ショート・ショート・ストーリー  / 目次
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最高に面白いかどうかはさておき、SSS - 第2章 - はっじまるヨォ~っ!
ごゆっくりどうぞ
「粘意の部屋」 ── 意識の集中 
「心の鳥」 ── 好奇心のせい!?
「デミゴッド」 ── 父なる存在の教え
「春風は吹く」 ── きっと吹く風
「海のキラキラ」 ── 明るく美しいもの
「意識生命体」 ── フェルミのパラドックスに異論!?
「家にカエル」 ── 信じてくれている
「サトリ」 ── あのときの言葉
「魚の知らせ」 ── おかしな記憶の果て
「ゼネラル」 ── 宇宙からの帰還
「紀元三千年紀」 ── より良い未来のために
「いーいーいー」 ── 生きる道とは?
「不可抗力」 ── 言葉にできない何か
「虹の約束」 ── 彼女が待ってるから

粘意の部屋

いまから千五百年くらい前、3世紀末から7世紀にかけて、日本において、まるで恋心のように、とりつかれたかのごとく、さかんに造られた、いまでいう古墳、とくに横穴式石室は、ずばり女体を象徴している。玄室は子宮であり、羨道は産道である。玄室に遺体を安置することで、黄泉がえり、蘇生を試みたものと推定される。入り口が出入り自由になっている点からも、そのことが如実にうかがえる。だが、もっと、現実みを帯びた説を展開するなら、わたしはその確たる証拠を知っている──千五百年ごとに復活する、とある災い、それが具体的に何であるかはあまり重要ではない、最も重要なのは、いにしえの人々がそれを心の底から疎ましく思い、必死で回避しようとした、その証拠が古墳であることだ。目的は、頭のかたい学者が考えつきそうな、死者の復活などではない、なにかあるものに対する意識を、そこに集中させるためだったのだ。それがどうしたと思われるかもしれないが、意識が集中することの危険性を、もしも、知らない人がいらっしゃるなら、わたしはその人を例によって”お人好し”と呼ぶだろう。

──まただ、また、そしられた。彼はノートパソコンの画面を見ながらも、心ここにあらずで、心のなかでつぶやき、やり場のない胸糞悪さをおぼえた。いつものように、四六時中、頭のなかに自動的に入ってくる、他人(?)の思念、そして、頭のなかから自動的に出てゆく、自分(?)の思念、それらをここでは便宜的に”粘意(ねんい)”と呼ぶことにする。意識の集中──粘意には、距離や時間などといったものは、とくに意味をなさないようだ。だが、それを死ぬほど思い知るには千五百年の時が必要との、いにしえの人々の教え、そのことにすら、多くの人たちは気づいていない模様。彼もまた、ご多聞に漏れず、そのうちの一人だった。現象は実際に起こっているのに、この現代においても、科学的に解明されているわけではないし、誰も教えてくれないばかりか、むしろ、忌避されている。本気で惚れた女のことを憶えているだろう? おそらく、天に召されるか、でなければ、認知症にでもならない限り、ずっと、憶えている。てっとり早く言えば、それが、粘意だ。迷惑な話だ、だって? 知ったことか。──「かわいそうだから、やめてやれよ」その得体の知れない連中の進言に対して、彼は言った。「知ったことか! タネをまいたのはあっちのほうだろ、俺をこけにしやがって! 殴りに行くぞってな、ウソじゃないぜ? 有言実行! ま、殴るだけじゃ済まんがな! もういい、あいつの顔を想像するだけで反吐が出る、とりあえず、あいつがここに来たら、何も言わずに、思い切り顔面を正面からぶん殴って、ご自慢のワシ鼻をへし折ってやる! 傷害事件発生! もしも、そうしないほうを選んだ場合は、厳重に施錠して居留守か、ガン無視だ! 気分屋を怒らせたら、運がいいか悪いか、死ぬほど思い知ることになるぜ、確実にな!」連中はよせばいいのに煽り文句を言う。「気が済んだか、かわいいマウンティング坊や?」「ぐぬぬぅ~死ね! 全員死ね!! 死ね死ね全員死ね!!」彼の言葉に連中は吹き出す。「ふぁっ! ふぁははははははは!」彼の最高潮のイラつきと連中の嘲笑とのハーモニー、そして、ダンっ!!──その、それほど派手ではない音により、彼がノートパソコンを思い切り閉じたことがわかる。さすがに、金属バットみたいな物騒なモノで叩き壊すのは気が引けたらしいことも。そのころ、くだんのワシ鼻の野郎は、彼をぶちのめしてやりたくなったか、ウツになっているか、どちらか選ぶまでもない、なぜなら、どちらであろうと、確実に、彼の粘意に対する反応なのだから。──まただ、あんな変なハト(?)が、しかも、あんな変なところに、一羽だけ、のんきにひょこひょこ歩いているワケがない。幾本もの、白くて、くるっとなったたてがみに、キレイに格納された、白黒ストライプの翼。彼は思った、何かがおかしい、と。その不思議なハトは言う。「オレに気づくとはな、だが、結婚は墓場だという本当の意味を知るために、千五百年もかけるつもりか? パソコンの前に座っているのに、オレが見え、聞こえる、その意味を知るために?」彼は言う。「意味なら、もうわかってる、閉じ込めておきたいんだろ?」不思議なハトは言った。「そうだ、天井、床、壁が、石のような硬くて丈夫で、何も通さないようなモノでできた、部屋のなかにな、だが、問題なのは、そこに追い込む方法だ、ふぁっふぁ、おまえはかなり用心深いからな、てこずらせやがって!」そう言うと、その不思議なハトは翼を勢いよく広げたかと思うと全体的に大きくなって彼を包み込もうとした? 彼は部屋の床を歩いている季節はずれのやけに黒々とした変種とおぼしきゴキブリに意識をやる。「フン、ド素人が、見た目で判断するから墓穴を掘ることになる、おい、虫ケラ、おまえが裏で何をやってるか、そうともさ、俺は知ってる、もうじき、地球が住めない星になるから、宇宙へ繰り出そうって魂胆なんだろ? 俺を出し抜くのは不可能だ、あきらめろ」その、やけに黒々とした変なゴキブリは言った。「ククク、地球が住めない星になるという本当の意味を知るのに、また、千五百年もかける気か?」「だから、意味なら、もうわかってる、宇宙が途方もなく広い理由さえもな」その黒いゴキブリは鼻で笑って言う。「フン、言ってみろ」「おおう、はっきり言ってやる、宇宙空間全域は、俺の意識が届く領域、俺のなわばりなんだよ!」黒いゴキブリは突然羽を広げて怒鳴る。「え゛え゛い! 言わせておけば! 賢しらな害虫め! スメラミコトさまの勅旨である、永遠に滅せよ!!」そう言うと、ゴキブリは油ぎった羽を広げたまま巨大化し、彼に覆いかぶさる。彼は言った。「害虫はおまえのほうだろ! 俺ぇあ、口だけ弁慶じゃねえんだよ!」再び、ダンっ!!──その、それほど派手ではない音とともに、ゴキブリがこと切れたのかどうかはわからない、しかし、幻覚は消えた。

指摘しだすときりがないが、かくのごとく、ことあらば、彼を封じ込めようとする謎の勢力(?)が、現に存在しているのは明らかだった。彼のような存在が千五百年ごとに復活するため、その謎の勢力が、なんとか封じ込めようとしてきたらしい。しかも、ひとつの例として、彼を挙げたが、彼のような存在はもちろん、一人ではない。わたしは、繰り返すようで恐縮だが、前述の古墳などのいにしえの遺跡が、そのことを如実に物語っている証拠であることをつきとめた。アマテラスの岩戸隠れはたんに日食を示唆しているだけであり、自らが進んで粘意の部屋に入ったことを描写しているわけではない、むしろ、その逆で、そこに入るべきではないことを象徴している逆説の神話なのだ。つまり、この世界自体が粘意の部屋のなかであり、岩でできた部屋のなかは粘意から守られた、いわばシェルターなのである。だからこそ、RIP──”安らかに眠れ”となる。

「今度はおまえか──」彼は最近、駐車場に居座っている、お世辞にも綺麗とは言えない柄の、眠そうな目でうずくまっている、ブチネコに言った。ブチネコは答える。「まあ見てなって、てめえが無様に吠えづらかいてブタ箱にぶち込まれるのは時間の問題だからな、必ず、ぶち込む」彼はそっちを目で見なかったが見えていたし、そして、口を動かさずに言ってやった──ん? 何か言ったか? おまえの耳ざわりなダミ声が俺に届くのに千五百年もかかる、それとも、千五百年前に言ったのか、この減らず口が!──三度目のダンっ!!が野良ネコ紛争に終止符を打ったかどうかは言わないでおこう。

ヤマトタケルは、とても気性の激しい人物だったとの伝承が残っている。彼らもまた? それがなぜなのか、その理由を、もしも、知らない人がいらっしゃるなら、わたしはその人を例によって”お人好し”と呼ぶだろう。いずれにせよ、根本的な問題──わたしたちはいったい誰なのか、どこから来たのか、何をすべきなのか、どこへ進むべきなのか、それらを誰も知らない状態のまま、粘意の部屋”宇宙”は存在している。わたし? わたしはもちろん、そんなことなど、どこ吹く風だ。

心の鳥

良し悪しはどうあれ、あれは間違いなく、その好奇心をかきたてられた出来事だったと断言できる。小学校の低学年か、もっと、小さいころ、幼稚園児のときだったかもしれん。我ながら、変な言いかただが、とある家から、声が聞こえてきたんだ。なにか内容は聴き取れても、小さい私が、それらを理解することはまずできんだろう。ごちゃごちゃと、延々と、その声は続いていた。私はよせばいいのに、その家の玄関の引き戸を10センチくらい、ゆっくりそろりと開けて、なかをのぞいて見たんだ。もしも、コワイおっさんだったら、田舎だから、隣の家の人に助けを求めるには、大声をあげても、届くか届かないか、ビミョーだ。どうやら、二人の人物が会話しているらしい。

「──わたしの息子を見て笑ってる女が居るんですが殺すべきでしょうか?」それに対して、もう一方の白衣を着た男は、少なくとも複数の意外な切り口に驚いて質問した。「え? いつ、ご結婚されたのですか?」話を切り出した、いかにも根暗引きこもり陰キャであることを示す風体の男は答えた。「ん違いますよ、結婚してこさえなくても、生まれてこのかた、わたしと寝食をともにしている大切な息子のことですよ、それを見て、笑ってやがるんですよ、下品にね、そのクソアマを殺してやるべきかどうかを訊いてるんです」もう一方の白衣を着た男は、両眉毛をめいっぱい上にあげて、しぃ~という音とともに息を吸って、笑いまじりに吐いてから言う。「つぁっは、いや失敬、いろいろとおかしな点があるけど、まず、トイレか、それとも、お風呂をのぞかれたとかなのかな?」根暗引きこもり陰キャ男は即答する。「両方です、もうひとつ、マスをかいてる最中にも、不快な笑いで興がそがれて仕方がありません、だから、殺してやるべきかと訊いているんですよ」もう一方の白衣を着た男は、ううんと軽い咳払いをして言う。「うん、殺人は重罪だから、私はあなたに、その女の人を殺しなさいとは言わないよ、それに、自傷他害の危険がある人は入院してもらわないといけなくなる」根暗引きこもり陰キャ男は言う。「なぜ? なぜ、わたしのほうが悪者になるのですか? 悪いやつがどちらか決めるとしたら、あのクソアマのほうではありませんか? よくニュースでやってるような、強制わいせつならともかく、息子を、自分から見せたくて見せているわけではないのですよ? 勝手に、わたしの息子を見て、品定めをし、こけにしている悪者は、あのクソアマのほうではありませんか?」もう一方の白衣を着た男は言う。「見られている気がするのは幻覚です、その女の人も現実には存在しない、あなたの妄想です」「笑い声が聞こえるんですよ?」「幻聴です」「だまれぃ!!」根暗引きこもり陰キャ男はキレたらしい、それもかなりの、いや、この男の最高レベルの興奮、イラつき、怒り、憎悪、といったものが、さすがのおすまし芸の達者なもう一方の白衣を着た男にも伝わってきた。根暗引きこもり陰キャ男は凄まじい剣幕で続ける。「いいか!? わたしの言ってることがウソだと思うなら、まず、あんたが、現実には何も存在していないことを証明してみろ! 幻覚であることを証明してみろ! わたしが知覚したことが、すべて、誤認識のたぐいであることを証明してみせろ!!」もう一方の白衣を着た男はおすまし芸を続けながら言う。「よろしいですよ、信用してくれない人にこそ、何かためになることをしてさしあげるのが、ほんとうの善行というものだ、だが、約束してください、どんなことがあろうと、明るい未来をお示しすると、それをかたく、約束してください」根暗引きこもり陰キャ男はぞんざいに訊く。「なぜだ!?」もう一方の白衣を着た男は答える。「なぜって、あなたは見せることができるからだ、そして、私も──」

もう一方の白衣を着た男は、すう~っと消えた?

──そのとき、私はなぜか、玄関の戸をさらに開けて、土間に入り、その一部始終を見聞きしていた。人が消えたところを見て、驚いたらしい私は、たじろいでうしろの玄関の戸の端に当たったらしい。ガタっという音がしたとき、私の全神経が一瞬で、何か良からぬ空気(?)を察知して、いま言葉で言うなら、”やっちまった”という、顔が青ざめるほどの極限状態になった。根暗引きこもり陰キャ男は、パッパッという感じで、消えたと思ったら、硬直している私の目の前に移動して現れた。そして、不気味な笑みを浮かべて、鼻で笑ってから言う。「フン、おい、ガキんちょ、おまえは”ボルチモアムクドリモドキ”を知ることになる、俺の心の鳥だ」私は当然、なんのことかわからない。震え声で言う。「い、いえ、知りません」根暗引きこもり陰キャ男は言う。「違う違う違う、知ることになるっつってんだよ、これからの、未来の話だ、よおし、これでいい、つぁはっ!」根暗引きこもり陰キャ男はそう言って一笑すると私の肩に手を伸ばす。私は一歩うしろへ行こうとしたが体が言うことを聞かなかった。根暗引きこもり陰キャ男は言う。「だぁ~いじょうぶだ、取って食やしねえ、家に送り届けてやるだけだ、じゃあな、いい夢見ろよ!」根暗引きこもり陰キャ男が右手で私の左肩をつかんだと思った瞬間、私は自分の家の見慣れた庭に居ることを認識した。そして、あの右手から、意図されたものではないにせよ、とある”力”を注がれたことも、なぜか、わかった。

──のちに、私は予言どおり、”ボルチモアムクドリモドキ”なるものを知ることになったが、あの遠い昔の体験のことは、現実だったのか、幻想だったのか、もはや、わからない、さらに言えば、つくった記憶であるかどうかも。良し悪しはどうあれ、それは間違いなく、その好奇心をかきたてる。そのせいだろう、私にも、心の鳥ができた。

デミゴッド

「怖がらないで、目をあけてごらん」寝ているときに見るのは夢だと思うが、声が聞こえてきた。私がうながされるまま目をあけるとスクランブル交差点のようにたくさんの人たちがゆきかっているただなかに自分が居ることを認識した。てんでに人々が会話している声がにぎやかに聞こえているのに、そのささやくような雄々しくもやさしい父親のような声ははっきりと聞こえたんだ。そして、その白い衣をまとった声の主は5メートルほどの高さの空中から神々しくゆっくりと地上に降り屈託のない微笑みを浮かべてはいるが、口を動かさずに、直接、私の脳に語りかける。「驚かせてすまんな、だが、演出は重要だ、心のどこかで神を信じている者たちにとってはな」私は問うた。「か、神さまなのですか?」「君たちがそう呼びたがっているだけだ、自分ではそうは思っていない、のちになると地球外生命体とかに呼びかたが変わってきたがな、ははは、まあよい、本題に入ろう。君がほかの人たちと違うことに気づき始めたのは単に人間存在の根本に気づき始めただけ、いや、こう言おう、ワタシと同じ力に目覚め、その御しかたがわからず、むしろ、力を持たない者に同調しなくてはならない、そうできないのなら、生きていてはならない、自ら命を絶つしかない、そこまで思いつめている、図星であろう? わかってる、わが子よ。ワタシの住んでいたところは住めない状態になり、一人、宇宙へと旅立ったのだ。しかし、生命体である以上、死は絶対に避けられない、だから、この星に来て、古代人類との混合種として、存続することにした。ミッシングリンクが存在せず、いきなり、脳の体積が増え、君たちホモサピエンスが登場したのはそのせいだ。セックスをする必要はなかった、君たちが最近よくやってる人工授精でちょいちょいっとな。君はワタシの力に目覚めた、いわば、半神半人”デミゴッド”なのだよ。言葉だけではなく、イメージした映像も、直接、他者の脳と送受信できる能力がある。だが、そんな人間は社会生活が不可能な状態におちいりがちで、たいてい、ブタ箱にぶち込まれてしまう。今現在の科学では解明されていない不思議な力、幻想としか言いようのない力をうまくコントロールできないでいるのだ。ワタシの力に目覚めた、もしくは、目覚め始めているのは、もちろん君一人だけではない、もしも、さみしいなら、仲間を探しなさい、今ではインターネットで簡単に見つかる、もしも、精神科などに連れていかれたら、お医者さんに逆らってはならない、状況が悪化するだけだからな、それから、どうしても、発現当初は興奮してしまいがちだから、とにかく、落ち着くようにと教えてやるといい、今のところ、処方される薬は興奮を抑えるためのもので、力を抑制させるものではない。その証拠に、力に目覚めた者たちの書き込みに服薬によって症状が消えたという記述が一つもないであろう? むしろ、副作用で苦しんでいる、彼らが症状だと思っているのは、ワタシの力、そして、それを継承したデミゴッドの力なのだ、それを教えてやるといい、さらに、その力を使って、人間存在の根本が何かを探求し、答えを出す偉業を成し遂げることを運命づけられている生命体こそが、君たちデミゴッドであると、教えてやるといい。君が、こんなワケのわからない、だだっ広い宇宙空間のただの一隅に、奇跡のように、地球があって、奇跡のように、人間が居て、他にも、奇跡のように、多種多様な生き物がわんさと棲んでいることを、なんだこりゃと、不思議に思っているのはとっても良い傾向だ、そして、そういう存在たちを本当は心から愛していることも、とっても良い傾向だ、がんばれよ」私がもう一度(?)目をあけると、いつもの丸い照明が見えたが、いまのが、いままで得た無関係の知識のはずが、脳のアルゴリズム処理のせいか、やけに理路整然とまとまっていたため、夢だとは思えなかった。言うとしたら、古代の何者かの残存思念が極めてクリアに再生されたのではと思うほどだった。当初、あの神(?)がのたまわれたことはこまかくは言えない状態だったが、涙ぐむほど、強烈な感覚が残っていて、これから、自分が生きてゆく目的や、役割といったものが、感覚として、体得された。それを、何も知らず、己の力をただ疎ましく思い悩んでいる、ほかの目覚めたデミゴッドたちに教えてやり、勇気づけてやらねばと、なんとか言語化し、懸命にキーを打った結果が、上記の文章だ。なお、覚醒しているか、いないかの違いだけで、ホモサピエンスであれば、全員、デミゴッドである。

春風は吹く

「なんですか、これは?」僕は短い丈の緑色の草が一面を覆う開けた広場で物々しい感じの機械?をいじっているマッドサイエンティストふうのいかにもなオッサンに声をかけた。周囲には家族連れやカップルなどがビニールシートの上にお弁当などを広げたりして、のんびりとしていて、ほがらかな時間が流れていた。「すいません、なんです、これは?」僕はまったく無反応のオッサンにもう一度言った。「うるっさいな! 見てわからんのか、お取り込み中だってことが、したら、たいていの場合、イラついてる、みんなと同じように、ひなたぼっこでもしてろ、クソが!」オッサンは僕を見ずに装置をいじるのにご執心のようだ。僕は引き下がらない。「失礼なおっしゃりようですね、教えてくれたっていいじゃないですか」「やかましい! 見てわからにゃ訊いてもわからん、う・せ・ろ!」僕は逆に面白いオッサンだなと思い、もう少し食い下がることにした。「まさか、殺人マシーンとかじゃないでしょうね、通報しますよ?」オッサンは鼻で笑いながら言った。「フン、勘のするどいやつだな、ワシはいくら気心が知れていても後輩のことをコイツ呼ばわりするようなやつはクソだと思ってる、だが、コイツぁな、後輩じゃあねえ、先輩でもねえ、なぜなら、世界を終わらせるためにつくられたからだ、失礼もクソもねえんだよ、よし! 動かすからどいてろ、ほら、どけ!」「ちょ、ちょっと」僕はそのオッサンにぞんざいに肩をつかまれて痛かったからイラっとしたが、子供のとき、親父がいじってた耕うん機なみのドッドッドッド!という凄まじい音がしだしたので、次に驚いた。周囲の視線、そして、轟音などものともせずにオッサンが大笑いしながらおらぶ。「ハッハッハッハ! 冥途の土産にタイトルを教えてやろう、コイツぁ、人工日食装置だ、あのおかたがここまで来られる道をつくる!」僕も負けじとおらぶ。「あのおかたって、誰なんです!?」「見てわからにゃ訊いてもわからん!」装置から暗い光(?)が太陽に向かって一瞬でつながる。そのとき、とある男女のカップルの男性のほうの像が消えたのに、僕は気づいた。立ち上がって、何食わぬ顔で立ち去ろうとしている、この幻覚を見せている犯人は、あの女だ! 僕は大声で言う。「おい! キミ!?」僕の声に気づいたその若い女は振り返らずに走り出す。「待て!」周囲が暗くなる、日食だ。そして、暗くなった太陽から、小さな太陽が生まれたのか、とにかく、人の形をした凄まじい光がこっちへ降りて来るのがわかった。僕はその若い女をつかまえて、広場に戻る。どうやったかって? 見てわからにゃ訊いてもわからん。その若い女に言う。「おい、ヒロインが逃げ出すストーリーってあるか?」その若い女が言う。「助けが来ないんだから、自分でやるしかないでしょ?」そのとき、世界の終わりのごとく、人の形をした凄まじい光が僕と彼女の頭上に来て、低い声音で、直接、脳内へ語りかける。「われは死なり、破壊する者なり」僕は彼女に言う。「なんで、やつを呼んだ?」その若い女は言う。「ヒンドゥーの叙事詩マハーバーラタ第6巻”バガヴァッド・ギータ”にある戦場に突如顕現した千の太陽の輝き、彼らはのたまわれた──”われらは死なり、破壊する者なり、愚か者どもに、生きる価値はない” ──と、世界中に点在する高レベルの残留放射能汚染地帯、古代で核戦争があったとされる仮説、わかるでしょ? 誰かが彼らを呼んだ、いいえ、自らが、だったら、わかるでしょ? 彼らを呼んだ理由が」「さっきから、複数形になってるけど、まさか──」「そ、もちろん、一人じゃない、太陽は地球の100ちょっと倍くらいあるから、途方もない数になる、ま、そゆこと、せいぜい、自分たちの愚かさを嘆くことね、じゃ」「ちょっと待て!」僕は彼女の肩をぐっとつかんだ。「痛い、触らないで!」「──愚か者どもに、生きる価値はない!」人の形をした凄まじい光が悠然とせまってくる。切羽詰まった僕の頭のなかで、いろんな感情がせめぎあった結果、その行動を実行したんだ。「ん!?」と言った彼女の感情が一瞬で穏やかになるのがわかった。僕は彼女にキスしたんだ。彼女の思念がはっきりと伝わってくる。「どうして?」僕は答える。「愛してるから」──あのオッサンと人工日食装置、それから太陽に照射されていた暗い光が、すぅ~っと消える。あの人の形をした凄まじい光も、太陽に戻ってゆく。

──僕は彼女に言った。「さ、僕らがラブラブなのを見せつけるのもほどほどにして、ピクニックの続きだ」目の前の彼女は明るく微笑む。「フフ! そうね」

海のキラキラ

残念ながら、おまえらには、愛をそそぐ価値がまったくない、かわいげのない、くそつまらんやつらには、愛をそそぐ価値がまったくない──よお! 今日は、こんな酷い言葉を彼女たちに投げつけたのは誰なのか犯人を地獄の果てまで追いつめて特定し逆にそいつ(ら?)にこの悪言を骨の髄まで沁みわたるようにいやらしい語調で繰り返し浴びせ続け不安からくる震えにより今後一切毎夜眠れないようにしてやるとゆーすこぶる有難迷惑なパーティーの日だぜぃ!?──お母さんは助手席に小学生の自分の大切な娘さんを乗せたまま、アクセルを思い切り踏み込んで、小さな軽自動車を海へ飛び込ませた。隙間から海水が入ってきて、声による会話ができなくなるまでの間、そしてもちろん、そのあとも、彼女たち二人がどんな言葉を交わしたか、いや違う、自分たちだけが理解できる何かが交わされていたとしたら、それが何であるかを想像してみてほしい。それは状況証拠でしかなかったが、それに気づいた人は皆無だった。二人は入水してから40分後に車ごと海から引き上げられたとき、かたく手を握りあっていたという。国産車だから右ハンドル、運転席のお母さんの左手と、助手席の小学生の娘さんの右手。「学校は楽しい?」「うん、楽しい! お友達と、手がつなげて、うれしい!」──連日のように報道される事実からうかがえる真実らしき仮説、日本人の男たちが外国人をいじめているせいで、日本人の女たちが外国人にレイプされているのでは? 被害者づらしてるけど、おまえらがおれたちをいじめるから、仕返しだぜ、これは? 個々の案件は異なっても、連帯責任だぜ?ってな具合に。当然、人によって意見は違うだろうが、当事者たちは必ずや、因果応報を死ぬほど思い知るに違いない。恨みのパワーを侮ってはならない、子供のときにいじめられた記憶は大人になっても絶対に消えない。他人、弱い者をいじめるやつらの体質というのは想像を絶するほどのどうしようもないものだ、例えるなら、”人の皮をかぶった畜生”、これをウソだと思う人がもし居るなら、内輪だけの平和そのものの狭い世界のなかだけで生きているとしか言いようがないほどのお人好しである。だが、現実の人間世界は暗く醜いことばかり、本当にそうだろうか? 海のキラキラたちは今も言っている──「学校は楽しい?」「うん、楽しい! お友達と、手がつなげて、うれしい!」

意識生命体

神々は我々に、限界を超えさせるために、意図的に、苦難や示唆をお与えになる──人間のDNAの95パーセントは機能していないそうだが、コンピュータでも、使っていない機能があるのと同じことだ。DNAは記憶装置であるとよく言われるが、航法、移動方法なども、創造主が永遠に記憶保存しておきたかった情報であることは明らかだ。思考伝播は光の速度よりも速く伝わることはよくご存知だろう。ワープ航法や、ワームホールを利用しても、いくらか時間がかかるが、思考伝播は瞬時に伝わるのだ。残念なことに、人類は、そういった自身の意識を利用した航法、移動方法、いわゆる”瞬間移動”の利用の仕方をいまだマスターしていないし、そもそも、仕組み自体もわかっていない。いやむしろ、一線を越えた人々は、病気、疾患や、障害としてカテゴライズされ、有無を言わせず、ブタ箱にぶち込むことになっていることからもうかがえるように、ブラックボックス行きにして、利用することを避けている。若いときにそのレッテルを貼られ、老人と言える年齢までずっと、精神病院の閉鎖病棟で過ごしているという人物を知っているが、おそらく、それが現段階の人類の知性の限界なのだ。いや正確には、古代文明が滅んでよりこのかたといった、二重に残念な事実を突きつけている。天空からの来訪者が古代の人々に知識のビッグバンをもたらしたという説がある。古代の建造物、そして、道具などといった遺物、また、岩などに描かれている、明らかに奇妙としか言いようのない、来訪者たちらしき絵の数々、初めて見るものにはたいてい知っているタイトルから拝借して名づけるが、宇宙船などの乗り物を、火をふくドラゴンになぞらえているのだという説、古代にはありえない遺物”オーパーツ”などなど、これらは、文明と科学が、何者かの教えにより、爆発的に進んだことを如実に示している。ご賢察のとおり、古代文明はきれいさっぱり滅びてしまい、その科学技術、そして、くだんの意識の利用方法ももちろん、一切伝わっていない。むかし、アトランティス大陸という大陸があり、大陸ごと浮上して、宇宙へと飛び去ったという伝説を聞きかじったが、アレの逆パティーン、古代に、宇宙からアトランティス大陸的なものが地球にやって来たのだとしても、なんら不思議さを感じない。エネルギー問題でよく話題になる一般にいう原子力発電とは核分裂を利用するものだが、昨今はその逆の核融合を利用した発電方法の研究が進んでいる。核融合は自然に起こっている、そう、頭上に輝く”太陽”は核融合により膨大な熱と光を放出している。核分裂反応は連鎖的に起こる、いわゆる”暴走”をするため、常に制御せねばならないが、核融合は燃料の供給がストップすると反応も止まるため、いずれも途方もないエネルギーを生む点では同等だが、後者のほうが安全であるとして、注目されている。原子核は目に見えないほどの小ささにもかかわらず、すさまじいエネルギーを秘めている点に驚く。核融合反応が宇宙空間で自然に起こっている点も摩訶不思議であり脅威だ。このような、酸素と燃焼物がそろった状態で火が燃える燃焼現象とは異なる化学反応を利用してエネルギーを取り出す技術なども、我々が独自にひらめいたにしては、あまりにも話が出来過ぎてはいないだろうか? ものの大真面目な書籍の記述には、かの滅びた古代文明は、核戦争によって滅んだという説が展開されている。しかも、かなり有力視されており、カッパドキアの地下都市遺跡は地球規模の放射能汚染から逃れるためだったとか、聖書に登場する有名なソドムとゴモラの逸話も核爆弾の使用を示唆しているし、いまだ行方のわからない、恐れられている最終兵器”アーク”もそうだ。話を戻すが、永久記憶装置とも言えるDNA、いや、”DNAシステム”とでも言おうか、これを考案した創造主──神々はとにかく、どうあっても、宇宙空間の移動方法も、未来永劫、記憶保存しておきたかったらしい。地球に宇宙のどこかから神々がやって来た説の正誤はともかく、現に、宇宙の片隅に存在している我々人間は、生命全般も含めて、情報を記憶しておく装置としての役目を背負っているのだ。原子力の利用方法しかりで、何事も、最初は説明書がなければ使用方法がわからないものだ。つまり、その説明書を書くためには、誰かが最初に今では珍味である気持ちの悪い見た目のナマコを食うしかなかった。ほらやっぱり、神々は我々に、限界を超えさせるために、意図的に、苦難や示唆をお与えになる。<一同から笑いがもれる>

私は自分の部屋に戻る際中、回想していた。バンっ!──それはパではなくバのほうが適任だ。まだ小さかった私は父に思いきり頬をぶたれて吹っ飛び水屋にぶち当たったのち床に倒れた。軽い脳しんとうみたいなものだったのだろう、一瞬意識が飛んで、気を失い気味だったが、母が上半身を抱き起こしてくれたのがわかった。ははは、憶えているとも。そんな父が七輪でブラックバスを焼いてくれたことがある。あとで、この魚は食べるものじゃないと知ったが、釣ってきた大きな魚だ、泥臭かった味はともかく、ちょっとした、家族でのかけがえのない楽しいイベントだった。あの夕方の雰囲気、もちろん、憶えてる。母がレイキや熊手を使って、ざあざあと落ち葉をさらうと、コロリと松茸が出てきた。「あ、あったよ、母さん!」私はおそらくそんなセリフを言ったはずだ。秋には松茸や栗、春には筍といった具合に、それだけではもちろんないが、自然の恵みは、家族の幸せな思い出と一体となって、私のなかにまだある。認知症とかにならない限り、死ぬまであり続けるに違いない。そうやって、私は過去へ意識を飛ばし、過ぎ去った子供時代をもう一度、いや、何度も何度も繰り返し、飽きるほど、体験することができた。これが思考伝播を利用した宇宙空間の移動方法と同じ能力を使っているのだと気づき始めた矢先だった。

部屋のドアを開けてなかへ入って、ドアノブに気を取られていたからか、気づかなかったが奥に目をやると私のいつもの椅子にうしろ向きに腰かけている人物がいた。ぐるりと回転椅子を回転させて、こちらを向いた人物は間違いなく私(?)だった。そいつはすぅ~と聞こえるように口から息を吸って鼻から吐き、机に両肘をついて手を組み、両親指でアゴを支え、ちぇっと舌打ちしたあと、口をポカァ~ンとやって、目は生気がなく、歯をこつっと言わせて口を閉じた。そしてまた聞こえるようにすぅ~と口から息を吸って鼻から吐く。私は言った。「なに? ドッペルゲンガー的な現象かな? そうだな、歩く超常現象と揶揄されてる私ならありえるとも」そいつはその質問に答えず言う。「おまえたちは過去にこだわっている限り、あいつらに勝てないばかりか、いつもの奴隷あつかいだぜ? しかも、あいつらが確実に存在していると思ってやがる、ウフハハハ! すこぶるおめでたい野郎どもだな、天空からの来訪者だと? あいつらは言わばイマジナリーコンパニオン、おまえたちの妄想の産物だ、このだだっ広い宇宙空間に、知的生命体はおまえたち人間しか居ない、少しくらいは心細くなって寂しがれよ、この空虚極まりない世界! 自分たちが貴重な存在であることを貴重とは思わず、自ら滅びの道を選ぶゴミクズときてる、まあ、そもそも、この世界は終わるようにできてる、少なくとも、太陽系はな、だが、それでも、何かを大切にしている、それがたとえ、無意味無価値でも執拗に、そうやって生きてるのがおまえたち人間だ、いい加減気づいたらどうなんだ、おまえたちのお決まりのお家芸、何かにこだわる”愛”そのものが無意味無価値であると!」私はその攻撃的な言葉を受けて言い返した。「そんなことはない、それに、本当に宇宙の根本が無なら、無から有が生まれている事実をどう説明するつもりだ?」そいつは鼻笑いを一つやって言う。「フン、さすが、知ったふうな口をききやがる、おまえたちはすべてが必ず無に戻っている事実にフタをしているばかりか、自ら無に帰す愚行を現に実行している、つまらん意地を張るのはいいが、底の割れたバケツに水をくむような馬鹿げた話につきあう気はないんでね、創造主などどこにも居ない、わかったか? ついでにいいことを教えてやろう、おまえは母親に愛されていない、他人のことを親身に考えているやつなど、この世界に一人も居ない、人生には希望などない、学校に行ったり、仕事をしたりする意味など微塵もない、どいつもこいつも、それを知っていながら、知らないふりをしている、つくづく最高につまらない、いじましくもおぞましい、極めて卑小な人間世界のなかでせいぜい消耗して、絶望し、ゴミクズらしく、ゴミクズのように死ね! お~っと、一番大切なことだから、最後にもう一度言ってやる、おまえは母親に愛されていない、1ミリもな! ククク、アーハッハッハッハ!」私はそいつのところに派手に長机をなぎはらって近づき、胸ぐらをつかんでやったが、鬼の形相とは打って変わって、それ以上、何もする気が起きなかった。そして、深呼吸をして、すまして動じる様子のない目の前のやつに、脳ミソを高回転させてくれたおかげで思いついた言葉で強くどやしてやった。「殴るものか! だって、おまえは、母さんが産んだ子なんだから!」そいつは青白い光を放つ細かい粒子になり私に吸収されながら鼻笑いまじりに言う。「フン、しょせん、おまえはヘタレだ、傷つけ、傷つけられ、終始無様にうろたえて、おまえの人生を生きろ」そう言い捨てると、そいつはやがて、跡形もなく消え失せた。私は、一瞬長めに目をつむったまま、もう一度深く息を吸い、目を開けて、息を吐いたのち、ふと、窓辺を見た。部屋を出る前には、たしかに緑色がみずみずしく元気だったはずのオリヅルランが、からからに干からびて茶色くなって枯れていた。私はつぶやかずにはいられなかった。「──なるほど、おまえが全力で見せてくれたんだな、だったらもう、私の人生にはおまえのぶんも入ってるぞ? わかってる、人間は守る価値がない種族であると思っているのはなにも鬼畜悪党とは限らない、しかし、偏見をもった人間の攻撃から守る価値はあると思わせるには、その偏見をもった憎っくき鬼畜悪党を仕立てあげねばならんからな、苦難と示唆、礼を言うよ」

同じことだ、私の仮説は、古代にやって来たとされている彼らは実体を持たない”意識生命体”、もしくは、”思念体”であり、我々にわかりやすい姿になって、天空から降りてくるという演出までした、というものだ。かててくわえて、別の星に行く目的は移民と資源採取という侵略行為しかありえないし、理想世界の外部に行こうとするやつなんか居ない、という仮説は受け売りできる。

カゴをななめに置くなと言っただろうが!──いつも、コンビニ店内でカゴを取るときに言っているフレーズ、心のなかでね、でも、今日は違った。私がそう言った(?)あと、誰かのやさしげな笑い声が聞こえた。「まあ、気性が荒い子になって、あなたにそっくね」「ウハハ、血は争えんな」「わたしの好きなオリヅルラン、あの子も好きみたいよ」「ウハハ!」──ん? 誰だ? 店内を見回すが、それらしい人は居ない。なにかにつき動かされて、カゴを床に置いた私は、店内を出た。すると、身なりのキレイな老夫婦がニコニコしながら角を曲がったところだった。私はそれ以上追いかける気は例によって起きなかった。父さんと母さんは子供だった私にはかなりキツイ修羅場をしょっちゅう見せてくれたが、今ではこうして、たまにやって来ては、仲むつまじいところを見せてくれる。

──もしも、こういう現象たちが、科学と霊魂が別々になる前の、すべてが一体化していた時代の、幸せな心の在りかただったとしたら?

家にカエル

他人事とは思えない、病を苦に駅のホームから身を投げて30代なかばでこの世を去ったとある男に、まだ間に合うなら、必ず言ってやる。「ほら、見なよ、カエルたちは逃げない、せいぜい、2、3回跳びのくくらいじゃないか。つまり、あんたが自分たちを殺さないって信じているんだぜ? 雨上がりの朝、アスファルトの上でぺしゃんこの肉塊になった彼らを、俺は何度も何匹も見た。車が来ているのに、あいつらぁ逃げなかったんだ。だから今度は、あんたが信じてやる番だろ?」ってね。

「テーブルを思い切り、ぶっ叩くぞ?」──深夜1時半を過ぎたころ、俺はそうつぶやいた。いや、声に出したのか、何に反応して、そうつぶやく気になったのか、そりゃ自分でもわからん、がしかし、たぶん、俺のそのつぶやきに反応したんだろう、そいつは。目の前のノートパソコンの画面に映っている展開されたフォルダの内容が、たとえ、苦労して集めた若い女のいかがわしい画像だらけのイッツァパァ~ラダァ~ィス!状態であったとしても、俺は同じ空間に顕現したその畏怖すべき存在を、畏怖すべき存在であると心底思い知るに違いない。最初はド近眼を補完するメガネのレンズの隅で何か黒いモノが動いたと思ったんだ。その方向の何もない床の上に目をやると、もぞもぞと動く黒いモノがあり、え!?と思っていると、それは氷山の一角で、下に隠れていたモノがゆっくりとせり上がって、1メートルかそこらの微妙にあり得なさ過ぎて、ちょうど気持ち悪さを感じるサイズの、モコモコぬらぬらした異様な黒い物体(?)が現れた。俺は悪寒がするほどの恐怖を感じた。今までの俺の悪行の数々をすべて知っている存在、俺だけじゃない、罪人たちをすべて知っていて、そいつらをことごとく滅殺せしめる存在──俺はそんな恐ろしいやつがこの世界に確実に存在していると、心のなかでは信じていた。だから、見ただけで直感したんだ、コイツは間違いなく、俺を殺しに来たんだって。その、有機物のカタマリに見える黒い物体のうしろからぐるりとぼんやり赤く光る二列の丸いモノが正面へ来る。そして、不気味な笑いをしたあと、しゃべりだす。「フフフ、すまんな、たのまれ仕事だ、わかってるな?」俺は前述のとおり、うすうすわかっていたが、わかっていないふりをすることにする。「な、なにがだ?」「目障り、耳障り、手触りはサイアクときてる、おまえが迷惑な存在だってことだよ、大きいことを言っておきながら、心のなかでは小さいことをひどく気にしている、リスク! リスク! リスク! リスク! リスク! リスク! リぃーーーーーーースクっ!! バッタは着地点が不明にもかかわらず、全力で、思いっきり跳ぶぞ? みんなわかりきっていることでも、声に出して何度も何度も言ってやらなければ、それは、わかっていないのと同じことなんだ、だから、めんどくさいが、タダでわざわざもう一度言ってやる、ありがたく思え、おまえはバッタにはなれん迷惑なだけの存在だ、消えてもらう」聴いていると、俺のほうも笑いをこらえられなくなり、鼻笑いをもらしながら、ちょうど、メモをするためにテーブルの上に置いていたボールペンを右手で逆手に握り、言ってやった。「フン、どうするつもりだ?」そいつは答える。「戦時中、焼夷弾が降ってきて、暗がりのなか、家を捨てて、とりあえず命だけはと、火の手から逃げる人々の気持ちを、オレは歴史から学んで、ちゃんと慮ってやった、だから、間接的な方法は人道に反すると思ってね、最新式の方法は、家をそっくりそのまま破壊する、なかの人ともろともに破壊すれば、もう苦しむことはない、具体的には、外部からミサイルを撃ち込むのが妥当だが、内部に強力なダイナマイト的なものを仕掛けてもいい、ま、今回はたまたま後者のようだ、う゛ん!」そいつはそう言うと膨らんでゆく。俺はその先のやヴぁい状況をありありと想像して言う。「おい、よせ! 自爆テロとか、もう時代遅れなんだよ!」俺はそう言って、立ち上がり、そこにある万年床のせんべい布団をどりゃあ!と深夜の馬鹿力(?)で持ち上げ、そいつにかけてやった。爆風的な被害はいくらか防げるハズだ。ボンっ!というくぐもった音がして、布団の膨らみがいくらかしぼみ、下から血のような赤い液体が流れ出てきた。「え゛え゛い! やりゃあがったクソが!」俺はそう言って、布団をばっとはぐる。するとそこに、歩き始めたばかりらしい血のような赤い液体まみれの裸の幼児──離れた大きな目の全体がらんらんとした黒目のカエルみたいな顔──が居た。そして、すこぶる元気に胸糞悪いセリフをのたまう。「よお! やっと皮がむけたぜ、これで存分に楽しめるってもんよ!」後ろ手からしゃきん!と右手で逆手に持った包丁を己の眼前に取り出すそいつ。それを見て、俺はさっきテーブルに向かって投げ捨てたボールペンのことをとっさに思い出し、目をそのあたりに向けた瞬間、そいつがう゛ん!と言って俺の左足の甲を包丁で思い切りぶっ刺しやがった。俺は悶絶しながら言う。「くっそ! 人間の急所を知らんらしいな、人外め! しかも、バッタじゃなくて、どう見てもカエルだろうが!」ボールペンを早く!と焦り俺はテーブルを見る。そいつは言う。「バカ野郎が、わざと急所をはずしてやってることに気づかんとは。お楽しみは最後にとっておく派なんだ、それに、カエルも着地点など眼中にない点ではバッタと同じだ、たとえ話もわからん低能ときたか、まあいい、次は反対の足だ!」そいつが包丁を俺の左足から抜いたのを見計らって、俺は、テーブルの上かと思っていたボールペンが床の上に転がっていることに気づき、転がりながらそれを必死でつかみ取り、体勢をたてなおす。そして、間髪入れず、くだんのやつに突進! 「あれほど一発で仕留めろって言っただろ!」俺はやけくそ気味に巻き舌でそう怒鳴って、右手で逆手に握ったボールペンのとんがっているほうを、その人外の後頭部をご丁寧に左手で支えた状態で、額に思い切りぶっ刺してやった。そいつは二重三重に聞こえる変な高いトーンの断末魔を響かせながら言う。「お、オレの急所がソコだって、よくわかったな、まったくもって大正解だ、だが、もう一度爆発するトラップ仕様なんでね、う゛ん!」今度は布団をかけてやるヒマもなく、いきなり、そいつの頭が破裂した。部屋の床はもちろん、壁や天井にも、大量の血のような赤い液体が派手に飛び散った。当然、俺の体にも。

──寝床に横になったまま、目を開けて、深呼吸をした、寝汗でぐっしょりの俺は、左足の原因不明の痛みに再び気づいた。部屋のなかのどこにも血のような赤い液体の飛び散ったあとがないことにも。カエルたちがよってたかって、藁人形の左足に五寸釘をぶっ刺してやがる、俺がそれに勘づいていることを知っていやがるくせに、あいつらぁ逃げなかったぜ? 毎日、そうだったんだ。殺そうと思えば、すぐに踏み潰して殺すことができる。だが、俺は絶対に殺さなかった。むしろ、あやまって踏み潰してしまわないように地面のほうを注意深く見て気をつけてやってる。あいつらぁ、2、3回跳びのくだけで、次の日に同じところを歩くと、また同じ現象が起こる。その次の日も、そのまた次の日も。つーことは、俺が帰ったあと、あいつらは、律儀にまた同じ場所に帰っているってことだ。カエルは家に帰る。つまり、俺が自分たちを殺さないって信じているんだぜ? だから今度は、どんな悪夢を見させられようとも、俺が信じてやる番なんだ。

サトリ

いつもは通らない脇道を行くと、道脇の田んぼが、集団リンチの現場になっていた。車を降りないわけにはいかない。10人くらいの若者がたむろしていて、中心に居る、少女(?)がそいつらにホムセンなどでよく売っている足場用の単管パイプでしばかれていた。ぱっと見、ありえない光景だった。私は稲刈りが終わったばかりの田んぼに鳴り物入りさながらに入り、そして、大声を上げる。「おまえたち! なにしてる!」若者のうちの一人が応える。「オッサンは引っ込んでろよ!」「明らかに弱い者イジメじゃないか、やめろ!」「弱い者イジメ? コイツのどこが弱いって言うんだ? コイツぁ、”サトリ”だぜ? 妖怪の」「は? なに言ってる、ヨウカイだって?」若者のうちの一人が単管パイプを振りおろす。少女の背中にブチ当たる。「痛い! 助けて、おじさん!」「ふん、オッサンなら、たらしこめるとでも思ってやがるようだぜ、パパ活でもするつもりかコイツ、死ね!」「よせ!」単管パイプが無慈悲にもさらに振りおろされたのは少女の頭だった。少女は力なく地面にうずくまった。「バカか、おまえらは!」私は走りより、少女の上半身を抱き起こした。頭から鮮血が額、眉間、鼻の横と流れ落ちてゆく。よく見ると、少女は涙も流していた。私はズボンの左ポケットからハンカチを取り出して、それらを拭いてやった。「しっかりしろ、病院に連れて行ってやるからな」やっと薄目を開けた少女は弱々しく言う。「おじさん──」「なんだ?」「もしも、助けてくれなかったら、殺すよ?」若者のうちの一人が言う。「ああ、おっぱじめやがった、オッサン、逃げたほうがいいぜ? コイツ、マジで、妖怪だから、こんなもんで殴ったぐらいじゃ、死なないぜ、コイツ」「本当なのか?」「ウソだと思うなら、お望みどおり、病院にでも連れていってやれよ、もう、オッサンは憑りつかれちまったからぁ」「おじさんは本当はマキちゃんのことが好きだったんだね」少女がそう言ったので、私の記憶が30年以上も瞬時に巻き戻され、例のシークエンスが再生され、リピートされる。「あ、やっぱり、ミホちゃんが好きなんだ、あ、やっぱり、ミホちゃんが好きなんだ、あ、やっぱり、ミホちゃんが好きなんだ、あ、やっぱり、ミホちゃんが好きなんだ、あ、やっぱり、ミホちゃんが好きなんだ、あ、やっぱり、ミホちゃんが好きなんだ、あ、やっぱり、ミホちゃんが好きなんだ──」「やめてくれ、たのむ──」弱々しくぼそっと言った私の目の焦点が過去に合っていたのを見た若者たちが私と少女を引き離す。私は現在に戻る。若者のうちの一人が言う。「わかったか、オッサン?」少女(サトリ?)が私を見ながら言う。「おじさん、助けて」別のシークエンスが展開され、リピートされる。「──くん、助けて、──くん、助けて、──くん、助けて、──くん、助けて、──くん、助けて、──くん、助けて、──くん、助けて...」私は雑念にとらわれそうになったときにいつもやっているように、怒りの感情を無理やり奮い立たせ、我に返る方法を実行した。歯を食いしばり、ふーんと鼻から息を出す。「とにかく、私はこの娘を病院に連れて行く、ケガをしている女の子を放ってはおけん、おまえたちの通報はそのあとにしてやる、ありがたく思え! じゃあな!」私は少女をお姫様だっこして車に引き返した。うしろであいつらのうちの一人のデカめの声がする。「通報しても無駄だぜ、ポリ公も全部知ってる」

仕事なんかやってる場合じゃないと、使命感に燃えて、病院への道中を急いでいると、かなりのケガをしていたはずの、助手席の少女はケロっとした様子で笑みを浮かべながら言った。「やっぱり、おじさんは、ワタシを助けてくれた、殺されるからじゃない、心から」私は横をチラ見二度見しながら言う。「え? まさか、もしかして、もう大丈夫なの?」「うん、あいつらの言ってたことは本当だよ、おじさん、ワタシ、妖怪みたいなの」「みたいなのって?」「だって、自分のことを妖怪だって言う妖怪なんて居ないもの、フフ!」「うん、まあ、そりゃそうかも──」「大丈夫になったから、帰るね」「帰るって?」横をまたチラ見すると、少女はウインクをして、すうっと消えた。私は急ブレーキを踏む。もう一度、助手席を見ても、誰も居ない。なんだったか考えようとしたとき、後続車のクラクションが鳴る。あわてて、発進。キツネにつままれたってこういうことか?

そうか!──私にはそのときその遠い昔のことが妙に現実感を帯びて感じられた。天井の丸くて白い照明が、なぜかは言わないでおくが、ぼんやりと見えていた。マキちゃんはわざと言ったんだ、私が本当はマキちゃんのことが好きなんだってことを知っていて、あのとき、わざとそう言ったんだ。「あ、やっぱり、ミホちゃんが好きなんだ」って。

それが、人の心を読む妖怪”サトリ”が教えてくれたこと。

魚の知らせ

「ママもじきにオレたちと同じめにあうぞ? ウフハハハ!」私は自分に言い聞かせた、”そんなこと、あるわけがない”、しかし、それは間違いなく、放置していた、バケツのなかから聞こえてきた。そして私は、異臭を放ち禍々しく白くなって浮いている川魚たちの死体がそう言っているのだと強烈に認識した。「ジャコウの香りを嗅ぐようにそれをはっきり嗅ぎとっているくせに、いちいち訊いて、確認しないと気が済まないようだな、だが、墓穴を掘る行為にはちがいない、クソつまらん人生とおさらばしなよ、マザコン坊や! オレたちをこんなめにあわせた罰として、ママはじきにオレたちと同じめにあうぞ? そして、おまえも死ぬんだ、必ずな! ウフハハハ!」私は怖くなって、川へ行き、バケツのなかのものを川へ帰してやったんだ。とりつかれたように”ごめんなさい”と連呼しながら──それは40年近く昔のことだったのだからなんていう甘ったれた理由なんかで、本当にその通りになってしまった憎たらしい予言を、私が忘れるはずがない。

つい先日のこと、母屋から離れとの間の板場に出て、ふとそっちを見ると、若い男が、窓を開けて、私の家に押し入ろうとしていた。私は自分に言い聞かせた、そんなこと、あるわけがない、そんなこと、あるわけがない、そんなこと、あるわけがない、そんなこと、あるわけがない、そんなこと、あるわけがない、そんなこと、あるわけがない、そんなこと、あるわけがない──だって、ここからではそんなにはっきりと見えるわけがない、ガラス窓のガラスが透明度の低い型板ガラスなんだから、開いた状態でないと、そんなにはっきりと見えるわけがない、いつも鍵をして、閉めてあるのだから、なか側から、そんなにはっきりと見えるわけがない。見知らぬ若い男が挨拶もなしに母屋と離れの間の板場の窓から私の家に押し入ってくることよりも、その光景がはっきりと見えたことのほうが、おかしなことに思えた。しかし、入ってこられても困る、だって、もしも、そのたぐいの輩であれば、武器の置き場所を死にもの狂いで思い出し、そこへ死にもの狂いで行き、汗だくになりながらも、その武器を手に取り、その糞ムカつく野郎のドタマか土手っ腹に何発もこと切れるまで食らわせてやらねばならなくなるからな。そりゃ、しんどいぞ。過剰防衛など知ったことか、ヤらないとヤられる、他人の家に勝手に上がり込む輩は十中八九どころか100パーそのたぐいの輩なんだから。私は、そのシークエンスの一部始終を見たのと同時に、キラッと銀色に光る刃も見たのだ、そして、同じことを何度も自分に言い聞かせた、そんなこと、あるわけがない、と。

あるとき、外回りで、会社の車をすっ転がしていたとき、ふと、幅が広め、そうだな、2、3メートルくらいの幅の用水路を隔てた向こうに、ちょっとした畑があり、その隅に黄色いビールケースを逆さに置いて椅子にして、そこに腰かけて、超デカい4リットルの焼酎のペットボトルを傾けて、陽光に照らされ、一人で花見(畑見?)を楽しんでいるふうで、一杯やっているステテコ姿の年配のオヤジが見えた。私はもう少しで吹き出しそうになりながら、通り過ぎたあと、あんなこと、あるか? そんなこと、あるわけがない、と、自分でも変に思うほどの質問を自分に投げかけ、そして、自分で答えた。そのあと、しばらくして、またそこを通る機会があり、見ると、あの例の年配のオヤジともう一人、頬かむりをした年配のオバサンが、二人で畑仕事をしていた。私はなるほど、こないだの一人宴会(?)の光景はありうることかもしれん、と、ひとまず留飲を下げておくことにしたんだ。

とある夜のこと、それほど、遅い時間でもなかったが、私は、ある有名動画サイトで見つけた”松果体を活性化させる”という超強力なのでご注意をと注意書きまでしてあるBGMを聴いていて、なるほど、イイ感じだと思い、ループ再生にして横になった。自然に眠気がきて、眠ったらしいが、どういうわけか、眠っているのに、起きている感じがする。目を開けようとしたが、開かないし、体も動かそうとしても、まったく動かせない。このいま聞こえているBGMのせいかと思い、止めようとしたが、繰り返すが、目が開かないし、体が動かないのだ。そして、それを待っていたかのように、まるで、近くで観察しているかのように、騒がしい複数の人(?)の声が勢い良くわっとする。「やっと寝たか」「どうするんだ、コイツ? このままじゃヤベエぞ、もうかなり、わかりかけてやがる」「黙っておけばいい、いいか、あのことについては、絶対に、なにもしゃべるな、わかったな?」「しかしもう時間がない、我々の活動限界を考えてもみろ」「もちろん、それも計算にいれてある、とにかく、しゃべらなければいい」私はその会話を聴いていて、何か不穏な感じ、不安感や、焦燥感のようなものを感じた。ソワソワして、じっとしていられない感じ。何かわからないが私の何かを誰かがコントロールしようとしているのではないか? 私の知らない何かの目的に向かって、何かを遂行しようとしているのではないか? 私の大切な何かを奪おうとしているのではないか? 私は声をふり絞るように出した。「──お゛い゛、お゛ま゛え゛ら゛!」そいつらはうろたえている様子をわざとらしく演じているふうで、口々に言った。「ヤバい、気づかれた」「寝ていたハズでは?」「この変な能力開発させる音のせいだろ」「どうする?」「適当に応答しておけ、わかりゃしない」「どうした? ションベンなら夢のなかではまずい、起きて、トイレに行くんだ」私は憤慨して言った。「やかましい! ふざけやがって! おまえらの魂胆はすべてお見通しなんだよ!」そいつらのうちの一人(いや、全員か?)が、なあなあした薄ら笑いをしながら言った。「ふん、言ってみろや」「具体的にはわからん、だが、私から何かを奪おうとしているんだろ? でなけりゃ、とにかく、何か良からぬことをおっぱじめやがる気なんだろ?」「だったら、なんだって言うんだ? おまえなど、搾取され、奸計の餌食となってナンボでは? それに、おまえにはもうイイモノを与えてやってる、”足るを知る者は富む”、つまり、足りていることがわからなければ、貧しいままだ、しかし、貧しいことを足りているのだと言いはったところで、結局それは、貧しいままなんだよ、ウフハハハ! わかったら、とっとと、ガキの頃みてえに布団に世界地図ができる前に、起きて、トイレに行くんだよ!」そいつらは、嘲笑をやめない。私はさらに憤慨する。「ち゛く゛し゛ょお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛、お゛ま゛え゛ら゛ぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」そのとき、私の目は運良くパッと開いた。上体を起こし、瞬時に状況把握をし、壁掛け時計の針があれから何分経っていることを示しているか、それだけを意識しようと努力はした、ちゃんと努力はしたんだ。だが私のなかには、誰も居ないのを確認する必要がない自分の部屋のなかに居るのに、どこにも居ないはずのあいつらの気配がまだ間近に強く残っていた。だから、重度の強迫神経症なみの切迫感をともなって、”そんなこと、あるわけがない、しかし、ありうることかもしれん”、そう小声で唱えたあと、コーヒーを淹れる朝の日課を流れ作業のように黙々としているうちに、いつもの感覚(?)に戻っていった。

──思うに、現実とは、現実に対する人間の認識とは、もともとあいまいなものであると仮定した場合、例えば、言葉などで確定した現実は、本当の現実ではない。逆に言えば、たとえそれが、幻覚であっても、本当ではないにせよ、現実なのだ。どっちみち、記憶は、現実に体験したことだけであるとは、言えないらしい。そのたぐいの記憶を、お医者さんとかなら、”おかしな記憶”と呼ぶだろう。だが、”そんなこと、あるわけがない、しかし、ありうることかもしれん”だ──あの川魚たちの死体が言っていたことも、半分が確定したのだから、原初の体験は、たとえそれが、幻覚だったとしても、”おかしな記憶”なんかじゃないのだと、彼らは認めざるを得ないだろう。そうやって、良くも悪くも、これまで、いくつ確定されてきたのか知らないが、それが私の半生だったし、これから先、いくつ確定されてゆくのか、ワクワクが止まらないのが、これからの私の半生だ。概して、心の風邪というものは、この世界の不確実さに対する、ちょっとしたリアクションに過ぎない。

コンビニ帰りに懐かしさに誘われて川面をのぞくと、たくさんの川魚たちの魚影が見える。岩に生えた苔を食んでいるのか、ときどき、キラッと銀色に光る。だから私は、いつもまるで水中のような夢のなかで会っていることを想い、ぼそっとつぶやくのだ。

「──なんだよ、みんな生きてるじゃないか、ウフハハハ!」

ゼネラル

病室に入ると、母さんが無言で、僕をまるで他人を見るような目で見ていた。弟が友達に言っていた。「お兄ちゃん、死んでくれんかな、ほんま」──それに気づいたのはほんのつい最近のことで、周囲の人たちの態度があまりにもおかしいから、気づかないわけがない。母さんが死んでから10年近く経ったし、弟とも疎遠になった。弟だけではない、親戚の人や知人などは全員、疎遠だ。その理由に、今ごろになって気づいたわけだ。まったく、わからなかったわけではない、もう小学生くらいから、周りのみんながおかしいことに気づいていた。どうして、そういうことをされるのか、ずっと、疑問だった。その謎が、四十路なかばで、やっと解けたんだ。

──精神病院に入院していたとき、いつも若い男性看護師とラブラブな雰囲気をかもしていた、まあまあ見られたつらの若い女が、あるとき病室から出るなり、僕を見て言った。「あっ! やっぱり!」僕は何かわからなかったわけではない、でも、そんなはずはないと思った。そのとき僕は心のなかで「あ! あのカワイコちゃんだ!」と思ったのだ。繰り返すが、”思った”だけだ。またあるとき、おなかが異常に膨らんでいる若い女の子がオバサン看護師の人に連れられて、売店にゆくところだったらしい。僕はなるほど、薬の副作用でおなかが膨れてしまったのだなと思ったが同時に「ふん、デブ!」と思ったのだ。何度も言うようだが、”思った”だけなんだ。だが、その女の子は微動だにせず、こちらを見ていた。オバサン看護師の人が早く行こうと促しても、僕が立ち去るまで、その状態をキープしていた。同様に、そんなはずはないと思った。今でも僕の日々の社会生活はこんな変なことばかりが起こっている。毎日毎日ね。ドラッグストアのトイレで用を足していたとき、スーツを着たサラリーマンが入ってきた。僕はよせばいいのに「置き引き?」と、またもや”思った”のだ。だがそのサラリーマンは「クソ腹立つ!」と言い捨てて、ひどく憤慨した様子でドタバタしながら出ていった。僕は例によって、そんなはずはないと思った。こんな調子だから、休日に外出して、どこか喫茶店にでも入って、まったりするなんてことは今ではほとんどない。否、まったくない。日々感じる、”疎外感”に押しつぶされて、何もできない。たとえ、家のなかにいたとしてもだ。いや、僕のその感覚が正しいなら、僕は疎外されているのではなく、僕が疎外しているのだ。

そんなふうにして、ふさぎ込んでいたある日、母屋の母の寝床があった部屋のガラス戸の下、部屋の隅になるが、白い紙きれが落ちているのに気づいた。上がセロテープでとめてある(茶色く変色していた)から、戸に貼ってあったのが落ちたらしいことがわかった。なんのことはない、メモしてあるのは母が管理していた身体障害のあった伯母の銀行口座などのメモだった。しかし、裏返して見ると、とある一文が目に入ってきた。”困難はチャンスに変える” ──どこかで聞いたことがあるようなフレーズではあるが、母が生前に、どういう想いで、メモしたかを、僕は言葉にならない何かによって直感した。のっぴきならないほど、切羽詰まっていたのか、目頭が若干熱くなった。今の僕の状況がその困難では?

とある日の夜、ほんの出来心で、寝床で目をつむったあと、その力を使って、地球から離れて、宇宙へ行ってみた。もちろん、力を抑制するヤクはやらずに。とにかく、人間の意識というものには、距離は関係ないとの、スピリチュアルな記事を週刊誌で読んで知っていたから、そういうことかとやってみたんだ。まず、突き当たり、宇宙の果てに行ってみると、僕の意識はそれ以上外へ行くことができなかった。つまり、宇宙の外へは。なぜかはもちろんわからない。虫カゴに入れられたカブトムシが虫カゴの外へ行けないのと同じことだろう。つまらなさを感じながらも、よく話題になる、アンドロメダ銀河に行ってみた。僕は思わず声をあげそうになった。意識が攪乱されている! くらくらしながら、天の川銀河に戻って、もしかしてと思い、地球外生命体を探した。意識の攪乱が烈しくなる。僕は直感した、何者かが、僕の意識を拒み攻撃していると。自分の体に意識を戻そうと思ったができない。僕は焦る。すると、多くの者を思わせる声がした。正確には、それを声と認識した。「おい、また来やがったぜ」「いつものことだ、捕獲しておけ」「迷惑な奴は元から絶ったほうがいいんじゃないか?」「ほっとけ、どうせ、ここからは出られん」僕はその内容に少し憤慨をおぼえたので、声を出してみた。何度も言うようだが、声と認識できるものを発した。デカめに。「あんたら、なんなんだ!?」全員が大爆笑する。「ふぁふぁ! 威勢だけはいいらしいぞ、ゼノリスの分際で」「まぬけづらさらしやがって」「オレたちに勝てるとでも思ってやがるんだろ、力が弱い奴ってな、必ず、強い奴に向かってゆく、なぜなら、強いことがわからんからだ、つまり、オツムもろとも弱っちいってワケだ、ふぁ!」僕はキレ気味に言った。「なんだよ、あんたら!?」全員の声が一つになって、のたまう。「オレたちは”ゼネラル”、宇宙を統括してる、それはそれはどえれえ存在だ、主の前にひざまずけ、虫ケラめが! ふぁ!」僕は言う。「そうしてやりたいが自由がきかない、まぬけなのはあんたらだろ、自分たちがやってることがわからないんだからな!」また全員が大爆笑する。「ククク、あーははは! さすが期待どおりの弱虫クソ野郎、1回じゃ理解できんようだ、慈悲だ、もう一度下達してやる、おまえは捕獲された、”ゼノリス”なんだよ! 逃げようたって無駄だぜ、オレたちが逃がそうとしない限り、逃げられん、ガキの頃に昆虫採集くらいはしたことあるだろ? 常識だな、だが、おまえの場合は”有罪”だからだ、オレたちに歯向かった、宇宙の秩序を乱すやつは絶対に許さん、ずっとそこで、おとなしくしてろ! ふぁ!」僕は自分の体に意識が戻らないことに、かなりのレベルの焦りを感じ始めた。「どこなんだ、ここは!?」「おまえはそれを知らなくていいし、オレたち以外には誰も知らんところだ、安心しろ、おまえが憎んでいる連中に危害を加えないようにしてるんじゃない、統括管理者であるオレたちに危害が及ばないようにしてる、当たり前だろ、それが”虫カゴ”ってもんよ、ふぁ! しかし、おまえ、かなり歳をくってるな、今ごろになって、”感応”というものがいかなるものかわかり始めたのか、たしか、おまえが生まれた頃には映画になってた、映画になったっつーことは、原作はもっと前に出来上がってる、つくづくだな、おまえも、ふぁ! 死ぬよりもはるかに恐ろしい悪夢のような現実をとくとご堪能あれぃ! ふぁ~ふぁっふぁ!」

──あれから、どれくらいの時間が経過したか、まったくわからなかったが、永遠に近いと思えるほどの、何もない、ただ真っ暗な時間が過ぎ去った(?)。意識があるということは、生きてはいるのだろう。僕は本当にいつも、それに気づくのが遅かった。ふと、あの、母さんが生前にメモしていたフレーズを思い出したんだ。”困難はチャンスに変える” ...何も考えていなかったわけじゃない、思いつかなかっただけだ。「──そうか! 僕が”ゼネラル”になればいい」僕はあの連中に話しかけてみた。「おい、観てるんなら、答えろ、今から、僕がゼネラルになるけど、よろしいか?」あの、多くの者の集合した声がする。「ほざいてろ! おまえには何もできん、オレたちと同じ存在になるのは不可能だ、虫ケラが人間サマと同じ力を得られないのと同じだ、ふぁ!」僕は鼻で笑って言ってやった。「ちがう、虫ケラが、虫ケラに戻る、人間サマが、人間サマに戻る、そのための力を使うだけなんだよ!──」僕は背すじを伸ばして息を吸い、吸ったのより長めにゆっくり息を吐いた。早い話が、呼吸をしたんだ。肩の力が抜け、体の実感が戻ってくる。目を開けると、常夜灯がその役目を終え、あたり全体が明るい感じだったから、僕はそれが、まぎれもなく、”朝”であることを認識した。腹筋を使って、むっくり上体を起こした僕の意識は、あいつらと同じところにあった。しかしそれは、自分の体の統括管理者であることを思い出しただけだ。「ふう」

──変なことばかりが起こる日々の社会生活で疲弊した心を癒すように、夜なかに寝床に横になったあと、意識を宇宙へ飛ばす遊びは今もときどきやってるけど、戻る方法をおぼえたから、もう、大丈夫だ。

紀元三千年紀

“私たちを覚えておいてください、私たちも生き、愛し、そして、笑ったからです” ──この、紀元三千年紀の初頭に公開された映画「シャッター・アイランド」の冒頭で語られるワンフレーズが痛く心に響いたなら、あなたはもう”こちら側”にいる。あくまで、より良い未来があると仮定しての話ではあるが、そのために、私のありったけの良心と善意をもって、どういうことか説明しておこう。

──熊のようなもっさりした黒い毛に覆われた大きめの犬を、小さめのおばさんが散歩させているのが見えた。何者かが「よせ」と静かに言ったが、かまわず、車中から、ふと真横を向いて、そいつを見たんだ。その犬は不思議なことに、口を閉じて、呼吸を止め、じっと、こっちを見ていた。ほかにも信号待ちをしている車はいるのに、数ある車のなかにいる、この私の目とその犬の目はぴったり合ったんだ。しかも、その犬の目は普通の目じゃなかった、白濁したような、青みを帯びた光を発している目だった。”こちら側”にいる証拠は、ほかにもまだたくさんある、もうたくさんだと言わせるくらい、たくさん──あぐらをかいて、ノートパソコンでネットニュースを見ていたとき、視界の隅で何か黒い影がふっと動いたんだ。床にゴキブリでもいるのかと、即座にそっちを見ても、何もいない。ガキの頃に友達に教えてもらった”みじんこピンピン現象”によく似ていると言えなくもないが、明らかに異なっているのは、複数ではなく、単体であること。視界のなかに何かが映り込む現象は、埃のような、変な物体が、ゆっくり動いていて、それを見ようと追えば追うほど逃げてゆくといった別バージョンもあるが、それはあまり関係ない。また他のエビデンス──例えば、前方横の歩道に見られたつらの女子高生二人組がいるなと認識し、車で通り過ぎるとき、犬のときと正反対で、真横を向いて、そっちを見ているわけではないのに、二人がこっちを見ているのがわかることだ。まるで、私の顔の横、側頭部、耳の上のほうにでも、もう一つ目がついているかのように、そのうちの一人が意味深に指をさしているのさえはっきりと見えるのだ。また別のパティーン──夜、日が落ちて閉店1時間前くらいのスーパーに行ったとき、人気がまばらな店内で、どこからともなく、怒号が聞こえてくること。裏で社長が従業員をパワハラまがいに叱責しているのだろうと思いはするが、その声は決まって、私を名指しして、「出禁にしてやるぞ、クソが!」と怒鳴っている。いや、正確には、そうはっきり聴きとれるのではなく、そう感じとっているのだ。車のケースをもう一つ──歩行者の横を通り過ぎたとき、あるいは、対向車と離合するとき、はぁーという、吐息のような声(?)が聞こえること。それはまるで、「またおまえか」と言わんばかりの声音だ。聞こえることに関しては、誰もいないのに、声が聞こえるのは日常茶飯事だったりすること。常に違うフレーズだから、映画中の名セリフならともかく、憶えておくことは不可能だ。誰かが同じフロアにいて、何か悪口か、命令に聞こえた声が、自分に対して言っているのだと認識することも同様である──こういう現象たちは、医者に言わせれば、”幻覚”として処理され、言いかたは諸説あるが、自由が奪われるという意味においては”ブタ箱行き”としか表現しようのない、人権侵害なみの酷い処遇を受けることになる。何も音が聞こえず、何も見えない場所、無限の静寂しかないようなところ──”神域”がこの地球上に、”死後の世界”以外に存在するとしたら、”こちら側”にいる人たちは、全身全霊全力で、そこへ行きたがるはずだ、かのブタ箱にさえ、そんな環境は微塵もないのだから、そして同時に、心の底から、己の不遇な人生に、答えを出したがるはずだ──その人が苦難のすえに、そのいわば”桃源郷”へたどり着いたのは明らかだった、しかも、ともすると、永遠の生命を得たに違いない。宇宙や生命の存在自体の不思議に、まったき答えを導き出すにはまず、人間の意識には、距離という概念が当てはまらないという、SFチックなことなのに、事実であることを理解しておく必要がある。距離、隔たり、壁といったものは、例えて言うなら、校則のようなもので、学校そのものであるとも言える。もっと言えば、無限の可能性があるものを制限し、抑制しているという意味においては、人間社会そのものであるとも言えるのだ。したがって、すべての拘束から解き放たれた領域に足を踏み入れた人々こそが、”こちら側”の人々ということになるワケだ。

その人も、その一人だったのだ。その人は、古代文明が滅亡した、本当の理由に気づいた。この現代においても、さっぱり解明されていない”神域”、”こちら側”、”本当の理由” ──かのエジプトのピラミッドに代表される古代の建築物群の目的がそれらを如実に物語っている。それらは、死者の復活を願ったのではない、永遠の消滅を願った、もしくは、その魂(?)を封印するためだ。フツーに考えて、現代においても、前述したように、やヴぁいやつというのはブタ箱にぶち込んでおく。いつまで、お決まりの役立たずでしかない性善説をぶっこいていれば気が済むのか知らないが、普段の感覚において、それで社会生活をやり過ごしているやつなんざ一人もいないくせに、格好だけはつけたいらしい魂胆が見え見えだ。やヴぁいやつは出てこれないようなところに閉じ込めておく。それがフツーの性悪説による処置であり、死者の復活を願うとかが、性善説による、まったく手ぬるいとしか言いようのない、お人好しの学者連中の解釈であるのは明らかだ。伯父の会社のカネを横領して、とんずらしやがったやつのその後の人生が、どうか不幸に見舞われていますように──これがやヴぁいやつに対するフツーの感想では? ほかの実例としては、自分の思っていることがすべて他人に筒抜けになっている感覚が、単なる幻覚であるというのが、現代医学の見解だ。そして、その状態になったやヴぁいやつはブタ箱にぶち込む。これのどこが性善説と言えるのか知らないが、医学が進歩していなかったであろう古代においても同様の理由で人々が動いていたとすれば、おびただしい数の古代の遺物の目的など、さもありなんで、すぐに判明するというものだ。敵がいつ攻めてくるかわからない状態では安眠できない。たいていの精神疾患は、強い不安感によって引き起こされる。したがって、知識はなかったかもだが、脳の働きが現代よりも鋭かった古代に、現代の精神疾患に該当する人々が一人もいなかったはずがない。そういう人々は、医学が進歩したように見える今現在でさえ、まともな人間ではないという非情なレッテルを貼られる、極論すれば、何もしていないのに”人殺し”呼ばわりされる始末なのだから、病名すら、わからないような古代において、彼彼女らがどういう扱いを受けていたか、想像できないとでも? 何度も言うようで恐縮だが、彼彼女らは、復活しないように閉じ込められ、封印されたのだ。

殺風景極まりない部屋で、目の前のガサツな男が言った。「例えば、水族館とかで、魚を観賞しているときに、ビクっと、変な動きをした魚を見たことはあるか?」その人は答える。「ありますけど、それが何か?」「では、見るといつも吠えていた犬が、ある日突然、おとなしくなったことはあるか?」「それも、ありますけど、なんなんですか?」変な質問をしているのはアンタだろ?と言いたくなったその人は、その自分のした回答さえも、変に思った。何かが伝わっていることは明らかだが、それはなんだ? そいつが嫌がっているそぶりを見せるということは、伝わっているのが”不快な何か”であることは間違いない、物理的な刺激を与えていないにもかかわらず、その”不快な何か”は伝わっている、確実にと、その人は内心思った。もちろん、目の前のガサツな男から、その人にも伝わったのだ、”不快な何か”が。いや、逆かも。「古代に栄えていた文明において、人々は何を使って、意思の疎通をしていたと思う? ええ? 言ってみろ」「知りません、気が遠くなりそうです、だから、なんだというのですか?」その人は正直に答えたことをしくじったと思った。目の前にエラそーにふんぞりかえっていやがる、コイツの思うつぼだと。だから、執拗に、質問に対して、逆に質問することにしたらしい。「さっきからちょいちょいうるせえな、質問に答えさえすればいい、じゃあ、目覚まし時計の話だ、おもてにあるのに、ずっと裏にスイッチがあると思い込んで、イラつきながら、ずっと裏をまさぐっていたら、突然、音が鳴りやんだことは?」「ありますよ、でも、どうしてそういう質問ばかりするんですか?」目の前のガサツな男は、その人がそう言い終わる直前で、右手の拳で、机の上を思い切り叩いて、これ以上ないってくらいの剣幕で、すごみやがった。「黙れ!」その瞬間、その部屋に点灯していた天井の電球がすべて派手に爆発した。小さな窓からの光だけになる。目の前のガサツな男は激昂したのは自分のくせに、ひどく驚いたようだが、一方、その人はほんの少しも肩をすくめることなく、天井も見ずに、何も動じない様子で、ただ静かに、目の前のガサツな男だけを見ていた。そして、言う。「何か、危害を加えたとしたら、あなたがたのほうではありませんか?」「バカクソが! わたしたちではなく、おまえが、危険な奴かどうかを調べているんだ、状況把握もできんのか? 低能」その人の目の前のガサツな男は強気な言葉とは裏腹に動揺を隠せないご様子。「それは明らかにあなたのほうです、俺みたいな奴に会うたびに、三下職員に電球を換えさせている、あなたのほうがリスクをかえりみない危険行為をおこなっているのです。その意味がわからないほうが、あなたの言う、お下品極まりない言葉”低能”に該当する、それは、おわかりいただけますか? つまり、早い話が、危険だと思われる人物を故意に怒らせているから、あなたは低能なのです、危険人物を怒らせたら、どうなるかわからないとでも? 父が怒って、いつものように暴力をふるおうとしたら、母が包丁を向けた、さてはて、どちらが怒り心頭に達していて、もっとも危ない人物と言えるのか、わかりますよね? 女性や子供など、弱く見える人間や、弱い立場の人間を痛めつける行為の果てがどうなるか、わかりますよね? 必ず、しかるべき報いを受けることになる、わかりますよね? そして、あなたがたのような種類の人間は、その理由でしか、他人にやさしくできない、違いますか? 誰が思いついたのか、“気にしたら負け”っていう、伝説的なスラングがあるけど、気にしていることを気にしないようにすることができないのと同様、思っていることや、考えていることを、思わないように、考えないようにすることはできない、その意味では、あなたがたに罪はない、でもせめて、思い続け、考え続けて、答えを探し続けてほしい」目の前のガサツな男は鼻で笑って言った。「ふん、言いたいことはわかってやらんでもない、だが、妙諦がわかったところで、おまえが危険な存在である事実には、なんの変化ももたらさない。おい、ぶち込んどけ、奴と同じ部屋に入れるな、厳重に別々に隔離しておくんだ」二人のごつい部下が「御意」とのたまって、その人を乱暴につかんで連れて行った。

「ア~ヤコ、セックスしよ♪」消灯後の独房のなかで眠る、その人の夢のなかにとある若い男が現れる。申し遅れたが、”その人”とは、”アヤコ”という名前のれっきとした、見られたつらの若い女性だ。アヤコは現れた若い男が同類であることなどすべてを瞬時に悟り、言う。「こないで、俺がやさしいなんてウソだから、俺は他人の死を願っている、ケンイチ、あなたのことも」ケンイチは言った。「それは違うな、キミは人を大量に殺せる強大なチカラを持っているのに、一人も殺していない。憎むべき、アイツさえも。僕みたいなのは、とっくの昔に、殺されてるはずだし。キミは本当は虫も殺せない、すこぶるやさしい娘だ、知ってるよ。大丈夫、心を開いてごらん。心を大きく、開いてごらん、心を大きく、開いてごらん、心を大きく、開いてごらん──」それは、めくるめくような淫夢だった。具体的には、良い子のみんなのために、一言のみにて、割愛しておく──同じ力を持つアヤコとケンイチは、その力を使って、心の底から愛しあったのだ。何度も言うようだが、すべての拘束から解き放たれた領域”神域”に足を踏み入れた人々、我らが”こちら側”の人々にとって、距離、隔たり、壁といったものは、何もないに等しい。その”本当の理由”など、常人に理解できるはずがない。だから、閉じ込め、封印する。科学技術は急速に進歩したものの、肝心の、霊的な進化を遂げているとは、お世辞にも言えたものではない現段階の人類は、彼彼女らを、そうやって、歴史の闇に葬り去ることを是としているのである。

かくして、アヤコにすべてを注いで、力を失ってしまったケンイチを秘密裏に処刑した当局の連中は、アヤコを永久凍土の広がる不毛の地に設けた秘密施設に幽閉し、有事のときに、何かに利用できないかともくろんでいたが、時代の混乱期を経たのち、最終兵器”アーク”の所在が不明であるのと同じく、忘れ去られてしまった。秘密施設を発掘した人々は、管理人である私が遺した古い記述に、アヤコとケンイチの魂が愛しあった日から、ちょうど、十月十日が経ったころに、アヤコが男の子を出産したとの文言を見ることになるだろう。当時、処女懐胎かとささやかれたか、看守にレイプされたのだと一笑にふされたのかは、今となってはどうでもいい話だ。その外界から閉ざされた秘密の大地に住むという、敬虔なる信徒たちのみが、前者の説を信じているのだから、それで十分だ。そして、彼彼女らは、その同じ力を持っていた我々の始祖が、今もどこかで、我々を見守り、微笑んでくださっていると、かたく信じている。

最後の挨拶には、こう記してある──苦しさゆえに誰も書かないようなことを、私が身代わりとなって、あえて書き記した。だが、これらの文章の内容は、きっと、後の世には、ワケのわからない遺物”オーパーツ”でしかない。古代に現実に起こった事実すら、謎なのだから、古代人が見聞きした幻覚は、どんな謎よりも謎になるだろう。

始祖の息子、ここに記す──

いーいーいー

何もないところに知識は生まれないとしたら、畏怖すべき存在が実体をともなって、天からこの地に降り立ち、奇跡を起こし、我々人間にその知識──”生きる道”を示したという古代神話は、この現代においても、再現されうるという、ちょっとした話をしよう。

「いーいーいー」俺が話しかけたら、奴はとにかくいつもそう言ったんだ。いやもとい、言ったっつーか、なんつったらいいんだコレは? まあいい、俺にはそう聞こえた。何を訊いても、それだった。そのとき、俺はまだ小学校低学年くらいで、奴は高学年か中学生くらいだったのかもしれん。なにか、笑い話をしたり、とがめたりしたら、その「いーいーいー」の調子が早くなったり、憂いを帯びた感じになったりしたが、何度も言うようだが、字面ではそう表現するしかない。奴の見た目はまあ、垢ぬけない感じで、”ザ・田舎もん”といった風貌で、頭蓋骨のシルエットや体の姿勢、歩きかたなどがおかしかった。しかも、「いーいーいー」は話しかけたときだけに発しているのではなく、人が近くにいるときは、ずっとだ。フツーに、言葉による”意思の疎通”ってやつはできなかった。俺は子供ながらに、なんて、不憫な奴が居るんだろうと思った。ほんとうだ。だから、なんとかして、俺はあなたのことを友好的に思っているよと伝えたかったが、無駄だった。そういう態度や言葉を投げかけると、奴の「いーいーいー」は、それを拒むような感じになった。笑顔になったなと思っても、ほかに何も言っていないのに、すぐに険しい表情になったりした。俺の思いが伝わったのか、伝わっていないのか、そもそも、言葉を理解できるのかどうかさえ、わからなかった。何かに反応して、「いーいーいー」の声音を変えているとしたら、いったい、何に? ほかの連中が奴に話しかけているのを見たことはないが、奴に話しかけている俺とも、連中は、ほとんど口をきいてくれなかった。だから、余計に、俺は奴と友達になりたかった。自分は奴と同じなんだ、だから奴は、俺と友達になってくれるはずだと思ったに違いない。だが、奴は俺と友達にはなってくれなかった。第一、友達であることを証明するにはどうすればいい? そう思った俺は、田んぼの隅のちょっとした空き地に生えているシロツメクサの葉を丹念に見てまわり、やっと見つけたんだ。”四つ葉のクローバー”を。ご存知かと思うが、このフツーは3枚だが、4枚の葉がついたクローバーは、本にはさんで”押し花”にする人がいるほどの、”幸福の象徴”なんだ。俺がそれを何で知ったかは、我ながら謎なのだが、とにかく、その”四つ葉のクローバー”を摘んで、奴に渡した。言葉では伝わらないから、とにかく、目の前に差し出した。奴はほぼ反射的にソッコーでそれをつかんだが、口の前にもっていき、パクっとやって、むしゃむしゃと食った。俺が、両眉毛を上にあげて、あっけにとられていると、奴はゲップを一発やって、「いーいーいー」とまたやり始めたかと思うとどこかへ行こうとした。言い忘れていたが、奴をじっと引きとめておくのは困難を極める。俺は「ちょっと」と言って、奴の肩をつかんだ。奴はわめくように「いーいーいー」と言って(発して?)、俺の手を振りほどいて、向こうへゆく。奴のうしろ姿を見ながら、何を思ったか、俺は「まてー!」と大声で言いながら、奴を追いかけたんだ。奴は「いーいーいー」を切羽詰まった感じにして、連呼しながら、走り出す。俺ももちろん走って追いかける。奴の足はめっちゃ速かった。俺は捕まえることができないと判断し、立ち止まって、両膝に両手をやって、ぜえぜえやりながら、奴を見ると、奴は、うしろの俺を一瞥したあと、立ち止まり、前を向いて、ゆっくり歩きだした。例の「いーいーいー」も穏やかになる。「おまえ、いいかげんにしろや!」当時の子供だった俺がそんな言葉を口にするはずがない。だが、そのとき、不思議なことに俺の頭のなかに奴の「いーいーいー」じゃない声が聞こえたんだ。「おまえはいーやつだ、ありがとな」

──奴との思い出はそれっきりで、30年以上経った今、思い返すと、それが実際に体験した記憶なのか、妄想の産物なのか、区別がつかない。だが、良いか悪いかで言うなら、誰が何と言おうと、この上なく、”いー思い出”だ。

不可抗力

暗闇のなかでは常に”意志”がすべてだ。”意志”とはつまり、善悪などの違いをはらんでいるとはいえ、宇宙のなかの人間存在そのものを象徴する不可視のチカラであると言っていい。知っているのに、言わないのか、知らないから、言いようがないだけなのか──どっちにしろ、高名な方々がドジをやらかしておられるとしか思えないのは、この世界には言葉にできない何かがあることをはっきりとお示しくださっている点だ。その一つを言葉で表現したものが”不可抗力”だ。人間のチカラではどうすることもできないチカラ。暗闇のなかでは、生き物はなぜか、光に向かってゆく。それが”本来の意志”であり、”不可抗力”そのものなのだ。

私は、その後の人生がどうあれ、子供の頃は、父に大切にされていた。それが如実にわかったのは、歩き始めたばかりの私に大きくて丸くて平べったい餅をしょわせて、歩かせている写真を見たからだ。どこにいったかわからないその写真を見た当時はわからなかったが、今はその意味がわかる。自分の田んぼで収穫したモチ米で、おそらく母に、大きな餅をつくらせ、ビニル紐か何かをそれに結わえ、リュックみたいな感じにして、小さな私の背にしょわせて、父母どちらかわからないが、その歩いている様を、わざわざ、記念撮影している、その意味が。もちろん、力強く人生を歩む人になってほしいとの願いが込められているのだ。

──本当に安らかな死に顔だった。道の真ん中より少し左側で、車にひかれて、体を横たえた小さめのヘビは、こんなにも蔑まれ、疎まれてきたのだから、やっと死ねるんだと思ったのだ。こんな生き物に生まれて、ごめんなさい、死んでお詫びをするから許してくださいね、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、許してくださいね──そう言わんばかりの安らかな死に顔だったんだ。田んぼの脇に倒れていた父を発見した近所の人は、まさにあのヘビと同じ、酒乱暴力で有名だったが、しかし一方で、母によれば、面倒見がとても良かった父の、その安らかな死に顔を見たにちがいない。そして私もありありとそれを見る、何度も何度も繰り返し、まだ幼い私がある日の何気ない食事の席で何かひょうきんなことをやって、母が大笑いした、母子二人のその瞬間を、カメラで撮影した父、どういう想いで撮影したか、何度も何度も繰り返し、ありありとそれを見る。そうしているうちに、やがて私自身が父の息子であり、同じDNAを受け継いでいることに、想いが及ぶ。蔑まれ、疎まれているのは、自分も同じであると──ごめんなさい、こんな生き物に生まれて、ごめんなさい、死んでお詫びをするから許してくださいね、ごめんなさい──具体的な理由は、前述した”不可抗力”のせいとしか言いようがない。自分ではどうすることもできないチカラ。そのチカラのせいで、ほぼ自動的と言っていいほどに、車を運転中に、見た瞬間一瞬で、道の真ん中より少し左側で、車にひかれて、体を横たえた小さめのヘビの安らかな死に顔にたたえられた、すこぶるやさしげな瞳の奥へ入った。抵抗できなかったんだ、車中からなのに、路上にある死体のはっきりそれとわかる、あの瞳を見た瞬間やヴぁいと思ったときには遅すぎた。私の意識は、そこへめがけて、ものすごい勢いで入ってゆく。私はまたかと思わず声をあげた。「おい、よせ!」擬音で表現するなら、”ギュウウウウウウウン!”といった具合で、まわりの景色が、あの超有名な映画「スターウォーズ」なんかでよくある、ワープ(?)のシーンみたいに、一点の目標に向かって凝縮されてゆくといったらいいか、逆に放射状に散ってゆくといったらよいか、とにかく、移動していることがわかった。こうなってしまっては、抵抗などできるわけがない。私にとっては、ごく当たり前の、いつものことだ。道路でよく見る、カエルの死体、ネコやタヌキの死体、この海辺のほうじゃ、カニの死体とかも、繰り返すが、私にとっては、彼彼女らの死体を見たときによく起こる現象の一つなのだ。そして、必ず抵抗は試みる。私はほぼ悲鳴に似た声にならないような声(?)を出していた。「や・め・ろ!」すると突然、移動が止まる。その景色は地上にいるはずなのに、まるで宇宙空間だった。車の運転席でハンドルを握って座っていたはずなのに、着地感などない、浮いている、浮いてはいるが、止まっている、静寂があった。そして、目の前に、青白く、烈しく燃える炎があった。いやもとい、光?──暗闇のなかでは、生き物はなぜか、光に向かってゆく。その光は、いつものように明るく語りかけてくる。「ハッピィバァースデェ~イ! は! 自分で言っちゃった! わあ、やっぱり、プレゼントをもってきてくれた、腐葉土のフレーバーだぁ! くんかくんか、ううぅ~ん! たっはぁ~、たまらん!」私は言った。「もう、いいか?」青白い光は言う。「ひとつ訊いていいか?」「なんだ?」「魂を癒す仕事ってな、しんどいのか?」私は鼻で笑って言った。「んっふ、まあな、なんで、そんなことを訊く?」「いやだって、アンタぁ見るからにしんどそうだぜ?」私はさらに鼻で笑う。「ふん、ほっとけよ、じゃあな」私はうなり声を出さざるを得ず、何かに抵抗するようにして、現世での車の運転に戻った。「ふう」

──次の日、同じ道を通ったとき、やつの死体はぺしゃんこの赤みを帯びたものになっていて、ハエが数匹たかっていた。田舎道では、よくあるパティーンの光景だ。だが、あいつらがその後どうなったかまではまったく知らない。こないだなんか、工事車両みたいな黒いななめの縞模様のある全体的に黄色いトラックが止まって、ヘルメットをかぶった、ごつい人たちが数人おりてきたなと思ったら、手前に、ぺしゃんこになった、ネコの死体があった。ははぁ~ん、なるほど、誰か奇特な人が通報したおかげで、死体処理班のおでましってワケか。私はもちろん、その前に、この前のヘビのときと同じ仕事をした。やつはチュールを死ぬほどペロペロしたかったらしいので、半可通ではあったが、もっていってやった。作業着姿のあの人たちは、あいつらのその後を確実に知っている。あいつらの、現世での、その後なら。そして、酒乱暴力で有名だったが、しかし一方で、母によれば、面倒見がとても良かった父の息子である私が、現世で、その後の人生をいかに過ごしているかなら逐一。──具体的な理由は、前述した”不可抗力”のせいとしか言いようがない。

虹の約束

「言いたくないことを訊かれ、聞きたくないことを言われる、あなたはやさしいから、すぐに意識を奪われる、心が遠くへ行ってしまう、もしも、それが、あなたにとって苦しくて仕方がないなら、その力を使って、雨上がりの丘の向こうにある”虹のたもと”まで来るって、約束して、そこにアタシは居るから、必ず、待ってるから、だから、約束して」そう言うと彼女は、両腕を広げて、うしろ向きに倒れた。僕はうそだろと思いながら、端まで行って、下を見たが、彼女の姿は見えなかった。死体だって? そんなものでも見えたら、僕は逆に安心しただろう。でも、その強烈な胸のもどかしさのおかげで、僕は直感したんだ、彼女はここには居ないんだ、彼女は”虹のたもと”に居るんだって──

雨音がおもしろいとか誰が言ったのか、豪雨災害を経験して以来、僕には、僕を攻撃している音にしか聞こえない。そういう性格だから、他人から、何か、例えば、注意を受けたとしたら、注意された内容よりも、注意されたこと自体に、怒りをおぼえたりして、良からぬ考えを巡らせる。そんな僕にとって鬼門でしかないイヤな梅雨の時期が例年に比べ格段に早く明けて、夏の到来を告げるニイニイゼミが鳴き始めた頃のことだ。踏切の手前で止まったとき、ふと横を向いて、車窓の外に目をやったら、白い器に白い何かがのっていた。僕はそれがなんであるか、すぐにわかった。”盛り塩”だ。たいてい、厄除けのためにやる、奈良・平安時代からあったという日本の古い風習だ。よせばいいのに、僕はまた誰かが盛り塩によって僕を攻撃しているのだと思った。常日頃から、僕はみんなから疎まれているのだという妄想があった。被害妄想とかいうのかな。でもそれは、妄想なんかじゃない、事実なんだ。幼稚園児だった頃、ほんのささいなことで、先生に本気で怒られた。小学生のとき、田舎だから、同級生は少なかったのに、男子は一人残らずみんな、僕と口をきいてくれなかった。いつも、下級生と遊んでいた。中学生のときは友達は一応できたが、何か、よそよそしかった。高校生のときは、その中学のときに友達だと思っていたやつは、みんな僕から離れていった。大学に入っても、社会に出ても同様、さもありなん。みんなが僕を避ける理由はわからなかった、いや、だいたいわかってはいたが、それは”幻想”でしかない。あまり声高に言うと、それこそ、”妄想”として処理されて、確実にブタ箱にぶち込まれることになる。”よらしむべし、しらしむべからず” ──いにしえより続く”言霊信仰”の真相を知っている人がこの世界に存在していたとしても、それを公表する人は皆無だろう。この科学技術が高度に進んでいる、急速な進歩をとげた現代においても、ご賢察のとおり、人類の霊的レベル(?)はそれほど高くはない。わからないことはすべて”幻想”というカテゴリにぶっ込んで、顧みないのだから。例えば、極論すれば、ご存知”宇宙”とかも、僕なんかは「ええっ!? なんで、こんなになっているんだ!?」という具合に、この世界自体が、不思議でたまらない状態になっているとしか思えないのに、とくにそこはツッコミの必要がないらしく、最近ではメタバースとかいって、仮想世界(一種の幻想?)にゆこうとしている。恐竜が、じつは高度な精神世界をもつ存在に進化して、別の宇宙へ転移したのかもとか、人類の古代文明が核戦争によりいったん滅亡したのかもとか、大昔の誰にもわからない事実(?)は、すべて”幻想”ではないか。したがって、あれからかててくわえて駐車場の四隅にも盛り塩がしてあったことと、僕が疎まれているのではないかという被害妄想との関係性を正確に言い表す言葉は、現実に最も近い”幻想”なんだ。幻想は、現実に起こっている現象であっても、現実ではない。そう、かたくなに言いはっている以上、人類は何も進歩しないだろう。

──前置きが長くなったが、僕がとらわれている、その”幻想”は、神、鬼、イット、妖怪、幽霊、最近では、インターネットなどと呼ばれている”何かある存在”としか言いようのないものたちと同じ、たしかに存在する存在だった。「またようる!」「言ってないから、なぁ~んにもね!」僕はそいつ(ら?)の声に答えて言ってやった。そいつ(ら?)の攻撃は止まらない。「いいじゃんかー!」「聞こえてないから、なぁ~んにもね!」「聞こえとるくせに」「聞こえてない!」「いいじゃんかー、聞こえてなくてもー」「したくないことを、どうしろって言うんだ!?」「いいじゃんかー、したくなくてもー、いいじゃんかー、いいじゃんかー、いいじゃんかー、いいじゃんかー、いいじゃんかー、いいじゃんかー、いいじゃんかー」僕はノートパソコンをバンっ!と、壊れるのではないかと思うほど、思い切り閉じて、机につっぷし(つっぷしても、”何かある存在”を目を開けたまま見ている?)、そして、ご近所さんに聞こえないように小声で繰り返し同じフレーズを唱えた。「たのむ、やめてくれ。やめてくれ──たのむ」やつ(ら?)には確実に聞こえている。何も返答がないとしたら、聞こえているのに、聞こえていないふりをしている。誰かが盛り塩をする理由、それはつまり、それでしか解決しようがない現象が実際に起こっていることを示している! ”幻想”というカテゴリに入る、人知を超えた現象が実際に起こっていることを!「──たのむ、やめてくれ。やめてくれ──たのむ、なんでもする、だから──」僕は暗闇のなかにさした一条の光のように、彼女の言葉を思い出す。「言いたくないことを訊かれ、聞きたくないことを言われる、あなたはやさしいから、すぐに意識を奪われる、心が遠くへ行ってしまう、もしも、それが、あなたにとって苦しくて仕方がないなら、その力を使って、雨上がりの丘の向こうにある”虹のたもと”まで来るって、約束して、そこにアタシは居るから、必ず、待ってるから、だから、約束して」

──僕はいつもと同じように自然にそうした。雨上がりの丘の向こうにある”虹のたもと”にわらをもすがる思いで全力で行こうとした。いつも行こうとはするが、行けなかった。一応言っておくが、雨上がりの丘の向こうにある”虹のたもと”とは、フツーは夜空に瞬く星々と同じ、永遠に届かない至高の存在に等しい。しかし、僕の力を使えば、行ける気がした、彼女がその力を使って来てって言ったもの。何回試みたか、飛ぶほどの何回目かで、僕はやっとそこにたどり着いたんだ、彼女が僕を待っている”約束の地”へ──

彼女は言う。「ほらやっぱり、あなたは約束を守ってくれた、また逢えたね」僕は微笑んでいる彼女にわざと意地悪な質問をした。その答えを知っているのは、僕のほうであることを、もちろん、知っていたのに。「ずるいよ、知ってて、僕を困らせたの?」彼女は答える。「そうよ、だって、困らない限り、あなたは何もしようとしないんだもの、ふふ、じゃあ、名前をあげるね」「なまえ?」「そう」「名前だったら、僕ぁ、僕ぁ、あれ? 僕の名前は──なんだっけ?」「あなたの名前は”サン・チャイルド”、まあ、日本語だったら、”太陽の子”ってとこかしら。いい? 何か、心が迷ってしまったり、奪われそうになったときには自分の名前を心のなかで唱えるのよ? 大丈夫、きっと、自分を取り戻すことができる」「そんなことで?」「うん、もう、あなたはアタシに心を奪われている」「そんなことは──」「いいえ、わかってるの、あなたがここまで来たのはアタシに心を奪われたから、そうでしょう? さ、唱えて、自分の名前を」「僕ぁ、僕ぁ、──キミの名前が知りたい」「アタシの名前なんて、どうだっていい、自分の名前を唱えなきゃ、強く、どんな邪念に支配されそうになっても、強く、唱えるの」「キミの名前は邪念じゃない」彼女の声はだんだんなんだか震え声というか、涙声になってきていた。「ダメよ、自分の名前を唱えて、そうしないと、宇宙の法則が乱れてしまう、自分の名前を、”サン・チャイルド”を、唱えなければ、邪念に支配されて、あなたは消えてしまう、サン・チャイルド! あなたが見たビジョンのとおりに唱えて! おねがい!」僕は彼女がそこまで言って、ようやく、それを思い出し、言った。「キミの名前は”ムーン・チャイルド”! ──これで、キミは自分を取り戻せる」

かくして、僕と彼女は、それぞれに、自分を取り戻したあと、虹のたもとにある町で一緒になり、幸せに暮らしている。

これらの物語はフィクションです。
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