「おい、山田、例の見積もりの件どうなってる?」と課長の声ではっと我に返る。
「あ、はい、今日の外回りでなんとか話がまとまると思います」と僕。
「どうした、山田? 最近ぼーっとしていることが多いぞ」
「すみません、ちょっと寝不足で・・・」
「なーにいってんだ、若いもんが。俺なんか若い頃は夜眠れないくらい元気だったぜ」
「ほんとにすみません」
そう、最近の僕はどうかしてる。いろいろあったが過去と決別した僕は、東京で働くようになってもう十年近く経つ。朝の満員電車にはもう慣れたし、人ごみの中でも平気になった。仕事は順調なのだが、最近とても気になるというか、僕の脳裏を常に激しく刺激しているものがある。それは、ふとしたときにたくさんのカエルの鳴く声が聞こえてくることだ。幻聴かもしれないので精神科の病院に行こうとも思ったが、そんなことをしたら即刻解雇されるに決まっている。いつも聞こえるわけではないので、どうやら幻聴ではないらしい。まるで僕を故郷に誘っているような、しつこいカエルの鳴き声がとくに寝る前、布団に入って目をつむったときによく聞こえてくる。たしかに懐かしい心地のよい声だった。田舎では田植えが終わってから夏にかけて、水をはった田んぼのそこかしこから、にぎやかに聞こえてきたものだった。
都会ではそんなものは一切聞こえてこない。そのかわりに聞こえてくるものといえば、エアコンの出外機のゴーっという音、車のクラクション、電話のベル、それと一番耳障りな人のしゃべる声ぐらいだ。何ひとつ自然の音はない。それなのに、(本当は脳だと思うが)耳が子供の頃に何気なく聞いていたカエルの声を憶えていて、時期になると自動的に思い出して再生されるらしいのだ。
目の前の書類とパソコンの画面とをにらみつけていた僕は、突然電話が鳴ったことに少し驚いた。そして、いつものように少しどきどきしながら受話器をとった。
「はい、TM商事です」
「あんた、山田武弘かい?」
「はい、そうです・・・」僕は名指しされたので、取り引き先の人だなと思った。「いつもお世話になっております」
「田舎に帰りな」
「はい?」僕は耳を疑った。「すみませんがどちらさまでしょうか?」
「オレのことはどうでもいい。とにかく早く田舎に帰ってこい」と電話の声。
「すみませんが番号をお間違えなのではありませんか?」
「いいや、オレは山田武弘、そう、おまえにいっているのだよ。もう、やつらの声は届いているだろう?」
「やつらの声って、まさかカエルですか?」と僕はばかばかしいとは思いながら半信半疑で尋ねる。
「そう、あいつらの声だ。オレたちはおまえを待っている」
どうも話がわからない。何をいっているんだこの人は。「もう、切りますよ」僕は相手が電話を切るのを待ってから切るようにしているので、このときもそうした。
「いいか、もう時間がないんだ」とその声。
「こちらも迷惑電話の相手をしている時間はありませんので」僕はもうこっちから電話を切ろうと受話器を耳から離そうとした。しかし、どうしたことか受話器が耳から離れない。あれ?
「山田武弘、オレたちはおまえを待っている、早く田舎に帰るんだ」と電話の声がそういい終わると、受話器が耳からすっと離れた。そのとたん、オフィスじゅうに聞こえるような大きな声がそのフレーズを繰り返した。「山田武弘、オレたちはおまえを待っている、早く田舎に帰るんだ!」
僕はみんなにこの声が聞こえてしまったのだと思ってついうわーっと声を上げるが、みんなは知らん顔をして仕事をつづけている。
「山田、顔色悪いぞ。どうかしたか?」と課長。
「い、今、声が聞こえませんでしたか?」と僕。
「声? なんの声だ?」
「──いえ、いいんです」
「大丈夫か、おまえ」
オフィスはいつもどおりせわしなく、みんな仕事をつづけている。
なんだったんだ、今のは。田舎に帰れだって? たしかに東京へ出てきてから一度も田舎へ帰ったことはないし、実家──ここでいう実家とは母方のことである。父方のほうはあとでご説明します、憶えていれば──とも連絡をとっていない。それがなんだというのだ。仕事一筋に生きて何が悪い? それにいろいろと面倒なんだ、田舎へ帰ると。それを考えるととてもじゃないが田舎へ帰ろうなんて思いもしない。でも僕は、最近の幻聴に似たカエルの声がたしかに聞こえることが気にはなっている。いや、そんなことはよくあることで、別に気にするほどのことではないのかもしれない。
その日の夜もたしかにカエルの鳴き声が聞こえてきた。第一住宅街のど真ん中で、カエルの声なんか聞こえるはずがないのだが、とにかくそのせいで寝つきが悪くなり、昼間に眠くなるのだ。
数日後、僕はまた電話の受話器をとり、営業の話を進める仕事をしていた。僕は何気なく使い込んで薄汚れた受話器をとる。
「はい、いつもありがとうございます、TM商事です」と僕。
「山田武弘さん?」
「はい、そうですが」
「先日はうちの者が失礼しました。しかし、どうしてもあなたに帰ってきてほしいのです」と電話の声。
「はい? 帰るって、どこへですか?」と半信半疑な僕。
「もちろん、あなたの生まれた故郷へです」
僕はまた例のいやがらせだと思う。しかし、僕を田舎に帰らせようとする組織でもあるのだろうか。まさかな。僕は適当に対応することにした。
「またですか。いいかげんにしてください。私は迷惑しているのです」
「どうしてもあなたに帰ってきてほしいのです」
「あなたがたはいったいなんの組織なのですか? 私は不当請求には断固応じませんからね」と僕。
「──あの声はお聞きになられましたか?」
「あの声って、まさかカエル? その声なら最近は毎日のように聞こえてますよ。それがなんだっていうんですか?」と僕。
「あの子たちもあなたに帰ってきてほしいのです」と電話の声。
「カエルが? まさか、冗談につきあっている時間はないんです」
「そうです、時間がないのです。お願いですから帰ってきてください」
「あなたねえ、漫才やってるんじゃないんですよ。もう切りますから」と僕は電話を切ろうとするとまた受話器が耳から離れない。またか。
「私達はあなたを心からお待ちしています」と電話の声がいい終わると僕の耳から受話器が離れる。そして、オフィスじゅうにこだまする声がした。「山田武弘さん、故郷へお帰りなさい」
またやっちまった、なにかのボタンを押してしまったのだと僕は思うがオフィスはいつものような状態で時間が流れていた。
「どうした山田?」と課長。
「い、いえ、別に」
「最近おまえ変だぞ。休暇でもとるか? 体は大事だからな、おかしくならないうちに休みをとったほうがいい」
「はい、ありがとうございます。でも、大丈夫ですから」
僕はその夜なかなか寝つけなかった。カエルの声が聞こえるからではない。あの妙な電話が二度も田舎へ帰れといってきたのが気になるのだ。僕を田舎へ帰らせようとする組織が仮にあるとしても、その目的がわからない。もしかして、虫の知らせというやつかもしれない。父さんか母さんに何かあったのかもしれない。あるいは悪徳業者がカネを絞り取ろうとしているのじゃないかとか、ただのいたずら電話だとか、いろいろ考えていると頭がさえてきて眠れない。それでも僕は目をつむってじっとしていた。そのうち、体がふわーっと軽くなってきたと思うと、僕の意識はどこか別の次元へつながってしまったようだ。
僕は結局、田舎へ帰ることにした。こんなことでねを上げるとは、我ながら気がとがめたが、会社にはうまくいってごまかして休暇をとった。朝、新幹線に乗るためにタクシーで駅に向かう。
「それにしても最近うるさくってしかたないですね」とタクシーの運転手が唐突に話しかけてくる。
「え、ああ、高速道路でしょ? たしかに大型トラックとかがよくクラクションを鳴らしますからね」と僕は適当に答える。
「──何いってるんですか。やつらの声のことですよ」と運転手。
「え、やつらって?」
「とぼけないでくださいよ。カエルですよ、カエル」
「え、あなたにも聞こえるんですか?」と僕。
「当たり前じゃないですか。夜になると一斉に鳴きだしますからね。あいつらはあなたを呼んでるんですよ」と運転手。
「え、どうしてそんなことがわかるんですか?」
「わかりますよ、誰だって。あんなに一生懸命に鳴いているじゃないですか。ほんとに心が打たれますね。だからあなたは帰ることにしたんでしょ、田舎へ」
「まあ、それもありますけど──って、どうしてそんなことまで知ってるんですか?」と僕は尋ねる。
「心配しなくてもいいんですよ。みんなあなたを歓迎してくれます」と運転手。
「はあ」と僕は答える。「それにしてもどうしてあなたはそんなことを知ってるんですか?」
「みんな知ってますよ。あなたの名前は山田武弘。酒は少々たしなむが、タバコと女にはまったく手を出さない仕事一筋の真面目な男。最近、仕事に疑問を持ち始めているところがちょっと欠点だけど、毎日順調に仕事をこなしている。協調性には欠けるが、組織の中ではうまくやっていく素質がある──ってとこですかね」と運転手は悠然とハンドルをきりながらいう。
「──すごい、当たってますよ。占いか何かやられるんですか?」と僕。
「占いじゃありません。事実ですよ。今いったようにこのくらい誰でも知ってます。別にふしぎなことじゃないでしょ?」と運転手。
「十分ふしぎですよ。あなただけならまだしも、みんなが知ってるなんてそれはうそでしょ?」と僕。
「いいえ、うそじゃありませんよ。まあ、とにかくあなたはめでたく帰省することになったんです。ありがとうございます」
「どうしてあなたが礼なんか──」
「これはみんなの願いなのですから。私一人の問題じゃないんですよ」
「よくわからないな」と僕。
「ははは、そんなに難しいことじゃありませんよ。みんなが願っていることが現実になりつつあるというだけですよ」と運転手はいう。
しばらくの沈黙。
「さ、着きました。どうぞお気をつけていってらっしゃいませ」
僕はカネを払い、そのタクシーを降りた。売店に行き、弁当とお茶を買い、そして切符を買ってホームに出た。あと二十分で新幹線が来るようだ。僕はベンチにでも座って待つことにした。ベンチに座ると突然隣のおばさんが話しかけてきた。
「ああ、武弘君。今日は天気がよくてよかったねえ」
「は、はあ」と答えたものの疑問がわく。「あの、どうして僕の名前をご存知なんですか? 僕は有名人でもなんでもない、ただのサラリーマンです」
「知ってますよ。武弘君は真面目でいい子だから、よく憶えてるんですよ」
「そうですか」と僕は答えるがどうもふに落ちない。どうして・・・といいかけるがおばさんがそれをさえぎってしゃべりだす。
「あたしたちはねえ、ずうっとあなたを待っていたのよ。みんなあなたのことは忘れなかった、ずっと。そして、あなたは今日帰ってくれることになった。本当にありがとうねえ」とおばさん。
「はあ」と僕は答えるしかなかった。僕を田舎に帰そうという組織があるのだ。この人もその一員なのだ。そう思うことにする。
しばらくして新幹線がホームに入り、僕は乗り込んだ。中は思いのほかすいている。それはそうだ、都会から田舎へ行く人なんてお盆と正月くらいだろう。僕は適当に空いている席に座った。すかさず弁当を袋から出しひろげる。さあ食べるぞ、と思ったときになにやらどやどやと団体さんが入ってくる。そして、僕の席のところまで来ると、僕の席の周りにみんな陣取った。ざっと見たところ十人はいるだろうか。みんな僕ぐらいの年齢だろうか、特に特徴はないごく普通の人たち。そのうちの一人が僕に話しかける。
「お隣、いいですか?」
「はい、どうぞ」僕は慌てて座席に置いていた荷物を足元にやる。他にも席が空いてるのにどうして僕の隣に座るんだろうか。僕はそう思いながらひろげた弁当を遠慮がちにつまむ。そして、団体さんの会話に耳を傾けた。
「さあ、みなさんまずは一杯やりましょう」団体さんのうちの一人がこういうと、ビニール袋から今買ったらしい缶ビールをみんなに配りだした。そして、僕の隣に座った女の人に缶ビールがまわってきた。
「あなたもどうぞ」と女の人。
「え、僕? いいですよ、僕は」ととっさに答える。
「遠慮なさらずに、はいどうぞ」そういうと女の人は僕の胸に缶ビールを押し付けた。僕はしかたなく受け取る。
「それでは山田武弘君の帰省を祝して、かんぱーい!」
え、僕? 僕は驚く。
「おめでとう」と隣の女の人。そして、にぎやかな宴会が始まった。
「あなたたちは僕を田舎に帰そうとする何かの組織のかたですか?」
僕は思い切って尋ねる。
「そうですよ。みんなは組織であり、組織はみんなそのものです」
なんだか変な日本語だな。僕はそう思う。そして『ふるさと』の大合唱が始まる。僕は人目を気にしながら弁当をたいらげると、受け取った缶ビールを捨て鉢な気分で一気に飲み干した。「いっき、いっき」というかけ声。そして、僕は酔いにまかせて、くだをまくことを是認した。
「いいかげんにしろ! おまえらいったいなんなんだ!」
僕のこの一言で、騒ぎは一瞬で静まった。隣の女の人が、やさしく話しかけてくる。
「武弘君、あなたは私たちにとっては、かけがえのない存在なの。みんな、あなたが田舎へ帰ってくれることがうれしいのよ。わかってあげて」
「タクシーの運転手といい、ホームにいたおばさんといい、そして今度は新幹線の乗客までが、どうして僕のことを知っているんだよ? ええ? はっきりいってくれよ!」と僕はいった。
「それはもちろん、小さい頃から一緒だったからよ」と女の人。
「一緒だった? ふざけないでくれ。僕はあんたたちのことをまったく知らないんだよ」と僕は正直に、いや、ただ事実をいったまでだ。
「忘れてるだけよ。私たちはたしかに山や川であなたと一緒に遊んだ」
「山や川で? 僕はいつもひとりだったよ。友達といえば、カブトやクワガタや、カエルやトンボや、それからホタルに、ハヤに、ゴッポチだったよ。同じクラスのやつらはなぜか僕を避けてた。だから、そうなったのも当然だよ」と僕は少し、子供の頃を思い出して悲しくなった。
「憶えてるじゃないですか、私たちのことを」
と、隣の座席の女の人は妙なことをいった。私たちって──まさか!
「まさか!」と僕は声に出していう。
「そうです。そのまさかです」
「そんなバカなことが──」
その団体さんは「わーっ、思い出したぞ。武弘が思い出したぞ」とかなんとかいいながら、通路に出てきて、小さい頃に見た、そして参加したことのある盆踊りのような歌とかたで、ときどきぱちんと手を打ったりして“歓喜の舞”状態になった。
隣の女の人がいう。
「本当はね、あなたにお願いがあるのよ。でも、それはいいの。あなたが十分、物語を堪能したあとで」
「お願い?」
「さ、踊りましょう!」
女の人は僕の腕を強引に引っぱって、踊りの列に加わった。僕はつられて見よう見まねで、ときに間違えながらなかばやけくそで踊った。その踊りの列は、車両の端まで行くとくるりと向きを変え、反対の端までいくというのを何回か繰り返した。僕の脳裏には、あの盆踊りの太鼓の音と歌がありありとよみがえってきた。そして、僕は気分がよくなったと思うと、メニエールのようなめまいがしたと思った。このとき、僕はすべてを思い出したのである。
気がつくと、僕はぼんやりと、カエルの鳴く声がやかましいほど聞こえる、まっくらな田んぼを何かをさがすように眺めていた。そして、動いているほのかに緑がかった黄色い光をみつけたとたん、一気に眠気がさめて思わず叫んだ。
「おった!」
「あ、ほんまじゃ」という、やさしく懐かしい声。だが、そこにいる人物の顔は暗くて見えない。
「母さん?」
「どしたん?」
「母さん?」
「どしたん?」
「母さん、よね?」
「どうしたん?」
「昼寝しとるときにねえ、変な夢見たんよ」
「どんな?」
「僕がねえ、都会で働いとるんよ。でもね、すごい疲れとった」
「ふうん。さ、風呂に入りんさい。父さんがもうあがっとるじゃろうけえ」
「えええ、暑いけん、入りとうない」
「汗ようかいたんじゃろ? 入らにゃ」
「はーい」
僕が憶えているのはここまでである。このあと、風呂に入ったのかどうかさえ憶えていない。そして、何かが暗闇を支配して、否、暗闇が何かを支配していった。
その日も僕はお宮へ向かった。目的はもちろん、例の樹液の出るクヌギの木に集まっているカブトやクワガタをとりに行くことだった。ついでに、セミもつかまえたかったので、竹の柄のついた虫とり網を右肩にかつぎ、プラスチックでできた安物の小さい虫かごを左肩にひっかけて、出かけたのだ。もわもわの草いきれのする小道をすぎると、お宮の石段の前に到着した。そして、その石段に何かが歩いていはしないかと注意深く見ながら、一段一段あがっていった。例のクヌギへの道は、石段の途中からわきに入るのだが、これがちょっと恐怖感をいだかせる。一歩森へ入れば、そこは魑魅魍魎のすむ世界なのだ。
例のクヌギは古墳の四角いトンネルのようになった石室の上にある。これだけでも、子供にえたいのしれない恐怖心をいだかせるには十分ではないか。森の中はたしかに何かがいるような気配がした。人間以外の何かが。せわしないセミの声。木陰。腐葉土のにおい。動く地面(正確には虫か何かが歩いていたのだが)。突然、小便をたれながら飛び立つセミに背すじが凍る思いをさせられながら、例のクヌギにたどりついた僕は、そこで立派なつののカブトムシと大きな牙のヒラタクワガタをとっつかまえることに成功した。大物をつかまえて、自分のものにすると何か、株が上がったような、子供言葉でいえば、“レベルが上がったような”気がしたものだ。何かに追いかけられるような気分を味わいながら、そのクヌギ──古墳をあとにした。もちろん、全速力で。
お宮の境内の地面には小さな穴ぼこがたくさんあいていた。これはセミの幼虫が羽化するために出てきた穴である。たいていの場合、木の幹や葉にその残骸──ぬけがらがあった。一度、夕方にこの少しあきかけた穴からとったのか、木に登ろうとしているのをつかまえたのか憶えていないが、セミの幼虫をとってきて家のなかで羽化させたことがある。おしなべていわれているように、それは神秘的なものだった。買い物袋にとまって羽化しおわったセミは色がついて飛べるようになると、「ざまあ見ろ!」といったかどうかはわからないが、元気よく小便をひっかけてどこへともなく飛んでいった。
僕はお宮の境内にある木をかたっぱしから蹴っていく。こうすると、木の上についている虫──目的はクワガタ──が落っこちてくるのだ。力いっぱい蹴りあげる。木はゆれはするが倒れることはない。なんと大自然とは力強いのか。でも、ちっこいガキんちょがその体よりも大きな木を蹴ったところで、びくともしないのは当たり前だったといえる。僕のそれは《その程度》だったのだ、当時は。
明日は“神楽”の日だ。お宮の建物の中にはもうすでに準備がしてあった。このお宮は僕が生まれたときにはもうあった。そういえるのは、生まれたばかりのときに僕をこの神にささげる儀式に参加していたからだ。それを憶えているのはなぜかというと、その儀式の一部始終、母さんがカメラのフィルムを入れ忘れたまま、ぱしゃぱしゃシャッターをきっていたというのを、父さんがいつまでも根に持っていて、何回も僕に話してくれたからだ。この儀式や神楽は、いつごろからなされているのだろうか? できることなら、いつまでもめんめんとつづいてほしいと思う。そして、僕の子供時代も。
僕は太鼓と小型のシンバル──何というのだ、あれは? しゃかしゃかいうやつ──の音と、天狗やスサノオノミコトや、ヤマタノオロチの舞に思いをはせる。すると、何やら気分がよくなったともいえるし、悪くなったともいえる状態におちいった。僕は要するに、おたふくかぜをこじらしたときに見た、巨大な石がなだれのようにいくつも僕の上に転がり落ちてくる幻覚よろしく、意識が遠のいてしまったのだ。
僕は勇み足で草いきれのする小道を、右肩に釣りざおを、左手にプラスチック製の青いバケツ──当時のバケツといえば、みんなこれ。え? 今でも?──を持って、川へ向かった。
ザーっという川音がする。魚影がすばやく動いている。大きなクサガメがいく匹も石の上で寝そべって、ひなたぼっこをしている。クサガメたちは僕が姿を見せるとすばやく水の中へ、次々とじゃぼんする。これまた大きな鬼ヤンマが川にそって行ったり来たりを繰り返している。よどみにはアメンボがのんきに水面をすべっている。
少し深くなったポイントへエサを落としてやるとよく釣れるのだ。エサは魚肉ソーセージ。釣り針にこれをつけるとどうしても手に生臭いにおいがつく。それが釣れた魚のにおいと混ざりあい、世にもかぐわしいものになるわけだ。あのにおいは今でもはっきりと思い出せる。
──今? 今僕はどこにいるのだろうか? たしかに今僕は、土手の上から釣り糸をたらして、川音を聴きながら釣りをしているのだ。
釣りをするのはもちろん“レベルを上げる”ためである。僕は弟の康明といっしょに釣りに行きたかったので、誘ってはみたが、弟はいっこうに川釣りに興味がないらしい。しかし、この頃の僕は何もかもが宝石のように輝いていたのを憶えている。弟もそれを感じていたかどうかはわからない。でも、あの笑顔は、言葉を述べる必要がないことを物語っている。
僕はハヤ──当時の子供たちの間では、このどこにでもいるウグイ科の淡水魚をこう呼んでいた──が釣り針にかかって、釣りざおをとおしてぶるぶるとした感触がするのを楽しんでいた。ハヤにとっては、こんなに残酷な遊びはない。食欲という、生命にとって一番肯定できる欲求を利用しているのだから。たまに、アブラハヤというのが釣れることもあるし、コイやフナを釣り上げたという話も聞いたことがある。僕が生まれる以前では、家の横の支流の小さな川でウナギがとれたという。しかし、僕がものごころついたときには、その小さな川はコンクリートになっていた。まだ、自然が残っていた当時でさえ、それは僕にとって心底がっかりさせられる話だった。
川にはだしで入ると気持ちがいい。ことのほか、ひんやりと冷たいのだ。川が山の北側を流れていたからかもしれない。ときどき、足の裏にぶるぶるとした感触がある。これは川底の砂の中にある魚がかくれていて、それを踏みつけたときに感触がつたわるのだが、それがどういう名前の魚だったか忘れてしまった。でも、姿かたちは憶えている。思いつくところでは海にいるハゼに少し似ているが、馬づらだった。ハゼで思い出したが、それによく似た魚が他にもいる。この魚の名前はこっけいなものなので、よく憶えている。ゴッポチ──これはうちの父さんの伝である。よく、岩陰にかくれているのをすででつかまえたりしたことがある。あの、家の横のコンクリートの川で。なぜ、岩陰が多少あるかといえば、土木工事をする人が手抜きをしたのか、あるいは水流によってコンクリートが削れてできたのかであろう。
川には主のようなカニがいる。サワガニの上をいく、モクズガニだ。当時はたしか、モクズガニとは呼んでいなかった気がするが、これも忘れた。上海ガニによく似ているので、分類的には同じ科に属するものと思われる。夏の夕方、コンクリートの川でさまよっているところを発見したことがある。つかまえて食べたかな?──よく憶えていない。ハヤは食べた。べつにうまくもなんともなく、どろくさいだけだったような気がする。要するに、川そのものの味だった。
僕はハヤを釣り上げては、水を入れたバケツにほうりこむという動作を何回かつづけたあと、また意識がもうろうとして、眠りにつく──意識を闇にあずける──ときのような感覚になった。たちくらみはよくなったが、これは?
田舎では秋になると稲刈りをするのが、通例である。コオロギやスズムシが鳴き始める頃だ。もちろん、これらの虫をつかまえて飼育したことがある。ツバメはすでに巣立ったあとで、納屋の天井の梁にある巣も、下に糞の山を残して静まりかえっている。何度か、ヒナが巣から落ちて、床下のすきまのどこかへ入ったりして、わからなくなったことがある。鳥のイメージで思い出したが、車庫の上の梁にセキレイが巣をつくったことがある。無事にヒナがかえり、ツバメ同様、巣立っていったわけだが、はしごに登ってあの小さな卵を見たときは感動した──いや、そんな安い言葉でかたづけたくない。大自然に存在するなにかの力、それもガラスのようにもろく、くじけやすいものを感じた、といったほうがいいかもしれない──が、僕の浅い知識が思いつく言葉ではうまく表現できないのはご承知のとおりだ。
当時は稲を刈る機械の名前を知っていたし、トラクターや耕運機といった名前も知っていた。なんだったっけ、あの稲を刈る機械? 木を組んで、竹をわたしたものに、その機械で刈って束ねられた稲をひっかけて、干しておくわけだ。それはいったいなんのためだったんだろう? 都会暮らしの長い僕にはとうてい想像すらできない。いや、当時は知っていたのかもしれない。干した稲をつぶつぶだけに──表現が貧しくて、申しわけない──するのが、たしかハーベスターというのでなかったか。
かくて僕は、稲を刈ったあとの落穂ひろいにいそしむことになる。落穂をみつけたときにはなぜかとてもうれしかったのを憶えている。なぜ?──やっぱり思い出せない。今想像するに、あれは多くの子供がそうであるように“ほめられるのを期待していた”からではないのか? なぜなら、今でもほめられることに関しては、いやな思いをしたことがないからだ。その法則にのっとって、これまで生きてきたわけだから。
さっき、“今でも”っていったよな? おいおい、僕は夢でも見ているのか? もし、これが夢だとしても、とてもいい夢にはちがいない。
稲刈りの済んだ田んぼの上には、赤とんぼがすいすいとんでいた。正確には「アキアカネ」とかなんとかいうのだと、あとで知った。しかし、僕にとっては“赤とんぼ”にはちがいないわけで、格式の高い偉い学者連中が異を唱えたとしても、僕は断固ゆずらないつもりだ。
この稲を刈ったあとの田んぼは、犬のリキとの運動場、あるいは遊び場と化す。あのでこぼこした地面に足をとられながら、まるで気が狂ったかのようにリキと追いかけっこした。ひたすら楽しかった。生命を謳歌するとはまさにこういうことなのではないかと、当時思っていたかどうかは疑わしいのだが。
そうこうしているうちに、どこかから野焼きのにおいが漂ってくる。帰宅の時間だ。今ごろ家では母さんが、おいしい料理をつくってくれているはずだ。僕はいつでも期待している。もちろん、今でも。そして、その期待を母さんが裏切ったことはない。たぶん。──たぶんというのは、僕の希望的観測が少なからず反映されていると思うからだ。それがいいことなのか、悪いことなのか、今ではどうでもよくなったことかもしれない。
僕は放していたリキをつかまえ家路につくが、またしても意識が遠のいていく。いや、そう表現するよりは、夢が次のシークエンスに移り変わるのだ、といったほうがファンタジーっぽくないかい?
僕らが「やきば」と呼んでいたのは、お宮の裏からつづく山道をもっと奥へ行ったところにある、一見、日本風のあずまやのような建物のことだった。つまり焼き場とは、死んだ人間を焼く“場”なのだ。それはもう、屋根が今にも崩れ落ちそうに傾いており、その“場”の中心にはちょうど大人一人が横になって入れるくらいの、石で囲まれた四角く浅い穴が開いていた。人間以外では絶対にそこが焼き場なのだということは、想像すらできないだろう。死んだ者を生きている者が焼くという習慣?──風習といったものはいったい誰が最初に思いついたのか? 考えてみれば、非常に合理的ではある。生きている者にとっては。
僕はそこに行ったことがある。なぜ、そこに行ったのか? もちろん、誰もが持っているであろう好奇心にかられて、一度見てやろうという軽い気持ちで行ったのだろう。しかし、人間の好奇心ほどやっかいで、醜悪なものはない。なぜなら、きもだめしに廃屋に行った者は必ずいい死にかたをしないという、実例があるからだ。
僕はたしかに“それ”を見た。そして、感じた。この世に存在するすべての呪われし者の姿を! “それ”は見てはいけないものだったと、今では思っている。
僕はでこぼこした山道を全速力で走った。その呪われし者の怨念をふりきろうと、黙々として懸命に走った。そしてそのとき、頭の中に次のような内容の声がした気がした。
《呪われし者よ、その呪いを解きたければ、私の一番の望みを受け入れよ!》
生きている人間と死んだ人間のどちらが呪われていると思いますか? 僕の場合はその答えを聞くまでもありません。あのとき“それ”を見、聞いたのは、まさに生きている僕自身だったのですから。
森がひらけたところまで来ると、僕は立ち止まり、振り返ってみた。そこにやまんばでも追いかけてくる絵が見えれば、僕はまた走り出すことになるのだろうが、そんなものは見えなかった。
“それ”はいったいなんだったのだろう?
僕はこの時点でまた、ぐるぐると天がまわるような感覚になったと思うと、シークエンスが移り変わった。
僕がそれを知ったのは、このあたりの子供のいる家をクワガタやお菓子を売りに自転車で巡回しているお兄さん──当時、僕らはこの人を“わらいぎち”と呼んでいた。それはこの人がいつもにやついて、フフフという声をもらしていたからだ──から聞いたのが最初だった。「ここらへんは、水の底になる」というウワサがたちまち広がった。あのお宮だけは山の上にあるから残るらしいが、そうなれば誰もそこによりつきもしなくなるのは目に見えていた。神楽ももうやらなくなるし、虫とりにも行けなくなるだろう。そして、何より、あの自然に囲まれた故郷の風景は二度と見れなくなってしまうだろう。
今回はそのシークエンスの移り変わりが早めにおとずれた。そして、僕はひとり新幹線の座席に座って、のんきに昼寝をぶっこいていたことに気がついた。
「夢──か」僕はつぶやく。
隣の乗客の読んでいる低俗な雑誌の中の大きく印刷された一文が目にとまった。
《一番の望み──それはカネ》
ふん、バカが!──でも、一番の望みか・・・・・・僕はぼんやりとその〈声〉を思い出した。
《呪われし者よ、その呪いを解きたければ、私の一番の望みを受け入れよ!》
なんなんだ、あんたの一番の望みって。
僕は地方での商談を済ませると、安くてぼろいビジネスホテルに泊まることになった。受付の人はなんだかよそよそしい。でも、どこに行ったってそんなものだろ? 僕は心の渇きをおぼえたものの、眠ることでむりやりそれを押し殺すことにした。
そして、僕はその夜、正真正銘の夢を見た。細部まで──木の葉の葉脈まではっきりした夢。内容はといえば、例のやまんばが焼き場の石で囲まれた四角く浅い穴の灰の中からわっと出てきて、僕を執拗に追いかけてくるというものだった。やまんばは言っている。
《呪われし者よ、その呪いを解きたければ、私の一番の望みを受け入れよ!──私の一番の望み、それは人間とともに暮らすこと!》
僕は闇が意識から去るまで、うなされつづけた。いや、本当は一回のシークエンスがおわった時点で朝が来ていたのかもしれない。とにかく、目を開けると朝だったのだ。
僕はとび起きると、会社へ急いだ。
──僕の故郷で、凍結していたあのダム建設工事が再開されるということを知った。その仕事を請け負ったのがうちの会社だということも。
「課長、お願いです。あの工事を中止してください」僕はいう。
「なにいってんだ、おまえ。最近おかしいと思ってたが、やっぱりどうかしちまってるんだな。精神病院にでも行ってみるか? そうなれば、もちろんおまえはくびだけどな。工事を中止すれば、うちの会社の業績というものが失墜することになるばかりか、うわさがうわさを呼んで、仕事自体が入らなくなっちまう。──ま、今回はおまえがいったことは聞かなかったことにしてやる。わかったら、外回りにでも行ってこい!」と課長。
「お願いです。あの工事の中止を──」
「聞き分けのないやつだな。ほんとにくびにするぞ」
「一番の望みはカネじゃない、僕らと一緒に暮らすことだったんです」
「は? おまえほんとにいかれてんのか? それとも、不倫でもしてるのか? フヘヘ! んなわけねえか」
その後、すぐに会社のほうから強制的に休暇を出された。僕は絶望感、いや、約束をやぶったときのような、罪悪感めいたものをいだいたまま、現地へ直接行ってみることにした。そのことによって、工事が中止されることはないと思っていたといえば、それはまっかなうそだ。なんとしても、あの工事を阻止しなくては。そのためだったら、法にふれようが、倫理を蹂躙することになろうがなんとかやりとげるということが、僕には正義──あるいは、やまんばの言葉によれば、呪いを解くこと──に思えてしかたなかった。正義のヒーローを気取ってるわけじゃない。そうすることが法であり、倫理であるのだと確信しているからだ。いや、それこそ正義のヒーローではないか。僕のこの考えは、おそらく勘違いではない。“おそらく”というのは、僕にははなから自信がないからだ。こうなったらいつものように、子供のときみたいに単純にほめられることだけを期待していればいいのだ。──いったい、誰に?
僕は故郷に帰ってみたが、むなしくカエルやセミがまばらに鳴く声を聞き、いくつかの廃屋を見学するはめになっただけだった。そして僕は、かつてわれらが埴生の宿だった廃屋にたどりついた。庭だったところには、雑草がぼうぼうに茂っていた。そのとき、僕はみつけてしまったのだ。呪いの根源を。
それはなんの変哲もない少し大きめの石──おそらく花崗岩──だった。そして、それを見ているうちに、僕はするすると芋づる式にそれを思い出したのだ。
その土間になった物置には、ほこりをかぶったえたいのしれないしろものが無造作に置いてあった。そこに足を踏み入れた僕は、足に無数の黒い点がむらがっていることに気がついた。ノミだった。そしてその発生源は、えたいのしれないしろものの隙間にある猫の巣だった。数日前からしきりにみゃあみゃあ鳴くので、あのやっかいで醜悪な好奇心にかられて、見に行ったのだった。
僕はその土間に殺虫スプレーをまいた。そして、子猫にも! 当然、子猫は死に、僕は墓をつくって埋めてやることにした。
その墓がこれ──こけむした、なんの変哲もない少し大きめの石──なのだ。それを見ながら僕は、虫かごの中でむなしく死んでいった虫たちのことや、バケツの中で死んだ魚たちのこと、車にひかれてぺしゃんこになったカエルを見たこと、それから農薬のせいで排水溝の水面に白くなってプカプカ浮くことになった赤とんぼのことも、ありありと思い出した。その直後、じわじわとあの〈声〉が聞こえてきた。
《呪われし者よ、その呪いを解きたければ、私の一番の望みを受け入れよ!──私の一番の望み、それは人間とともに暮らすこと!》
遅かった。すべてが手遅れだった。
僕は意味不明の涙が頬をつたうのを感じながら、呪われた人生をおくっても当然だと、自分で自分を嘲弄した。
「まだ、間に合いますよ」
突然、うしろで女の人の声がする。その方向に振り向くと、あの夢で見た人たち──タクシー運転手、ホームにいたおばさん、新幹線の団体さんの乗客──がにこにこしながらたたずんでいた。
「あんたたちは──」僕はいいかける。
「そのお墓に手を触れて、そして、願ってください。私たちと一緒に暮らしたいと」
「──そ、そんなことで僕の呪いが解けるのかい?」
「もちろん。あなたが望めば、世界は変わる」
「──わかった」
僕はしゃがみこんで、その墓に右手で触れた。そして、願った。あいつらとともに暮らしたいと。
《おまえが望めば、世界は変わる。おまえが望めば、世界は変わる》
そういう声が繰り返し、聞こえていた。あの人たちがいっているのかもしれない。
次の瞬間、その墓──こけむした、なんの変哲もない少し大きめの石──が強い光を、ホタルの光の何百倍とも思われる光を放ったかと思うと、僕はあの頃の風景の中にいることを認識した。そして、僕自身もあの頃の姿に戻っていることも。
──あれは、東京で働いてる僕が見た夢だったのか、それとも、子供時代の僕が見た夢だったのか、今ではどうでもいい。とにかく今僕は、いろんな生き物に囲まれて、輝かしい子供時代を過ごしている。あの光のあと、具体的にどうなったかという話は、また今度お話しします。 |
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