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CH-1

何かわけのわからない夢を見たらしいが確かに何度も叫んでいたことだけは覚えていた。朝起きると汗ばんでいた。こないだ水道の蛇口が朽ちていたのを交換工事したのに代金を請求しに来ない。もう半年近くになる。やっこさん忘れてんな。うちに来た人はかなり年季の入ったおっさんで「あと請求書みつくろって持ってきますわい」と言ったきりだ。そんなことも当然私を不安にさせる要素には違いなかった。下水道工事も説明会をやったはいいが進展がない。民生委員のおばさんの話ではちょうど年度替わりだったでしょうとのことだが話が進まないことを私は陰でほくそ笑んでいた。だいたい下水道工事なんぞもともと必要ないんだよ。トイレは簡易水洗で汲み取り式だがそれで間に合ってるし、離れのトイレを水洗化するには下のと合わせて2倍費用がかかることになる。要はカネがないのだ。下水も流しゃいいってわけじゃない。水道を使った分だけ下水代も取られる仕組みになっている。公共ますを設置するにもうちは登記上3軒あることになっているので連中の説明通りにするのなら3つ設置しなきゃいけない。それも当然3つ分のカネがかかるのだろう。実家とはいえ障害年金暮らしの身にとって余分なカネが出ていくことはすなわち破滅を意味していた。ここに住んでいるのは私一人だ。妻も子供もいなければ両親も亡くなっている。一人だということ自体が不安だった。まあ、当たり前かもしれない。人間というのは結局一人では何もできないのだと中学の時の陸上部の担任の先生に「お前一人じゃ何もできんのか?」と言われたことに反論してやりたいのは山々だったが確かに一人でやらなきゃいけないこともある。葬式のプラン決め、負債の支払い、税金の申告、みんな一人でやってきた。私にとって唯一無二の弟は余計だった。それどころかあいつは嘲笑癖のあるアウトローに近い善人面した悪党なのは間違いない。なぜって今までのことがそれを物語っている。デリヘル利用、喫煙、飲酒運転、諸々の後始末代を一切出さない。こないだ父方の実家の固定資産税を半分よこせと言ったらすんなり振り込んできやがったのには少し驚かされた。約束だけは律儀に守るらしい。しかもカネ絡みの約束だけは。さっき言った喫煙に関してだが私は煙草を吸うやつがまともな健全な精神を有しているとはどうしても思えないたちでなぜかと言うと他人のことを慮ることのできないやつがまともなわけないじゃないか。あれは自分一人の問題じゃない他人を巻き込んでる。迷惑な話だ。そんなに胃癌や肺癌になりたかったら一生喫煙ルームの中に居ろ。あと女に関してあいつは幾分もてるらしく今まで幾人かと付き合ってきたらしいが今のところ結婚には至っていない。私は結婚に関して偏見と言うか呪いを抱えている。一つは精神病であること、もう一つは親父の呪いだ。薬をやっているためあそこが役に立たずそれは別にどうでもいいむしろ喜ぶべきことなんだが、もう一つの親父の呪いが弟にも降りかかっていることを本人が気付いていないのがなんとも口惜しい。私たちは子孫を残してはいけないのだ。父方の祖父も親父もそして自分も気違いだから。そんな血を後世に残してはいけない。滅びるべき血脈なのだ。しかしなんとまた口惜しいことに親父には前妻が居て子までもうけているのだ。親父の死後の手続きをする過程で生まれてから死ぬまでの謄本を取る機会があり見るとそこには前妻と子の名が刻まれていた。どっちみち私一人が潰れたところでどこかでその血は受け継がれてゆく。親父にも兄弟姉妹が居てそれぞれ幸せに本当にひがんでしまうほど幸せに暮らしており孫も居るらしい。あの家系を滅ぼすのは難しそうだ。ただ私はもう決めている。将来伴侶はもうけるかもしれないが子は作ってはならない。どうせ物理的に作ることができないのでそれは安心していい。正直に言おう。できることならあの家系を一人残らず皆殺しにしたい。生きる価値のない呪われた血筋。精神病、酒乱、暴力、その他に挙げるとすればカネに汚いとか女にルーズとか喫煙とか、とにかく我々の家系は人間としてどうかという疑問を抱かせるほど頭がいかれてる。これを露悪と言って馬鹿呼ばわりするやつも居るようだがそのどこが馬鹿かという肝心の理由を言わない。卑怯だ。少なくとも反面教師にはなっているし、非行の抑止にもなるに違いない。馬鹿が自分のことを馬鹿と言うのは何かの役に立つのは明白だ。根拠らしきものを言うとすればもし馬鹿が自分を偉いと言ってしまったら人間の人間たる意味がなくなってしまうのだ。それに第一面白くない。馬鹿が自分を馬鹿と認識しているからこそそこに意味が生まれ価値が与えられるのだ。そうは思わんか、蟻君? 私は今潰した一匹の蟻の死体に向かって弔辞を述べたつもりだった。


CH-2

今日は無駄に晴れていた。しかし太陽を蔑ろにはできない。太陽は笑顔の母だった。マザコンを嘲笑する連中が居るようだが彼らを非難するつもりは毛頭ない。母と聞いた途端マザーファッカーを連想し、ともすると自分がそうなるかもしれないという恐怖に怯えている連中を責めるのはかわいそうだ。ご希望ならペンチでタマをひねり潰し刈りバサミでペニスをちょん切ってやってもいい。それとも自分でやるか? まあいい、私の心は連中よりもう少し先にあった。いや別に後だってかまわない。とにかく連中とは違うのは明らかだった。さっき“無駄に”と言ったのは的を射ている。晴れてようが雨だろうが曇りだろうが雪だろうが、さしあたり困るようなことがひとつもないからだ。ただスーパーやコンビニに行くには晴れていたほうが幾分よかった。とくに傘を動員しなくてならないとなると余計な荷物が増えて手がいくらあっても足りない状態になるからだ。それも別にどうってことなかったがある種の不安がいつも私を苦しめた。母の居ないこの世界でのうのうと生きていていいの? 朝起きてコーヒーをやり、昼になれば昼飯をやり、夕方になると晩酌をする。そんなことしていていいの? 息していいの? 動いていいの? それはまぎれもなく「不安」だった。母の居ない世界で自分が生きていることが不思議で仕方なかった。好奇心はないが不安だけがあった。もういいやめにしよう、いくら考えたって答えが出ない問題だってきっと人生にはある。算数や英語とは違うんだ。そう言って考えることを放棄したとき同時に生きる意味や価値がなくなる気がした。だから私はない頭をフル回転させ問題に取りかかった。答えがなくたっていい。生ある限り考え抜くことに意味があり価値がある。たまには休憩する。しかし私は手を抜かなかった。要素を余すところなくかき集めてそしてああでもないこうでもないと組み替えてみたり順番を変えたり変形させてみたりした。もちろん答えは出なかった。それでよかった。ただ材料は必要だった。私はあらゆるところからそれを取ってきた。本、ネットはもちろんのこと、近所のババアとの会話から小路に生えている緑色の苔に至るまでとにかく材料を取ってきた。それらはメモすることもあるが大半は私の頭の中に入っていた。つい先日のこと、寝る前にふと右手を見ると親指の付け根の甲にポツポツポツと3つ強く押した時にできる爪の跡がはっきりとあった。右手の指は届かないし、左手の指の爪をあてがってみても全然違う位置にそれらはあった。聖痕現象というのがあるがまさにそれとしか言いようがなかった。私はまさかと思った。母の? もちろんそんなことあるわけないという思いがある反面それを信じざるを得ない根拠になることを私は毎日やっていた。いや2、3日に一回のときもある。私は入院していた時そこの病院の風呂に入ったことがある。素っ裸で入口に立つと中からおっさんが出てきて一言こう言った。「あるじゃん」それはもちろん付いてるものが付いているという意味だった。あれが幻聴だったとしても深く私の心に傷を付けた。「あって何が悪い! 俺を女か手術後のオカマとでも思ってやがんのか?」私にとってそれは呪いの根源であり禍根でもあった。私は風呂に入りいつものようにそれを洗った。すると隣に座って身体を洗っていたやつがなんて馬鹿なことをするんだとでも言わんばかりに私の股間を声を出したとしたら「ええ!」だと思うがぱっと振り向いてじろじろ見た。なんだこいつ、そんなにぽこちんを触る人間が珍しいのか? そう思って何か悪いことをしているような気分にさせられ、誰がお前らと同じ湯船に浸かるもんかという気になって体を洗い終えたらすぐ風呂を出た。そんなこともあったが要するに私は風呂に入る度にペニスを手洗いする。病床のもう片手を動かすことしかできなくなった母に握られたのと同じ手で。だからあの3つの爪の跡は母のだと思ってしまった。その跡は私に何か言いたげだったが何もこんなときにと思ってすぐ寝てしまった。次の日見るとそれはキレイに消えていた。生きる意味や価値を思う時そういった材料が必要なのだ。たとえ自分が忌み嫌っている事柄や物であっても私が体験したすべての現象は暗示している。時には明示している。私には自分で言うのもなんだがかろうじてそれらを感じ取るセンスがあるようだ。いや、誰にでもあるのかもしれない。もし誰にでもある感覚なのだとしたらこの世界のていたらくは一体なんなのだ。そういう感覚があってもあの朝「おはよ!」と元気よく言った母に私がしたみたいに無視しているとでも言うのか? でなきゃおかしいんだよ。世界がこんなになるはずはないんだよ。これは別に責任転嫁じゃないだろ? だって誰が何と言おうと私は悪くないもの。


CH-3

それは一日にしてならずだったがなんとかやってのけた。まずホームセンターで排水口を買ってくるとそれがドンピシャぴったりはまった。しかしやはり素人である。隙間ができた。それを埋めるために今度は風呂用セメントを買って──これは通販で買うまでもないどこにでもあるものだったが──しかもセメントを塗るための小さなこても買って、説明通り適当に水を混ぜ風呂の床に塗った。ひび割れにも塗った。余ったセメントは外の作りの甘い溝の隙間に流し込んで適当に成形した。しかし適当にやったにしてはうまくいった。いやあくまで適当にやったにしてはだが。こうしてまた一つの懸念とは言い過ぎかもしれないが心配事が多少薄らいだ。遠くに住んでる母方の伯母が──私は彼女をキチガイババアと呼んでいるが──「不安なんてどこにあるの?」そう言いながら両手で地面を掘る真似をしながら「どこまで行ってもないわよ」と言って私を貶したことを私は一生恨んでやる。所詮あんな気違いに心の疾患というものが理解できるはずがないのだ。私は「何が不安なの?」とその伯母に訊かれたので正直に「母の死です」と言ったら「ああ、死んだんじゃ思いんさい」と言われたのでああこいつは駄目だなと思った。薄情極まりない。まさか自分の母が死んだときも涙一滴流さずに「ああ、死んだんじゃ」と思ったのだろうか? だとしたら間違いなくあのババアは人でなしである。人の皮をかぶった畜生である。ま、どっちみちあんたが死んで涙を流す人は一人も居ないだろうよ。私はもちろんそうするつもりはまったくなかったが母の出棺のとき思わず涙を流してしまった。しかも震え声で「母さん、ありがとう」と何度も言いながら。葬儀屋の人が「頬に触れて耳元で言ってあげてください、聞こえておりますので」と言われたので私は手を伸ばし死体の頬に触れた。本当に正直そうする気は全くなかったのに思いのほかたくさん集まったギャラリーの取り巻く中で取り乱してしまった。頬は多くの死体がそうであるように冷たかったか? いやわからない。どちらかと言うとあったかかったと思う。うん、確かにあったかかった。もし私の声が聞こえていたとしたら火葬するのは間違いだ。まだ生きてる。頬もあったかい。魂がまだそこに宿っているのに火葬にしたらさぞ熱い思いをするに違いない。やめろ。やめてくれ。私は願った。母の魂がもうこの身体には宿っていないことを。それはあべこべだった。君が代は千代に八千代に──そうは思っていても死は厳然とあった。もはや死というものがどういうものかさえ私には理解不能だった。わかるわけない、教養のかけらもない馬鹿野郎なのだから。ただ私はそれが悲しんでいいものだと、泣いてもいいものだと直感的に思ったのだろう。だからあの時泣いたし、今も時々めそめそしてしまうことがある。そんなことチラシの裏にでも書いとけとのたまう情けのかけらもない人間に私は出会ったことがある。正直ぶち殺したくてたまらなかった。今もどこかでその変態野郎がのうのうと生を享受しているのだと想像しただけで虫唾が走る。結局その感情はアメリカ人がターバン野郎をどうかしてやりたいと思うのとなんら変わらないのだろう。憎しみは憎しみを呼び新たな憎しみを生む。それは大昔から繰り返されてきた人間の営みの一つであり別に今更取り立てて言うほどのことじゃない。しかしこんなにマヌケなことはない。いい加減気付いたらどうなんだと神仏が何度もおっしゃっているが一向にその気配がない。話が大風呂敷になったのでたたもうと思うが私は母の完全なる消滅を願ったときその矛盾に気付いた。死ぬ必要はなかった。まだ生きていてもよかった。なのに間違いなく肉体は白いかけらを壺一杯残したまま消滅した。しかし魂は消滅はしていないのじゃないかと。魂とは同じく卒中で死んだ伯父に英語でインディペンデンスと言うのだと教えてもらった自立をしたものではなく他人の心に宿るものであるなら母の魂は確実にまだ生きている。少なくとも私の心の中には母の魂がまだ生き続けている。ブルーベリー、ユズ、ドクダミ、ゼラニューム、レモン、ツバキ、クチナシ、ユキノシタ、ツワブキ、アサガオなどといった神々の名前を憶えているのは母の魂がそこにある証拠だ。記憶というものはあの変態野郎のことを思い出すように呪わしい嫌なことも当然のようにある。しかし太陽のような母の笑顔を思い出す時、脳の仕組みがどうなっているのか知らないがとにかく私の心はどこまでも広がってゆく。母が生きていた頃とほとんど変わらないほど広く大きく豊かになる。普段の私の心は狭く小さく貧しい。私にはそれらに対抗するための母の魂が必要だった。必要なのは必然だった。当たり前のことだった。しかしそれすらも否定し嘲笑し蔑ろにする連中が居ることを私は知っている。そいつらこそ死んでいい、今すぐ。


CH-4

「人の死を願うことが馬鹿げていると思いますか?」「はい、思います」「安心してください、貴方はすこぶる健康で何よりまともです」心療内科の診察室でこんな会話があったら私はどんなコント番組を見るよりも腹を抱えて笑うだろう。そうとも、連中は生きるに値しない。他人の母親を侮辱し、ギャンブルにいそしみ、みてくれを異常に取り繕い、葬式でガムをかみ、身体障害者からカネを無心し、警察沙汰になり、他人の家を乗っ取ろうとし、他人のことを慮ることのできない連中のどこに生きる意味や価値があるというのだ? 母方の叔父や伯母二人が人でなしで屠殺されるべき種類の畜生であると私が思ったのは連中があまりにも低能な言動をするからであり何も根拠のないことじゃなかった。根拠というのは人を説得する場合必ず要るものでたとえ役人でなくとも要件を処理するには必要不可欠なことだと私は学んだ。だから連中が屠殺されて当然だと思う根拠は私の中に前述したようにちゃんとあった。私はそれらを連中につきつけたことがあるが連中はけろっとしていた。ドーンと音がして何かを引っぺがすような音が聞こえた。外に出て屋根を見上げてみると端からこちらを見ていたのは猿だった。おいおい屋根にイタズラすんなよ。私の寝泊りしている離れは瓦屋根ではないのでカモメが降りてきてもとくに波板の部分だとやけに大きな音が聞こえるのだ。といは機能してないし落ち葉はたまるし猿とかハクビシンとかが屋根の上で遊ぶし、母屋と離れの間の板敷の部分に猫がしょんべんをするわ、お前らいい加減にしろ! そう叫んだところで埒が明かないのはもちろんわかっているが経年劣化というのはこうして助長されているのだ。そうやって心も崩壊するのだというのは幻想なのか? 少なくとも私はそれは現実に起こりうるという恐怖を感じたのか、そうならないように確か高校の時以来久しく聞いてなかった“世界を楽しむ”ということを意識するようになった。こないだ薬局のねえちゃんにほんの出来心で「前居たおにいさんどうされちゃったん?」と訊いてみた。実家に帰ったとのこと。しかもかなり遠い地だ。「じゃあ、そこで就職されて?」と私はやや余計なことまで訊いた。するとこの薬局は全国にあるとのこと。いやはやそりゃ幸せなこって。「姿が見えないからどうしたのかなと思って。じゃ、ありがとう」私は人と別れる際「ありがとうございました」という癖がある。最近ではわかりゃしねえと思い「ございました」の部分を省略するようになった。もちろん先生とか目上の人に対してはフルで言うようにしているが考えてみれば目下の人というのはたいてい私より年齢の低い人を意味している。とにかくその言葉は感謝の意も当然あるが世界を楽しむということにほかならなかった。何かをしてもらったら礼を言うのが当たり前だ。しかし私は楽しむために言う。それに昨今の異常に空気を読む風潮はどうかと思うがあの言葉を言うことによって雰囲気がよくなる気がするのだ。言うんだったら陰気にぼそぼそ言うより元気にはっきり言おうと心掛けることにした。ただ調子に乗ってるやつが気に食わないやつが必ず居ることを私は知っている。大丈夫だ、安心しろ、母の居ない世界で私が調子に乗ることは絶対にないから。生きるに値しないのは私だった。連中をどうこう言うより自分の命をしばらくつなぎとめておくほうに注意するようになった。しかし結局のところ何もかもが崩壊していく中で一番大切なのは他人を思いやる心だった。損得勘定はない。ただ弟のことが余計だと思ったのと同様、切り捨てていい人たちも確かに存在する。悪人罪人すらも生きていてくれと言うほど私は寛大ではない。私はどうなのだ? 私は生きるに値しないのであれば連中のように悪を行い罪を犯したのか? 警察沙汰になったのは一回しかない。原チャリでの一時不停止という明らかに意図的な意地汚い切符切りの犠牲になっただけだ。もちろんあれは標識に従わなかった私が悪かったのだろう。反省した。あれ以来私はどんなに見通しのいい所でも一時停止だけは必ず守っている。違反している車やバイクを何台も見た。おまわりさん早く来て! 来ないんだなこれが。まあいい、私は運が悪かった。律儀に細かい交通ルールを守るようになった点で運がよかったと言えるのかもしれないが誰でもやってるささいな違反を連中がいまだに見逃しているのを考えるとやはり運が悪かったのだと思わざるを得ない。目の粗い網に引っ掛かった運の悪い小魚なのだと。このように世界を楽しむには自由と同じように制限があり責任が伴う。自分が生きるに値しないとかあいつらがとか言うのは勝手だが少なくとも私にはそれらが常につきつけられている気がしていつも窮屈な思いをしている。しかしそんなことも母の死に比べればどうでもいいことだった。


CH-5

近所の物音が気になりだしたのは確かに発病前だったのを記憶している。当時私はまがりなりにも大学生でアパートに下宿していた。隣の部屋からいつも聞こえてくる女の小さな喘ぎ声。私はすぐに不動産屋に通報した。うるさいんですと。私は壁に耳を当て本当に聞こえているのか、本当にことを行っているのか確かめようとしたが、それは蚊の鳴くようなほんとに小さな声で遠くで聞こえる犬の鳴き声さえ女の喘ぎ声に聞こえた。今考えるとあれは完全に幻聴だった。現場を見たわけではないので何とも言いかねるが本当にことを行っていたのかもしれない。何度も女を連れ込むところを見たし、仲間とつるんでどんちゃん騒ぎをしているらしいこともわかっていた。しかしあれは幻聴だったと言えるのは今まさに精神科の医者に処方された向精神薬を毎日飲んでいるからだ。動かしようのない事実、証拠だった。あの頃母は生きていた。しかし私は発病した。その原因はやはり不安だったのだろう。いずれ母は死んでしまうという世にも恐ろしい最悪の不安。それが現実になった今でも私の病気は治っていない。「先生、私いつまで先生のお世話にならなきゃいけないんですか? いつまで薬を飲み続けなければいけないんですか?」仮にこんな質問を主治医にしたとしよう。思わしくない返答が返ってくるのは明らかだ。それはちゃんと根拠がある。「百」という小説がある。そこに出てくる親父は百歳近くになってもまだ幻聴が聞こえるのだ。私は読んだ小説を鵜呑みにするような人間ではないが小説は象徴だ。書いてあるのがフィクションであろうが事実であろうが私の心の中にはっきりと形が出来上がる。それが面白いから人は小説を読んだり映画を観たり音楽を聴いたりするわけだろう? 私はできることなら幻聴など聴きたくない。十中八九それは悪口だし、しかも自分の無意識の声だからコントロールしようと思わないほうがいいと先生に教わって私は愕然とした。幻聴は誰かが言っているのではない自分が言っているのだ。これが病気の病気たる理由であり、服薬せねばならない根拠だと私は素人ながら認識している。病気の話はよそうか。病気はどこまで言及しようが病気だ。しかしそれは材料の一つには違いなかった。生きる意味や価値を考えるための材料。弟は生きることに意味はないとはっきり言ったし、先生も生きる価値がないと思ってもそれを実行してはならないと言われた。この世界は生きるに値するとさえ言った人も居る。そこに病気という材料を持ってくると彼らの言う美しいものは私の中ですべて瓦解する。それが誤解だと気付かせる材料に私はまだ出会っていない。私の中で私の病気は忌むべきものという烙印を押されたままずっと来たしこれからもそれは変わりそうにない。だから多くを望んでないのではなくて望むことができないのだ。物理的にも精神的にも無理なのだ。ただ母の笑顔は太陽だと思えるようになった。なぜかは知らないがあれこれ文章を書いているうちにそういう考えに行き着いた。私の思いついたことなどもうすでに誰かの二番煎じだったがそれでもその考えは私の中でオリジナルとして出来上がった。私はそこで初めて母を愛していたのだと──暴言を吐いたり無視したりしていたが──気付いた。愛するというのは別にセックスをするとか、下着を集めるとか、においを嗅ぎたくてたまらないとかいったこととは限らない。いや全く違うと言っていい。もしそんな変態行為が許されるなら私は声を聴きたい。母の声を。私の名を呼ぶ母の声を。この際幻聴でもいいからもう一度聴きたい。そう願うとたいていその希望は叶った。もちろんそれは私が言っているのだがその声はあの母の聴き慣れた声音だった。穏やかな声、叱責する声、問いかける声、どれもあの母の声だった。居ない人の声が聴きたかったら試してみるといい。ただやり過ぎると私みたいに病気になるからほどほどにね。そんな遊びに興じている間もこの家はどんどん朽ちていった。普請するカネなどどこにもない。災害に巻き込まれたら一巻の終わりだ。保険などに入っているわけでもない。不安不安不安──ふわふわ? 心がガスの入れられた風船のようにふわふわ浮かんだらもっと不安になるだろうか? 豪華なメリーゴーランドの白馬に乗ってこちらを笑顔で見る母を想像したら心が少し浮き上がった。幸せな母を想像したらもっと浮き上がってふわふわした。そして私も一時的に幸せな気持ちになった。その作用がなぜ母の生前に起こらなかったのだ? いや起こっていたはずだ。しかし表には出さなかった。そればかりか望んだことと逆のことをした。今それは涙になっただけだった。もう取り返しがつかない、元通りにはならない。これを人は絶望と言った。


CH-6

月曜──何曜日だろうが年金暮らしの身には関係なかったがこの日は週に一度の可燃ゴミを出す日だった。朝ゴミ出しを終え向かいのババアとむかつく会話をすることもなく鉢物にも水やりをしたがあいつが大声でおそらく電話だろうがくっちゃべってやがって清々しいはずの時間が今日も台無しになった。私にとってそれはもう当たり前のことだった。だからかどうかただ暇だからかどうかもわからないが昼に蕎麦を茹でている最中またしても真空左波動をかましてやった。この技は秘拳中の秘拳で目に見えない波動をぶちかますので相手にそれと気付かれることなく食らわせることができる。何度も撃ったのでたぶんKOできている。ただこちらの体力も幾分消耗するのでそうむやみに使うことはできない。台所でメシを作る時はいつも撃ってる。「しんくうー、ひだりはどうーくらえ!」我ながらガキくさくて逆に笑えない。いや笑うためにやっているのではない、真面目に相手を倒すことのみ考えてやっている。なぜあのババアを“ババア”と呼ぶか話すと結構長いので要約して言うとあいつが私に憎まれるようなことを言ったからだ。それにもとから頭がおかしい。その理由も言うと結構な字数を要するので控えておくがあんなやつが近くにしかも向かいに住んでいるとこっちまでおかしくなるような気がして──実際おかしくなったが──どうも何と言ったらいいか鼻持ちならんとでも言っておこうか、とにかく嫌なのだ。母は「ご近所トラブルなんてどこでもあるんよ」と達観していたがそれにしてはいつも事あるごとに文句を言っていた。とにかく私の中にあのババアがすでに侵入してきているのを想像するだけで発狂しそうになる。それを鎮めるために毎日真空左波動を撃つ。向かいの家で気になるのはババアだけではない、ガキもだ。あいつはいつも私を貶す。それはなぜかと言うとあいつは特殊能力を持っていて他人の思考を感応のように読み取ることができるのだ。私が考えていることはすべてあいつに筒抜けなのだ。それもあいつが生まれたときからずっと続いているから最近じゃもう私たちの間には隠し事は一切ない。ただ何度も言うようだがあいつは私を貶す。私はどうするかと言うと貶し返すしかない。それが私たちの間にできたルールみたいなものでおそらく他人から見ればこんなところで戦争が行われているとはつゆとも知らないだろう。もちろんそれは私の作り上げたどんな物語よりも壮大な妄想の世界であり、当人たちはもちろん近所中の人がそんな世界があると思っているわけがない。私は当然それを知っていた。半分頭でわかっていてももう半分は妄想を信じていた。その割合が少しでも変動するようなことがあれば私の心は音を立てて崩れるに違いない。要はバランスだ。2年前の夏はその危機だった。あんなことは後にも先にも一生で一度きりだろうが本当に危なかった。そんなことがまた起こりはしないかというのが今言っている不安の正体なのだという考えにたどり着いたとき可能性としてそれはゼロではないなと思った。100パーではないにしてもゼロでもない。だから不安が生じるのであって、しかし考えてもみろ、リスクというものは何事にもつきものだし、代償はこれからも支払い続けなければならない。それが今形作られている世界なのだから革命でも起きない限り抗えないし変えることはできない。現実と妄想は私の中では半々で正気が保たれている。このことは誰にも知られてはならない。いや知られることはない。もし同じ人が居ても絵とか映画とかにでもしない限りわかりあえることはないだろう。家とともに心が劣化し崩れてゆく感覚があるのはたぶんバランスが崩れてきている証拠だ。現実の割合がまた大きくなってきている。私はその余分な部分を削ぎ落としたかったがダイエットに失敗しリバウンドしたみたいにまた脂肪という現実が付いてきた。余計なものは要らない。毎日真空左波動を撃ってもかかと落としを食らわせても街全体を消滅させてもまだ妄想という運動が足りなかった。しかも体力自体が衰えてきている。さらに運が良くてあと30年か40年くらいしか生きられない。それくらいありゃ十分だろだって? 十分なんじゃない多過ぎるんだよ。急いで! とにかく急いで! 今までのろのろし過ぎた。折り返し地点まで惜しみながらちびちびやって来たらしいがそれでもあっという間に過ぎ去ったようにゴールもすぐそこだ。いつ白いかけらになってもいいように準備を整えておかねば。おそらくやって来るものは軽やかだ。神々しい光に包まれる朝、私はゴールで味わうのと似た感覚になることを望んだが、いつもあのババアが邪魔した。こんなドタバタ劇みたいな終わり方は嫌だと毎度思うが「なあに心配するな、やつにも終わりは来る」と言う声を聞いて一応落ち着いた。


CH-7

自慰行為をしたことがない人が居ないのと同じくらい腹を刃物でぶっ刺される夢を見たことがない人は居ないのではないかと思う。私も憶えている、満月の夜、右手で股間のモノをつかみ小刻みに動かしながら向かいのねえちゃんが男と添い寝していてあわよくばことを行っているところを想像して出てきたものをどうせ朝になれば乾いているだろうとおざなりな気持ちのまま眠りの世界へ没入していったことを。そのことと同じくらい強烈に私の頭に残っているのが刃物でぶっ刺される夢だった。うるせえ女だなもう。私はそうつぶやいたがもう少し聴いていたい気持ちももちろんあった。しかしその女はただうるさいだけだった。ちょっとでも面白い要素があればこのまま聴いていられるがもう我慢の限界だった。その女に刃物でぶっ刺されるという妄想を──そう最初それはただの妄想だった──抱いてしまったのがそもそもの始まりであり失敗でもあった。あの時私は誰にぶっ刺されたのか? 友達がふざけて腰の後ろに手を隠して「死ね!」と言いながらその手をすばやく私に押し付けてきたとき私はマジでビビった。カッターか何かで刺されたと思った。もちろん血は出なかったし穴も開いてなかった。このことから推測できることは二つある。一つはまず私はその友達を信用してなかったということ。もう一つは運が悪いということがこの世に存在していると悟っていたということ。信用と覚悟、それらは呪わしくも今頃になって私の心につきつけられた。挨拶をしないと村八分にされる? 一人で何もかもこなさなきゃいけない? それらははっきり言って煩わしいことであったし必要のないこととさえ言えることだった。所詮心の疾患を理解できる健常者など居ないのだ。当事者にしかわからない。理解しようと努力することはできるがそんなめんどくさいこと誰がやる? 世界は朝になれば乾いているだろうと期待するように結構おざなり、いい加減なのだ。しかしそのことに気付いた人は狂ったように主張しだす。今の私のように。一人だから? そんなことはない、それこそ幻想だ。心が健康ならそんなことに執着するわけないと無視するのは至極簡単なことだが酒でもやって忘れるのが利口というものだろう。そのくらい心の病というのはどうでもいいことだと思われてきた。狐憑きがいい例だ。昔はそう言って病人を病人とも知らず蔑ろにした。しかし最近はようやく科学が進歩したと言っていい状況になりつつある。あの遠くに住んでる母方の伯母のように不安などどこまで行ってもないと言うアホは駆逐されつつある。もちろんまだ過渡期であり十分認知されたとは言えないし、人の心というのは常にゼロから始まるという特性を持っているのでうまく継承しなければならない。私は「これから親戚になるんじゃけんの」と軽々しく言い放った父方の義理の伯父につばを吐きかけてやりたい気分でいっぱいだった。20年以上も音信不通だったのにいきなり来て親戚面かよ。「どいつもこいつもいい加減にしろ!」あの夢の中で叫んだのはたぶんそんな言葉だ。心の叫びだ。これ以上なめた口を叩きやがったらてめえらの不細工なツラを汚いケツとこんにちはさせてやる、背骨をねじり折ってなあ! まあまあまあ、落ち着け、老い先短い身だ赦してやれ。それよりワクワクすることを考えようぜ。私がワクワクするのは連中の訃報だ。あの愚弟と一緒にするな。女や飲酒運転や煙草や魚釣りをこよなく愛しているあの野郎と一緒にするな。私はたとえ血がつながっていようとも性格は全く違う。私はたとえ精神病であろうとも他人のことを慮れないような馬鹿じゃない。生前の身体障害者の母方の伯母を一つ向こうの信号の所の病院の前で降ろしカネを受け取った後「歩けや!」と無慈悲に言い放ったなけなしの髪の毛を後ろ手に縛ったタクシー運転手を今から血祭りにしてやろうか? 希望があるとしたらそんな非現実的なことしか思い浮かばない。そのタクシー運転手がどんな薄汚い所に住んでいやがるのか知らないが何が何でもつきとめて挨拶なしで土足で上がり込み右手に現れた出刃包丁で何度も腹を突き刺してやるってのはどうだい? いいね、悪くない。そう最初は妄想だった。それが夢になり、正夢になる。そんな日がいつかきっと来ると想像しただけでワクワクするのだ。私の頭がいかれてると思うか? いかれてるのはあのタクシー運転手のほうだろ。私はそういう想像をすることでいくらか正気を保つことができた。皆さんがよくご存知の“まともな心”を保つことができた。私は自分に与えられたこの能力を心底ありがたく思った。この力がなければ今頃私は──考えただけでぞっとするような最悪の人間になっていたに違いない。夜の街を歩いたことがあるか? だったら暗がりに潜んでいる悪魔を想像しただろ? あくまでそれは想像上の存在だから安全なんだ。


CH-8

夢を人に話すと現実になる。それがとある作家大先生の見解だった。しかし神仏に誓って言うが私はあの夢を他人に話したことなど一度もない。もう時効だから言うが母が高い所から落下するという悪夢を──そうあれは悪夢だ──確か小学生くらいの時に見た。母は高い所からは落ちなかったが卒中で倒れ約3週間後に亡くなった。あの夏は酷かった。あらゆるものの輪郭がぼやけていた。眼鏡の度が合ってないどころの問題じゃなかった。何かもやがかかったように空気が透明じゃなかった。それに心臓が締め付けられるような感覚があった。あと涙腺のゆるみも否定しようのない現象だった。もういいやめよう思い出すのは。遅かれ早かれ誰もが通る道だ。それなのにそれを嘲笑する人間が居る。何と言ったらいいか、「あんたほんとに人間なの?」と言いたくなる。ぶちのめしてやりたくなる。背骨をへし折って不細工なツラを汚いケツとご対面させてやりたくなる。人に話したい夢は──いやまだそれは妄想の段階だが──他にもある。離脱症状というのはたいてい朝方に起こる。夜中ずっと幻聴と戦っていてついに朝日が差し始める。おそらく眠っていない。意識はずっと研ぎ澄まされたままだった。家の周りに白い防護服姿の人が男女合わせて数名集まってきて何かの送風装置みたいなものを使って霧状になった向精神薬を換気口から入れ始めた。私は寝ているふりをしてじっとその様子をうかがっていた。すると何やら薬くさいにおいが部屋に入ってきた。吸っちゃ駄目だ。そう思ったが息をしないわけにはいかない。私は連中がしようとしていることに身を任せるほかなかった。やがて意識がもうろうとし始めたように感じたが一向に鋭い意識がそこにあった。「駄目だ」と言う声。しばらくすると白衣を着た若い女が部屋に私に気付かれないようにそろりそろりと入ってきた。私はそちらを見なくてもすべて把握していた。手には注射器を持っている。連中のしようとしていることが手に取るようにわかった。私はわざとらしく寝返りを打った。私が起きているということは連中にはもうばれている。なぜならずっと思考伝播させているからだ。私が考えたことはすべて連中に筒抜けなのだ。私は連中が今の状態を打開してくれるものと期待していた。なかなかその女が注射してくれないので私はもう見ないようにするのをやめそちらを目で見た。居ない。ずらかったのか? また「駄目だ」と言う声。とうとう頭領がお出ましになった。白衣を着た年配の女性だった。「駄目?」「駄目です」という会話が聞こえた。私は連中がこそこそしていやがるのが鼻持ちならなかったので外に出て見ようと思い起き上がった。もちろんその思考は連中に伝わった。急いでずらかるわけのわからない連中。私は窓を開けてのぞいてみたが連中は立ち去った後だった。最初からそんな連中は居ない? よくそこに気付いたね。あれは離脱症状が見せた幻覚だった──と思う。誰もあれが幻覚だと教えちゃくれなかったが私は自分で調べ上げた情報からその答えを導き出した。これはノーベル賞ものだぞ。この功労、功績は表彰に値する。自分で答えを探り当てたんだから。しかし私は後にそれはすでに先例のあることで別に珍しくも何ともないことを知った。それが“病識”というものだったとわかった。世の中には賢い人が居るんだな、病識を持ってる患者が居ることもちゃんとわかってる。上には上が居るってこった。私の頭の中の現実と妄想が半々なのは正気を保つためだと前述したが現実はもちろんだが妄想のこともそれと同じくらい理解しておかないと100パーになってしまう。そうなったらもうおしまいだ。私には生きる意味も価値もなくなる。それは他の誰でもない自分が決めることなのだ。私にはまだそれらがあると、人間らしく生きていくことができると思っているからODもしないしリストカットもしないし自殺未遂なんてしたこともない。もちろん多くの人が一度や二度はそう思ったことがあるように「死にたい」と思ったことは何度かある。「そりゃ何かの勘違いだろ」と言うもう一人の自分が居たから馬鹿なことを実行しなくて済んだ。もう一人の自分は空想上の人物いや妄想の産物と言ったほうがいいか。空想はただ想像することだが妄想は想像したことを信じることだ。私はもう一人の自分の存在を信じた。妄想を信じた。誰もがそれは間違いで狂ってると言うはずだ。しかし私の中ではそれは皮肉にも逆に正気を保つ手段だった。読書や映画鑑賞をしていてぶっ飛んだ世界に入り込んでいる時なぜ楽しいかと自問したことはないか? 答えは妄想を信じる心を是認しているからだ。幻覚が見えたからと言って焦る必要はない。病識さえ持っていればあのぶっ飛んだ世界からすぐ帰って来れる。この家とともに私の心が朽ちるのを止めるにはやはり妄想の力を借りるしかなかった。


CH-9

私は小雨のぱらつく中コンビニへの道中通り過ぎた車が残した漂ってくる煙草のにおいを嗅ぎ取って弟を思い出したかどうかは定かでないがとにかく右足が前に出るたびにそれに合わせて「死ね」と小声で連呼した。水たまりに次々に現れる波紋がそれを促した。帰り道通り過ぎた汚れた駐車場を思い出しなぜゴミをポイ捨てするのかという愚問を本当に世にも馬鹿馬鹿しい質問をしかも自分にしてみた。返ってきたご名答はこうだ──やつらはわかってる。自分がゴミをポイ捨てするような人間のクズだということを。だからいいんだぜ、やつらをゴミ並みの扱いにしてやっても──私はつい昨日のことだったと思うがとある文章を読んでこいつ言葉をただ使ってるだけで全然感情がこもってないなと思った。確かにそれは言葉の羅列に過ぎなかった。私はどうしてこんなものが人気があるのかと疑問で仕方なかった。感情のこもってない文章など糞だと思った。しかし考えてもみろ、ぶっ刺すだの、背骨をへし折るだの、ぶちのめすだの、血祭りにするだの、そこに感情があるか? 少なくとも私にはあった。仮にこれらが誰もが持っている感情というものなのだとしたら確実にあった。しかし私はそれらを実行することはまずないだろう。なめてもらっちゃ困るが私は連中よりは真面目だし賢いんだ。ゴミのポイ捨てなどするはずがないし、凶行に及ぶこともない。夢の中では若い女に変態行為を施したことはある。いや確かにあるはずだ。しかしそれを現実世界で実行することがどんなに低能か心得ているし、第一誰かと関わるとたいてい厄介なことに巻き込まれる。何度も言うようだが私は連中よりは真面目だし賢いんだ。母の死因がくも膜下出血で父の死因が感染症だったのをご機嫌そうで何よりだなと知り合いでもないのに言う輩がどう思うか想像しそして次にウズウズしてくるのを抑えきれなかった。手や足の爪をペンチで無理やり引っぺがし、歯を全部もぎ取り、鼻と耳を切れ味のよくない錆び付いたカッターナイフで切り落とし、目玉を園芸用の小型スコップでえぐり出し、思いつく限りのありとあらゆる残虐非道な方法でなぶり殺してやりたくなった。それが感情でなかったらなんなんだ? 理性が働くから実行しない。私は連中にも多少はその作用があるのだろうという甘い考えでいる。ゴミをポイ捨てする連中にも多少は。「それが他人を慮るということにほかならないと思うのだがどうかね、クモ君?」私は壁にへばりついている大きなクモに語りかけた。「めんどくせえからゴミをポイ捨てしたやつ全員皆殺しにしろ」とクモは言う。「そっちのほうがめんどくさそうじゃないか」「安心しろ、目印を付けてある。それを教えてやるからあとはお前が妄想するだけでいい。そうだな何にする? 卒中か、心筋梗塞か、それとも単純に突然死ってことにするか?」「原因不明がいいな」「よし、じゃあそうしよう。オレに手をかざせ、連中の居所を教えてやる。あとはお前の好きにしろ」私はクモに手をかざし妄想した。最初はぶざまにそこに倒れ込むことにしたが面白くないので頭にダイナマイトを仕掛けて爆発させたみたいに派手に破裂させることにした。汚い、本当に汚いものが飛び散ったが私がそこに居るわけではないのでだんだん慣れてきて次々にやっていった。ある程度やったところで疲れてきたのでやめた。「ほんとに死んだのか?」私はクモに訊いた。「今すぐには死なないと思う。大丈夫だ、必ず死ぬ」私は他人の死を願うような人間じゃないが悪人罪人にはそれ相応の応報がなければ不公平だと思うような人間ではあった。だからその妄想を信じた。あれから誰かが不審な死を遂げたというニュースは入ってこなかったがクモとのセッションは続けた。ある日クモのリストから連中がきれいさっぱり消え去った。「終わったのか?」私は訊いた。「ああ、あれで全部らしいな。でもまた新たな馬鹿が現われるのは確かだ。安心しておけ、また目印を付けておいてやる、一人残らずな」私はひと仕事終えてほっとした。「ありがとなクモ君。少し気分が晴れたような気がするよ」「なあに、礼には及ばねえ。遠慮なく気軽にオレを呼んでくれ。オレとお前なら悪人を駆逐できる。ただ気を付けなくちゃならんことがある」「なんだ?」「このことを絶対に人に話すな。もし話したら、どうなるかわかるよな?」「ん? わからん」「夢は人に話すと現実になる。じゃあ妄想は? 信じれば実現するのは当然だ、しかし妄想は人に話すと失敗する。よく覚えておくこった」「ああ、わかった。どっちみち話し相手なんかお前くらいしか居ないよ」私が妄想のことを誰かに話すわけなかった。だって妄想を人に話して何になる? あの白い防護服を着た人たちの話をしたところで頭がいかれてるとしか思われない。信じてもらえるのは満月の夜におざなりな気持ちで眠った話くらいだろう。


CH-10

悪い人は禿げないという法則と同様、良い人は早死にするという法則を私は信じざるをえなかった。連中は少なくとも悪い──しかもゴミをポイ捨てする、自分の命もポイ捨てすればいいのにと思わせるほどしょーもない連中だ──。しかし早死にする予定だ。私が呪いをかけた。でも昨日の夜見た夢が原因だと思うが“人を殺しちゃいけない”という考えがちょっとした吐き気とともに繰り返し私の頭の中でまるで拡声器を使って言っているように大きく耳障りに聞こえた。朝から気分が悪かった。あの妄想は失敗させよう。私はあのクモを呼んだ。「どうした?」「気が変わったんだ、あの呪いを解いてくれ」「まあ驚かないよ、お前のこったからいずれそう言うと思ってた。前言った通り人に話しゃ失敗する。その上オレを殺せば完璧だ」「そんなこと──」「できないって言うなよ。お前に出会った時オレにはその覚悟はできていた。明日あの水はねストップの高い壁で囲まれた流しの中に居てやるから熱湯でもかけてぶっ殺せ」「──すまない。ほんとにすまない。あんなことやるべきじゃなかったんだ」「いいんだよ。お前の優しさがわかっただけでオレは満足だ」「いや、私は連中より酷い悪人だよ」「心配すんな、お前より酷いやつはごまんといる。優しい人というのはたいていへりくだってものを言う。相手のことを大事に思っている証拠だ。そんなこともちゃんとわかってるから」「──何と言ったらいいか」「もう何も言うな。お前の中でけりをつけりゃいいんだ。オレはただの虫ケラだからな。じゃ、ぬかりなくやれよ」「ああ」次の日の朝流しを見るとあのクモがはまってじっとしていた。もう呼びかけても話しかけてこない。私はケトルで湯を沸かし熱湯をそのクモにかけて殺した。そんなことしたくなかったがあの妄想を失敗させるためにやった。クリニックに行った日主治医の先生にあの呪いのことを話した。先生はしばらく難しい顔をして黙るかと思ったら軽い感じで薬増やしましょうかとすぐに提案した。私ははいそうしてくださいと従った。自分でかけた呪いを自分で解くという二度手間みたいなことを私が実行したのは見た夢や抱いた妄想が確実に存在していて確実に私の心に影響を与えたという証拠だった。思うにそれは危険なことだったのだろうか? あのクモは私が優しいからと言ったがほんとにそうだろうか? それらに従ってことを起こすことは誰が何と言おうと頭がいかれてる。しかし存在は否定できない。私はこの力があればどんな困難も乗り越えられる気がするという安易な考えに囚われることはなかった。できることなら避けたいことだった。あれはほんの出来心だった。だから後で過ちに気付いた。幻覚や幻聴が私の心に影響を与えるのは仕方のないことかもしれない。たとえ病識があっても私の心はそれらに左右される。それが目に見えない心であるからこそ考えて実行するまでにワンクッションある。現実と妄想の間に薄い発泡スチロールの壁があって思いとどまるかぶち破るか考えることができるようになっている。私はそこでよく考えねばならない。今居る場所が現実なのか妄想なのかもよく認知しておく必要がある。意識が遠のきそうになった経験はないか? 夜床に就いた時当然あるよな。その後、実はその薄い発砲スチロールの壁の中の次元の狭間に居るのだ。現実にも妄想にもどちらにも入って行けないときそこにたどり着く。そこはだだっ広くて天候もよく時間が無限にあるように思える。ゆっくり過ごすといい。しかし常に考えてないといけない、どっちにつくかを。でも結局はみんな現実のほうにつくのさ。なぜって妄想は頭がいかれてる人が抱くもんだと誰もが思ってるからであり、それに従ってことを起こすなんてとんでもないと思っているからにほかならない。私はその度合いにもよるが妄想を信じるのは悪くないことだと思ってる。何度も言うようだが世の中はそのバランスで成り立っていると思うからだ。現実と妄想の。ただ過度に期待するのはよしたほうがいい。我々が今居るのはまぎれもなく現実だし、白い防護服を着た人たちが私の家に来たことは一度もないし、クモと会話できるなんてこともない。満月の夜の話のほうが現実味があるし、近所のババアやガキ、弟のことも現実だ。そして家がどんどん朽ちていっていることも。しかし私の心だけは違った。妄想が修繕してくれたのは明らかだし、現実が何も影響を与えなかったと言うと嘘になる。バランス、バランス、バランス。私の心は均衡を保っていた。でなきゃ今頃クーンズみたいなたちの悪い野卑な職員に頭を何度もぶっ叩かれていただろう。母がそうだったように精一杯生きよう、全力で。そう思ったのがもう三回忌が来る今頃だなんて遅過ぎるって?──「プレゼントをもらうのに遅過ぎるってことはないぜ。なあ?」私は小さなクモの子にそう話しかけた。
この物語はフィクションです。
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