしてきた。真面目に? そうだ、真面目に過ごしてきた。そうじゃない思い出が仮にあったとしても、脳が自動的に消しているはずだ。僕は真面目なんだ。入院してしまった生徒の男の子に担任として何も言わないわけにはいかないんだ。「大丈夫だから、ね、連中のことなんかほうっておこうよ」男の子は少しにやついたように見えた。「連中を恐れているのは貴様のほうだろうが。まったく、どうしようもないいかれ野郎だ。自分の責任を他人に押し付けようとしていやがる。貴様は罪深い悪なんだ。連中にはそれが手に取るようにわかっている。毎日どんなに単調な行動を繰り返しているとしてもな」僕は体中に石のような冷汗を感じた。「そんなことはないよ。みんな自分のことしか考えてないんだ。君のことなんかまったく気にもとめてないんだから。大丈夫さ」男の子の目の動きは一層はやくなったように見えた。そして言う。「いつまで知らないふりをするつもりなんだ。どんな罪を犯そうが逃げきることなんか絶対にできない。貴様がここにのこのこやって来たようにな。貴様の腐りきった脳が憶えていないと言うのなら、何度でも教えてやる。貴様は悪だ」「違う! 君は悪じゃない、闘うんだ!」「は! 贖罪は貴様が悪である限り成し遂げられない、永遠にな!」


逢魔が時

「悪がどんなものか、知りたいのかね?」薄暗い路地裏の片隅で、僕のことをセールスマンだと思っている車椅子の老人のその質問に、僕は胸をときめかせた。「ぜひ、教えてください」老人はにやつきながら言う。「おまえさんにその資格はない、なぜなら、おまえさんはまだ悪ではないからだ」僕も口を横に開いて、その後縦に開いた。「悪ではないから知りたいんですよ」「いいや、世の中には知らないほうがいいことだってある。おまえさんが悪を知れば、世界から悪が一つでも消えると思うかね?」「思います、なぜなら、そうならないようにするからです」「はっは、それは無理だ。なぜなら、悪は繰り返すからだ。悪を知ること、それは最初の一回目なんだよ」「何もしてないのに、ですか?」「そうだ。だからテレビのニュース番組なんか見るんじゃないぞ。最近じゃ、凶悪な事件ばかりだからな」「そんなこと言ったって、毎日のように見ていますよ」「だったら、わしに訊くまでもなかろうが」「いいえ、あなたの悪が知りたいんですよ。あなたの思う悪が」「なんでそんなことを訊くんじゃ」老人はなにか恐ろしいものでも見るような表情で僕を見た。「あなたの思う悪、それはあなたが行った悪に他ならない。つまり、あなたは罪人なのです。罪を贖うにはあなたの魂が必要です」僕はビジネスライクにそこまで言って、つい鼻で笑ってしまった。「まさか、おまえは」「レギオン。人の罪を知ってる。あなたが最も恐れている存在。さあ、魂を」「やめろ、よせ! わしは何もしていない」「あなたがさっき言ったじゃないですか。悪を知ることが一回目であり、繰り返すと。あなたはいろんな悪を知り、行ってきた。そう、いろんな悪をね。秘密を棺桶に持って入ろうとする連中に目にもの見せてやるんですよ。そうしないと、ゴミはいつまでたっても減らない。あなたは今、罪を贖うことができるんですよ。こんなにすばらしいことが他にありますか?」「しかし、魂を取られる!」老人はもう正気ではなかった。車椅子の車輪はわだちにはまって動かなかった。僕はとうとう口で笑ってしまった。「はあはは! それが悪行の報いじゃないですか。往生際が悪いな。それに僕にとってこれは仕事なんです。たいていの人間が善人づらして働いてるのと一緒です」そう言い捨てて、僕はその老人の魂を取った。そうだ、みんな一緒なんだよ。特に悪が善人づらで行われる点において。


図書室の思い出

「よく映画なんかの批評で注文つけるやついるじゃない。俺はおまえなんかがって思うわけ。純粋に内容への感想だけを書けって言うと、注文を付けたがるんだよね。作品は作品としての人格があり、感想には感想としての人格がある。そういうことじゃないかな」居酒屋のカウンター席で僕の隣に座っているのは、まぎれもなく、あいつだった。あいつが今、僕の横に座って、なんだか訳のわからないことをのたまっていやがる。僕はそれだけでも十分幸せだった。旧友との会話が今の僕には必要だった。「そ、そうだよな」僕は答えた。「第一、一般人っていうのはそもそも賢いものなんだよ。なぜかって言うと、お釈迦様と衆生との関係を大切にしているからなんだ。なのに、神様気取りのバカが居るかと思えば、言葉の意味を自分で調べようともしない幼稚ごっこ、虫酸が走るね」僕はちょっと背伸びしたつもりだった。「言うねえ、おまえも。だいぶまわってきたか。要は誰も悪くない、最初から何もなかったんだよ。そこに山ができ、小川が流れ、海や空や白い雲まで作り上げた、それは誰ですかって話」「誰?」「俺様だよ」一瞬の沈黙の後、僕たちは腹の底から笑った。「ははは、おまえ昔っからそうだったよな。だからあだ名は先生だった。はは、憶えてる?」「憶えてるに決まってるだろ。あれはあれでつらかったんだぜ」「うそつけ、いつも七三分けだったくせに」「てめえ、それを言うなら、おまえにだって罪障はある」「え? なんだって」僕は急にわからない言葉が出てきて笑いが冷めてしまうところだった。「わからん言葉を使うな」「つまり、おまえの罪だよ」僕はその言葉で完全に冷めた。僕はぬるいビールを一息にぐいっとやった。「なんだよ。言ってみろよ」あいつもコップを口に持っていきかけたが、途中でやめた。「中学生のとき、あの図書室を憶えてるか?」「ああ、それがどうした」「おまえは本を読まずに、そこから外の風景を見るのが好きだった」「そうかもな」「あれは四階だったかな、最上階だから眺めは良かった」「ふん、それで」「おまえは握手が心底嫌いだった」あいつがそこまで言ったとき、いつものように僕はすべてを思い出した。そこまででシークエンスは真っ黒な闇の渦になって消え去った。僕があいつの手をとっていれば、あいつは助かっていたかもしれない。僕が老人施設のベッドで見る郷愁を帯びたシークエンスはいつも同じだった。


俺の秘密

俺の秘密は絶対に誰にも知られてはならない。コンプレックス? そんなガキ臭いものならまだいい。俺の秘密は俺のすべて、最大級の苦しみ。それをコンプレックスと呼ぶのなら勝手にしてくれ。しかし既に数人の人物には知れわたってしまっている。一番知られちゃまずかったのは俺の親父だ。俺の親父は酒乱の暴力親父で愚かなクソ親父というイメージしかない。あいつにだけは知られたくなかった。それにスーパーでよく会うあの女。知られちゃまずいわけではないがなんだか弱みを握られているようでいい気分じゃないな。やっぱり、さみしいでしょうだって? 当たり前だ。この前からずっと泣かない日はないくらいだ。俺はそうしているうちにただ単に悲しみにひたりたいだけなのではないかと思えてきた。そう思うと涙が止まる。そう、悲しみにひたる。映画も泣ける映画を探しているし、音楽も何かないものかとあさっている。漫画も小説も、とにかく泣けるものなら何でもいい。俺はもう他に泣けるものはないなと思って自分で小説でも書いてみることにした。そして完成した。いやちょっと待てよ。小説にするってことは誰かに読んでもらおうと思っているのか? 俺の秘密は絶対に誰にも知られてはならない。文章にするなどもってのほかだ。これは俺のパソコンの中にだけしまっておけ。絶対、出版などしてはならない。しまった、小説など書くんじゃなかった。秘密は俺の胸の中だけにしまっておけばいいじゃないか。みんな、そうしてる。俺だけじゃないんだ。みんな苦しんでる。一生懸命生きている。なぜおまえらは生きるんだ。俺はもう生きる意欲がなくなってしまった。生きる意味がないような気がしてる。俺はなにかの病気なのか? 今流行りの精神病か? 心の風邪とかうまいこと言って俺を釣ろうとしてやがる。ふざけんな。俺は病気じゃない。まともな思考回路でまともな考えを導き出した。それが秘密を絶対に守るということ。数人に知られていることはもうどうでもいい。とにかくこれ以上知られてはならない。だから絶対にあの小説を出版などするな。そこには俺の秘密が事細かに書かれている。書いたことを後悔してももう遅い。しかしついこの前拾った路傍にあった一つの石に俺は思念を注入した。小説に書いた通りの思念を。そしてその石は路傍に戻した。これで俺は秘密を守ったことになる。そして小説を出版したことにもなる。あの石を誰かが拾えば。


玄関わきの小窓

「ふん、ゴシップ好きのジジイめ」彼はそうつぶやき玄関わきの小窓を静かに閉めた。そう、向かいの住人に気付かれないように極めてそっと。何のことはない、協賛会か何かの会員になれという話だがなんで俺の勤め先を訊く必要がある? ん? だからこそゴシップ好きの烙印を押してやった。今頃あちこちでウワサされているに違いない。あいつは外で働いてない腰抜けだと。まあいい、それも何のことはない。俺が実は年金暮らしだと訊かれなかっ──ファックス・コピー付きの電話がお釈迦になったせいで登板することになった安物の簡易電話が安っぽい音をたてる。誰が出るか。電話に出ていい話だったためしが一度でもあったか? そうだろ? 長く鳴っていたがついにこと切れた。番号を知られてしまったからな、仕方ない。なんで教えた? カワイイ女の子でもないのになぜ? 義務? はっ! 義務なんざ国民の三大義務だけ実行すりゃいい。不安だから? そのほうが余計不安だろ。今もこと切れた電話をちらちら見ながらなんの話だったんだろとだんだん不安感が増してきている。いい加減にしろ! 俺は向かいの家に丸聴こえでも大柄にでかい声で電話するようなババアじゃないんだ。「この弱虫!」誰かの嘲弄する声が聞こえた。卑しく悪賢い感じのする嫌な声だった。彼はとっさに叫んだ。「うるさい!」するとその声はまた言う。「弱虫、弱虫、この弱虫!」彼は言う。「やかましい! 俺は弱虫なんかじゃない! 少なくとも、少なくともなあ! 俺は弱虫なんかじゃない!」その時パンっと乾いた音がした。「ふ、ふはは! 馬鹿が花火してやがる」パンっ! まただ。「こんな時に花火するなんて馬鹿に決まってるだろ」玄関ベルが鳴る。彼は黙って階下の玄関わきの小窓に急いだ。ガラっと開ける。配達員のお兄さんだった。「お荷物届いてます」「ああ、どうも」彼は荷物を受け取り伝票にサインしたものを渡しながら言った。「もしかして今電話しました?」「はい、もう遅いから一応と思って」「ああそうでしょう、ちょうど出られなくて」「ありがとうございました」「ありがとう」彼はまた向かいの住人に気付かれぬよう窓を極めてそっと閉めようとした。「ゴール!」自転車で乗り付けたのは向かいの家の息子だった。こちらをチラ見する。彼はなりふり構わず勢いよく窓を閉めた。彼はつぶやく。「ふん、低能のクソガキめ」彼は笑いをこらえきれなかったがビールとともにそれを飲み込んだ。


テレビ、掃除屋、二度と来るな

「もういい、たくさんだ」私はそうつぶやいてテレビの電源ボタンを押しいまいましい現実の息の根を止めてやった。頭の後ろにやっていた両手をどけ枕に快楽を求めた。しかしあの光景がカメラのフラッシュみたいに脳裏を一瞬支配する。それが繰り返されているうちにとうとう一続きの映像になった。墓地清掃の日に倒れ、救急車で運ばれ、病院で検査。くも膜下出血と判明する。いわゆる卒中だ。それから意識を取り戻したものの2週間後にまた昏睡状態となり、そのまま帰らぬ人となった。そして今ではその残骸が小さな容器の中に入れられ石で囲まれた空洞に納められていた。そんなところに私が居るとでも思ったか? そんな理不尽なところに。私はまず空を飛んで世界一周の旅に出た。それはまあまあ面白かった。どこまでも続く海、森、砂漠。名所にも行ってみた。カッパドキア、ピラミッド、グランドキャニオン、名前は忘れたがとにかくいろんなところに行った。もっと生前にいろんなものを見ておくべきだった。テレビでなく実際にこの目で。月の裏側に行った時にはさすがに驚いた。そこは私みたいな者がたくさん訪れる一大リゾート地だった。ハワイやアカプルコなんて比じゃなかった。私はホテルの一室でテレビを見るのには正直うんざりしていた。ビーチに出てカワイコちゃんの水着姿を観たほうがよっぽどましだった。「よし、行くか」フラッシュバックする映像。「二度と来るな!」私は弟にそうどやしつけたのを憶えている。彼は結婚し子をもうけ、自営業のほうも危機を乗り越え成功し、安泰だった。彼は私の言葉通り二度と来なかった。あいつが不死身になったことを私はうらやんだりはしなかった。だって私はこうして楽しんでるじゃないか。多少退屈さを感じることもあるがたいていそれはすぐに忘れた。スリルを伴った若い女性との恋愛行為ほど楽しいものはなかった。現世では絶対にできないことだった。私と彼女はとある組織に狙われていた。なんでもやつらは“掃除屋”と呼ばれていて楽しんでいる我々をとっつかまえて地球に強制送還させるらしい。私たちがホテルの一室でいちゃついていると突然ドアが乱暴に開け放たれた。「楽しそうで何よりだな! ほら時間だ!」私は貧乏人の家に生まれた。今両親も亡くなり独り身だ。テレビを消しつぶやく。「もういい、たくさんだ」不死身の弟にでも会いに行こうかと思ったが言い渡されるのは“二度と来るな”だ。


天気にして

“てるてるぼうず”を作ったことがあるか? ガキの頃に作ったことがあるからと言って、大人が作っちゃいけないなんてルールはない。とくに明日死ぬことになっている大人が。その時は太陽が出ていないといけない。“道”ができないからだ。今夜遅くからやけに強い雨が降っていて予報によれば明日も雨だ。私は母が残した端切れを使っててるてるぼうずを作った。かなり不格好だったが紐を付けて軒下の物干し竿にくくり付けたらましに見えた。そして震える声で歌った。「てるてるぼうず、てるぼうず、あーした天気にしておくれ」私は子供の頃を思い出し涙ぐんでしまった。あの頃は良かったというご多聞に漏れない感想を私は抱いた。なぜこう、つらいことだらけなのか? この問いに答えられる人はこの世に一人も居ないのは確かだ。つらいと思うからつらい、我思うゆえに我ありと同じだ。だから、終わりにしようと思った。──当日の朝起きるとやっぱり雨だった。「てるてるぼうずのバカ!」私はつぶやいた。すると雨がふっと止んで、閉めたブラインド越しからでもわかったが西日がこうこうと照っているではないか。朝のはずだ。私は布団から出てブラインドを開けてみた。強い光が、ものすごく強い光がそこにあった。光の中心に物干し竿につるしたてるてるぼうずがあった。ガラス戸越しなのにその方向から風が、そよ風が私に向かって吹いている。甘い香りがした。気付くと道ができていた。私のところから天上までずっと続く道が。そこに誰か居る。その人がふいに振り返った。母だった。微笑みながら会釈し、また向こうを向いて歩きだす母に向かって私は言った。「待って!」私は運よくガラス窓に遮られていることに気付かなかったし、抵抗も感じなかった。私は道に乗った。光の道。数歩行ったところで振り返りてるてるぼうずに言った。「ありがとよ、てるてるぼうず」私は母に追いついた。「母さん、迎えに来てくれてありがと」母は黙って前を向いたまま歩いていた。「母さん──」と言いかけて母の肩に手を置いた瞬間、私はざあざあ言う雨の音に気付いた。目を開けるとまだ薄暗い。時計に目をやると朝の5時過ぎだった。「くそっ!」私はついそうつぶやいた。その日は一日中雨だった。私は今でも思い出す。てるてるぼうずを作った次の日晴れたことなど今まで一度もないことを。しかし、いずれ晴れる日は必ず来る。とりあえず、その日のために生きようと思う。


ハゲ - セカンドインパクト

夜7時半過ぎに私は家を出た。コンビニに晩飯を買いに行くためだ。外はもう暗かった。駅前を通り過ぎると電車が着いたところで後ろから高校生たちががやがやとついてくるのがわかった。「なんで夜なのに帽子かぶってんだ?」「どうせ取ったらハゲなんだろ?」「アハハハ!」盛り上がってる最中すまんがその通りだよ君たち。それにそんなことどうでもいいじゃないか田舎者諸君! 感染するわけじゃないんだから。感染? そう、見たら感染する。これは私の君たちへのささやかな善意なのだよ。私はわざと帽子を取り頭をかいてやった。「ほうら、やっぱり、な?」「アハハハ!」私は後ろを振り向かずとも彼らが大人になった時ハゲてしまったのを呪わしく思いながら帽子をかぶりスーパーで買い物をしているところがありありと見えた。すまんな諸君。しかし感染源は私じゃない。私も誰かにうつされた。中学の時の英語の先生や数学の先生、それから高校の時は物理の先生、大学の時は異文化コミュニケーションの教授、それから親父や政治家なんかも。誰かはわからない。見たことによってうつされた。これは私の罹患しているもう一つの病気にも同じことが言えた。コンビニに入った私は牛丼とビールを取りレジへ。「あっためどうされますか?」お願いします。「年齢確認お願いします」はい。それからコロッケを二つください。「お箸何膳ご要りようですか?」1膳ください。一日一善じゃないほうの1膳ね。あ、スプーンはキレてないほうのをください。「すみません」いや、こちらこそ。──字面では今のやり取りの意味がわからんだろう。つまり私は一言も声を発していない。向こうは私が言っているのだと思っている。だから会話は成立する。このもう一つの病気も感染症の一種だ。私にはもうさっきのレジの彼女の幸運を祈るしかない。夜道を歩きながら私にはありありと見えた。「どうせ、押し倒そうとでも思ってるんでしょ。あたしナイフ持ってるから、折り畳み式の」ゴミ袋を持ってカウンターから出ようとしたもう一人の若い男の店員は反応した。「え?」? 「今何か言った?」「いいえ? なんだよ、ぶっ殺すぞ」「おい、殺すってなんだよ」「は? あたし何も言ってないけど。ふん、一歩でも近づいてみろ、どてっぱらに思い切り突き刺してやる!」「言っとくがお前みたいな不細工誰が抱くか!」「は?」──私は思った。みんな口が動いていないことに気付くだろうかと。


単語泥棒と深夜の女

それは常態化していて普通のことになりつつあり、いやもうなっていて当たり前のことだった。私の単語が盗まれることや諸々の現象は。私は一応オンライン作家と言っていいカテゴリに入る人種だったがこの世界がやや暗いものであると知ったのは別に最近のことじゃない。「くそウンコ!」「糞とウンコは同じだよ」「うるさい!」私は朝っぱらからイライラしていた。また単語を盗まれた。どうせサイトを巡回して目についた単語をピックアップして自分の作品に組み込んでやがるんだろう。くそ腹立つ! まあ、たとえ私の思いついたオリジナルの単語だとしてももう誰かが使っているという点では私も同罪には違いない。だからそれは百歩譲って良しとしてやる。しかし若い女が──突然の登場で失礼するが私には若い女をネットで観察するという悪癖がある。そうとも、悪癖だ──深夜に画面に映ってしゃべっているのがどうしても本物だと思えない現象が単語泥棒とどういう共通点があるのか知りたくないか? 今私の言葉に答えた野郎は実際には存在しない。自分が言ったんだろだって? 確かにそうとも言える。しかしアレは別物だ。単語泥棒もそうだし、深夜の女もそうだ。ここにいい言葉がある。“幽霊”、“心霊”、“霊魂”といった話。あなたがたがどういう見識を持っているか知らないが霊が絶対に存在しないと言い切れる人は居ないだろ? あいつらはそういう類なんだよ。どうにもできない。このイライラを終息させるには私自身がそういうものになるしかない。だからあの野郎はまあ言わば手始めだ。これからの予定はこうだ。単語泥棒のところに行って渾身の力で絞め殺す。なんの罪悪感もない。首に紫色の絞められた痕跡が残るだろうが誰も私の犯行だとは思わんだろう。それから女のほうは──男なら誰でもやる変態行為をこの私がすると思うか? まずいまいましい回線をお釈迦にしてやろう。それからカメラやマイクも。その後静かに添い寝してやる。寂しがり屋のカワイイかまってちゃんだ、喜んで受け入れるだろう。横で寝ている男が合コンで知り合った野郎という保証はどこにもない。照明をつけて頬にそっと触れてみろ。実体があれば本物だ。ただ深夜にはよしたほうがいい場合もある。とくに心当たりがない時には。私もたまに若い女が横で寝ているという錯覚を起こすことがあるがいつもああ来たんだなと思うようにしている。寂しがり屋のカワイイかまってちゃんだ。


スーパーがスーパーと呼ばれる理由

スーパーがスーパーと呼ばれる理由を知っているのは私くらいだろう。もっともここに吐露した時点で大勢に──少なくとも30人前後には知られることになるが。理由は複雑かつ奇妙だが事の発端を知っているのは今のところ私だけで店内で喫煙するパッパラパーが居ないことにちなんでそう呼ばれているわけではもちろんなかった。まず第一に、なぜその考えに至ったか、その過程が重要だなんて言ったって過去をほじくりかえしたところで専門家でもないのにどだいわかりっこない。それにたとえ専門家でも分析することはできるだろうが絶対に答えはでないことを私はこのあいだ学んだばかりだった。「正直に言っていいかどうか」「どうぞどうぞ」「私最近ふとした瞬間に死にたくなるんですよ」「ふむ」「やっぱり気分が落ち込むから死にたくなるんですか?」「さあ、それはわかりません」「薬ください」「サインバルタ。これはね、食後に飲んじゃってください」「うつ症状が出るのはおかしいんですか?」「いやそんなことないですよ。統合失調症の人でもうつっぽくなる人は普通に居ますから」薬さえ飲みゃ大丈夫だ。たしかそんな無責任な考えだったのは確かだ。プラシーボ効果で治ればそれに越したことはないが逆だ。信用してない。おかげで治ったのか治ってないのかわからないうちに服薬するのが嫌になって薬を止めてもらった。まだあの感覚は残っていたが薬に頼るのが馬鹿馬鹿しいことだと思うようになった。それはたぶん治ったとは言えないかもしれないが少なくとも考えが変わったことだけは確かだ。夏になると暑さのせいで捨て鉢な気分になり近所から聞こえてくる馬鹿みたいな高笑いに憎悪し、夏が過ぎて涼しくなってくるとそれが罪のような気がしてきて自分が嫌になり希死念慮を抱くようになる。私の場合その脳内作用が四六時中働いており、季節なんか関係なかった。医者の言うように薬がお役目を果たしたからなのか、それとも何か私の頭の中に別の考えが生まれたからなのか──とにかく私は死ななかった。いやたぶん私は死ねないだろう。とにかくだ、私が言いたいのは私がスーパーマンのように並の人間を超越してしまっていることだ。そんなスーパーな連中が集まるからスーパーと呼ばれてる。間違いない。なんだったら声をかけてみるといい。連中は声をかけられる前にそれを察知して立ち去るから。それが超越しているスーパーというものじゃないか。


不安発作

またハードルを飛び越える夢を見ていたようだ。足に一瞬力が入りびくついて微量だが失禁したらしい。これは別に離脱症状によるものではないと彼は自己診断した。なんだったら来週クリニックに行ったときに主治医に訊いてみたっていい。医者は言うだろう、「ああ、私もありますよ、そんなこと」って。彼は何でも自分で判断した。連中は他人が叱責されているのを見聞きしただけで自分たちもそうされていると思い込んでいるだけだとか、話の中で男に男が加わっただけですぐホモ野郎を連想するご時世なのだとか、萌え萌えと聞いただけでちんぽおっ立てパーティーだと思っているのだとか、「寝れました」が何かの手違いで「濡れました」に聞こえたのだろうとか、英語がしゃべれたらカッケーだの言うやつは確実にアメ公にオカマをほられたいのだろうとか、自分が明るければ世界も明るくなると勘違いしているおめでたいやつだとか、作家錯覚物語を書くのはやめておこうとか、変態行為のし過ぎでちんぽこが黒くなった哀れな野郎と同じだとか。ねえ先生? 一人で何かをするってこういうことでしょう? 彼は中学時代ささいなことで「お前、一人じゃ何もできんのか?」と陸上部の担任の先生に言われたことをこの20数年間かたときも忘れたことはなかった。それは不安との熾烈な戦いの遍歴でもあった。かつて不安などどこまで行ってもないと罵られたことはすでに唾棄している。その当の母方の伯母も不安のせいで生活保護を受給するはめになったのは記憶に新しい。あの痙攣と言っていいのか瞬間的で発作的なびくつきは不安からくるものに違いないと彼はにらんだ。根拠としてはまず彼は一人暮らしであること。母屋が老朽化していること。なけなしの貯金が目減りしていっていること。下水道工事がいずれ進展するだろうこと。自分の気の済むようにしたいだけの愚弟がまたやって来はしないかということ。それくらいかな今のところ。彼はそれらをさばききる自信はなかったが──そう確かに自信はない。しかしあの言葉は二度と誰にも言わせないというこんがりやわらか皮なし焼いかを今から焼酎とともに胃に流し込む作業をするのと同じくらい簡単なことを実行しさえすればいいのだという思いは確かにあった。彼は思った。俺をなめやがったら痛い目を見ることをわからせてやるんだ。そうとも、何でも経験しないとわからねえアホばかりだからな。彼の発作は治りそうにない。


代償カオス

腐ってる。これを腐ってると言わずして何と言おう。フェラかイマラかどっちにする? どっちもオーラルには違いないがいまいち違いがよくわからんな。わからんでいいそんなこと。彼らにとっては倫理的にどうかが焦点らしいが今更かよ。お前らがそんなこと言える立場か? テレビに出るようになったら終わりだぞ。どこの局とは言わんがあいつらの番組の取り上げかたに時々立腹させられることは確かだ。亀甲縛り、いやもとい、拮抗縛りだから面白いのであって迎合してしまったら途端に面白味がなくなる。なんなんだコレは? は? 東京タワー? 神経症になるから神経を圧迫しないように? ちょうどいいところで追い出され、満席とのこと。誰が観るかあほんだら! どうするんだこれから? 大幅に尺が余ってしまった。何にでも反感を持つやつなんだろうな。そうに違いない。だってそうじゃないとおかしいんだよ、無意味にコメントしてることが意味があると思ってやがるからつまらんコメントするんだろ? 残りはただの変態野郎だ、心配しなくていい。連中の仲間になるのだけは絶対に避けなければ。確かに気のいいやつも居た。しかしそれは例外に過ぎない。この国は国土が小さいのと同様人心も小さいくせにでしゃばるからいろんな災禍に巻き込まれるんだよ。他国があれこれやるのはほっといて某大国にケツにぶち込まれてへこへこするのを今すぐやめろ。お天気おねえさん、あんたのしゃべり方は息が詰まる。息苦しい。かと言ってスポーツコーナーが面白いわけでもなし。なんなんだこの冴えない毎日は。ドラマやアニメも不自然だし。脚本が駄目なのか役者が駄目なのか? たぶん、両方だろう。へったな芝居だな。いくら異常気象で雨が降っても乾いた空気の中を生きている。これが老いというものなのか? これ以上生きる意味はあるのか? 価値は? たぶんそんなものない。寂しい世界にしているのは他の誰でもない自分なのだと気付いた時には手遅れだった。しかし幸いにもまだ生きている。「やあ君たち、フェラとイマラはオーラルの──わかってる。もっと面白いことを教えてやろう。文章を書くことがあのマスかきの“かく”だと思ってる鼻持ちならない連中をぎゃふんと言わせるには辛抱強いことが良いことだという考え方を今すぐ捨てて野球部員に金属バットを借りてこい。そうすりゃやるべきことが自然にわかるから。楽しいぞスイカ割りは。しかしその代償は知ってるよな?」


囚人生活

最近思い出し憤慨したのは父方の義理の伯父が酒をやらない人間とは対等に渡り合えないと思っていることだ。幸いにも私は酒をたしなむ人間だが私はそうじゃない人間を蔑んで見る傾向はない。甘い酒をやるのは確かにまだ甘ちゃんだとか女々しいやつだとは思うが人格そのものを否定しようって思ったことは一度もない。そうあのおっさんは人格を否定した。古い人間の考えることと言うより人間としてどうかと思う。ちょいちょいあのおっさんは鼻につくな。動物の死体が放つ腐臭なみだ。子供の頃潮干狩りに行ったとき茂みに打ち上げられた犬の死体のにおいを嗅いだことがある。まさにあれだ。電話の向こうの知りもしない若い女に「いいことしてくれるんだろう?」と言ったら「バッカじゃない!」と言われた時みたいに自分が悪いのかもと少しでも思ったことが許せなかった。あのおっさんの言いなりになっていることが。ともあれ私は囚人のような生活をするのをそれとなく拒んだ。半年という期限はとっくに過ぎてるがかまうもんか。それに正当な──これは確実にそう言っていい──理由ができた。親父に前妻が居て子をもうけているという私が父方の実家に住まなくていい正当な理由が。これは親父の呪いの及ばない幸運だったと言っていい。それを親父自らが作り上げてくれていた。呪いはすべて若い女のあらわな肌を見ることによって生まれることを私はよく知っているがこの場合は例外だったようだ。いや神仏に誓って私は呪い製造機だった親父のイチモツをこの場合だけは心底ありがたく思った。ざまあねえなオヤジ! しかし維持費は出て行った。家土地の。障害者という理由で免除もしくは控除されるのなら喜んであの呪いを受け入れただろう。しかしそれも今ではかなり困難を要する。弟が母の死に際に“仕方ない”という言葉を連呼していたがまさにこれこそ仕方ないことだった。その点私は呪い製造機の汚名を着せられることは絶対にない。病気で、不能で、何と言ったらいいか、とにかく呪いの拡散はしなくて済む。カネだけ払ってりゃいいんだろうが! これは決して不満じゃない、ただの心の叫びだ。母の入院代、葬儀代、それから親父の負債、両家の家土地の税金──父方のほうだけは弟と折半することになっているが──、講金、護持会費、すべて私が支払ってきた。それから奨学金、車の維持費、医療費などの自分が支払うべきさまつなものを含めると詰んでいる。


斜め歩きブラック無糖先生

「お前は心が前向きであることが病んでいる証拠だということに気付いてないようだな。斜めに歩いてみろ。そうすりゃ楽になる。しかも斜めでも前には進める。一度試してみろ」私はこのやぶ医者めと罵りたかったが笑顔をキープしたまま、「そうですか」とその提案に落胆まじりの返事をした。「まさかそれが卑屈だとか思ってるんじゃないだろうな?」と先生が言う。「いいえ、別にそんなことは──」「隠すことはない顔に書いてある。その調子じゃ治るものも治らないぜ。──さてと、今日は半年に一度の血液検査だ。目的はもう知ってるな? ヤクさまの顔色をうかがうためだ。ヤクさまがとち狂って肝臓なんかに暴力を振るってないか調べるんだ。前にも言ったな?」「はい」「ヤクさまさまだぞ。ようし行ってこい」私の主治医はその筋の人なのではないかと思うほど口が悪かったが悪い人じゃない。次の診察の時がもう来た。3週間なんてあっという間だ。「よう、お前か」「こんにちは先生」「調子はどうだ? ん? 斜めに歩いてるか?」私はその返事をするのを少しためらった。だって違うから。斜めになんて歩いてないから。「どうした?」私は先生に促され嫌々その答えを言った。「いいえ」「ふん、ド素人が、目がいかれてやがるのか? いいサプリメントでも教えてやろうか? 相手をよく見ろ」「はあ」「おりゃ医者だぞ。お前何しにここに来てる? ああ? 病気を治しに来てるんだろうが!」「あの薬はまやかしです。病気を治すものではありません」「インターネットの見過ぎ症候群を併発したらしいな、いや依存症か。せっかく治りかけてたのにヤクを増量せにゃならん。あーあ、がっかりだよお前には!」また次の診察日が来た。診察室に入るなり先生が言った。「よう、斜めに歩いてるか?」私ははっきり即答した。「いいえ」「バカ! 俺に恥をかかせる気か? わかった、方法を知らないんだろ? 童貞くんなみにモノを知らないんだろ? 今更だとは思うがコーヒー飲んだことあるよな? ほれ、ブラック無糖だ。飲め」先生はそう言って座右に置いてあるタンブラーを差し出した。「え?」「クスリだよ。ヤクさまさまだ。飲め!」私はやけくそでその黒い液体を飲んだ。コーヒーだった。ブラック無糖の。次の診察日。「先生わかりましたよ、方法が」「斜めに歩けたからってお前の本来の病気が治ったわけじゃない。ヤクははずせんぞ」「このカニ野郎!」「バカが、そう焦んな」


暴力

なぜ反感を持つのか? 本能だから仕方ない。食べたり寝たり、セックスまたは自慰行為をするのと一緒だ。誰も止めることはできない。じゃあ、暴力だって本能だろ? 誰も止めることはできない。私は暴力を正当化しようとは思わないし、蔑視さえしている。この低能めがと罵り、性欲と同じく厳重に封印してもいる。しかし私の書く文章が暴力的だと言われちゃ黙っていられない。“──的”といういい加減な言葉を使ってる時点で信用できないが仮に私の文章が暴力的だとしても本能を吐露している低能野郎ということで見逃してもらえないだろうか? 育ち盛りのガキが食うのを止めますか? いや止めない。夜寝るのを止めますか? いや止めない。男女が愛し合ってセックスするのを止めますか? いや止めない。私が暴力的な文章を書くのを止めますか? 止めないでよ。所詮文章でしかない。どうやっても映像には勝てないもの、そう文字で編まれた愚物──おおっと、あまり言うと今度は自虐ですかと言われて厄介なことになるからこの辺にしておこう。少なくとも私の文章にはあなたがたの大好きな根拠がある。たとえ虚構でも根拠がなければねえ? その多くは生と死について書いてきたつもりだ。モノがモノだけに過激な表現もしたかと思う。しかし今のところギャラをもらってるわけでもないし、かと言って、遊び半分で書いたつもりもない。真摯に真面目に書いた。私は思い直す。それで反感を持たれたのだからこれは喜ぶべきことだ。多かれ少なかれ読者の心に何かしらの作用を起こしたのだからと。ともあれ暴力が良くないのは満場一致で賛成だ。ま、世界に出りゃこんなちっぽけな領土じゃそりゃ人心も同様だろうという気分になること請け合いだけどね。いや私は海外旅行などしたことない。だから逆にでかい態度を取ってしまうんだろうな。小国の性ってやつだろう。そろそろいい加減にしなさいよ自虐ネタはと言われそうだな。あと一ついいことを教えて差し上げよう。私の親父は酒乱の暴力親父で母子ともに生傷が絶えなかったがそのせいで地獄に落ちた。これはもちろん当て推量に過ぎないが確かに根拠があることはよくご理解いただけよう。とくに暴力が心底嫌いな人には。あと大事なことを付け加えておくがこれはあくまであの世の存在を信じてる人しか理解できないことだから誤解されても無理はないと思ってる。無神論者とか無宗教者じゃないかな、実際に暴力を振るうのは。


私のせい、俺のせい

闇の怖さを知ってるか? 駐車場の薄暗いアスファルトの上を一枚のクヌギの枯れ葉がからからと乾いた音を立てながら転がってゆく──俺のせいなのか? いや違う。駅前の駐輪場で今まで大きな声で雑談していたカップルの声がふいに静かになる──俺のせいなのか? いや違う。祭りの前の街中に張り巡らされた縄に付いた紙垂がふっと揺れる──俺のせいなのか? いや違う。コンビニのレジで順番待ちをしている後ろのサラリーマンふうの男がじろじろ見ているその先には何もなかった──俺のせいなのか? いや違う。大地震があったあと津波が来て大勢の人たちが死んだ──俺のせいなのか? いや違う。異常気象で大雨や竜巻などの被害があちこちで起こる──俺のせいなのか? いや違う。政治や経済のぐあいがよくない──俺のせいなのか? いや違う。人心が荒廃している、葬式で泣く人が居ない──俺のせいなのか? いや違う。葬式? 母さんが卒中で死んだ──俺のせいなのか? そうだ、俺のせいだ。あの朝おはようと言い返さなかったせいだ。高圧的な言動をしていたせいだ。引きこもって買い物に行かなかったせいだ。代わりに墓地清掃に行かなかったせいだ。仏事を蔑ろにしたせいだ。世界を悲観していたせいだ。虫を殺したせいだ。ボンの頭を叩いたせいだ。自慰行為をしたせいだ。いじめをしたせいだ。いじめられていた後輩を助けなかったせいだ。夏休みの宿題をしなかったせいだ。最後の大会をボイコットしたせいだ。嘘をついたせいだ。──私は私が罪と認めないものは罪と思わない。これらはれっきとした罪だ。私がそれらを罪と認めているのだからそれらは罪だ。闇の住人はそれを知っているのでいつも私を誘う。一緒に行こうよって。私は闇が怖い。死ぬほど怖い。私は逃げたが執拗に追ってくる。誰か、誰か助けて! あれもこれも俺のせいだ。謝るよ、だから助けて! 罪悪感から救い出して! 私と俺は違う。私はあいつのせいにした。よし、これでいい。片づいた。しかし私は俺であり、俺は私だった。闇の住人はそれを知っているのでどこまでも私と俺を追ってきた。お願いです、助けてください! もう駄目だ、追いつかれる! そのとき声がした。「ワタシはお前の母の神、母の父の神、母の母の神。お前を赦す」私と俺は涙を流していることを感じながら上体を起こした。全部私と俺のせいだからすべて背負い込んで生きることを強く誓った。あれはたぶん夜風のせい──だと思う。


胞子

台風が来た日。彼は今ズボンとボクサーパンツを隔てた奥で勃起していた。かつて何度も射精した夜のように。しかし今の彼は脳裏に美女を見ているわけでも、マスをかきたくなったわけでもなかった。しかしその年齢にしてはあまりにも力強く、大きく、若い頃と寸分たがわず完璧にそそり立っていた。さらに言えば先っちょがカウパー氏腺液ですでに濡れていた。彼は言う。「さてやるか」彼がやったのは手を使ってしこしこすることでも、シャワーの水流を利用して悶絶することでもなかった。カッターナイフでペニスを根元から切り落としエンドウ豆のさやみたいに縦に裂き、中から出て来た粉を採取し容れ物は何でもよかったが手近にあったビンに入れ、荒れ狂う風の中にそれをばらまいた。それは風に乗りあちこちに飛んで行った。適齢期の女性の鼻の穴から体内に入り妊娠させそして子が生まれた。彼は死んだがこうして子孫が残された。世界のあらゆる生き物が子孫を残して死んでゆく。それは幸運だったし、当然のことでもあった。ある夜、一組のカップルがホテルに入った。さて何をしたもんか? そんなのんきなことを思っているはずがない。子づくりをせねば。彼は勃起したペニスをカッターナイフで根元から切り落とし、エンドウ豆のさやみたいに縦に裂き、中から出て来た粉を部屋中にまき散らした。女はそれを鼻から吸った。「これでいい」男は死んだ。部屋から女しか出てこなかったことを不思議がる人は居なかった。翌日男の変死体が見つかったが司法解剖するまでもなくペニスが切り取られているのがわかった。「たまにあるんだよな、こんな猟奇殺人が」検死官は裂かれたペニスを念入りに調べた。少量の粉が検出された。ドラッグ関係かと分析した結果、“花粉”とか“胞子”に似たものであることが判明した。女はすぐに捕まったがほとんど気が狂っているとしか言いようのないことを繰り返しつぶやいていた。「産まれる」と。刑事は言う。「そりゃそうだろうな、やっちまったんなら。で、なんで殺した?」「殺したんじゃない、寿命で死んだんです。彼はもうそれ以上生きることができなかった」「ペニスを切り落としたのはあんただろ?」「それも彼が自分でやった。子孫を残すために」数日後、女の居た留置所の簡易ベッドの上に無数のキノコが生えていた。女は死んでいた。刑事は同僚に言う。「お前、生命の神秘ってやつを信じるか?」「え?」「俺は信じるね」


親愛なるマスかきジョニーへ

親愛なるマスかきジョニーへ──昨日の夜あまりに丁寧にペニスを洗い過ぎたせいか今日早朝また自慰行為に及んでしまったよ。布団を相手にファックしている最中死んだ母さんのことを必死に振り払おうとはしたんだ。ネットで読んだ変態小説の一言一句を余すところなく思い出そうともした。なかなかイカなかった。結局左手を使った。イッても別に快感はほとんど感じなかったし精液もほとんどカウパーがちょろっと出たくらいだ。死にたくなった。そしてこれだけは伝えたい。≪罪悪感を感じた≫ということを。な? 僕、まだまともだろ? 賢者タイムなんてもんじゃない、“永遠の”という言葉を付け足してくれ。もはや快感を得るなんてことは昔話になった。もう歳なんだよ。オナニー死に気を付けないとね。庭のことが気になってる。アサガオに浸食されている荒れ放題の庭のことが。僕が居なくなったらこの辺り一帯はアサガオ天国になるのは間違いない。どうやっても毎年繁茂しやがるんだ。つるがそこらじゅうに張り巡らされていて駆逐するのは難しそうだ。僕の中にずっとある希死念慮とまったく同じだ。でもそのおかげで罪悪感が中和されているのを感じるよ。いや相殺っていう言い方のほうがいい。どっちもお互いにかみつきあってるし、どっちも離れたがってる。死にたいと思えば罪の意識が邪魔をし、罪の意識は死にたいと思うことによって薄れる。はっきり言って疲れたよ。二度寝した時、面白い夢を見た。刈りバサミでアサガオをやっつけている時、あやまって自分のペニスを切り落としてしまうんだ。激痛の中で「もういいよ」と言う声がする。僕はその声に安堵して刈りバサミを心臓に突き刺すんだ。願望なんじゃないかな、ペニスさえなければっていう。ずいぶん前になるけどバイト先のジジイ連中がエロビ要るかって言った時、僕は拒否した。そのせいで次の日からガン無視だよ。生放送で街頭演説している政治家に向かって「役立たず!」って叫んでた女は今妊娠してる。要するにペニスは自分勝手で傲慢で言うことを聞かないわけじゃないはずなんだ。でも、その現象ももう潮時だな。僕は歳をとった。それだけのことだと思うよ。子供をもうけるなんてたいそう高尚なことは僕にはできそうにない。せいぜい君みたいにマスかきしてりゃ、そのうちお迎えが来ると思うよ。忘れないで、希死念慮と罪悪感を。そして必ず思い出して。ヤる前に。──君の唯一の親友より


これらの物語はフィクションです。
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